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いつか来る放課後

 人気者が口にする言葉には、不思議な魔法が宿るのだと信じて生きて来た。


 ある時は疲弊した者の心の傷を癒し、ある時は悩める者に勇気を与えて鼓舞させて、またある時はその愛のささやきに人一倍特別な価値を持たせるのだと。

 誰にでも親しまれ、尊敬され、羨望せんぼうの眼差しをも向けられる人気者になれたのなら、その者の言葉には『救いの魔法』が宿るのだと、信じて疑わなかった。


 それが、この世の真実であるとするならば、どうしてこんな事になってしまったのだろう。



「頼む、そこから絶対に動くな。俺が今から手を伸ばす。お前は何も考えず、その手を取るだけで良い」



 月明かりに照らされた教室で、開け放たれた窓際に身体を預ける少女。

 いつもはフードを深々と被って人を睨み付けるような目をするのに、今日だけは冷たく、可愛らしい顔を見せて、諦めたような表情で微笑んでいる。



「何も考えず、ね。それが簡単じゃ無かったからこうなってるんでしょ?」


「お前の苦しみは一生物じゃない。今はこの時間が人生全てのように思えるかも知れないけど、必ず救いはある」



 薄氷を踏むような思いで、一歩一歩、彼女へと歩みを寄せる。

 その足が震えているのを見て取ってか、彼女は滑稽なものを目にしたように笑った。



「あっははは、必ず救いはあるって?あんたがそれを言うと笑えるね。あんたは正しく救われたの?誰かに手を差し伸べるばかりで、あんたは誰にも助けて貰えて無いくせに」


「俺は、救ってやりたいから手を伸ばすだけだよ。見返りなんて求めてない」



「嘘だね。あんたは自分の苦しみを誤魔化す為に誰かを助けているだけさ。誰かにとって良い人でいる事で、苦しみしか持たない空っぽな自分が何者かにでもなれた気でいるんだ。そうやって自分が救われたつもりにでもなってるんでしょ」


「違う!笹本ささもと…、俺は本当にお前のことが好きだったんだぜ…?お前の事ばかり考えた日もあった、どうやって話掛けようかなとか、どうすれば笑ってくれるかなとか、そんなことばかりだ。でもあの時の俺はそれだけで、お前がどんな苦しみを抱えているかも気付け無かった。でも今なら分かる。だからお前を救いたいんだ。お前は俺と一緒なんだから…」



 窓から吹き抜ける生暖かい風が、笹本の前髪を揺らす。

 額があらわになる事を嫌う彼女は、それを小さな手で押さえてから、ゆっくりとかぶりを振った。



「私もね、最初はあんたと一緒だと思ってた。同じ《《病気》》を抱えた仲間が出来たって。理解し合えるんだって。でもね、違ったの。私はあんたみたいに、支えられ無ければ生きていけないようなどうしようもない親を持っていないし、生きてく上で必要な物はちゃんと揃えて貰ってる。バラバラになった物を繋ぎ合わせようともがいてるあんたとはね、前提が違ったんだ」



 笹本は背に抱える、満月を一瞥いちべつした。特別美しく思えるその光を恨めしく思ってか、目を閉じる。



「本当の人気者の汐森しおもりからすれば、私の悩みなんてちっぽけな物かもね」


「だったら…!」


「それでも苦しいの!つらいの!何でも与えられてて、何でも持ってても、あんたには理解出来ないくらい、毎日が息苦しい。私は『誰からにでも愛されなきゃ生きていけない病気』なんだ!私達は似ているようで違う!あんたのは病気じゃない…。『誰にとっても良い人で居続け無ければ自分じゃいられなくなる呪い』よ」



 俺は言葉を失って、ただ呆然と立ち尽くす。何か言い返す言葉を探してみるが、どうにも見つからずにただ唇だけが震えた。

 まるで憐れな人間を映すような瞳で、笹本が問う。



「ねえ汐森、その『《《呪い》》』、誰に掛けられたの?」



「そんな事はどうでも良い!笹本、この通りだ、お前が望むならどんな事だってする、どんな言う事だって聞く。だから俺の側に来てくれ!」



 無様でも必死に嘆願するしか無かった。だって今の笹本の表情は驚く程に清々しく、この世全ての未練を何処かに置いてきたかのような、晴れやかな空気を帯びていたからだ。

 ここで誰かが引き止め無ければ、もう永久に、彼女と言葉を交わす機会が失われてしまうような気がしたから。


 笹本は窓際に座ったまま、まるでブランコにでも乗っているように身体を前後に揺らし始める。


 ここは、4階の教室。

 下はただのコンクリートだ。


 落ちようものなら、まず無事ではいられない。

 声を上げればそれだけで落ちてしまいそうな気がして、俺は固唾を飲む。


「笹本…!」


「汐森はさあ、本当に良い人だよね。じゃあ最後に、こんなお願いをされたら、あんたはどうする?私ね、汐森の為なら何でもするよ。どんな願い事だって聞く、本当にどんな事でもだよ?だからさ…」

 

 

 俺は、彼女の放った只一言に心臓が握り潰されそうになった。



「私と一緒に死んでくれない?」



「は…」



 俺が何も答えられない事が分かると、笹本は満足気な笑みを浮かべ、そのまま教室の窓から身体を投げ出した。



 




第二章、言葉の魔法


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