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カーティスはリザベルが目覚めた時、喜びで涙が溢れた。
ああ、失わずに済んだ。
「リザ、私の元に戻ってきてくれてありがとう」
「どういたしまして」
リザベルは笑みを湛えカーティスを見上げた。
リザベルが目を覚ましたと知らされ、ジェイドとルイスもやってきた。
ジェイドは、リザベルの手を握り泣いた。
「よがっだ!」
「心配かけてごめんなさい」
「リザベル、もう家に帰ろう。十分頑張ったよ・・・」
「お兄様?」
「姉上、左肩の矢傷は傷痕が残るそうです」
「そう・・・」
リザベルは少し俯いたが直ぐに顔をあげる。
「まあ、嘆いても仕方がないわ。
傷を理由に婚約破棄の時期が早まれば退職金の増額を公爵閣下にお願いしてみましょう」
リザベルが冗談交じりに茶化すと、バタンと扉が乱暴に開けられた。
カーティスが鋭い眼付きでリザベルを見据える。
「婚約破棄なんてしない!」
「ですが、傷痕がある婚約者では・・・」
「私を守るために負った怪我だろう。
誰にも文句は言わせない!」
「・・・わかりました」
リザベルはカーティスの剣幕にたじろいだ。
ーーーーまだ婚約者として側にいられるらしい。
きっとまだ結婚したい令嬢が現れていないのね。
カーティス様は十八歳になると立太子される。
その頃には、私の役目も終わるでしょうから、あと二年お側にいられるのね。
リザベルは、ほっとした。
デビュタントの日の刺客はまもなく判明した。
王弟殿下の舅に当たるホールダー侯爵が、首謀者であった。
カーティスを殺害し、王弟が立太子できるように計画したのだ。
計画内容はこうだ。
ホールダー侯爵家に縁のある商会で開発した暗闇で光る白生地を使いカーティスとリザベルの衣装を作成するようデザイナーに働きかける。
本来エスコート役は黒の衣装だが、王族の婚約者のお披露目ということで白生地でつくることを勧めたのもホールダー侯爵家の差し金だった。
デビュタント当日、会場の明かりを消すと、カーティスとリザベルの衣装が白く光る。
そこを、刺客に狙わせたのだ。
カーティスは、リザベルに詫びのしようもない。
ジェスカード伯爵家で衣装を用意してもらっていたら、こんなことにはならなかったのだ。
リザベルは、きっとジェスカード伯爵家で作ったとしてもホールダー侯爵家は手を回してきただろうとカーティスを慰めた。
カーティスは以前にも増して、リザベルを側に置くようになった。
公務に出かける時も、執務室でもリザベルを常に視界に入れていた。
リザベルも、カーティスの補佐をするようになり仕事が捗ると側近達に重宝がられた。
しかし、油断するとカーティスはいつもリザベルを見ているようで、彼女が視線を向けると必ず視線が絡む。
「カーティス様、お仕事して下さい」
「ああ、つい君に見惚れてしまって」
「私がいると仕事ができないと言う事ですね。
では、席を外します」
「いや、それだとリザが心配で仕事が手に付かない」
「どっちみち仕事できないじゃないですか!」
砂糖を吐きそうなやり取りに、周囲の生温かい視線が突き刺さる。
ーーーーあと二年でちゃんとお役御免になれるのよね?
心配になるリザベルだった。
デビュタントを済ませてから王家主催の舞踏会に参加することも増えてきた。
その際には、カーティスにドレスを贈られエスコートされる。
たまには、カーティスが一人で参加して令嬢方とお近づきになる機会を作ればいいのにと思うリザベルだった。
なぜなら、二人で参加すると。
『傷モノ令嬢のくせにいつまで王子の隣にしがみついているんだ』
『とっととその場をうちの娘に明け渡せ』
『傷モノになったくせに図々しい』
などの言葉がすれ違い様に投げつけられるのだ。
流石に王子が隣にいるからか、飲み物をかけられたり、足をかけられたりなどといった嫌がらせはなかったが。
カーティスには国王陛下からも、そろそろ婚姻を前提とする婚約者を選び始めてはどうかとの話もきていた。
ある日、珍しくリザベルに執務室で大量の書類整理の仕事を与えて、カーティスは一人で国王の元を訪れた。
「国王陛下、私はこのままリザベル ジェスカード伯爵令嬢と結婚します」
「しかし、カーティスよ彼女では些か身分が・・・」
「ランバルト公爵の養女とすればいいのでは?
そもそも、彼女の身分は最初からわかって婚約者としたのだからこのままで問題ありませんよ。
彼女の優秀さは周囲もわかっているでしょう」
「それはそうだが・・・」
「それに、彼女は私を庇い怪我を負いました。
その時、私は自分の気持ちに気づいたのです。
リザベルを失いたく無い。なぜ彼女を守れなかったのかと」
「う〜む」
「ちなみに、国王陛下が私に委任した案件を期限内にこなせているのは、リザベルの助力あってこそです。
彼女を婚約者から外すのならば、陛下には元の仕事量をこなしていただかなくてはなりません。
他の貴族令嬢では、あの仕事量は捌けません」
「わかった、わかった。認めよう。確かにリザベル嬢は有能だ。
王妃が苦手な外交、国賓に対する気配りも語学力も申し分ない。
ただ、他の貴族が口を挟んでくることも覚悟しておけ」
国王は認めた。
自分も含め、歴代の国王は自分で伴侶を選んできたのだ。
生涯、国王の役目をまっとうするその代償として伴侶だけは自分で選ぶ。
過去にも幼い頃の婚約者をそのまま伴侶とした国王はいたのだ。
カーティスが選んだなら尊重しようと。
「ありがとうございます」
カーティスは満面の笑みで礼を伝えた。
執務室に戻ったカーティスは、リザベルを抱きしめた。
リザベルは何事かと慌てたが、笑顔のカーティスにトラブルがあったわけではないのだと安堵し、その背をポンポンと優しく叩いた。
国王陛下が二人を認めてくれたことなど露知らずに。