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完璧な人間は欠点すらも愛される、はず②


 心を弾ませるようなメロディの後に、機械的な音声で馴染みのある台詞がラジカセから流れていく。


『このテストは電子音に合わせて、できるだけ長く、20メートル感覚の線の間を走るものです。』


 どうしてこれだけの言葉で心臓が痛くなるのだろうか。きっとこの体育テストの種目、『シャトルラン』を最初に考案した者は稀代の呪術師だったに違いない。



「さあ清継きよつぐ、今回も勝たせて貰うからな?」


「勝手に言ってろ。もうお前の勝利は揺るが無いよ。俺はのんびりやらせてもらうとするかね」



 俺と圭吾の飯の奢りを賭けた体力テストは続く。だが去年に続いて今年も敗北で終わる事が前回の悲劇の長座体前屈で確定してしまっている。

 校内随一のイケメンである俺が皆の笑いものにされたのだ。今年の敗北は卒業まで胸に刻み込まれるだろう。


 だからいっその事このシャトルランだけは圭吾けいごと談笑でも混じえながら、緩く消化するつもりでいた。俺は話題を探す。



「そういえば昨日の新クラス親睦会、どうだったんだよ」


「何がそういえばだよ。お前朝からその事ばっか気にしてたろ。向崎こうざきに訊かなかったのか?隣の席だろ」



 尋ねた所であの恋花れんかが答えてくれる筈もない。そもそも今朝の挨拶だってまともに返しちゃくれなかった。薄情な奴め。


『おはよう恋花、今日も可愛いな』

『一生寝てれば良いのに』


 あれ?俺が悪いのか?そうかもしれない。



「相変わらず俺を羽虫のように扱って払ってるよ。ゴキブリの方がマシと言われるのも時間の問題だろうな」


「最早そこまで言われたら問題はお前にあると思った方がいいだろ」



 おっしゃるとおりで。


 甲高い音が鳴り響いてシャトルランの開始を告げる。今回は男女共通でのスタートだ。俺達は足並みを揃えてペース配分を考えながら気怠けだるそうに走り始めた。

体育館の床がシューズの音を鳴らしていく。



「俺の事はいい。それで交友は深まったのか」


「まあそこそこだな、連絡先も何人かと交換したし。あまり遅くなると後であおいちゃんに迷惑掛かると思ってほどほどに解散したけど」


「何が葵ちゃんだ、せめて先生を付けろ。担任教師を何だと思っている。」


「俺達のヒロイン」


「全くだな、最高だぜ」



 何度か体育館上の白線を往復した。徐々にリズム音が早くなっていくが、脱落者は女子を含めて未だ誰も現れない。

 誰か一人でもリタイアしようものなら後に続きやすくなるものだが、今はその帰るべき場所を作ってくれる最初の勇者を皆が待ち望んでいる状況だ。

 そんな中、隣を走る圭吾が息を崩さないまま、眉をつり上げる。



「そろそろ白状したらどうだ?本当は親睦会がどうだったかじゃなくて、向崎がどうだったか訊いてるんだろ」


「ぐぬぬ」



 胸中を見透かしたような顔をしてくるので、殴ってしまおうかと思った。だってお前馬鹿キャラな筈だもん。



「俺が恋花の事を聞いてどうする」


「知らねーよ。でも気になるんだろ?ま、別れて一カ月の元カノがどういう様子かなんて男なら誰でも気にするわな。今更恥ずかしがんなよ」



 そう言って走りながら圭吾に強く背中を叩かれる。今の一撃で体力がだいぶ持っていかれたようだ。もうリタイアしちゃおうかな。



 「それで、恋花はどうだったんだ…」



 やだ、心開いちゃった。恥ずかしい。こうやって相手の本心を聞き出す手口だったんだろう。やはりこいつの天職はナンパ師かも知れない。いや無理か、だってこいつ馬鹿だもん。



「向崎なら、カラオケ着いてちょっとしたら帰ったよ。一曲くらい歌ったかなあ。ちょうど10年くらい前に流行ったアイドルの曲。超盛り上がった」


「何、あいつ最後まで残らなかったのか」


「ああ。何か用事があるとか何とかで。他の男共、その後面白いくらいにテンション下がってたぞ」



 そりゃそうだ。親睦会なんてものは名ばかりで、ほとんど合コンみたいな物だろう。少なからず恋花の参加をきっかけに足を運んだ奴もいるはずだ。その場は冷水を掛けられたような気分になったに違いない。

 それにしても恋花の奴、『元から用事があったけどなんとか少しの時間でも参加する私』を演じて上手いこと逃げたな。


 圭吾が笑顔で続ける。



「だから誰かと連絡先交換したりってのは、してないんじゃないかな」


「そうか、それなら…」



 言いかけた俺の言葉を割って、体育教師の怒声が飛んでくる。それはまるで不良の集団が殴り込んで来たかのようだった。



「おら汐森、板橋ごらあ!駄弁だべって走ってんじゃねえぞお!」


「「はい!!」」



 俺達は本能的に返事を揃える。この体育教師は普段温厚なのだが、キレると実際に手が出てくるタイプの人間である。

 現代では当然賛否を問われる教育姿勢ではあるが、理不尽な事まではしない。それでも怖い。


 周りの随分の人が足を止めて、体育館の隅で身体を休めていることにもう少し早く気付けば良かった。そんな中で俺達は未だにシャトルランを継続させる僅か数名の内の二人で、教師に怒鳴られた以上もう少しだけ走り続けなければならない。

 

 何であれ、圭吾との飯を賭けた体力テストは負けだ。話に付き合わせた分、今回は少しだけ良いものを奢ってやっても良いかも知れない。

 

 俺と圭吾は皆が見守る中、精神が擦り切れるまで走り続けるのだった。






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