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でも誰が一番大切なのか考えてみて下さいって事です。


「おす、水上みなかみ。遅れて悪いな」




「あー、清継きよつぐ先輩。これまた随分な重役出勤ぶりですね。さぞ値打ちのある言い訳を聞かせてくれるんでしょうね」



「デートの約束取り付けるのに時間掛かっちゃって」



「何ですかそれ1円の価値も無いじゃないですか!会社の重役がそんな理由で遅刻して来たら、明日から従業員全員でストライキですよ」



「上司の恋も応援出来ない部下しかいないのなら、いっそ潰れてしまった方が良いかも知れんな」



「そこまで行ったら会社じゃなくて教団ですよ…。どんだけ歪んだ思想を広める教祖になろうとしてんですか」




 放課後すぐに行われた恋花れんか五里ごりとのちえり攻略作戦会議に随分と時間を費やしてしまっていた。

 

 俺が図書室に顔を出す頃には、委員会の活動が始まって既に一時間近く経過してしまっている。俺は事前に遅刻するなんて予告もせず、その間の全ての作業を後輩の水上一人に押し付けてしまっていたのだ。ぷりぷり怒られても仕方がない。



 俺は冗談混じりの口調から、誠意のある口調に変える。




「悪かったよ。そこそこ込み入った事情があったんだ。帰り何か奢ってやるから許してくれ」


「じゃあラーメンですね」


「遅刻の代償大きくないか?」


「当然です。通常、餃子も追加しなきゃ気が済まない所、サービスしてるんですよ?」


「俺を少しでも得させた気にして、言いくるめようとしてるな?まるで悪徳業者のような手法だ。どこで覚えたんだ」


「何言ってんですか。圭吾けいご先輩にたかる時の清継先輩の真似ですよ」



 ああ、俺の真似か。どうりで聞き馴染みのあるセリフな訳だ。言われる側はこんなにも不愉快だったのか。これからは圭吾にもう少し優しくしよう。



 思いやりを持つことの大切さを再認識して俺は額に手を当てる。



「分かったよ。ラーメンでも何でも奢るから俺みたいな人間にはなるな」


「やったー、こんな事言えるの清継先輩だけですから安心して下さいよ」



 語尾にハートマークでも付けていそうな言い方をされる。

 俺の事を気心の知れた良い先輩でなく、わがままな口を利いても許される都合の良い先輩だと思って無ければ良いのだが。


 後輩の教育の仕方を間違えたかも知れない。



 図書委員活動の残り時間が少ない事を知っていたので、俺は鞄をバックヤードでなくカウンターにそのまま乗せて水上の隣の椅子に座った。


 腰を深く掛ける。



「お前の隣は何だか落ち着くよな。恋花れんか相手にするみたいに言葉選ばなくて良いし、よく分からん転校生みたく面倒な依頼事がされる訳でもない。まるで砂漠の中で見つけた一つのベンチのようだ」


「先輩が私を褒めたがってるのか、馬鹿にしてるのかよく分からないんですけど。褒めたいならそこは素直に砂漠の中で見つけたオアシスと評しても良いんじゃないですか?」

 

「何を言うか。俺はお前を十分に評価したつもりだぞ。オアシスと言える程大きな存在にならないのが、水上の良いところなんじゃないか」


「やっぱり馬鹿にしてるー!」


 

 水上の反応が面白くて俺はケラケラと笑った。

 実際本当に褒めたつもりでいたのだが、どうやら水上には伝わらなかったらしい。

 直近でちえりからストーカー被害の相談を受けたり、五里と初めて顔を合わせたり、恋花を含めてデートの作戦を立てたりと、気疲れする事が多かった。

 だから水上のように何の気遣いもせず、一緒にいられる存在は大きいと言うのに。


 こんな事を言っても、また話がややこしくなりそうなので俺は黙ったまま背伸びをする。ついでに欠伸あくびも出た。



「ふあーあ」


「して清継先輩。今日遅刻して来た本当の理由は何なんです?」

 

「なに?」



 欠伸途中で思いもよらぬ事を問われたので間抜けな声がでた。

 遅刻して来た理由なら最初に言った筈だが。

 水上は不服そうに眉を寄せる。



「だから遅れて来た理由ですよ。まさか本当にデートの約束を取り付けるので遅れて来た訳じゃないですよね」


「いや最初にそう言っただろ」


「え、もしかしてマジなやつですか」


「疑ってたのかよ、失礼な後輩だな」


「えええ!相手!相手はだだだ誰なんですか?」


「恋花」



 と五里とちえり。なのだが。

 水上はちえりと仲が良い。ここで俺が五里とかいう見た目が不良類人猿の奴を友達のちえりに近付けさせようとしている事がバレれば、話がこじれる可能性がある。

 最悪この計画が水上を通してちえりに伝わってしまう可能性があるのだ。ここは正直者にはなれない場面だ。


 俺がダブルデートである事を伏せていたので、事情を知らない水上は目を見開いてみせた。



「先輩それ本当なんですか!何でもっと早く教えてくれないんですか大ニュースですよ!」


「まあ、だから水上に一番最初に話したんだろ。この事はまだ圭吾にだって話ちゃいない」


「よく恋花先輩のオッケーを取り付けましたね。凄いじゃないですか、まずは第一段階おめでとうございます」



 水上は心から祝福してくれている様子で、隠し事をした俺の心が少し痛む。

 どうやら水上は文句を言いつつも、清継復縁プロジェクトというクリスマスまでに恋花とヨリを戻す計画を本気で応援してくれていたようだ。


 良い奴過ぎて涙が出ちゃう。今回のダブルデートが完了した際には事の顛末を正直に話そう。



「ま、まあな。勿論簡単じゃなかったけど。なんせ最近、勢い余って恋花に復縁したいと伝えてしまったばかりでな」


「え、それ本気で言ってます?」


「なんかおかしいか」


「頭おかしいんじゃないですか?」



「ぐ…、お前までそれを言うか」



 それは恋花にも言われたばかりだ。当然、俺自身も自分で言ってて同じ事を思ったので、それに憤慨することも出来ない。復縁に協力してくれている水上や圭吾に相談することもなく勢いだけで口走ったのだ。

 まさに頭のおかしいアホの所業だろう。



「だが、こうして結果的にデートの約束を取り付けられたんだ。少しずつ距離は縮まって来てる筈さ」



「先輩の急展開な日々の詳細が気になるところですけど…。それでデートの日はいつなんです?」


「明後日の日曜だ。臨海パークに行く予定ではいる」



 俺はど定番のスポットを敢えて選んだ。大きい規模では無いが、水族館や遊園地、美術館なんかも併設されていて学生は勿論、大人だってデートの場所に選ぶ有名な所だ。

 多くの見どころがあって、まず話題が尽きる事がない。初デートには持って来いといったところだろう。


 かくいう俺も恋花と付き合っていた頃は何度か訪れた場所だ。そして今回は五里の依頼。洒落た場所を選ぶよりも無難な方が良い筈だ。

 


「下手に背伸びしてロマンチックにしようとすると、上手くいかなさそうだしな」

 

「良いじゃないですか、臨海パーク。私も一回行ってみたい所です」


「なんだ、お前行ったことないのか?」


「はい」



 それが何か、とでも言うような口調だったので、俺は驚く。

 だから俺は酷く心配した神妙な面持ちで問う。



「水上、お前友達いないのか」 


「いるわい!失敬な!まだ行ったこと無かっただけですよ」


 

 水上は顔を赤くしながら怒ってみせる。

 後輩にちゃんと友達がいたようで一安心だ。まあ友達と水族館や美術館というのはまた少し違うか。きっかけがあるとすれば、それこそデートだろう。


 あれ、そういえば水上って彼氏いるんだっけ?さすがにいるなら何かしら本人から話は聞くだろうからいないと思って良いよな?


 俺や圭吾と飯食いに行く事だって珍しくないし。かと言って面と向かって『お前彼氏いんの?』って訊くのも気が引ける。これからも付き合って行く上で大事な事だ。少し探ってみよう。


 

「じゃあ今度一緒に臨海パーク行くか」


「はい?」

 

 

 水上は思考が停止したように暫く固まってしまう。それから視線をくるりと一周させて、何か勝手に納得したような表情をしてから

 


「ああ。圭吾先輩と三人でですか。びっくりしたなあ」



 俺がいつ圭吾の名前を出した。二人で一つの存在だとでも思ってるのか。

 とは言え、基本的にいつも三人でいるから仕方ないのか。



「まあ、水上が圭吾も一緒が良いって言うならあいつにも声を掛けるが」


「声を掛けるがって、もしかして清継先輩私と二人で遊びに行こうとしてたんですか」


「え、うん」



 途端に水上の顔が火でも吹きそうなくらい真っ赤に染まった。

 口を開けたり、もごもごさせたりと随分動揺した様子だ。

 やがて顔を歪ませ、カウンターを叩いて鈍い音を鳴らした。



「れれれれれ恋花先輩という者がありながら何抜かしてんですかやっぱり頭おかしいんじゃないですかああ!?」


「頭おかしいとは何だ!お前が一回行ってみたいっていうから誘ったんだろうがああ!」


「だからそれがおかしいってんですよお!このナチュラル女たらし!きっと恋花先輩が『良い人過ぎてつまんない』って理由で振ったのは建前で、清継先輩のそういうスケコマシな所に嫌気が差して恋が冷めたんだ。クリスマス迄に復縁したいなら、とっとと意識変えないと一生恋花先輩からミジンコ扱いですよ!」



 さすがに言葉のナイフが研ぎ澄まされていて心が痛む。最早刃物でなくこれは核弾頭だ。俺は人を一途に思う事だけには自信があったのに…。


 とはいえ、水上に彼氏がいないことが確定したようなので良かった。無自覚であっても他人の女に手を出していたなんて事は避けたい。今後の付き合い方が大きく変わらないようでまずは安心だ。


 ただ今だけは、安心なんかよりも言葉の暴力でメンタルが複雑骨折だ。

 放心状態になってしまう。



 そんな俺を見て水上はムッとしたままの口調で



「ほんとしっかりして下さいよね。私に気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、せっかく清継先輩の手でチャンスを掴んだんですから。私にとってのい人になるんじゃなくて恋花先輩にとってのい人でいて下さい」


「良い人でいるのは良いことだろ。水上も恋花みたく束縛と浮気癖のあるDVヒモ男がタイプなのか」


「恋花先輩に殺されますよ。…そうじゃなくて、誰にでも手を差し伸べられる先輩は凄いです。間違いなく先輩の長所と言えるでしょう。でも誰が一番大切なのか考えて下さいって事です。恋花先輩に向ける手も私に向ける手も同じ物にするつもりですか?」


「…!」



 そんな事を言われて、俺ははっとした。

 恋人に差し向ける手、友人に差し伸べる手。どちらも俺からすれば大切な物だが、水上のようにそれを平等にするのはおかしいと感じる人間もいるのかも知れない。


 恋花にとっての俺は、どちらの『いいひと』だったのだろう。

 俺のモットーである生き方は良い人でいる事。そうすればみんなの人気者でいられるし、その人気者の言葉には不思議と魔法のような力が宿り、悩みだったり不安を抱える多くの人を救えるんだと信じて来た。


 でもみんなの人気者でいようとすることは、大切な人にとっての特別で無くなる事と同じ事であったりするのだろうか。

 俺は考える。



『あなたがもっといい子でいたら、こんな事しなくて済んだのに!』



 いつかの日の言葉がフラッシュバックして、頭が痛くなってきた。

 仮に。もしもの話だ。俺のみんなにとっての良い人でいるこの生き方が、間違っているのだとしたら、俺はいつかこの生き方を変える事が出来るのだろうか。

いや、多分、できない。

 


「先輩?」


「ああ、すまない。水上の話も一理あるなって思ってさ。お前は俺の事を応援してくれてたんだよな。サンキュ。さっきの話は忘れてくれ」



 俺がいつもの調子に戻ったのを見て、水上も顔色を明るくさせる。



「はい、では綺麗さっぱり忘れました。帰りのラーメンと餃子が楽しみです」


「待て水上。記憶が消去でなく捏造に変わってるぞ」


「あれそうですか?まあ細かい事は良いじゃないですか。先輩のデート決定祝いですよ」


「俺が奢る側なのおかしくね」


「ていうか先輩こそ今日遅刻して来たの忘れてません?」


「あれそうだったっけ?」


「うわー、この人最低だあ」



 そんな他愛もない会話をしながら委員会の時間は過ぎて行く。

 結局俺が図書室に着いてからの利用者は誰一人としていなかった。いつか利用者不足によってこの憩いの場が解体されるのではないかという一抹の不安を覚えてしまう。勿論、図書室というのは学校にとっての生活インフラみたいなものなので、要らぬ心配なのだろうけれど。



 俺と水上は戸締まりをして鍵を返し、下足口を共に出る。

 その帰り道、結局俺は水上にラーメンだけでなく餃子を付けて奢ってやった。

 水上の記憶の捏造が現実になってしまった。俺はとことん後輩に甘いらしい。

 今日は委員会を丸投げしたのもあったし、まあ良いだろう。


 店を出た後は、暫く最近みたドラマの話だったり、流行ってる動画の話だったりと、くだらない時間を過ごしながら帰り道に着いていた。

  雨もすっかり上がっていたその別れ際、水上は手にしていた傘を閉じると、小さな拳を胸の前で握って見せる。



「いよいよデートは明後日ですね。清継先輩、気合い入れて下さいね」


「任せとけ!と言っても恋花と出かけるのは久しぶりだから、やっぱり緊張するけどな。お前が側にいて逐一アドバイスをくれれば良いんだが」


「いや、目に見えるナビゲーターがいるとか狂気のデートですよ。私どんな顔してれば良いんですか。ていうか、そもそも日曜ですよね。私予定ありますし」


「なんだ、そうなのか。お前もデートか」


「殴っても良いですか?」



 とても可愛いらしい笑顔で物騒な事を言われる。経験上、この笑顔を浮かべる人間は本当に手を出して来るので注意したい。



「恐い事を言うな、お前まで恋花みたくなったら俺の身が持たない。予定とか言うからイジってみたくなっただけだ」


「そうですか。まあ、予定というか、ちょっと気になる事があるんですよねー。ちえりちゃんの事で」



 ちえり?五里の事が感付かれたのか?

 ダブルデートにするって件は恋花からちえりに伝えて貰う手筈になっている。もしかしたらちえりはそれを怪しく思ってか、友人である水上に既にメッセージか何かでアクションを起こしているのかも知れない。


 計画がバレては面倒だ。

 俺は慌てて会話を断ち切る。



「ちえりか。まあ、高校生活始まって色々あるよな。何かあれば水上が力になってやれよそれじゃあ、俺はこっちだから。水上も気を付けて帰れよー!」



「ちょっと何ですかいきなり。もーう、ご飯ご馳走様でしたー!」



 水上の律儀な挨拶を背にして、俺は駆け足する。

 騙しているようで申し訳ない気分だが、これも五里の恋の為だ。

 俺に出来る限りの事であいつをサポートしてやるのだ。今はこれで良いだろう。


 帰ったら、ちえりから承諾を取れたか恋花に連絡してみよう。

 学校以外で恋花と連絡するなんて、何だか緊張する。

 俺はソワソワした思いを抱えたまま、駆け足するのをより一層早めるのだった。

 



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 宜しくお願いします!


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