7話 初魔物と初魔法とプリティーガール
時折フィゼさんをビクつかせながらも、道中は順調そのものだ。
このまま何事もなく、町へと到着できればいいのだが。
ーーと、その時だった。
砂道から少し離れた茂みの中から、ガサガサと何かが草を揺らす音が聞こえた。
驚いた俺は、手綱を引き馬を止める。
「今なにか聞こえませんでした?風ですかね…?」
「シッ。静かに…魔物がいるのかもしれません」
しまった、俺がフラグを立ててしまったばっかりに。
「魔物!?どうしましょう、逃げますか?」
「落ち着いてください。
さっきも言いましたが、魔物といってもここら辺にいるのはあくまで低級です」
「そ、そうですよね。すみません、取り乱しました」
「とはいえ、油断はしないでくださいね。とりあえず先に進みましょう」
「了解しました」
再び馬を動かすが、手綱を握る手に嫌な汗が滲む。
低級とはいえ、怖いもんは怖い。というか正直、低級というカテゴライズも俺にはピンと来てない。
ただの野犬だって、本気で襲ってきたら大怪我することはあるのだ。
ガサガサガサッ
茂みの中から、何かがこちらに向かってきている。
どうやら風の悪戯なんかじゃなさそうだ。
草の動きが、すぐそこで止まった。息を呑む。
狙いは完全に、俺達らしい。
「来ます、気をつけてください」
「は、はい!」
返事はしてみたものの、そもそも俺、丸腰じゃないか…。
とりあえず馬車の上でファイティングポーズを取ってみる。
バサッと音を立て、茂みの中から物音の主が姿を現した。
緑色の透き通ったゼリーみたいな…生物?サイズで言うなら、小型犬とか猫ぐらいか。
ぷるぷると震えるその姿は、むしろ美味そうにも見えてきた。
見るからに弱っちそうなこいつは、もしかしてーー
「グリーンスライムですね。魔物の中でも一番弱い部類です」
「グリーンスライム」
いやぁ、本当にいるんだな。「スライム」って!
俺は思わぬ有名人との遭遇に、感動すら覚えた。
「どうしましょう?こいつ、なんだか通せんぼしてるみたいですけど」
「積んでいる食料が目当てでしょう。ちゃちゃっと倒して先を急ぎましょう」
ちゃちゃっとって。フィゼさん、意外とわんぱくなところもあるんだな。
「実は俺、丸腰で…素手でもいけます?」
「えぇ!?コースケさん、武器も持たずに町から出てきたんですか?」
「はい…」
「私なんかよりよっぽど危険な一人旅してるじゃないですか…。
わかりました、ここは私に任せてください」
俺の体たらくに半ば呆れながら、フィゼさんは腰に下げていた短い杖のようなものを手に持った。
そしてその先端をグリーンスライムの方に向けーー
「エアスラッシャー!」
宙に現れた薄緑のモヤみたいなものが、瞬時に鋭く反った鎌のような形に姿を変える。
そしてそれは煌きながら大きく弧を描き、スライムの体を刈り取らんが如く襲い掛かる。
ズバッ!
哀れグリーンスライム君…。
小気味のよい音とともに、そのぷにぷにとした体はあっという間に真っ二つになってしまった。
「ふふん!どうです、私の魔法」
得意げなフィゼさん可愛い。
…というか、魔法すげぇー!やっぱり俺も使いてぇー!
「凄いです!かっこいいです!」
「そ、そんなに褒めないでください。ただの下級魔法ですから」
「それでも凄いですよ!」
初めて魔法を目の当たりにした俺は、もう興奮冷めやらない状態だ。
しかも、今のが”下級”魔法だって?
下級と言うからには、上級もあるのだろか。もしそうなら、それはどれだけ凄い魔法なんだ。
「ヒュー!ブラボー!」
パチパチパチパチパチ
素晴らしいものを見せてくれたフィゼさんに、感嘆の声と拍手を送り続ける。
「えへ、えへへ」
フィゼさんの顔はもう、にへらと緩み切っている。なんだこの愛らしい人は…。
守りたい、この笑顔。
…いや、守られてるのは俺の方なんですけどね。




