解放された城で
とにかくもう執務室で夜を明かそうかとも思ったが、夜明け近くになって自室に戻ったらベッドにはヤシンタとリリシアが仲良く?眠っていた。
触るのが怖いのでソファで毛布にくるまって仮眠を取ったのである。
翌朝は右にヤシンタ左にリリシアがピタッとくっついて移動することになった。朝食もそうやって食べ、その後、ブラックドラゴンの解体現場に行った時も同じだった。やっとのことで城の方で処分する分と諸侯にお土産として分配する分とに分割することができた。
もう昼にはゲソっとしてきた。食欲もない。けれども昼食後、一計を案じた。
ローガンに厩を案内してもらったのである。そこでは妖精馬を飼育していた。
そのうちの一頭に乗れないだろうかというと、艶やかな栗毛の一頭を連れてきた。一番力があって速い馬だという。乗ってみるとその馬ゼフィルスはもう乗り手を振り落とそうとめちゃくちゃに走り出した。めちゃくちゃだけれどもさすがにこれならば二人はついて来れないのである。振り落とされないようにしっかり捕まっていると、急カーブしたり急停止したりしてくる。それでも我慢すると1時間ほどしてついに止まった。そうなるともう言葉でススメとか止まれとか右左も素直に命令を聞くようになった。
厩番のジョンは「さすがに城主様ですね」と感心しきりである。どうやらゼフィルスはこれまで載せた人を全部振り落とすいわゆる暴れ馬であったらしい。そんな馬を選ぶってどうなんよ。
馬の次は剣術である。
今日から男の子たちは剣術の練習を始めているそうなのでそれを視察する。
女の子たちはメイド見習いとしてベテランメイドさんの後ろにくっついていたのが微笑ましい。
初めて木剣を持つ子も多かったようで、まず素振りの練習からである。
しばらく視察していたら剣術師範が挨拶に来た。ドワーリンだったっけ。せっかくなので練習試合を申し込むと「竜殺しの英雄の胸を借りれるなんて光栄です」なんていっていたがやる気満々だった。
練習試合では上背ではこちらが有利なので上からの攻撃は徹底的に受け流され、隙をついて突きや足払いを返されるということで一進一退だった。最後はフェイントから突きを入れて勝ったもののやはりドワーフの戦巧者というのは強い。
ドワーリンには「最後は勝ちを譲ってくれたがなるほど強い。さすがドワーフの勇者だな」と褒めるとドワーリンの方も「さすがにドラゴンを倒した勇者は伊達ではありませんな。勝ちを譲るなんてとんでもない。こんなに強い城主が守るとなると領地も安泰ですな」とお互いに褒め合ったところで子供たちからは惜しみない拍手が起こった。
結構汗を流したので入浴後食事をした。お腹が空いているので両側は無視である。食後にグレン行きの方法についてローガンと話をしたが、やはり子供を送る必要があるので馬車の方がいいという話であった。
もう疲れたので今日は早めにベッドに入る。リリシアもヤシンタもいないのでホッとする。
と思ったが5分もしないうちにリリシアがベットに潜り込んできた。左手に自分の両腕を絡めてくる。(おい、今日は眠いんだ)と思うまもなくヤシンタもベッドに入ってくる。
そうしたらリリシアがヤシンタに「出ていきなさいよ、この鎧女!色気も何もないくせに!」とか言い出した。なんだかヤシンタが泣いている感じである。これはまずい。「リリシア、そんなこと言っちゃいけないだろう。そんな喧嘩するならばあなたが出て行きなさい」と言いかけると、ヤシンタが「鎧を解放する!」と呪文を唱えた。すぐにヤシンタの鎧が外れていったようで、ヤシンタはそれを足でベッドから蹴り飛ばした。そしてヤシンタの生身の腕や体がピトッて腕や体に張り付いてきた。
僕はもう微動だにできなくなった。
ヤシンタと触れ合っているところに意識が集中しちゃってギンギンになってしまう。眠るどころではない。
両脇では女の子たちがクークー眠っているのに自分だけはまんじりともせずに夜明けを迎えてしまったのである。
♢♢♢♢♢♢
朝になってヤシンタがおはようのキスをしようとして「どうしたの、目の下にクマができているよ」と無邪気に聞いてきた。誰のせいだと思っているんだ、誰の。
けれども、鎧を脱いだヤシンタってすごいプロポーションである。なんだかずっと目が離せない。あの鎧の中にこういう体が入っていたなんて今でも信じられない。
「今日は朝からずっと見られてるけれど鎧を脱いだ私ってそんなに珍しいかな?」
「い、いや、あの、その…」
「ふーん」
なんだか完敗の情勢である。ヤシンタに微笑まれる。
「クラッドも男の子っていうことだね。結婚する相手から目を離せないっていいことだもの。何も恥ずかしがることはないわ」
「はい」
僕の頭の中では天使と悪魔が猛烈に戦っている。
無理やり理性を取り戻そうと周りを見るといつのまにかリリシアは部屋から消えているようだ。
「もしかして今から二人で子供を作りたい?」とヤシンタがイタズラっぽく聞いてくる。
僕ははいともいいえとも答えられずに固まっているしかない。
「あなたはボールス兄様のように信仰心が豊かだものね」と彼女は続ける。
「私もその気持ちはわかりますからそのことには文句を言いません。でもだからと言って泥棒猫を許すつもりはありませんからね」
僕は黙って頷くしかない。
「それと、私はもう鎧を脱いでしまったのですからこれからはあなたが私を守って下さらねばなりません。それも約束してくださいますね」
僕は再び黙って頷く。
ヤシンタは「よくできました」といって僕のほっぺたにキスをしてから、じゃあ一緒に朝ごはんを食べに行きましょう、と手を取ってくれた。
♢♢♢♢♢♢
食堂には既に何人かが来ていて朝ごはんを食べている。リリシアはこちらを向いて刺すような視線を向けてくる。ヤシンタは素知らぬ顔をしている。
(最近朝ごはんをリラックスして食べた記憶がないんだよね)
僕は小さくため息を吐きながらご飯を食べる。料理自体は文句なしに美味しいのだが。
ヤシンタはもう鎧を着るつもりはさらさらないらしく、城の侍女から三人を選んで自分の身の回りの世話をさせるために連れていきたいと言う。ローガンに相談すると「それでは馬車一両では載せられませんね」という。
そういうことで僕は妖精馬に乗って行くことになった。
ローガンが「馬で行くならば他の騎士から馬上試合を挑まれることがあるので」というので再び武器庫に来ている。
防具としてミスリル製のエルフの鎖帷子を着けてヘルメットをかぶる。ミスリルは軽いとはいえ鎖帷子には結構な重量がある。それを着て馬上槍を持って厩に行ってゼフィルスに乗る。ちょっと重くて颯爽とは跨ることはできなかったが、なんとか馬に跨ると、ゼフィルスに「全力疾走」と命令する。
猛スピードで一騎駆けするゼフィルスに乗っていると朝のストレスが消えてゆくような気がする。
ローガンは素晴らしい騎士姿ですねえ、これで恋人の皆様方も城主様に惚れ直すことでしょう、と満足げにいうが、それを聞いてヤシンタの髪が蛇のようになってリリシアと戦うビジョンが見えてしまって逆に疲れが倍増してしまった。
♢♢♢♢♢♢
この城は高地人の住む北部地方にある。グレンの街は平地と山地の境目にあるので、馬車を使うとおよそ半日で着くことができる。そのため、グレンの街に向けては翌日の朝に出発することになった。