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心の


 満席ばかりで賑わいをみせるフードコートの中、4人用のテーブル席に男2人が隣合って座っている。

 正面2つの席は空席だ。



「ちえりと暫く一緒に居てどうだったよ、人生の絶頂を感じられたか」



「可愛過ぎて生きた心地がしねえ。清継きよつぐさん、俺は美少女よりも地味な子の隣にいた方が安心するのかも知れない…」



「まあ、高級レストランよりもファストフード店のが、安心を得られて味も良く感じられるものだからな」



「清継さん、その例えを人に当てはめるのはさすがに心が無いんじゃないですかい?」



「だろうな。恋花れんか達の前では口が裂けても言えないよ。でもな五里ごり、一つお前の間違いを正しておいてやろう。」


「何ですかい」



「美少女の隣だから生きた心地がしないんじゃない。好きになった子の隣だから生きた心地がしないんだよ。地味な子に好意を寄せた所でその時のお前の目には美少女が見えてるだろうな。お前の悩みが解決される日は来ないよ」



「まじか…、清継さんが言うならそうなのかも知れねぇなあ。恋ってのは、もはや心の病気ですね」



 五里は心臓を吐き出すかのような深い溜め息をついた。




 彼のように、恋愛とは一種の心の病気だと考える者も世の中には多くいるだろう。

 俺も概ね同意だ。


 意中の相手の近くにいるだけで動悸がしたり、目で追ったり、頭がいっぱいになったり。今まで気にも止めてなかった相手が、世界で一番魅力的なんじゃないかと感じられるように気付けば変わっている。


 特殊なフィルターが掛かって、地味で目立たない存在もイケメンや美少女に補正されてしまうだろう。


 この現象を上手く言葉で言い表せられないから、病気という事にしてそれ以上考える事を『保留』にしてしまうのかも。


 だけど、それでは少し寂しい気もする。

 


 俺は五里が真剣に悩んでいる姿を面白く感じて、少し微笑む。



「五里、お前今までどれくらい好きな子が出来た?」


「な、何ですかい突然!恥ずかしいからしてくれやい…」



「俺は今まで好きになった子をみんな覚えてるよ。誰一人忘れていない。最初は幼稚園の頃だ。かなえちゃんって名前で、朝に『おはよう清継くん』と挨拶されただけで惚れた」


「どんだけ単純だったんですかい」



「その後は小学1年生、なつみちゃんという3つ上の上級生だ。廊下ですれ違っただけの一目惚れだった。結局、その子が卒業するまで俺は好きで居続けたよ」



「清継さん、中身が無さすぎで反応に困っちまうよ」


 

 五里が少し呆れ始めている。手元にある氷だけが残されたグラスを持ち、そのまま口に流し込む。

 氷を噛み砕く音で気不味さを誤魔化しているようだ。


 俺は構わず話を続ける。



 「中学の頃は永田ながた先輩って人を好きになった。新入生である俺を特別可愛がってくれて、後輩達に慕われるような、人に優しくて、テニスが上手くて、真面目な先輩だった。」



「はあ」



「2年生に上がれば、同級生の笹本ささもとって奴を好きになった。可愛くて少しクール系でみんなのアイドルみたいな子でな。インフルエンサーとかってので名前は知ってたんだが、同じクラスになれると思わなかった。面白そうな活動をしてるもんだから、すぐに仲良くなろうとしたよ。でも、どうしてか自然と気持ちが冷めちまった」



 俺は一人苦笑する。



 「中学3年の終わりかけの頃には向崎こうざきって子を好きになったよ。こいつもみんなのアイドルみたいな扱いだったけど、でもそれだけじゃ無かった。話してみると、今までのイメージがどんどん変わっていくんだ。人当たりは良いんだが人付き合いが苦手で、気遣いが上手くて、乗り物酔いをすると驚く程の醜態を晒す。人前では猫被ってて実はキツイ言葉も使ってくる。その魅力は今でも更新中だよ」



「清継さん…、何が言いたいんですかい」



「俺は少しずつ、好きになった子の好きになった理由を見つけられてるんだ。そしてどうしようもなく好きだった筈の人も時間につれて変わってる。これは心の病気とは違うような気もしてさ。今でも確証は無いんだけど、これは『心のアップデート』じゃないかなって思えるんだ」



「…!」



「五里。俺に教えてくれなくても構わない、ちえりの好きな所見つけられてるか?」



 暫しの間、沈黙が流れる。

 

 多くの人が利用するフードコートの中だ。嬉々とした声色や何の理由とも知れぬ子供の泣き声、働く従業員の活動音、食器の重なる音。様々な音がノイズとなって俺達を包み込んだ。



 五里は不意を突かれたように驚いた顔をしていて、やがて乾いた笑いをした。



 「ははは、そうだなあ。考えてみれば、古谷の気に入った所は幾つも見つかったな。絶叫好きとは思わなかったし、少しわがままなとこもあって、飲み物を途中買わされたよ。それに…いや、確かに心のアップデートかもな。清継さん、そりゃいいや」


「だろ?」



 俺達は二人並んで、カラカラ笑う。

 周りから見れば、テーブル席なのに向き合わないでわざわざ隣同士に座るガチホモカップルだろう。

 絶対にクラスメイトだけには見られたくない。

 明日の学校では、不登校になりたくなるようなとんでもない噂が学年中で流されているんじゃないかと、既に不安である。



 こんな状況になったのには理由があった。

 

 俺と恋花が水族館を徘徊し終えた辺りで、五里とちえりから『合流して昼食にしよう』というメッセージが届いた。


 それでフードコートに来た訳で、それぞれが好きな物をタッチパネルで注文する。恋花が蟹のてんぷらを選んだ瞬間は仰天した。

 恋花なりに、何か供養の気持ちがあったのかも知れない。



 会計は俺と五里の二人が持った。遠慮する女性陣を半ば強引に納得させ、俺達は無事に自己満足を果たせたのだ。

 初デートの会計は男が持たなければ格好悪い、とかそういう性別による意識の話ではない。俺からすれば割り勘でも、どっちが会計を持っても良いと思うし、くだらない議論だとさえ思っている。

 もっと単純な話だ。



 見栄を張りたい奴が払えばいい。



 そうして喜んで財布を出した浪費家の俺と五里は、見事な見栄を張れて大満足である。きっと将来、沢山の部下を持つ会社員になったのなら、光の速さで身を滅ぼすことだろう。


 それから食事を終えた俺達は、一般人が紳士の皮を被れる精神系大魔法『お手洗いとか大丈夫?』を発動する。



 その言葉で女性2人を自然に席から外させた結果、この状況に至る。

 何だかんだ五里とこんな話が出来た、有意義な時間だったろう。




「ごめん、2人共遅くなった」


 恋花とちえりが駆け足気味に帰ってくる。思ったより時間が掛かったな。



「下してたのか」


「スマートな清継君だと見直してた私が馬鹿だった、死んだら?」



 どうやら俺には、この大魔術を扱うには経験値が足りていないらしい。

 どっかで人生経験を積んでレベル上げをしなければ。




* * *



 それから俺達4人は美術館を回った。

 芸術に関心があるからじゃない。

 そこにあったから、来てみただけだ。

 そういえば近々、美術の授業であることが行われるのだった。『隣の席の人を模写する』というもの。この課題をどう乗り切るか。


 親しき後輩の水上みなかみには俺の絵をクリーチャー等と散々馬鹿にされたものだが、館内を観て回れば俺の絵と大差ないような作品が堂々と飾られているではないか。

 俺の絵も意外と悪くないのかも。きっと大層な題名さえ与えれば、見る者が意図を深読みしてくれるだろう。自信が出てきた。


 そんな事を考えている時だ。



「お母さーーん!」



 美術館にはそぐわない子供の泣き声だった。

 現代社会では誤解をされないように、一度静観するのが賢い選択だと思うが、それを考えるまでもなく、俺はその小さな女の子に駆け寄っていた。

 ひざまずいて話す。



「どうした、母親とはぐれたのか?」


「お母さーーん!」



 まるで俺が不審者のようだ。

 善意で声を掛けたというのに犯罪者にされかねない。俺も叫んで良いだろうか。お母さーーん!

 


「れれれ恋花、助けてくれ!」


「え、何。清継君泣かせたの?」

 

「泣かされそうなんだ」


「勘弁してよ」




 そこから先は恋花に任せた。子供をあやすのが得意そうな恋花は、その女の子から話を上手に聞いてあげていた。

 結果としては母親がお手洗いに行っていただけ。ちゃんと母親はその事も子供に伝えていたそうだが、どうして幼少期の子供というのは進んで迷子になりたがろうとするのだろうか。

 かくいう俺にもそんな記憶があったような気がするが。

 


「助かったよ恋花、ありがとう」


「なんかお母さんにいっぱい感謝されちゃったわね、ただ側に居ただけなのに」


「俺にはそれすらも出来なかったよ。賞賛されるべき行いだろう」



 俺がそう言うと、恋花は口許に手を当てて小さく笑った。



「なんか、前にもこんな事あったよね」


「前?」


「あの時も清継君、子供に泣かれて…」



 そこまで話していた所で、背後から五里達に声を掛けられた。



「ああ清継さん達、こんなとこにいたのか探したぜ」


「ごめんね、清継君が子供を泣かしてて」


「どゆ事だ」



 結局話を聞けず終いになってしまった。覚えのない話だったので、続きが気になったのだが。

 あやふやになったままで、聞き返すタイミングが無くなる。まあ、良い。今度学校で聞けば良いだろう。



 館内の時計が鈍い鐘の音を鳴らす。


 

 そろそろ帰る頃合いだ。




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