4
カーティスは、青白い顔でベッドに横たわるリザベルを見ながら、出会ってからのことを思い返していた。
出会いは、お互い七歳の時。
王城にやってきたリザベルは大人びた雰囲気を持つ少女だった。
自分自身、子供らしくないとよく言われた。
それは、周囲の期待に応えようとした結果なのだが、大人という生き物は存外身勝手だ。
リザベルと挨拶を交わし、その手の甲に口付けを落とそうと彼女の手を取った時、彼女は手を引っ込めようとした。
よく見ると、彼女の手は荒れていた。
まるで炊事や 洗濯を行うメイドのように。
しかし、恥ずかしそうに顔を赤らめるリザベルを見て、可愛らしいと思った。
だから、構わず彼女の手の甲にキスを落とした。
リザベルは、勉強家だった。
お互い、机を並べて勉強することもあり、疑問点は細かく質問する。
その質問は的確で、教師も答えに窮する時もあった。
でも、隣で一緒に解説を聞いていると話の理解度が高まり納得のいく学びを得られた。
リザベルは、授業以外でも王立図書館で本を読んだ。
特に毒に関する本、人体の仕組みなどを読んでいた。
彼女は毒味も行っていたから、その知識が必要だったのだろう。
毒味をやめてほしいと伝えた時、リザベルは困った顔をした。
自分の婚約者としての役割なのだと言っていた。
リザベルを失いたくなくて説得しようとしたのに、彼女は受け入れてくれなかった。
思えば、リザベルの毒味は対価を得る仕事として行っていたのだ。
カーティスのためにではなく、家族のために。
それに気づいた時、彼女の家族に激しく嫉妬した。
彼女に無条件に愛されて、命懸けで尽くされていることに憎悪すら覚えた。
けれど、リザベルは家族を大事にしているからこそ、カーティスの婚約者という仕事を受けたのだ。
そうじゃなかったら彼女に出会うことはなかった。
それに気付いてからは、彼女の家族にも感謝の気持ちを持つことができるようになった。
きっと家族だって、リザベルを送り出すことは苦渋の決断だったに違いないのだ。
リザベルが、カーティスと出会ってくれた、その過程で関わったすべての人に感謝した。
リザベルを決して離しはしない。
今回の襲撃の首謀者は見つけ次第断罪する。
カーティスは、爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめた。
リザベルは、夢の中にいた。
父と母が健在で、とても幸せだったのを覚えている。
でも、突然の事故で両親は亡くなってしまった。
兄のジェイドは十二歳、リザベルが四歳、弟ルイスが二歳だった。
葬儀の時、ジェイドは眠っている弟を腕に抱き、リザベルは兄の足にしがみつき涙をこぼしていた。
兄は気丈に振る舞っていた。
ジェイドは、十三歳の誕生日に正式に爵位を継いだ。
リザベルにとって兄は大人に見えたが、まだまだ子供なのである。
それを思い知ったのは、眠れないリザベルが甘えたくて兄の部屋へ行こうとし、両親の部屋の前を通った時であった。
「父上・・・母上ぇ・・・グズン・・・」
少し開いた扉の向こうから、ジェイドの嗚咽と両親を恋しがる声が聞こえた。
リザベルは、そっと部屋を覗き込む。
部屋の中では、ジェイドがぺたんと座り込んで涙をこぼして泣いていた。
弟妹の前では決して見せない、弱々しい姿の兄がそこにあった。
ーーーーお兄ちゃま・・・。
幼いリザベルは、兄もまだ子供なのだと思い知らされた。
弟妹を不安にさせないために気丈に、大人のように振る舞っていただけなのだ。
そんな兄の弱い一面を見たリザベルは、兄を支えなくてはと決心した。
翌日から、リザベルは兄に対しての言葉遣いを変えた。
「おはようございます。お兄様」
これには、ジェイドが驚く。
「どうしたんだい、リザベル。昨日までお兄ちゃまって呼んでたのに・・・」
「これからは、私もお兄様のお手伝いができるように頑張ることにしたの、です」
とはいえ、何をすればいいかは、まだわからない。
リザベルは、執事のトーマスに家のことを聞くことにした。
トーマスは口を濁すが、これまで同様の生活が難しいことは話してくれた。
「ご飯を少なくするとか、お洋服を買うのを少なくするのじゃダメなの?」
トーマスが言うにはそれも必要になるが、その前に使用人を減らすことをジェイドに進言したという。
しかしジェイドは、人が少なくなると弟妹が不安になるだろうからと気が進まないらしい。
リザベルはトーマスに無理を言って、これからどうするべきなのか考えを聞いた。
ジェイドが騎士団に入団し給金を得ても、兄弟三人の生活費に消えてしまう。
弟のルイスの教育費を考えると、使用人は執事の自分も含め極力置かない方がいいだろう。
でも、一度に辞めさせるのは兄弟の生活が回らなくなる。
その話を聞いて、リザベルは決めた。
「私が料理も掃除も洗濯もルイスのお世話もできるようになればいいのね」
「でも、とても大変なことなんですよ」
トーマスはリザベルに諭すように伝える。
「でも、家族のためにはそれが一番だわ。
掃除の仕方も洗濯の仕方もお料理も、みんなは私に教えてくれるかしら」
「ええ。私も付き添います。
それからお嬢様には数字と計算を覚えていただき、帳簿を読めるようになっていただきます」
そうして、リザベルは家事全般と帳簿について真剣に学び身につけていった。
使用人達は、いずれ自分が解雇されるのはわかっていたのに、リザベル達兄弟が困らないようコツも交えて丁寧に教えてくれた。
彼ら彼女らは数人ずつ邸を去っていったが、リザベルは一人一人の手を握り教えてくれたことの感謝を伝え涙交じりの笑顔で送り出した。
トーマスが去る時、リザベルに言った。
「リザベルお嬢様。
貴女は私にとってお仕えした最後のお嬢様でしたが、執事として教育した最後の教え子でもありました。
貴女がいればジェスカード伯爵家は大丈夫です。
どうぞお元気で。
ジェスカード伯爵家のご多幸をお祈りしております」
最後に去ったのは料理人のジャン。
彼は食材の良し悪しの見分け方や調味料の合わせ方、栄養バランスまで食に関する様々なことを教えてくれた。
邸を去るとき彼はリザベルに子供にも扱える包丁をプレゼントしてくれた。
リザベルは周囲の人に恵まれてきた。
カーティスの婚約者に決まった時も、兄はリザベルのために断ろうとしてくれた。
ルイスの養育を託せる人達も現れた。
そして、カーティス。
ともに多くの時間を過ごした彼は、リザベルの中で大きな存在になっている。
いずれ彼に愛する人ができた時、私は彼の元から去らなければならない。
その時まで・・・カーティスのために力を尽くそう。
夢の中でそう決心した時、リザベルは眠りから覚めた。