失敗したと思ったなら次はそれを逆手にギャップを生み出せばいい
「汐森先輩!こんにちは」
「すまない、ちえり。少し待たせたな」
「いえいえ全然!化粧も直したかったのでばっちりなタイミングでした」
なるほど、『今さっき着いた所だ』と定番の嘘を吐くよりも、待ち時間を自分の時間に使えていたと言い換える方が気遣いとしては上手いのかも知れない。
勉強になります。
俺も今度からその言葉を真似させてもらうとしよう。
『全然待ってないよ?化粧も直したかったから、ばっちりなタイミングだったよ!』てね。
へへ、バケモンかよ。
恋花がちえりに電話をしてくれたおかげでようやく俺達4人は合流する事ができた。
遅刻して来た訳でもないが、想定以上の混雑具合でちえりを発見するのにだいぶ時間が掛かってしまった。
これだけ待たせたのだ。機嫌を損ねていてもおかしくないというのに、後輩の古谷ちえりは、不貞腐れるどころか待ち焦がれた相手を目にしたように瞳を輝かせている。
「皆さんとちゃんと会えて良かったです。私ずっときょろきょろ見回してて」
「遅れた埋め合わせはこの後するよ。先輩達がこんなでは示しがつかんからな」
「そんな、気にしないで下さい!恋花先輩もこんにちは。なんだか顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
同じ陸上部の後輩に顔を覗き込まれ、バス酔いの続く恋花は出来うる限りの微笑みを作った。
中々に歪んだ笑みだ。
「だい、じょぶ…。ちょっと休んだら良くなるから…」
恋花はまるで二日酔い状態で早朝に徘徊する見苦しいOLのような姿である。それを見て、ちえりは心配というより若干引いているような気さえもする。
俺としてもここで先輩の威厳を損なわせる訳にはいかない。フォローに入ろう。
「大丈夫、良くある事だ。薬が切れてしまうと恋花はこうなってしまうんだよ」
「またですか!?どんな薬服用してるんですか!?」
「さすがに良いリアクションだな。今回は酔い止めだよ」
「ああ、乗り物酔いだったんですね」
この前みたいに恋花を薬漬けキャラにして面白可笑しく話を進めても良かったが、当の本人にツッコミの気力が無いのでは仕方がない。
他人をネタにする時は、本人との掛け合いあっての共同作業にしなければ。一方的ではセンスが無いだろう。
俺は気合いの入ったちえりのデートコーデを見てから流暢に言う。
「それにしても今日は可愛らしい服装だな、五里もそう思うだろ?」
「ひゃえ!?そそそ、そうだな。まるでお人形さんみたいだねえ」
気色悪い挙動をしてお婆ちゃんみたいな褒め方をするな。
黒い肩出しニットにチェックの短めスカートのちえり。やや好みを選ぶいわゆる地雷系ファッションにも見えるが、どうやら五里は悩殺されてしまったらしい。
このタイミングが五里とちえりの初対面となる。第一印象というのはお婆ちゃんとの思い出くらい大切だ。最初のイメージを変えることは簡単ではないからだ。上手く立ち回ってくれ。
一応は先輩という立場なので、五里の方から自己紹介を切り出して欲しいとは思ったが、それよりも先にちえりの方から恐る恐るといった様子で口を開いた。
「五里先輩、ですよね?恋花先輩から話は聞いていました。古谷ちえりです。よ、宜しくお願いします…」
分かる、分かるぞ、ちえりよ。
こんな如何にも昔やんちゃしてましたみたいな男怖いよなあ。
俺も同じだったもの。今平然と隣にいるのが不思議なくらい。
俺はにこやかな表情を固めたまま、五里の腰を軽く叩く。
何か喋ろ、と。
「は、はじめまして!五里絢斗です。気軽に絢斗って呼んで下さい!」
「え、はい…」
待て、こいつ距離感いかれてんのか。誰が初対面でこの男を名前呼び出来るんだ。上手くやれとは願ったが、この距離の詰め方は人生全てが上手くいく不思議な壺を売る人くらい強引だぞ。
俺はすかさず五里の背を引きずり込んで、小声で説教する。
(馬鹿野郎、お前みたいな強面男は『動物園から抜け出して来ました、マウンテンゴリラです。気軽にバナナを与えて下さい』くらいのジョークで場を和ませるのが丁度良いんだよ!見た目も言動も怖いんだよ…!)
(そんなこと言ったって清継さん…!俺実際に古谷を目の前にしたらビビっちまって)
(今ビビってるのはちえりの方だ。イケメンなんかよりも面白い男のがモテる。まだやり直せるから勇気を持て…!)
(わ、わかったぜ…!)
密談を終えた俺と五里は、何事も無かったように爽やかな笑みでちえりの方へくるりと振り返った。
そして五里の奴がこんな事を抜かした。
「気軽にバナナを与えて下さい」
「クソがあ!」
「痛でえ」
俺は思わず叫んで五里の頭を殴り付けてしまった。俺は簡単に人に手を出す程気の短い男では無かった筈だが、こればっかりは仕方がない。
「てめえ五里この野郎、これじゃあ、ただバナナが欲しいだけの絢斗君が生まれただけだろうがあ!」
「は…!本当だ」
「この単細胞ゴリラめ、お前はまず女の子とデートする前に人間に生まれる所からやり直せ」
もう今日1日の企画は終わりだろうと心の底から思った。
繰り返すが第一印象という物は大切だ。出鼻を挫かれてしまってはここから五里が巻き返す事は不可能だろう。
五里の恋のサポートは諦めて、ちえりの相談の解決だけに狙いを絞った方が良い段階かも知れない。
大人しく俺がストーカー避けの偽装彼氏の役を演じるしかない。
そう思っていたのだが。
「ふふふ、先輩達面白い」
「「え」」
俺と五里は間抜けな声を出してちえりの方を見る。
彼女は口元に手を当てて、上品に可愛らしく笑っていた。
そうだ、第一印象という物は大切なのだ。失敗したと思ったなら次はそれを逆手にギャップを生み出せばいい。
俺と五里は図らずして漫才を行い、強面大男の印象から面白キャラに書き換える事に成功していたようだ。
「五里先輩って何か怖い人なのかもって思っちゃってました。ちゃんと汐森先輩の友達みたいで安心しました」
俺と五里が呆気に取られている様を見て、恋花がフォローしてくれる。
「ちえりちゃんこの二人、どっちも不審者みたいな顔だけど、悪い人じゃないのは同じクラスの私が保証するから大丈夫よ」
「おい、何で俺まで五里と一緒にされなきゃならんのだ」
「類は友を呼ぶって言うでしょ」
乱暴に一纏めにするなと言いたいのだが、デートの待ち合わせ時刻3時間前にスタンバイしていた俺は間違いなく不審者なので何も言い返せない。
「ふふ、皆さんありがとうございます。私の相談の事で予定を作って下さったんですよね。せっかくお時間作って下さったのでせめて楽しい時間に出来るように頑張りますね!」
ちえりは両手で力こぶを作るポーズをする。
あれ、この子天使かも知れない。いや駄目だ、俺には恋花という元カノが…。というより、今日は五里とちえりをくっ付けるのが目的なんだ。しっかりしろ、俺。
そう思って隣に目をやれば、ちえりの可愛らしいファイティングポーズで既に脳みそを焼かれた五里が白目を剥いて意識を失っているようだった。
しっかりしろ、お前。
「よし、それじゃあそろそろ行くか。どこから回る?」
「遊園地コーナーなんてどうでしょう」
「良いな、恋花はどうだ?」
「うん、良いと思う」
五里は放心してるので意見を訊かなくて良い。
こうして俺達4人は気恥ずかしくもダブルデートという事で、臨海パーク内を散策し始める事になった。
まずは、掴みが良くて一安心だ。
恋花に歩幅を揃える。
「恋花、さっきはありがとうな」
「ホント、冷や汗かいてたところ」
「それ乗り物酔いでだろ?」
「うるさいわね」
「お、キレが戻ってきたな」
「はいはい、どМきも」
「デートで聞くとは思えんセリフだな」
「別にあなたとデートに来た訳じゃないし」
「それもそうだ。でも、久しぶりだな。この場所に来るのは」
「そうね」
「何度目になる」
「さあ。もう、忘れたわ」
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