②悪夢は幸運のサインと言うがもう苦しんでるので±0
寝坊気味だったので、走りながら学校に向かっていた。ここまでに多くの学生を走り抜いて来たが、すれ違い様には皆が俺に挨拶をしてくれる。
『あ、おはよう汐森君』
『おー汐森、昨日は手助けサンキュな』
『先輩、おはようございます!今日も元気ですね』
人気者の朝はそれらに爽やかな返事をするところから始まるのだ。
彼ら彼女らは、俺に親しみを込めて挨拶をしてくれるが、皆が友人なのでは無い。
困っていたから助けて顔見知りになった奴もいれば、学年もそれぞれ違うし、接点すらない奴もいる。きっと親しく接してくれる者達は皆、前世で俺と仲良くしていて、その記憶を引き継いで生まれて来た転生者達なのだろう。
しかし、そうでない俺からすればそんな連中はモブキャラ同等だし、名前も記憶していない。
それでも俺は人気者なのだから、皆が望む人気者像の笑顔で対応するのだ。
皆が良い一日を過ごせるよう、言葉に魔法を込めて。
ここまで走れば余裕を持って学校に着くだろう、そう思ってペースを緩やかにしたところで、見知った後輩女子の後ろ姿が見える。俺は声を掛けた。
「おす、水上。おはよ」
「ああ、おはようございます清継先輩。息上がってますねランニングで健康生活ですか?」
「夜ふかし不健康生活のツケだ。寝る前無意味にショート動画見てたら、次々おすすめで知らない国の民族が歌って踊る動画が出てくるんだ。このまま関連が連鎖してたら世界の民族を一周出来るんじゃないかとスマホ画面をスライドし続けてたら朝になってたよ」
「何やってんですか気持ち悪い。そんな異文化繋げるパズルで遊んでるの先輩だけですよ」
後輩なのに酷い言いようだ。
とはいえ、へぇ楽しそうですね私もやってみようかな。なんて変にすり寄って来られるよりマシか。これも水上の良いところだろう。
俺は平手を打つ。
「それよりも水上、今日は『例の日』だぞ」
「いやいきなり隠語言われても分かりませんって。私、清継先輩を崇め奉る宗教団体に入ってませんので」
「え、お前まだ汐森教に入信して無かったの?俺はメンバーになってから、友達もお金も増えて髪の毛もフサフサ、アレの調子もすこぶる良いのに」
「アレって何なんですか!いかがわしいなあ!?」
水上のリアクションはいつも望んだものが返って来るので心地が良い。
俺は笑って、手にしている鞄を肩に回し掛けた。
「この前話しただろ。隣の席の人を写生する美術の授業」
「ああ、それでしたか。清継先輩、今までお世話になりました」
「待て水上、どうして俺が美術の授業で死ぬみたいになってるんだ」
「だって絶対、恋花先輩に殴り殺されますもん。清継先輩の絵は、絵心が無いとかセンスが無いとかそういう次元の話じゃ無いんです。人に向けたなら、それはもう暴力なんですよ」
「マジでか」
水上は額から汗を流すような、恐る恐るといった表情で言った。
「...はい」
「どうして、こんなことに…」
「恐らく清継先輩の家系は代々、人の肖像画で相手を呪い殺す呪詛のスペシャリストだったんでしょう。きっと多大な戦果を上げていたに違いありません」
「その特異体質が受け継がれたいうのか」
「残念です…」
俺はなんて過酷な運命を背負わされてしまったのだろう。時代が違えば偉人だったのに。そんな評価をされながら、俺は今日好きな子に殴り殺されるんだな。
この能力が憎い…!
「いや待てよ、水上。俺が呪詛師なら、死ぬのは恋花の方になるだろう」
「あ、本当ですね。設定が甘かったです」
「こいつぅ」
「「あははは」」
俺達は偏差値5みたいな会話をしながら、学校に着く。結局、この日までに俺の絵が劇的に上達するなんてことは無かった。
今は能天気にしていられるが、今日俺は本当に恋花に殺されてしまうのかも知れない。
死後の世界で女神に会えたのなら、その時は転生先で最も絵が上手く描ける能力を授かって無双できるようにしてもらおう。
俺と水上はそれぞれ教室が別棟にあるので、上履きに履き替えたら廊下で別れる。
俺の教室2年1組は、4階にあるので行き着くまでにはもう一苦労だ。この学校の建設者からの『若い内から足腰を鍛えなさい』という有り難い計らい。一段ずつ踏みしめなければ。
もしも校内で欲しい設備を全校生徒にアンケートを取ったなら、購買や室内プールを差し置いて、エレベーターを付けろという殴り書きで殺到する事だろうな。
俺も書く。
教室に着いたなら、でかい図体の金髪頭が俺の目の前に落ちてきた。
「おはようございます、清継さん!今日は『例の日』ですね」
直角90度の一礼。何かとんでもないことをしでかした責任者の謝罪会見のような光景だが、最近ではこれが俺の日常だ。
「おはよう五里。頼むからもう普通にしてくれ。最近俺、周りから怖がられ始めてるんだけど」
「いや、そうは言っても清継さんには助けて貰ったからな。誠意を見せてかなくちゃ」
ちえりの件が解決して以降、五里はすっかり俺の舎弟のようになってしまった。最近では不登校だった五里が登校するようになったのは、俺達が決闘した結果、五里が完敗して手懐けられたからなど妙な噂さえ聞くようになった。
シンプルにやめてほしい。
「まあ、いいや。それで?『例の日』ってのは何だ。いきなり隠語を言われても分からんよ」
「何言ってるんですかい。今日は美術の授業で向崎を描く日でしょう」
「ああー…」
すまない水上よ、これがお前の気持ちだったのか。こいつ何言ってんだ頭おかしいのかって思っちゃったよ。
というより、例の日を平然と使う五里はもう、立派な汐森教のメンバーという事になる。お悔やみ申し上げる。
「何とかするつもりではいるよ。まあ計画が無いってことは無い。後でわるだくみしようぜ」
「さすが清継さんだ。了解だぜ」
そう言って俺達はそれぞれの席に着こうとする。
何だか視線の少し先で、ある一つの机に多くの集団が集まっている異様な光景が見える。
誰の席だ?
まあ良い、声の調子を整えよう。
「おはよう恋花、今日も可愛いな」
「そうだね、おはよー」
「最近返事を返してくれるな。友達くらいには戻れたか?」
「そうだね、おはよー」
駄目だ、この子壊れちゃってるだけだ。
「今日は美術の…」
「そうだね、おはよー」
…。
「恋花は清継君と復縁したい」
「それはない」
しっかり聞こえてるじゃねえか。
俺は悲しみを胸に抱え、涙を堪えながら鞄を机の上に置いた。
「ところで恋花、あのスーパーの値引きコーナーみたいな机の群がり様は何だ。半額か?」
「今まで不登校だった子が来たみたい。五里君の他にもう一人居たでしょ?」
「今さらか?不登校のバーゲンセールだな」
「やめなさいよ」
俺は上半身を横に捻って、噂の不登校だった奴の顔を覗いてみようとする。
「さて、次は金髪のゴリラじゃなくて何が…」
俺は思わず息を飲んだ。
制服の上からフード付きのパーカーを被っていて、顔ははっきり見えなかったが、それこそが『その人』であることの証明だった。
固まる俺を見て、恋花は眉をひそめる。
「清継君?だいじょぶ?」
「笹本…、なのか…?」
俺の視線の先。クラスメイトが群がるその中心には、中学時代の俺が恋をしていた同級生、笹本悠里の姿がそこにはあった。




