オオカミとゴリラ
「潮の香りがするな」
「待って…、清継君酔った」
「だからバス内で携帯小説は読むなとあれほど言っただろう。残虐なサイコホラー映画観ながら焼き肉するくらいやっちゃいけない組み合わせだ」
「だって予定の擦り合わせも終わったから、もう清継君と話すこともないと思って…」
「よく介抱されながらそんな事言えるな。三半規管の強さが精神の図太さに全振りされてるのかお前は」
「今は、もう、ごめん…」
まるで意味不明な謝罪を残し、恋花はふらふらとしゃがみ込んでしまう。
バスに揺られて約40分程。目的地である臨海パークに到着したのだが、恋花は既に瀕死の状態だった。
移動中に五里とちえりをどうやって仲良くさせるかプランニングしていて、それが終わると俺の事は用済みとばかりに恋花はスマホを弄り始める。
俺はせっかく2人でいるのだからと何かと話題を探して振った訳だが、普段学校にいる時と同じくらいのぞんざいな扱いで全く相手にしてもらえなかった。
これが捨てられて構って貰えなくなった惨めな男の気持ちだろうか。その後の俺は虚しくなって寝たふりをする事しか出来なくなっていた。
とは言え、移動する車内で読み物をするのはさすがに悪手だろう。
何度も止めるよう呼び掛けたが、その願い届かず案の定この様である。これでは俺が酔い止めを渡した意味がまるで無い。
「ほら、近くにベンチがあるだろ。そこで少し休んでおけ。俺は先に五里と合流するからさ」
「おえ」
何だこの絵面は。俺の思い描いていたデートとだいぶかけ離れた光景だぞ。社会人の飲み会帰りかっての。
そうは思いつつも、仕方がないので恋花の肩を抱き抱えてベンチへと引きずっていく。
多くの利用客の前でそんな姿を晒しているので、周囲の奇異な目も痛いものだが、何だろう。凄い美少女と至近距離でいるのに、全く興奮しなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
今日は日曜日ということもあって、予想はしていたが中々に混雑している。
カップル、家族、学生同士。これだけ賑わっていれば五里を見つけるのも苦労するかも知れない。メッセージでも入れておくか、と思っていたがその心配は無用のようだ。
五里は俺よりも身長が高い。つまり身長180センチくらいはある上に体格も大きく、加えて髪も派手に染めている。
一般的な感覚で言えばあまり近付きたくない存在だろう。
それを証明してみせるように、五里らしき人物の周りは人が避けて通っていて、そこで棒立ちする彼はまるでパントマイムをしている大道芸人と見間違えるようだった。
五里が俺に気付くと、満面の笑みで駆け寄って来る。
そのでかい図体と強面が見せる眩しい笑み。場所が子供向け施設だったなら、すぐに不審者情報に載せられるに違いない。
「おはようございます清継さん、今日は良い天気ですねえ」
そう言って革ジャンを着たパンクスタイルの五里は、直角90度の綺麗なお辞儀をする。
「やめろ、五里。俺が反社のボスみたいに見えるだろ」
「そうですか?なんなら今日は清継さんのパシりにでもなるつもりだったが」
「ならんでいいし、ダサい姿は見せるな。ちえりに良い格好見せる為に来たんだろう?堂々としていてくれ」
「清継さん…。ありがとう。俺はあんたの気持ちに応えられるよう、死ぬ気でデートを全うするぜ」
もはやデートってなんだったっけ、と自問自答してしまう領域に入ってしまうよ。
参加者が嘔吐寸前の元カノに、命を賭すかのような覚悟の転校生。今日という日に向けた熱量の寒暖差で風邪を引いてしまいそうだ。
俺は悪い夢でも見ているのだろうか。
波乱の1日にならねばよいのだが。
苦笑を浮かべる俺を見ながら、五里は首を傾げてみせる。
「清継さん、向崎の奴はどうしたんで?」
「あー、恋花なら入り口付近で休んでるよ。乗り物酔いだ」
「情けない奴だな。これからが本番だってのに」
五里は遠くの恋花を眺めながら、呆れた様子で頭を掻きむしる。
そこで俺は他の誰に聞かれるという訳でもないのに、耳打ちするような距離感で
「五里、お前には予め言っておく。俺は今恋花と復縁しようとする計画を考えているんだ」
「マジなのか清継さん!ありゃ見てくれこそ良いもんだが、清継さんには不相応だぜ。あんたのことを虫けら以下だと思ってる。やめたほうが良い」
「昔はあんな暴力ヒロインじゃなかったんだよ。今みたいな恋花に変わった理由は多分、俺にあるんだと思う」
「だと思う、ってのは随分曖昧な言い方じゃないですかい。まるで心当たりが無いみたいな」
「その通りなんだよ。聞いた話では別れる1ヶ月前まで恋花は俺にぞっこんだったんだと。それが僅かの期間に心変わりだ。手首がちぎれるようなスピード感の手のひら返しで開いた口がふさがらないよ」
「他に好きな男でも出来たんじゃないですかい」
その何の気無しの言葉に俺は戦慄した。
何故その可能性をまず考え無かったのだろう。女の子が心変わりする可能性なんて言えばまずは真っ先にそれだ。
自分への絶対的な自信でそんな事さえも思いつかなかった俺は、やはり前に恋花が言った通り『自意識過剰のナルシスト』なんだろう。
俺はあまりの衝撃で目を見開く。
「た、確かに…」
「本人に直接訊いたりは」
「してない。恐いよお…、五里君」
「しっかりしてくれ清継さん。俺も軽口で言ってはみたが、普通男がいればデートなんて来るわけねえ。せっかく向崎も一緒なんだ。今日確かめてみるしかないんじゃないか。」
「そ、そうだよな」
その通りだ。何をこの程度の事で狼狽えている。恋花が元々一途な性格なんてこと、俺が一番良く分かっている筈ではないか。
いくら後輩やクラスメイトに手を貸すと言えど、デートという名目が付いたなら簡単に引き受けるような人ではない。線引きはきっちりする筈だ。
どちらかと言えば、彼氏とそれ以外を天秤に掛ければ、いかに周りから感じ悪く見られようとも彼氏を優先するだろう。
恋花はそういう人だ。と思う、信じたい。
「よし、五里。俺は今日恋花と少しでも距離を縮めるぞ。お前も頑張れ!何かあれば支えてやる、アドバイスしてやる。何とかしてやる。男2人、今日は一匹の餓狼として意中の相手を落としに行くぞ」
「おお!」
こうして合流した一匹のオオカミと一匹のゴリラは、心を通わせてからベンチでへたり込む恋花を回収しに行く。
潮風に茶色がかった髪を靡かせ、うずくまる彼女。普段は強気なくせして、今では干からびた雑草のように生気のない様子が気の毒だか少し面白い。
残るはちえりだ。
もうこの場所に到着している筈なのだが。この人混み、目視で探すのは面倒だ。
「恋花、ちえりに連絡出来るか?」
「うん…。ちょっと待って、すぐ電話するから…おえ」
「大丈夫かよ」
「えへへ、余裕余裕…」
そう言って未だ顔面を蒼白させる恋花は、俺達から少し離れてスマホを取り出す。
いつもよりも一層小さく思えるその丸まった背中を見て、将来新入社員として親迎会なんかに参加した泥酔した恋花の姿なのではないかと心配になった。
デートが始まる。
広告の下にあるポイント評価欄【☆☆☆☆☆】から評価とイイネを頂けると作者のモチベーションがとても上がります。
宜しくお願いします!
また、小説投稿サイト「カクヨム」でも公開しておりますのでそちらもフォロー頂ければ嬉しいです。