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キャー
白いドレスを真紅の血が染め上げ、王子の上に倒れているリザベルを見た令嬢が悲鳴を上げる。
途端に、周囲がざわめき、会場から逃げ出すように人々がホールの出口に殺到する。
転倒した人を踏みつけ蹴飛ばし、我先に逃げ出す。
そんな中、カーティスは、自分に覆い被さるように重なっていたリザベルの体からそっと抜け出し、目を見開く。
「リ・・・ザ・・・」
カーティスはリザベルの頬を撫でる。
反応が無いのに慌てて、我に返り叫んだ。
「リザ! リザ! 目を開けてくれ! 医師を、医師を早く!」
カーティス王子は、婚約者である血に塗れた令嬢を腕に抱き叫んだ。
リザベルは、カーティスを庇い自らを盾にしたのだ。
カーティスの腕に抱かれたリザベルは、満足そうな表情をしていた。
リザベルは、左肩を負傷していた。
ボウガンの矢で射抜かれたのだ。
一命は取り留めたが、処置に時間がかかり翌日になっても意識が戻らない。
カーティスはリザベルから片時も離れず、食事も拒否した。
ジェイドとルイスは、隣室で待機しつつリザベルとカーティスを見守っていた。
「ねぇ、兄上」
ルイスが兄に問いかける。
「なんだ?」
「姉上は大丈夫でしょうか」
ジェイドは、不安そうにしている弟の頭をガシガシ撫でた。
「リザベルは小柄だから可憐で儚く見えるが、あれでなかなか強かなんだ。きっと大丈夫だ」
ルイスはこくんと頷いた。
ジェイドは、幼き日のリザベルを思い起こす。
リザベルは、幼少期からしっかり者で、生活力の塊だった。
両親が亡くなった後、まだ四歳のリザベルは潤沢とは言えない伯爵家の財務状況を見て、兄に使用人を減らすことを提案した。
使用人の仕事を教えてもらい、掃除と洗濯を覚えた。
料理人と親しく接し、いい食材の見分け方や傷んだ物の見分け方、調味料の種類や掛け合わせなども吸収していった。
料理人は、リザベルがいずれ自分で料理をするのだろうと、自分が解雇されることをわかっていた。
それでも必死に覚えようとするリザベルにできる限りのことを教えていた。
料理人が伯爵邸を去るとき、料理人はリザベルに子供でも扱える包丁を贈る。
リザベルは泣いた。
いっぱいの感謝に料理人は笑顔で応えた。
やがて、五歳のリザベルは、弟の面倒を見ながら家のことを取り仕切る。
幼児がいたずらしても危なく無いよう室内を整え、台所へは決して入れなかった。
使用人は一人も残さず辞めてもらった。
ジェイドはそこまでしなくてもと言ったが、帳簿を読めるようになっていたリザベルは今後の展望を考え、倹約に努めたいと兄を説得した。
確かに、自分の騎士団での収入のみではルイスの教育を考えると心許ない。
使用人を雇わず、質素倹約すれば可能ではあるのだ。
リザベルは、自分が家庭内のことを引き受けることによって貯蓄を増やそうと考えていたのだ。
やがて、しっかり者のリザベルの噂は、一族の長であるランバルト公爵の知るところとなる。
自分の立場を理解し行動する幼い娘、王子の婚約者としてうってつけだった。
王子の婚約者として白羽の矢が立つのも納得の人選だ。
しかし、家族としては沈痛な思いだ。
幼い妹が家のことを回して、弟の世話をする。
そうして成り立っていたジェスカード伯爵家の状況が変わる。
リザベルは、この婚約話を大層喜んだ。
自分の代わりに、家庭内のことをしてくれる使用人を雇い入れる。
しかし、賃金は高額は出せないので、住み込みで安価で働いてくれる初老の料理人とメイドの夫婦を雇用した。
彼らは、先の勤め先を解雇され、住み込みだったため行く宛もなく職業紹介所で困っていたところリザベルに出会ったのだ。
なので彼らもリザベルの提案に喜び、住み込みでルイスのことも我が子のように可愛がって面倒をみてくれた。
リザベルは、ジェスカード伯爵家の基盤を整え終えると、ランバルト公爵家へ向かいそのまま王城に入ったのである。
あれから九年。
十六歳になったリザベルはデビュタントを迎えた。
それなのに、あんなに苦労してきたのにこんなことになるなんて・・・。
もう、世間では傷モノ令嬢と呼ばれるだろう。
婚約者を降りても、解放されてもいいんじゃないか・・・。
ジェイドはそう思った。