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見かけは内面より先に知られる要素なのでとりあえず気にして損はない

五里絢斗ごりけんとだ。隣の岡高おかこうから転校して来た。ヨロシク」



 淡白な自己紹介がなされ、俺達2年1組一同は動揺して拍手のタイミングを逃す。その異様な空気を払拭ふっしょくする為、我らが担任、近島先生は明るい声で歓迎した。



「五里君、みんな待ってたよー!一年間宜しくね」

 


 そう言って大袈裟な拍手をしてみせたので、俺達もそれに次いでまばらに拍手を送る。

 内心では皆、歓迎などしていないのだろう。新学期が始まってもうすぐ1ヶ月。ようやくクラスに馴染み、仲間意識が芽生えてきた所だと言うのに、良からぬ噂を多数抱えた不良らしき生徒が現れたのだ。

 綺麗な小川に外来種がやって来たのと同じで、クラスの生態系が変わる予感しかしない。



「五里君は転校して来たばかりだから、分からない所が多いと思いますので、みんなも助けてあげて下さいね」



 気は乗らないが、皆に合わせて返事だけはしておこう。


「「はい」」



 ホームルームが終わり、やがて1限目の授業が始まった。朝に五里はこの後話がある等と言ってはいたが、それからリアクションはない。

 彼は教科書の類を持ってきてはいないのか、隣の女子から見せてもらう形で授業に参加している。これでは一体何の為に登校して来たのか。隣の女子が気の毒でならない。



恋花れんか、あいつどう思う?」


「どうって汐森しおもり君の友達でしょ?朝あんなにあなたのこと探してたんだから」


「なわけないだろ、俺にゴリラの友達はいない。ゴリケンなんて周りが呼ぶから、今日までてっきりクラスを和ませるお調子者が来るもんだと思ってたんだぞ。想像とのギャップが林とジャングルくらい違くて飼育員さんもびっくりだよ」


「初対面の人に対する例えが酷くて私がびっくりなんだけど。でもそれじゃあ、汐森君に話って何なのかしらね」



 それが何なのか皆目見当つかないから、内心こんなにビビっているのだ。

 俺は手を合わせる。



後生ごしょうだ恋花、五里と話をする時お前も側に居てくれはしないかえ?」


「嫌よ。どうせあなたの事だから、五里君の意中の相手にまで色目使ったとかそういう系でしょ。トラブルに巻き込まないで」


「俺をいつからそんな節操なしだと思ってたんだ…。そこを頼む、側で俺の事を見てくれてるだけでいい。元彼女として俺を助けてくれ」


「いや、まず元カレのこんな姿見たくなかったんだけど」



 間違いない。こんな無様な姿、俺とて見せとうなかったわ。

 恋花が視線を別の席へ向けて続ける。



板橋いたばし君にお願いしたら。親友でしょ」


圭吾けいごが一緒なら話が好転すると、真面目に思ってるのか?」


 俺が問い返すと恋花は目を泳がせて、あー…と呟いた。

 圭吾よ、こんな扱いですまない。だが、人には適材適所という物があるのだ。お前の持ち前の明るさが、いつ五里の気を逆撫でするかわからないのだ。

 今回ばかりは恋花に仲裁に入って欲しい。



 そこまで話していて、1限目の授業、国語を担う教師が俺達に目を付けた。


「汐森君、向崎さん。仲が良いのは結構だけど、授業に集中して下さいね。それとも二人で廊下に立ちますか?」


「いえ、すみません!」



 恋花が顔を真っ赤にさせて即答する。

 俺としては二人で廊下に立つのも悪くは無かったのだが。仕方ないので目を伏せておこう。ごめんなさい、と。


 俺達は暫しクラスの連中からクスクスと笑われる。それをあなたのせいよ、とばかりに恋花に睨まれ、ついでに脚を蹴られた。

 まあ、俺が悪い。


 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 結局、次に五里に話掛けられたのは昼休みに入ったタイミングだった。五里はクラスの連中をかき分けて、今朝と同じように俺の席の前で立ち止まる。



「汐森、話がある」


「それはもう聞いたよ」



 俺と五里が会話し始めたのを見計らって、隣の席の恋花が何処かへ逃げようとしたので、俺は制服の裾を掴んで全力で引き止める。



 「うぇ!?」



 恋花は拍子抜けした声を出して体勢を崩し、机に腰を打ち付けた。

 それから俺の事をおぞましい表情で見つめてくる。その目は殺してやると訴えているようだ。

 今はそれで良いので側にいて下さい。



「それで、話ってのは何なんだ」


「ああ、あんたはこの学校を仕切るボスなんだろ?噂じゃ、あんたと言葉を交わした人間は、どんな奴でも心を奪われて服従しちまうんだとか」



 ん?こいつは一体何を言っているんだ。ゴリラ語の通訳者が必要らしい。



「お前は何の話をしてるんだ?」


「誤魔化そうったってそうはいかねえ。あんたはどんな女子でも発情したメス犬のように変える力を持つ愛の伝道者だそうじゃねえか。それにこの学校で最も信頼の厚い男とも聞く」



 この男一回ぶん殴ってみても良いのかな。多分こいつ、今まで登校せず眠っていたせいで頭おかしくなっちゃってるんだと思うの。誰かが目を覚まさせてやらないといけないんだわ。



「五里、お前は寝ぼけているのか?もう昼食のバナナを貰う時間だぞ」


「はぐらかさないでくれ。俺はそんなあんたに相談があって、わざわざ登校して来たんだ。古谷ふるたにちえりという一年生を知っているか」


 

 古谷?誰だ。そんな奴知らんぞ。

 そう思っていた矢先、隣の恋花が割って入って来る。


 

「五里絢斗君、だったよね。ちえりちゃんは私の後輩だけど、なんの話?」

 


 ちえり、あの後輩の事か。古谷なんて苗字だったか。確かに言われてみればしっくりとくる気がする。

 でも何でまた転校生の五里がちえりの話題なんて出すんだ。


 突然話の横から入ってこられたので、五里は少し動揺してみせる。



「あんたは…?」


「向崎恋花。汐森君の知り合いで、ちえりちゃんの友達よ」

 


 何故俺を友達の枠から外した。



「そうか。じゃああんたにも相談に乗って欲しい。ここじゃ何だ、一階に中庭があっただろ。そこで話をしないか」


 五里はそう言って、俺達を教室の外に出るよう親指で廊下を差して促す。

 俺と恋花は顔を見合わせ、いぶかしむような表情をすると、仕方なく一階の中庭に向けて席を立つのだった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



一階の長い渡り廊下を下足口とは反対の方向に歩く。中庭というのはこの先にある。硝子窓に囲われて日当たりの良いこの場所は、俺達学生にとっての隠れ家的なスポットだ。

 少しだが色鮮やかな花や木が植えられていて、見映え的にも申し分ない。

 俺達は中庭に着くと、そこに設置されていた横長のベンチに恋花と並んで座る。



「五里、お前は良いのか?」


「ああ、俺は相談する側の立場だ。このままで良い。気にしないでくれ」



 妙に弁えの良い奴だ。

 

 中庭を見渡せば他にも先客だった数組の生徒がいた。昼休みなのだから当然だ。しかし俺達三人がやって来て普通ではない様子でいたので、居心地を悪くさせてしまってか、或いは空気を読んでか、皆足早に中庭を出て行ってしまう。

 少し申し訳ない気分になる。



「五里よ、他の生徒はいなくなったぞ。そろそろ話してくれ」


「ああ、一年生の古谷についてだ。まずは、向崎に尋ねる。古谷には今付き合ってる奴っているのか?」


「「え」」



 俺と恋花が声を合わせる。

 何だか嫌な方向性になってきた気がするぞ。

 恋花は苦笑を浮かべて視線を外した。



「さ、さあどうだったかなあ…いたようないないような…」



 嘘の下手な奴め。ちえりに彼氏がいないことなんて恋花は当然分かっている。恐らく何かトラブルに巻き込まれる事を予測して誤魔化しているつもりなのだろう。それにしても目が泳ぎ過ぎだ。



「いるのか?いないのか」


「た、多分…いなかった、と思う、よ?」



 恋花の中の天使と悪魔が闘った結果、正直者の天使が勝利してしまったらしい。嘘をつかないのは良い事だろうが、嘘をつけないのとは話が別だ。時として善悪とは関係なく、嘘が必要になることだってあるだろうに。

 全く苦労する生き方をしている。



 ちえりに彼氏がいない事が分かると、五里は安堵するように肩を撫で下ろした。



「そうか、そうかあ。まだチャンスがあるって事か…」



 俺はすかさず恋花に耳打ちする。



「何で彼氏がいないって教えた。この後苦労するのはちえりだぞ」


「だって、彼氏持ちって伝えて嘘がバレた時だって揉めると思ったんだもん」



「そうだ、汐森!」



 五里に呼び掛けられて俺と恋花は身体をビクリと跳ねさせた。



「ど、どうした」


「ここからが本題なんだが、どうすれば古谷と付き合える?」


「まず聞きたいんだが、お前はちえりが好きなのか?というか転校生のお前がどうしてちえりの事を知ってる」


 

 まずはそもそも接点があるのか知っておきたい。案外ちえりとはこの学校に転校してくる以前からの友人だった説も可能性としてはあり得るからだ。


 五里は顔を赤らめて、身体をもじもじとさせる。

 目に毒だ。失せろ。


 

「古谷を知ったのは5日くらい前だったかなあ。その時の俺はこのまま不登校でいるのか決めかねていてな。取り敢えずこの学校の視察に来たんだ」


「普通に登校しろよ」


「校門の前をうろうろしていたら、丁度部活を終えた奴らが出てきたんだ。その時だ。俺は運命の子を見つけた。この世界にこれだけタイプの女子が存在しているなんて思ってもみなかったよ」


「それがちえりだったと」


「ああ。でもその時は名前を知らなくてな。声を掛けようと近付いてはみるんだが、中々タイミングが見つからなくてな。なんせ古谷は帰る時はすごい早足なんだ。結局声を掛けられず終いで、名前は他の生徒から聞き出したよ」

 


「…。」



 これは非常にマズイ。

 脳内の第何感だかが、警鐘を鳴らす。



 ちえりから「誰かにずっと見られてる気がするんです」と相談を受けたのが一昨日。それはいつからだと問えば、記憶違いでなければこう答えていた筈だ。『3日くらい前からです』と。


 それでは五里がちえりに一目惚れしたという日付と一致してしまうではないか。つまりストーカーの正体は、こいつだ。


 恋花もそれに気付いてか、俺に視線で合図を送っている。なんとかしてちえりから引き離さなければいけないのは分かっているよ。

 俺は固唾を飲んだ。



「五里、悪いことは言わん。お前は元来たジャングルに帰れ。」


「あ?どういう事だ」



 凄まれて俺の心は萎縮した子狸のようになる。

 この人、コワイ…



 そんな俺を見かねて、しっかりしろと言わんばかりに隣に座る恋花は俺の脇腹をつねった。

 俺は慌てて弁明する。



「ちえりは簡単に男に靡く子じゃないんだよ。俺は中学も一緒だったから良く知ってる。今は部活に集中したくて男に興味は無いって言ってたはずだぞ」


 恋花もそれに合わせてしきりに頷いてみせた。



 「そうか、ますます良い女じゃねえか」



 この単細胞ゴリラめ。この手の奴は遠回しに引き離すということは難しいかも知れない。歴史からでは無く、経験からしか物を学べないタイプだ。



「汐森、俺に協力して欲しい。あんたは狙った獲物は逃がさない恋愛経験に長けた恋の狩人なんだろう?」


「だからさっきから何なんだその肩書の数々は!どんな噂が流れてんだよ」



「噂じゃねえさ。実際あんたが相談に乗って生まれたカップルも何人かいるって聞いたぜ」


「あー…」



 思い返してみればそんな事もあった気もする。クラスメイトに頼まれたもんだから少し手引きしてやっただけのことだったと思うが、結果的に上手くいってしまった。

 それが噂の出どころか。いつの間にか背ヒレ尾ひれがついて偉人のようになってしまったのだろう。


 それにしても狙った獲物を逃がさないとは。まさに最近、隣の女の子に逃げられたばっかなんですけどね。



「汐森この通りだ、頼む!」



 五里は何の躊躇いもなく俺へと頭を下げた。



 俺は考える。

 不登校だったというのに、ちえりの事を知りたくて今更登校して来たのだろう。1ヶ月不登校でいれば、もうこのままでも良いと思えた筈だ。それを変えてでも学校に来て、果ては初対面の俺にさえ頭を下げている。それなりの気持ちの重さがあるとみて良いだろう。


 それを分かってて、無理にちえりから遠ざけようとするのは、同じ恋に焦がれる男として違うかも知れない。そう思えてきた。

 俺は肺の空気を入れ替える。



「分かったよ」

「ちょっと待ってよ」



 恋花が何か言おうとする所を平手で制す。



「五里、協力したい所だがまず聞きたい事がある。お前の噂についてだ」


「俺の噂?」


「ああ。お前が来た時、正直言えば悪い噂を耳にした。でもそれは噂だ。お前の口から聞かなきゃ信じられない。その真偽を確かめてから協力するか決めたい。分かるだろ?ちえりは俺と恋花の後輩だ、悪い男なら近付けたくない」



「清継君…」


 恋花は俺が軽々と協力するつもりがない事を悟って安心したような表情をする。

 これで良い。俺とてちえりに害獣を近付けさせるわけにはいかない。



 五里は気を悪くしてもおかしくないというのに、ひどく納得したように頷いてみせる。



「なるほどな、やっぱりあんた良い男だな。皆の信頼が厚いのも納得だ。良いぜ、何でも聞いてみな」



よし。俺は唇を舐める。



「前の学校の窓硝子を割って歩いてたとかいうのは本当か」


「ああ、あの時か。教室にでかいスズメバチが入って来てな。クラスのみんながビビるもんだから撃退しようとして勢い余って窓硝子をぶっ壊しちまった」



「生徒を殴り倒して拉致したとか言うのは」


「冗談言えや。クラスメイトが目の前で、熱中症起こして倒れるもんだから俺が保険室まで担いで行ったんだよ。それを見られてからだろうな。そんな事言われるようになったのは」



「転校の、理由を聞いても、良いか」


「変な噂ばっか流れるもんだから、母さんが心配すんだよ。俺の担任はその噂を止めようとしてくれる程、良い教師じゃなかったし。転校する事で心配事が減るって言うなら、子供はそうするしかねえだろ」



 俺と恋花は顔を見合わせる。


 

「はは、なんだそりゃ…」



 五里はこんな見てくれだ。身体も態度もデカくておっかない。言われようのない噂が流されてしまうのも納得してしまう。しかし、話をしていて感じてはいたが、案外良い奴なのかも知れない。

 少なくとも、ちえりから無理に引き離そうとするのではなく、五里の恋路を見届けてやろうと思えるような男だ。


 俺はベンチから立ち上がる。


 

「色々聞いて悪かったな。お前が悪い奴じゃなさそうで良かったよ」


「汐森…。じゃあ」



 ここは頼もしき後輩、水上みなかみの言葉を借りるとしよう。



「良いぜ、俺達がお前の恋の応援団になってやる」



 その言葉を聞いて、恋花もベンチから勢い良く立ち上がった。



「ちょっと清継君、達って何よ!」


「え、恋花。五里を俺にだけ任せて良いの?ちえりがどうなるか分からんぞ」


「何する気よ」


「出来る限りの事だよ。恋花、お前も一緒にいてくれると嬉しい」



 頼らせて欲しいという意味だったのだが、考えてみればナチュラルにキザな発言だったかも知れない。


 恋花は少しの間呆気に取られていた。やがて



「まあ、ちえりちゃんの相談の事もあったし、少しだけなら、良いけど」



 何この子ツンデレ?超可愛いんだけど。



 俺が胸中でニヤついていると、五里は再び俺達に頭を下げた。



「ありがとう汐森、向崎!この恩は忘れねえ」


「万事上手く行ってからまた同じことを聞かせてくれよ。まあ、後で作戦会議しようや」




 こうして俺と恋花はちえりの相談も解決させるべく、五里の恋愛応援委員として動き出すのだった。

 今日は中庭に吹く風が暖かい。



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 宜しくお願いします!


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