神様なら今さっき罪とかいう物を安売りしていたよ
「清継君、私達友達に戻らない?」
桜の木が蕾を付け始める頃だった。辺りにはまだ少し雪が残っていて、肌を突き刺すような冷気が身体を撫でていく。風が光る雪の結晶をサラリと宙に舞い上げ、身震いした俺は首に巻いたマフラーを絞め直した。
俺には高校1年生の夏あたりから付き合い始めた彼女がいた。そう、ガールフレンドである。彼女はクラスでも、いや学内でも特別に可愛くて清純。品行方正、清廉潔白とでも言おうか。そんな言葉を体現したような彼女は同学年の憧れの的に留まらず、上級生達からもその羨望の眼差しは向けられていた。
まさに高嶺の花と呼べる存在だろう。他の連中はひれ伏し、頭を垂れて、また一部宗教的界隈では人間界に舞い降りた神の如く崇められていたに違いない。
だが俺はそうは思わない。
何故なら俺は完璧だからだ。自分で言うのも何だが、俺はまず容姿が良い。モデル体型身長176センチ、顔立ちが良いのは勿論。性格は1年生の最後にクラスによって作られた思い出のしおり内の「どんな時でも助けてくれた人ランキング」と「クラスに欠かせない人物ランキング」で堂々の1位を記録している。
特に接点のない女子達からの告白なんて日常茶飯事だ。
そんな究極の人類とも言える俺の彼女には高嶺の花。これでようやく釣り合いが取れてるってものだ。で、その俺に何だって?あれ、何て言われたんだっけ。
「すまない、恋花もう一度言って貰えるかな」
俺の言葉に向崎恋花は少しバツが悪そうな表情で言い淀みながらもう一度繰り返す。
「だから清継君、私達友達に戻れないかなって言ってるの」
「それはつまり、ガールフレンドからフレンドになりたいって言ってるのか?」
自分でも驚くくらい動揺し過ぎてアホみたいなセリフを吐いてしまった。
友達に戻りたいだって?それは俗に言うあれか。別れ話の現代語訳か。
というかそもそも、この俺が振られようとしているのか。そんな馬鹿な!いやあり得ない。確かにここ最近はバイトも多く入って構ってやれなかった時間が多かったかも知れない。もしかしてそうか、寂しくて気を引こうとしているのか。であればここは気の利いたセリフを聞かせねばなるまいな。
「最近あまり時間を取れてなかったからな。ごめんな恋花、俺はいつだって君の事を一番に思って」
言いかけて次の言葉が何処かへ消えた。彼女の瞳を目にした時、これは冗談ではないと気付いてしまったからだ。
その瞳は真っ直ぐに俺を捉えていて、半年程とは言え彼氏であった俺に精一杯向き合おうとしている姿だった。
俺は唾と一緒にふざけたセリフを飲み込む。これまで彼女がどんな想いを募らせていたかは知らない。いや、気付け無かったのだろう。
何にせよ、俺は振られる。初めての失恋だ。正直に言えば、俺は本心から向崎恋花が好きだ。顔も声も仕草もマジ可愛い。神聖視は決してしないが控えめに言って天使だと思ってる。ビッグエンジェル。
別れたくないー。そう泣きつくのは簡単だ。彼女の優しい性格を利用して、惨めに目を腫らして鼻水を振りまきながら情に訴えかけたなら、考え直してくれるかもしれない。だけど少なからず彼女も思い悩んで下した決断なのだろう。
ならせめて、最後まで俺は《《理解のある良い彼氏》》でいようではないか。自分に言い聞かせる。
「分かった。恋花、君の気持ちを尊重するよ。俺達カップルはここで終わりだ。でも最後に聞かせてくれないか?俺の何が良くなかったんだ?」
最後に恋花の本当の気持ちを知っておきたいと思った。同時に言葉にしてもらうことで、恋花の胸につっかえているであろうわだかまりを解消してやれると思ったからだ。
恋花は少しの間、考える仕草をすると、はにかんで見せた。
「んー、清継君、良い人過ぎてつまんないだもん」
これが初めての失恋。
嗚呼、神よ。良い人であることが罪ならば、この身に背負わねばならない十字架にどうか唾を吐かせて下さい。
頭が真っ白になった俺を置いて、恋花が小さく『ごめんね』と告げて去っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまでただ呆然と見送り終えると、俺は雪の残る地面へと背後から倒れ込むのだった。
高校生になって、最初の冬が終わる。
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