44話 ”一発逆転”
「賊共!さっさと斬りかからんか!」
ギグスの怒号が、静まり返った戦場に響き渡る。
しかし、オークスを含め賊達にはもう、戦う意思がこれっぽっちもないのだ。
あとの脅威はランド兄弟のみ。戦力差は一気に逆転し、四対二となった。
「チクショウが!もうやってらんねぇよ!」
遂に、賊達の中に逃げ出す者が現れた。だがギグスもリドルも、それを追いかけようとはしない。
どんどんと、その距離が離れていく。残された賊達は騒めき、後に続こうとする者も出てくる。
しかし、リドルがニヤリと不敵な笑みを浮かべたかと思うと、その手の指輪が強い光を放った。
「いーい見せしめになんなァ!エクスプロージョン!」
突如、ドゴォォォンと轟音が鳴り響く。遅れて、凄まじい熱風が馬車をガタガタと激しく揺らす。
「キャァァァァァ!」
「おっと!」
衝撃により馬車の内壁に打ち付けられそうになったサーシャさんの体を、オズワルドさんが受け止める。
「サーシャさん、お怪我はありませんか?」
「は、はい。ありがとうございます。って、コースケ君!?大丈夫!?」
その隣で、俺はしっかりとふっ飛ばされて体を強打していた。
「な、なんとか…」
それにしても一体、何が起こったというんだ。
耳鳴りが頭を駆け巡り、何かが焼けた臭いが鼻をつく。
立ち込める煙が段々と晴れていき、その爆心地が姿を見せる。
ーーそこには、先ほど逃げ出そうとした賊だったモノが、見るも無残な姿になって横たわっていた。
「リ、リドル!貴様、なにをしやがった!」
「なァに。出発前、お前達の体にちょっとした細工をしておいたのさ」
「細工だと!?」
「あァ。俺の魔力がよーーーく通るようにな。
さながら今のお前達は”人間火薬庫”ってわけだ。…勿論、お前も含めてなァ!」
「クソッ!クソッタレが!」
オークスが狂ったように地団太を踏む。
「わかったらもう逃げようなんて考えるんじゃねェぞ?
お前らはイチかバチか、突っ込んでいくしかねェんだからよォ!ケヒャヒャヒャヒャ!」
リドルは心底愉しそうにそう言ってのけた。
恐ろしい。狂ってるとしか言いようがない。人間の体を、あんな簡単に消し飛ばしてしまうなんて。
さっきまで怒りで紅潮していたオークスの顔が、一瞬にして真っ青に染まる。
もはや冷や汗の一つもかけないぐらい、体から一切の血の気が引いていく。
「ガルド、今のでわかっただろう。
こちらがその気になれば、お前達の命なんぞ簡単に奪えるということがな」
「ま、そん時は積み荷ごと吹き飛ばしちまうことになるけどなァ!
報酬はガクンと減っちまうが、この際関係ねェ!」
「リドル、喋り過ぎだ」
「おっと!こいつはすまねェな、兄貴」
報酬…やはり、こいつ等が何者かに金で雇われたことはこれで確定した。
しかし、それがわかったところでこの状況では…。
「あの爆発、厄介ですね…。距離を詰められたら、防ぎようがありません」
オズワルドさんが呟く。
確かに。さっきの爆発はもう防御だとか、そういうレベルのものではなかった。
これが騎士団だけなら、逆に二人との距離を詰めることで向こうは巻き込まれるのを恐れて爆発を起こせない。
しかし、こちらには馬車という大きなハンデがある。馬上の敵には、距離を取られる一方だ。
そうなったが最後、賊達の攻撃を凌いだところで、結局ドカンーージ・エンドだ。
「チェックメイトだな。ガルド」
「クッ…!」
オークスが、手下達が、逃げ場のない状況に狂った目を光らせながら、ジリジリと近づいて来る。
ランド兄弟は巻き込まれないよう、逆にその距離を離していく。
ーーこうなったらもう、覚悟を決めるしかない。
ちょっとした下準備を済ませた後、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
そして俺は、勢いよく馬車を飛び出した。
「ちょっと待ったぁ!」
突然上げられた大声に、場にいる全員が注目する。これでもう、後には引けない。
「コースケ君!なにをしているんだ、馬車に戻れ!」
ガルドさんが俺の突然の奇行を咎めるが、無視をして続ける。
「野盗ども!お前達のお目当てはこいつだろう!」
手にしたポーションの瓶を天高く掲げ、見せびらかすように振ってみせる。
中の液体がちゃぽんと音を立てる。
「ちょ、ちょっと!?なにしてるんですか!?」
ラムレスさんがそれを見て、驚きの声を上げる。
「お前さん、一体どういうつもりだ?」
「おいおい、今更ソイツを渡すから命は見逃してくれってかァ?」
二人からの問いに、俺は竦みそうになるのを必死に堪えて続ける。
「あぁ、その通りだ」
「コースケ君!なにを考えているんだ!」
エドガーさんが驚きと怒りが入り混じった声で叫ぶ。
「そうはいかん。もし見逃すとしても、馬車ごと全て置いて行ってもらわんことにはな」
まぁ、想定内だ。
向こうにしてみれば、この正体不明のポーションが本当にお目当ての品かどうかなんてわからないからな。
…なら、こうしたらどうだ?
「【アイテム鑑定】そして、【情報共有】ーー対象、ランド兄弟」
掲げたままのポーションが、光に包まれる。
俺と、そして【情報共有】の対象とした二人の眼前に、その鑑定結果が浮かび上がる。
「なにィ!?」
「これは…”契約のポーション”、だと!?」
やっぱりな。こいつ等が知らされていたのは、あくまで奪う対象が『オーダーメイドポーション』であるというだけ。
それがまさかこんな曰く付きの代物だったとは、流石に想像もしていなかっただろう。
「こいつはたまげたぜ。まさかこんな物がまだ残っていたとはよォ…!」
「………」
未だ驚きを隠せないリドルと、押し黙り、何かを考え込むギグス。どうやら心が揺らいでいるようだ。
「どうだ?国家を揺るがすこのポーション…お目当ての品に間違いないとは思わないか?」
「…確かに。流石にこれ以上の物があるとは思えんな」
「じゃあーー」
俺が畳みかけようとしたところで、ギグスが更に割って入る。
「だがわからんな。このポーションを国まで護送するのがお前達の任務だろう。
それを、一度は断っておきながら俺達に渡そうなどと」
「確かにそうだ。ただ、見ての通り俺は騎士団の一員じゃない。巻き込まれただけの一般人だ。
悪いけど、騎士団様の任務より自分の命の方が大切さ」
「コースケ君…」
落胆したような騎士団達の声と、冷たい視線が背中に突き刺さる。
だが、ここで尻込むわけにはいかない。
「ーーそうして命を拾ったところで、国がお前達を許すわけがあるまい。
”契約のポーション”は、それぐらいの物だ」
「それはどうかな?少なくとも俺は、国にとって有益なスキルをいくつも持ってるんでね。
そう簡単に『死罪』ってことにはならないだろうよ」
「やれやれ…。くだらんハッタリだな」
これではまだ、ギグスを納得させるには至らない。が、ここですかさず押しの一手だ。
「【スキルオープン】更に、【情報共有】ーー対象、ランド兄弟!」
目の前に現れる巨大ウインドウ。そこに羅列されたスキル・スキル・スキルーー!
同じ光景が、ランド兄弟の前にも広がる。
「うぉ!?」
「なんだァ!?こいつマジにぶっ飛んでやがんぞ!」
「これでもまだ、単なるハッタリだと?」
【情報共有】を遮断して、二人に問う。
「チッ!どうなってやがる!」
「…いいだろう。そのポーションを渡すのなら、お前達を見逃してやろう」
「あァ!?いいのかよ、兄貴!」
どうやら上手くいったようだな。
本当に見逃す気があるかどうかはともかく…これで、この状況を”一発逆転”できる!!
俺はランド兄弟の方に少しだけ歩み寄り、立ち止まる。そしてーー
「受け取れッ!」
そう言いながら、【投擲】スキルを使い持っていた瓶をランド兄弟の上空目掛けて投げつける。
「な!?!?」
突然の出来事に、ランド兄弟は慌てふためく。瓶が割れれば、報酬はパーだ。
「レイアさん!」
「…任された。【スナイプショット】」
俺の言葉が届くや否や、レイアさんは素早く狙いを定める。
そして、先端に炎を纏わせた一本の矢を放った。
ランド兄弟は当然、自分達が狙われているものと思い矢を剣で弾こう…或いは炎で焼き落とそうと身構える。
しかし、その思惑は外れていた。
矢が捉えていたのは、ランド兄弟ではない。その上空にある瓶だったのだ。
瓶はパリンと音を立てて砕け散り、中の液体がランド兄弟に降り注ぐ。
そしてそれは次の瞬間、巨大な炎に姿を変え二人の体を包んでしまった。
「がァァ!?!?」
「グォォ!!!!」
苦しみの声を上げるランド兄弟。
ーーこの場にいる多くの人間が、今この状況を理解出来ないでいた。
「ガルドさん!」
「わかっているさ。任せろ」
混乱していた筈の二人だが、俺が叫んだ時には既にこちらに駆け寄っていた。
「よし。ラムレス!火を消してくれ!」
「はい!」
ラムレスさんの水魔法が、ランド兄弟の体を包んでいた炎を鎮火させる。
その水圧に、二人は「うぅ…」と小さく呻き声を上げる。
まだ息はあるみたいだが、もう戦うだけの力は残っていないだろう。
「しかしコースケ君、今のは一体…?」
「あの瓶の中身は、”契約のポーション”だった筈じゃないのかい?」
ガルドさんとエドガーさんから、疑問の声が上がる。
「最初に見せたポーションは、確かに”契約のポーション”です。
ただ、俺の持っているスキルを見せた時、奴らの目は一瞬そっちに釘付けになりました。」
「あぁ。確かに、二人の気が逸れたのはこちらも感じた」
「その隙に、手に持っていた瓶を隠し持ってた別の瓶とすり替えたんですよ」
「えぇ!?後ろで見ていた筈なのに、全く気が付かなかったよ」
これは、所謂『ミスディレクション』と呼ばれる手法だ。
相手の意識を他所に逸らした隙に、物をすり替えるーーマジックでよく使われる常套手段である。
実は俺は、マジックバーで働いていたこともあるのだ。まさかこんなところでその経験が生きるとは思わなかったが。
ちなみに瓶の中身は、照明器具の中に入っていた油を拝借した。
「…しかし驚いたな。レイアはこの作戦を知っていたのか?」
「はい。馬車の中からこっそり、レイアさんにだけ伝えました」
この作戦には、レイアさんの射撃が必要不可欠だった。
ふとレイアさんの方を見ると、こちらに気づき満足そうに親指を立てた。俺もそれに応える。
…ハハ。やって、やったぞ!




