第11話:最後の奇跡と、俺たちの勝利
ギルドマスターの絶望的な報告を受け、俺たちは酒場を飛び出した。 アークライトの街は、一夜にして戦場と化していた。 警鐘が乱打され、冒険者たちが怒号と共に城壁の上へと駆け上がっていく。俺たちもその波に乗り、壁の縁から遥か西の地平線を食い入るように見つめた。
「……嘘だろ」
誰かの震える声が漏れた。 西の地平線の向こうから、ゆっくりと、だが着実に、「それ」は近づいてきていた。 巨大な岩石で構成された、山のような巨人。頭部と思われる場所には、不気味な紫色の魔力光を放つ、巨大な水晶が埋め込まれている。その一歩一歩が、地響きとなって城壁を揺らした。
「古代遺跡の……『守護者』……!」
ゼフィルさんが、手すりをきしむほど強く握りしめて呟いた。
「影喰らいは、こいつの封印が弱まったことで漏れ出した、ただの『泥』に過ぎなかったというのか……!」
街の防衛隊が一斉に魔導砲や矢を放つ。 だが、それらは巨人の纏う不可視の障壁に阻まれ、分厚い岩の装甲には傷一つ付かない。
「ダメだ、全く効いてねえ! アリが象に噛み付いてるようなもんだ!」
絶望が、伝染病のように冒険者たちの間に広がっていく。 後退りする者、祈り始める者。
「……行くぞ」
その空気を切り裂くように、イグニスさんが低く、力強い声を出した。
「こいつを目覚めさせたのは、俺たちだ。なら、俺たちがケリをつけるしかねえだろ」
イグニスさんとゼフィルさんは、城壁の縄梯子に手をかけ、躊躇なく地上へと降りていこうとする。
「アレン!」
イグニスさんが、俺の目をじっと見た。
「お前は、このパーティーの『目』だ! 絶対に、前に出るな! この壁の上から、俺たちの戦いを見ろ!」
「えっ……」
「中に入ったら全体が見えねえ! お前のその目で、奴の動き、魔力の流れ、全てを俯瞰しろ! そして、必ず活路を見つけ出せ! 俺たちは、お前の声を信じて動く!」
「……っ! はい!」
俺は、リリアさんと共に城壁の上に残り、眼下の絶望的な戦いを、これまでにないほど集中して見据えた。 イグニスさんが巨人の足元を駆け回り、大剣で岩の足を叩く。ゼフィルさんの氷の魔法が、関節を狙う。 だが、決定打にはならない。
考えろ、俺! 怖がるな、分析しろ!
俺には便利な魔道具などない。頼れるのは、自分の目と、違和感を捉える直感だけだ。 巨人の動き。魔力の光。振動のパターン。
……あそこだ!
俺の目に、守護者が巨腕を振りかぶる瞬間、その動きを支える「右膝の裏側」だけ、岩の装甲がスライドし、内部の赤熱した核が微かに露出するのが見えた。 あそこが、駆動系を冷却するための排熱孔だ!
「ゼフィルさん! 奴が腕を上げた瞬間、右膝の裏です! 装甲が開きます!」
俺の叫び声は、戦場の騒音にかき消されそうになる。 だが、ゼフィルさんは聞き逃さなかった。 彼は振り返りもせず、即座に詠唱を切り替え、氷の槍を生成する。
「そこか!」
守護者が腕を振りかぶる。装甲が開く。その一瞬の隙間に、ゼフィルさんの氷の槍が吸い込まれた。
ズドンッ!
内部で氷が爆ぜ、守護者の巨体がガクリとバランスを崩す。
「効いた! さすがだ、アレン!」
イグニスさんが叫ぶ。 だが、守護者は倒れない。わずかに傾いだだけで、その動きを止めない。 それどころか、守護者の動きが止まり、頭部の水晶が眩いばかりの光を放ち始めた。 狙いは、足元のイグニスさんたちではない。 俺たちがいる、城壁だ!
「イグニスさん! 奴は俺たちを、街を狙っています!」
「……やるしか、ねえようだな」
地上で、イグニスさんが覚悟を決めた。 彼は、盾を捨て、大剣を両手で握りしめる。
「ゼフィル! 俺が奴の土台になってやる! 俺を踏み台にして、あの水晶を砕け!」
「正気か!? 失敗すれば二人ともペシャンコだぞ!」
「うるせえ! アレンが守ってる街を、壊させるわけにはいかねえんだよ!」
イグニスさんは、仲間と街を守るため、守護者の足元へ突撃した。 巨体が踏み潰そうとするその足を、彼は全身全霊の力で受け止める。
「ぐ、おおおおおおおっ!」
全身の骨がきしむ音がする。だが、彼は耐えた。 その背中を駆け上がり、ゼフィルさんが跳躍する。
「砕け散れぇぇぇっ!」
ゼフィルさんの杖が、守護者の顔面である水晶に直撃する。最大火力の爆破魔法が至近距離で炸裂した。
ガキイイイインッ!
凄まじい衝撃音が響き渡る。水晶には、蜘蛛の巣のような、小さなヒビが入った。 だが――砕けない。
「なっ……!?」
守護者は無傷ではないが、機能停止には至らなかった。 そして、守護者は「羽虫」を払うかのように、その巨大な腕を振るった。
空中にいたゼフィルさんは回避できない。 そして、足元で支えていたイグニスさんも、逃げ場がない。
「リリアさん、障壁を!」
俺の叫びに、リリアさんが即座に反応する。
ドォォン!!
二人の体は、まるでボールのように弾き飛ばされ、城壁の基部に叩きつけられた。 リリアさんの障壁が直撃の瞬間に展開され、即死だけは免れたが、その代償にリリアさんは膝をつき、鼻から血を流した。
「イグニスさん! ゼフィルさん!」
土煙の中、二人は血の海の中に横たわっていた。 イグニスさんの鎧はひしゃげ、ゼフィルさんは杖を握ったまま動かない。
「いや……いやです! 起きてください!」
リリアさんが必死に治癒魔法をかける。だが、傷が深すぎる。 イグニスさんの呼吸は止まりかけていた。心臓の音が、聞こえない。 守護者の巨大な足が、ゆっくりと持ち上がる。とどめの一撃だ。
死ぬ……。俺のせいで……
俺の指示が足りなかった。俺の読みが甘かった。 俺がもっと有能なら。俺に力があれば。
脳裏に、あの「5回」という数字が浮かぶ。 残りは、あと2回。 これを使えば、敵を止めることはできるかもしれない。 だが、止めたところで誰が戦う? 最強の矛であるイグニスさんは、もう動けない。死にかけている。
……アレン……
血の海の中から、イグニスさんの、か細い声が聞こえた気がした。 幻聴かもしれない。それでも、彼は最後まで俺たちを守ろうとしていた。
俺は、決断した。 敵を止めるだけじゃ足りない。彼を、イグニスさんを呼び戻さなきゃ意味がない。 たとえそれが、世界の理を捻じ曲げる禁忌だとしても。
頼む! 世界よ、俺の願いを聞け!
俺は、懐から「最後のカード」を切る覚悟を決めた。 残り2回の奇跡。その全てを、今ここで使い切る!
『奴の動きを止めろ! そして――イグニスさんを、死の淵から引き戻せ!』
ブォン、という音が脳内で響き、視界が真っ白に染まる。 脳の血管が焼き切れるような激痛。魂がごっそりと削り取られていく喪失感。 それが、俺の「力」の最後だった。
だが、その代償と引き換えに、世界が書き換わる。
守護者の水晶に集まっていた光が、突然バチバチと明滅し、発射のタイミングがズレた。 術式の暴走。数秒の硬直。
そして、もう一つの奇跡。 心臓が止まりかけていたイグニスさんの体に、黄金色の電流のような光が走った。 それは慈愛に満ちた治癒ではない。消えかけた魂の灯火に、無理やり薪をくべて燃え上がらせるような、強引で冒涜的な「蘇生」の光。
「ガァ……ッ、ハッ……!」
イグニスさんが、大きく息を吸い込み、弾かれたように目を見開いた。 砕けた骨が悲鳴を上げているはずだ。だが、体は操り人形のように勝手に動く。俺の「願い」が、彼を戦場へと無理やり引き戻したのだ。
「イグニスさん! ゼフィルさん!」
俺は、喉が裂けんばかりに叫んだ。
「今しかありません! 俺がこじ開けた一瞬です! ゼフィルさん! 俺が見つけた、あの『右膝』を! イグニスさん! あなたがヒビを入れた、あの『水晶』を! 二つを、同時に叩いてください!」
「……おう、よ!」
イグニスさんが、血を吐き捨てながら大剣を構える。その瞳は、鬼気迫る光を放っていた。生きているのが不思議な体で、彼は跳躍した。 リリアさんが、涙を拭い、全ての魔力を込めた支援魔法を二人に飛ばす。
「まず、俺が奴の足を止める!」
ゼフィルさんが、最後の魔力を、アレンが指し示した『右膝』へと、巨大な氷の槍として放った!
『グギィィィッ!?』
弱点を貫かれた守護者の巨体が激しく痙攣し、膝をつく。 その結果、高い位置にあった頭部(水晶)が、地上に降りてくる。
「もらったぁぁぁぁぁッ!」
イグニスさんが、瓦礫を蹴って跳躍した。 全身全霊、命を削るような一撃。 大剣が、ヒビの入った水晶に突き刺さる。
パキィィィンッ!
澄んだ音が戦場に響き渡った。 水晶が粉々に砕け散り、守護者の巨体から力が抜ける。 頭上の核と足元の動力源の両方を破壊され、その理を維持できなくなった巨人は、轟音と共に崩れ落ちていった。
「……勝っ、た……」
それを見届けた俺の意識は、そこでぷつりと途切れた。 最後に見たのは、勝利の雄叫びを上げることもなく、糸が切れたように倒れ込むイグニスさんの姿だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます! 本作は【全28話完結済み】です。毎日更新していきますので、安心してお楽しみください。
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