31話 覚悟。そして渦巻く悪意
「…それで、そろそろこのポーションの入手までの経緯を知りたいのですが。」
「お…?おっと、そういやその話がまだだったな!」
「す、すみません、オズワルドさん。経緯は私から説明します。実は…」
サーシャさんが事のあらましをオズワルドさんに説明する。俺が鑑定したという部分を伏せて、だが。…一応ね。
「ふむ…。その男の所在さえわかれば、尋問にもかけられるのですが…。」
「っつってもなぁ…手配書でも配ってみるか?サーシャ、顔とか特徴とか覚えてねぇのか?」
「えぇ!?そんなこと言われてもなぁ…。アハハ、実は正体不明のアイテムの方に興味がいっちゃってて…。
っていうか、ドレルさんもその場にいたじゃない。ドレルさんこそなにか覚えてることとかないの?」
「あァ?おいおい、俺がそんな細けぇこと覚えてるわけねぇだろ。」
それでいいのか、お二人さん…。
「やれやれ…。まぁもし覚えていたとしても、もうこの近辺にはいないでしょうがね。」
「でもその男、お金も受け取らずにアイテム全部置いて行っちゃったんですよね?取り返しに来たりとかは?」
「うーん…それはないと思います。その男からしてみれば、
不審に思ったサーシャちゃんが既に衛兵に通報している可能性もありますからね。」
「あ、もちろん衛兵の人には話してありますよ。ポーションのことは伏せて、怪しい男が店に来たってね。」
なるほど。…そこにのこのこ戻ってきたら、わざわざ「捕まえてください」と言ってるようなもんだな。
「これはとんでもなく高価なポーションだ!って確証があればわかんないけど…あの感じじゃあね。
他のアイテムだっていい値段の物があったわけじゃないし。」
「オーダーメイドポーションって、全部が全部高値がつくわけじゃないんですか?」
「そりゃあね。そもそも鑑定士がいない店じゃ未鑑定品は突っぱねられることがほとんどよ。
それも知らずにこんな町まで持ってくるなんて、その時点で大した賊じゃないってこと。」
「今頃はとんだ外れくじ引いちまったって逃げ帰ってる最中…ってところか。」
「お気の毒…でもないわね。」
その男もまさかこんな曰くつきの品を掴んじまうなんてなぁ…。
とはいえそのせいでこっちも迷惑してるんだから、全く気の毒とは思わないな。というかそもそも盗賊だし。
「…とりあえずこのポーションの存在は、国に報告しなければなりません。
サーシャさん、これはこちらでお預かりさせてもらいますが、よろしいですね?」
「はい。持っててもおっかないだけですし…ところでオズワルドさん。私、罪に問われたりしませんよね…?」
「無論、その点は安心してください。
私の方からもこのポーションがあくまで偶発的にサーシャさんの下へ持ち込まれた物であることは説明します。」
「はー、よかった!それを聞いて安心しました!」
「ただ問題なのは、【アイテム鑑定】のことですね。このポーションはこれから王都に護送され、
そこで国の鑑定士による再鑑定が行われる筈です。が、「そもそも最初に鑑定したのは誰だ」という追及は免れません。」
で、ですよねー!
「いっそ”契約のポーション”だってことは伏せて、持ち込まれた盗品の中に
正体不明のポーションがあるって報告しちまったらどうだ?」
「あ!それいい考えかも!」
「…確かに、その方法もあります。しかしそうなると時間がかかりすぎるのです。」
「時間、ですか?」
「そうです。まず予めある程度の経緯を説明する場合、一度こちらがまとめた報告書を王都へ送り、護送の要請をします。
危険な品を王都へ届けるには、信頼できる王都の兵を使うのが確実ですからね。」
「確かに、冒険者の奴らじゃ万が一ってこともある。腕に覚えがありゃ賊に後れを取ることはなくても、
ポーション持ってトンズラかまされちゃ敵わねぇ。」
「そ、そんなことする人がいるんですか?」
「ギルドマスターとして非常に遺憾ですが、そういった報告は0ではありません。
今回の場合、ポーション一つに護衛を付けて王都まで送ろうというのです。とてつもなく高価な物であると勘違いして
愚行に走る輩がいてもおかしくはありません。」
「なるほど…だからって詳しく説明するわけにもいきませんからね。」
「そういうことです。そして”契約のポーション”であることを伏せた場合ですが、
恐らくこちらに一度鑑定士が派遣されることになります。そして鑑定結果を持ち帰り、そこで護送の手配がされる。」
「この町から王都へは、馬車を使っても5,6日かかります。もし全行程で6日かかると仮定した場合、
護送が完了するまでに前者の場合18日、後者の場合30日かかることになりますね。」
「その通りです、エミリア君。しかし実際は、鑑定士の手配等に要する時間もあります。
後者の場合、更に数日程度遅れが生じることになるでしょう。」
「つまり事情を隠してしまうと、到着までに一ヵ月以上かかっちゃうってことかぁ…。」
一ヵ月以上…。しかも、王都にポーションを届けるだけで。更にそこから調査が始まるとなると、
このタイムラグは大きな損失になりかねないのでは…。
「はい。急を要する事態です。できれば前者の方法を取りたいのですが…コースケ君はどう考えますか?」
「…今回の件、個人の事情より事態の解明が優先されるべきだと思います。
必要があれば、このポーションを鑑定した俺も王都へ同行しようと思います。」
「コ、コースケ君!」
「…今の発言、本当によろしいのですね?」
「はい。流石に俺の我儘で国にまで迷惑かけるわけにはいきませんからね。」
「…コースケ、すまねぇ。面倒なことに巻き込んじまって。」
「ごめんなさい…。」
「お二人のせいじゃありませんよ。もちろん、ギルドの方達のせいでもありません。
このポーションを使って何か企んでる奴がいるなら、そいつが全部悪いんですから。」
「そう言っていただけると、私も助かります…ありがとう、コースケさん…。」
「…コースケ君。ギルドを代表して、私からもお礼を言わせていただきます。本当にありがとう。
できる限り君に不都合が無いよう、こちらも手を尽くすことを約束しますよ。」
「ありがとうございます。」
こんな物を使って、誰かが何かを企んでいる。それは、絶対に阻止しないといけないことなのだろう。
覚悟は決まったが…果てさて、これから一体どうなってしまうことやら…。
「はぁ…はぁ…!クソッ!あんなガラクタ盗んだだけで、なんでこんな…。」
「いたぞ!!あそこだ!!」
「!?…クソッタレ!!見つかったか!!」
逃げる男が一人と、追う男が二人。しかも追う側は馬に乗っている。
逃げる男もはじめは馬に乗っていたが、先ほど道中で倒れ、足での逃走を余儀なくされていた。
無論、逃げ切れる筈もない。
「観念しろ、もう逃げられんぞ。」
「ま、待て!誰に依頼されたか知らねぇが、俺はもう盗んだ物は持ってないんだ!」
「はァ!?チッ!なんだよォ。盗品の確保もできりゃ報酬も倍額だったのによォ。」
「おい、盗んだ物をどこに隠した?それとも、もう売り捌いた後か?」
「ヨ、ヨルダの町だ!そこの道具屋にある筈だ…だから、命だけは見逃してくれ!!」
「おっと、そいつは無理な相談だなァ。お前の首を持って帰っただけで、大金が手に入るんだからなァ!」
「なに!?」
「お前みたいなしょっぱい盗賊一人殺して40万ガルド…まったく楽な仕事だぜェ…ケヒヒ!」
「そういうことだ。お前に恨みはないが、死んでもらう。…フンッ!!」
「グワァァァ!!」
男の一人が剣で斬りつけ、盗賊は呆気なく絶命した。
そして今度はその剣で死体から首を斬り落とし、もう一人の男へと手渡す。
渡された男は、その首を分厚い布袋に乱暴に突っ込んで肩に担いだ。
「チッ!俺が首の運搬役かよォ。気持ちわりィ。」
「文句を言うな。殺ったのは俺だ、お前にも仕事してもらわんとな。」
「へェへェ…。それで、盗品の回収はどうするよォ?」
「ヨルダの町か…。とりあえずその首を抱えたまま向かうわけにもいかんだろう。一旦依頼主へ報告に戻るぞ。」
「了解!その後で町を襲って、報酬満額ゲットだぜってかァ!?ケヒヒ!」
「あぁ。…おっと、その前にこの死体を処理しておかんとな。」
そう言うと男は首無し死体に大量の油をかけ、その場から離れる。
「…これぐらいでいいだろう。おい、リドル。」
「ッたく、人使い荒いぜェ…。ファイアーウォール!」
地面から突き出た炎が、バチバチと音を上げ油まみれの死体を焼いていく。
「オラァ!おまけのファイアーボールだァ!」
燃焼効率を上げるため、燃え盛る炎に向かって更に火球を飛ばす。
炎はより一層、大きく激しく燃え上がっていく。
「たまんねぇなァ、人間が焼けていくニオイってのはよォ…!
…それにしても、こいつで俺だって十分仕事したことにならねぇかァ…?なぁ、ギグスの兄貴よォ。」
「なんだ?首の運搬役なら変わらんぞ?一度決まったことだろう。」
「チッ!しゃあねぇなァ…。」
それがすっかり灰と化したことを見届けると、二人の男は王都へと向かって馬を走らせた。




