ちえりの相談②
日本人というのはガチャが好きだ。
何が出てくるのか分からないワクワク感とその結果の良し悪しに多くの者が一喜一憂する。その一連の流れに興奮するよう、古くはおみくじ文化から、果ては生まれた時点でDNAに刻み込まれてしまっているのだろう。
ソーシャルゲームの売上が世界でも我が国だけ突出しているのはそのせいに違いない。
神様は今からでも遅くないから、日本人の設定を修正した方がいいと思う。
俺は今日も今日とてガチャを引くような期待感を持って、隣の席の元彼女へと朝の挨拶をする。
「おはよう恋花、今日も可愛いな」
『一生寝てろ』『さようなら』『黙れカス』さあ、どれが出るか。
恋花はさもガチャ排出前の前兆演出かのように小首を傾げた。
「あれ、転校生?はじめまして私は向崎です」
うむ。俺の存在を記憶から抹消したか。そりゃそうしたくもなるのだろう。
一昨日、後輩のちえりに『誰かにずっと見られてる気がするんです』と相談された日だ。俺は何を血迷ってか、恋花に復縁したいと思ってる事を伝えてしまっている。
まだ振られてから数カ月だというのに、復縁したいだなんて段階が早すぎた。頭がおかしい等と罵られた上、あれきり些細な会話もないし、応答がある分良い方だ。こんな事で一喜一憂している俺はもう豚と呼ばれても構わない。
こんな調子ではいつまで経っても、レアリティSSRである挨拶の返事『おはよう清継君、今日も格好良くて素敵だよ、愛してる。ちゅっ』を引き出すことは叶わないだろう。
「なあ恋花、まだ怒ってるのか?」
「向崎さんって呼んで」
「なあ向崎さん、まだ怒ってるのか?」
「怒る?どうして私があなたに怒らなくちゃいけないの?」
「いやだって、一昨日あんなこと言ったから」
「復縁したいって話のことかしら。あれ冗談のつもりだったの?」
「いや、大マジ」
火に油を注いだかと思ったが、嘘でしたと誤魔化す事は出来なかった。
その場凌ぎのご機嫌取りの為に自分の言葉を曲げるくらいなら火だるまになった方がいい。どうせその時の言葉を撤回した所でクリスマス迄に復縁する目標は変わらないのだから。さあ、燃え盛れ俺の青春。
ひっぱたかれるつもりでいたのだが、恋花は素っ気なくただ一言返した。
「そ。ならいいわ」
「え、いいの?」
「冗談であんなこと言ったならそりゃ怒るけど、そうじゃないんでしょ。じゃあ、私に怒る権利なんてないじゃない」
恋花はこういう人だった。物の考え方がいつも自分を俯瞰するようなのだ。復縁したいというのはあくまで俺の気持ちだと割り切っているんだろう。
俺は恋花の言葉に流されるように
「あ、ああ。そうだよな」
と何に納得したかも分からんような言葉を返した。
それから少しした時の事だった。
「汐森清継って奴はいるかあ?」
肺で響くような低く野太い男声。
朝の談笑に花を咲かせる俺達の教室は一気に静まり返った。不穏な空気が漂い、皆の注目がその男へと集中する。
それから潜めた小声が周囲から聞こえ始める。
「あれ、誰だよ…」
「馬鹿、ゴリケンだよ。転校生の」
「五里だって?あいつ一回も登校して無かっただろ、髪も金髪だしマジでやべえ」
俺は始業式の日の近島先生の言葉を思い出していた。
『笹本さんと五里君は欠席、と』
五里。新学期初日から今までずっと欠席していた奴の一人だ。
髪は金髪だが地毛の黒が斑に混じった色で、両サイドが刈り上げられている。何かスポーツをやっていたのか、肩幅はかなり広くガタイが良い。制服をだらしなく着て、その上、人相まで悪いと来た。
転校生との事で、俺の人気が取られる事を恐れていたが、今となっては全く別の恐怖を感じる。
誰だよ、ゴリケンを陽気なコメディアンだと思っていた奴は。動物園から逃げ出して来たゴリラそのものじゃねえか。
「もう一度聞くけどよお、汐森清継って奴はいるか?」
で、何であの人はさっきから俺の名前を呼んでる訳?飼育員さんと名前一緒なの?
五里は側にいた気の弱そうな男子生徒に睨みを利かせる。今にも殴りかかりそうな雰囲気のまま、もう一度尋ねた。
「このクラスに、汐森って奴はいるよな?」
「はい…!」
秒で俺の命は売られた。
あいつは後で処す。
と思ったがまあ、俺があいつの立場だったなら同じ事をしていたかも知れないと思って今回は不問にしてやる。
俺の席を指で差され、五里と目が合った。視線を一切外すこと無く俺に近付いて来る。
何の用件かは知らないが、堂々と相手してやれば良いだろう。大丈夫だ。いきなり殴られるなんてことはない。
俺が覚悟を決めた時、周囲から再び噂話が聞こえた。
「汐森君危なくない?あの人他校で教室の窓硝子割ったとかって」
「私は同級生を殴り倒して、拉致したとか聞いたよ」
ねえ、お願いだから不安になること言わないで。
五里は俺と目先の距離で立ち止まるとゆっくりと口を開いた。
「お前が汐森清継だな」
「違います」
瞬間隣の恋花が余計な突っ込みを入れてくる。
「嘘吐くな」
「恋花お前馬鹿野郎、見るからにやべえ奴だろ。こいつが俺にラブレター渡しに来るような奴に見えるか?どう考えても不幸な報せを運びに来た不良だろ!?ゴリラの死神だよ!」
「まだ分からないでしょ。ラブレター代行かも知れないし」
「反社に代行するとか卑怯な女子だな!恐怖で支配しようとするなんて、俺はそんな奴とは絶対付き合わん」
冗談を言い合っていたが、ついに背後でドスの利いた声が繰り出された。
「おい、汐森…」
「はい!」
思わず返事をしてしまった。
それから視線を突き合わせて、俺の顔をまじまじと眺めて来る。眼光は鋭く、さっき聞こえた噂話が眉唾物とも思えない程の威圧感を感じる。
俺は萎縮しながらも声を絞り出す。
「俺に男の趣味は無いし、喧嘩なら弱いぞ」
「あ?お前何言ってんだ。俺はあんたに相談があって来たんだ」
「は?」
俺の間の抜けた声と同時に、予鈴が鳴った。それから教室に立ち込めた鬱蒼とした空気を払いだすような明るい挨拶で、近島先生が教室へと入って来た。
「おはよみんなー!席着いてねー!あれ、五里くーん!おはよ席はそこだよ」
近島先生は五里を見つけるなり、すぐに席を示してみせる。今まで出席していなかったのだから、もっと幽霊を見たかのような大きなリアクションをしても良いと思うのだが。近島先生の生徒を平等に扱う姿勢には脱帽ものだ。
調子を狂わされてか、五里は鋭く舌打ちしてのろのろと自分の席へと戻って行く。その去り際だ。
「汐森、後で話がある。時間ができたら俺と一緒に来い」
絶対に明るい話ではない。
俺は頷く事さえも出来ず、五里の屈強とした背を眺めることしか出来なかった。
「何なんだあいつ…」
転校生、五里。通称ゴリケンがやって来た最初のホームルームが始まる。
そしてこのゴリケンが後の俺が誇れる親友になり、恋花との距離を縮めてくれるキューピットになることをこの時の俺は想像もしていない。
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