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幸せとは手にしている時だけ気付けないもの

 日本の沿岸で最もよく見られるクラゲは『ミズクラゲ』という種類らしい。

 全身をポンプのように使って精一杯運動し、やがて全てを諦めたように水中を漂う姿は、どこか無垢な赤子の姿と重なって見られて癒される。


 かれらの特徴は、透けた体を良く見ると四つ葉のクローバーのような模様が確認出来ること。説明によるとこれは臓器で『胃』なんだとか。


 一般にラッキーアイテムとされる四つ葉のクローバーでも、それが数百とある四つ葉畑なんて場所を訪れたなら、その特別が当たり前となった景色にありがたみを感じられないだろう。むしろ薄気味悪いくらいだ。


 しかし、この水中の四つ葉は別だ。

 一匹いただけでは何の気にも止めないが、数百いれば幻想的な景色に価値を変えていく。


 結局、人は価値のある物に特別を見出すのでなく、特別な物を価値ある物とするのだろう。

 


 俺とて例外でない。

 クラスメイトとして普段隣にいる、向崎恋花こうざきれんかとの時間を特別とまで思わないが、今の俺の隣にいる私服姿の恋花との時間は間違いなく特別と思えてしまう。

 同じ人との時間に優劣の差を感じるとは、俺の精神はまだ未熟らしい。



「星のようだな」


「ライトアップされてるからね」


「海の中で生活をしていたなら、こんな景色も当たり前と思うのだろうか」


清継きよつぐ君、実際クラゲに囲まれたこの光景を海の中で見たらどうする?」


「泣いて助けを乞うだろうな」


「台無しじゃない」



 価値は変わるものだ。あくまで水族館内で鑑賞するのだから美しく思うのであって、水中でクラゲの大群に遭遇しようものなら、それは地獄絵図である。

 ただ、今だけはアートとして展示された銀河のように輝くこの光景に目を奪われていたい。


 この水槽の為に周囲の明かりを落とされた暗がりの中、俺と恋花は暫く無言のまま、観覧用の長椅子に座っていた。


 10分は過ぎただろう。



「恋花、体調はもう良いのか?」


「だいぶ回復した。ありがとう」


「良いさ」


「五里君とちえりちゃん、上手くやれてるかしらね」


「あいつら意外と気が合うんじゃないか。絶叫好きなんてのは頭のネジが幾つか吹き飛んだ気の触れた奴らだ。きっと食べ物の趣味もゲテモノ好きでお似合いだと思うぞ」


「SNSに書き込んだら開示請求されそうなレベルの偏見ね。まあ、私も思ってたよりは仲良く出来てるなーって感じてたけど、音沙汰無いとちょっと心配」


「それだけ順調でいるってことだろ。何かあれば五里が胸をドラミングして連絡して来る筈さ、その時に必要なアドバイスをしてやろう」


「どういう扱いなの。ほんとあなたって、ロクな死に方しなさそう」



「いやこれは五里にマスコットゴリラ的な愛嬌を感じてだな…」



 最初は五里の外見をイジった若干の悪意さえある呼び方であったが、今となっては熱心にちえりを想う五里に対して本当に愛嬌を感じている。

 そんなしょうもない弁明をしようと思った矢先で、ポケットに入れていたスマホが振動した。


 確認してみるとメッセージが1件。



「五里からだ」


「なんて?」



 俺はそのまま恋花にスマホの画面を見せる。

 周囲が暗いので、向けられたブルーライトに恋花は思わず目を細めた。

 それから画面に顔を近付ける。



 メッセージの内容はこうだ。



『清継さん!古谷ふるたにが今度はお化け屋敷行こうって。暗い部屋に二人きりだ、どうしたら良い!?』



 恋花は文面を読む為に前のめりにしていた身体を戻す。



「お化け屋敷ねえ」


「そういえばお前、苦手だからって結局一度も行かなかったよな」


「うっさい。清継君が暗闇に乗じて身体触って来ないか心配で自衛してたのよ」


「お前の被害妄想のがお化けより怖いよ…」


「それで、どうアドバイスするの?『愛の伝道者』清継さん」




 完全に人を小馬鹿にした挑戦的な顔をしてくる。

 何が愛の伝道者だ。この異名を広めた奴を特定して開示請求してやりたい。

 精神的苦痛を受けましたって。

 そう思ったけど、俺の方がよっぽど過去に後ろめたい発言をしていそうなので、止めておこう。反撃の石を投げられずに済む自信がない。



 俺は口惜しそうに恋花を睨み付けてから、無言でアドバイスを返答する。

 暗い部屋に二人きりだ、どうすれば良い!?、だって?




『押し倒せ。』



 送信っと。



「ちょっと清継君!冗談でもそういうこと送らないでよ」


「ゴリラだって狼にならなきゃいけない時があるんだよ!暗闇上等。攻める時に攻めなくてどうする」


「あなた一時の気の迷いで人生終わらせるタイプの人なの?ほんと私達別れて正解ね」


「いや、お化け屋敷だしノリも大事かなって」


「お化け側になってどうするの。私がちえりちゃんならひっくり返って気絶してるとこよ。せめてもっと抱き寄せるとか何とかあるでしょ」



 俺が粗相した子供のように説教されていると再びスマホが振動した。このタイミングだ。当然、五里からだろう。

 内容を見る。



『清継さん、それは人としてあかん』



 俺は二人にボロクソにされ、涙ぐみながら再度五里にメッセージを返すのだった。



『ちえりが怖がってたら抱き寄せるくらいしてやれ』と。



「結局私の言葉丸パクリじゃない」


「左様でございます」


「ほんとにもう。ジュース奢りね」



 この調子では、俺は後何本のジュースを奢らねばならないのだろう。もはや予め自販機を購入しておいた方が経済的かも知れない。

 とはいえ、実際恋花が一緒にいてくれて助かっている。俺一人の発想だけならば、最終的に悪ノリを強行して五里とちえりの関係を破綻させかねないだろう。


 その手助けがジュース程度で済むのであれば安い物だ。

 俺はわざとらしく観念したような物言いで



「分かったよ。順路の先でじーはん見つけたら好きな物買ってやるさ。俺達もそろそろ行こうぜ」


「はあ、今日だけで一年分疲れそう」



 悪態をつきながらも恋花は長椅子を立ち、俺達は水族館の中を順路の通り回って行く。

 順路というのは、水族館のスタッフがお客さんに見て欲しいコーナーの順に構成した物だということを聞いたことがある。

 であれば、その意図を汲み取ってやるのも一つの楽しみ方だろう。


 遠くでうっすらと笛の音が聴こえる。

 おそらくイルカのショーでも行われているのだろう。

 ショーというのは、来館者が開催時間に駆け足して向かう程の目玉イベントの一つなのだろうが、俺達は気にせず順路を歩く。



 このタイミングの水槽前は子供達が少なくなって、水生生物をじっくり眺められるからだ。

 日曜日なのだから、子連れの客も多い。例え同じ入館料金を支払っていようとも最前列を気持ち譲ってやるのは、大人の心構えとして胸に忍ばせておきたい。

 というより、それくらいの余裕を持つ方がこの手の施設は楽しい物だ。


 テーマパークの楽しみ方は人それぞれ。


 これが俺の楽しみ方だ。

 俺達の、と言っても良いかもな。



 恋花がとある水槽前で立ち止まる。不気味な程に動きを見せない、巨大な『タカアシガニ』のコーナーだ。俺はこの生き物がどうにも苦手ですぐ去りたかったのだが、恋花が水槽ガラスに触れたまま、ふと口を開いた。

 その瞳は少し濁って見える。




「私小学生の頃に家族とね、マグロが見れる水族館に行ったことがあるの」


「ああ、あの有名なとこか?今改装工事中だっけか」


「うん、そこでお昼ご飯にカツカレーを食べたの。マグロカツ」


「何、怖い話?」


「ここの、フードコートの名物メニュー知ってる?蟹のてんぷらなんだって」



 俺は特別暗くされた水槽の中で、息を潜めるようにしてこちらを見つめるタカアシガニに視線を向ける。

 

 目が、合った。



「恋花ばかやめろ、それ以上考えるな消されるぞ」



 この子、なんて恐ろしい事を口走りやがるんだ。

 軽口でフードコートの店員さんに『この食材何処で仕入れてるんですか』なんて尋ねようものなら、どんな場所に連れて行かれるか分かったもんじゃない。


 俺は目の曇った恋花の手を引いて、競歩気味にさっさと次のコーナーへ向かうのだった。

 ペンギンとかそういうのが見たい気分だ。

 

 

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