魔神の城
どれくらい眠ったのだろう。
ふと目を覚ますとさすがに膝枕はされておらず、毛布にくるまれていた。キュアをしっかりかけてもらったようで、全身の傷はほぼ完治している。きっとヤシンタが傷を治してくれたに違いない。
ヤシンタはどこに行ったのだろうと辺りを見回すとブラックドラゴンのウロコを剥がそうとしていたようだった。
彼女の名を呼ぶとすぐに駆け戻ってきてせっかくだからドラゴンを倒した証拠としてウロコを持ち帰ろうと考えていたらしい。
「いくらドラゴンを倒しても証拠がなかったら嘘だと言われるかもしれませんからね」
「そりゃそうだけれど、まずはお弁当にしないか?エレナさんが作ってくれたお弁当を食べよう」
「そうね。一緒に食べましょう」
片方にドラゴンの死骸があり、反対側に怪しいお城があるという場所ではあるが、僕とヤシンタは仲良くサンドイッチを食べたのであった。
食後にドラゴンのウロコを見て、もしかしたらドラゴンスレイヤーならドラゴンのウロコを切って剥がせるのではないかと考えて刃をウロコとウロコの間に差し込んでみると少し削れたような感触があり根気よく切り取ることでやっと一枚のウロコを剥がすことができた。
内側にはドラゴンの肉がついているので持ち手みたいになる。ウロコの大きさを考えれば簡易の盾になりそうである。
「さて、ではあのお城にアタックしてみますか」
城の内外には人の動く気配がない。単なる廃城ならばいいのだけれど、誘拐された子供たちがまだ見つかっていないのである。
湿地帯を抜けて城の方に向かうと結構砂利道は整備されているようである。けれども城を守るモンスターたちが出てこないのはつまりはあのプラックドラゴンが城の守りだったと言うことではないか。
ヤシンタはもうドラゴンを倒したのであとはピクニックと考えているかもしれない。
でもそう甘くはなさそうという不吉な予感はヒシヒシと感じられるのである。
♢♢♢♢♢♢
城は帝国風ではなく、尖塔がいくつも立ち並ぶ風変わりなものだった。
帝国は今から500年ほど前に大陸南方から侵略し、このアルビオンに上陸して支配していたのである。アルビオンに面する大陸はゴート地方と呼ばれていたが、大陸の侵略で植民地化されてプロヴァンスと呼ばれるようになっている。
帝国の衰退は300年くらい前に起こり、今ではもうアルビオンからもプロヴァンスからも帝国は撤退している。けれどもその遺構は今でも残っている。彼ら帝国は軍事国家であり、軍団単位で侵略が行われ、その軍団は侵略した場所に屯田して自活するという方法で自領を増やした訳である。そのため、彼らは街の周囲に城壁を築き、あるいは見張りの塔を建てた。その街の周辺に畑や牧場を作って生活したのである。彼らは芸術性より実用性を重んじたので「城」というより城壁内に領主の館を作るだけということが多かった。
帝国はアルビオンの南側三分のニ程を支配したが、北部の高地人たちを征服することはできなかった。山地に大軍勢を入れることは困難だったのである。そのため、高地人の領域との境界にハドリアヌスの壁を建設し、防御体制を築いた。
帝国は内部分裂や反乱の激化により自己崩壊し、その過程で数々の植民地を放棄したのだが、そこに起こった戦力の空白地域に乗じてアルビオンに侵入してきたのがサクソン人である。
サクソン人たちの一派がピクト人やスコット人である。
彼は戦争を繰り返し潜り抜けてきた人々であるから築城術も進歩していた。
けれども、サクソン人が平地に大きな城を築いたという話は聞かない。
その他には妖精たちや伝説的な先住民族がある。妖精たちは亜人とでもいうべき種族であって、人とは違い、魔法で多くの問題を解決してきた。妖精たちはエリンつまり隣の島であるハイベルニアにはまだまだ勢力として残っていると言われているが、アルビオンの妖精の国は魔神たちに滅ぼされてしまった。
先住民族はもっと謎である。彼らも魔法をよく使う人々であったようだが、もう今では隠されてしまっている。
♢♢♢♢♢♢
軽い山登りを終えて城の門にたどり着いた。門は開いている。門を入ると城の建物に向かって舗装された道が続いている。
やはり人やモンスターの気配は感じられないが、禍々しい空気は感じられる。
「もしかして魔王の城だったらどうしよう」
冗談のつもりでそういってみたが、確かに魔王が出てきても不思議はない。
あまり冗談を言う雰囲気ではなかった。ヤシンタも段々と静かになっているようである。この雰囲気を感じ取っているのかもしれない。
城の建物の門は閉じていたが手で押すとすぐに開いてしまった。不用心だなあと思うが、城の中にいるものが盗賊などより恐ろしいものであればそりゃ鍵などかけなくても最初からチンケな盗賊は入ってこないだろう。
城の中は暗いが所々鬼火のような灯りがあるので全く見えないというわけではなかった。
カツーンと僕たちの足音が響く回廊を抜けながら、監視されている感覚と、ヤシンタの剣がわずかに唸っていることに気がついた。
初心者ダンジョンのようにリビングアーマーが襲いかかってくるわけではないので、この城の持ち主はそこまでミーハーな対策をしているわけではなさそうである。
いずれにせよ回廊の端まで来たので扉を開けると大広間である。中央には玉座があり、そこに闇より暗い肌を持ち羽と尻尾を持つ人物がちょこんと座っている。
「貴様ら何しにここにきたんだ?」
ちょっとまともすぎる質問が来たので気勢が削がれる。
「私はクラッドだ。お前は誰なんだ」
「ああ、私の名前が知りたいのか。私はアークデーモンのバガールトだ」
「バガールトよ、私たちはグレンの街で誘拐された子供達の行方を探しているんだ。それは知らないか?」
「クラッドよ、それはこの城の地下牢にいる」
「じゃあさっさと返してくれ」
「そういうわけにはいかない。正当な対価が必要だろう」
「誘拐しておいて正当な対価も何もないだろう。すぐに無条件で解放しろよ」
「バカなことを言うな。子供たちは我らの神であるヨグ・ソトース神への生贄のために重要なんだよ。君らのちっぽけな正義感など無意味じゃないか」
この悪魔の言うことは無茶苦茶である。けれどもだんだん押し込まれてきた。
「無理やり誘拐して生贄にして殺すなんてどこから見ても認められる訳ないじゃないか!」
「人間諸君よ、よろしい。ならば実力で奪いたまえ」
僕とヤシンタは剣を抜いた。
ヤシンタの剣はさっきドラゴンスレイヤーが唸っていたように強烈に唸っている。
(まさかのデーモンスレイヤー?)
ヤシンタは自分が切り掛かるというよりも、剣が勝手に切り掛かってゆくのをなんとか柄を持っているだけという感じである。
けれども、アークデーモンはでたらめなやつだった。手足を切り飛ばされてもあっという間に新しい手足が生えてくるのである。胴体を両断してもすぐにくっついてしまう。デーモンスレイヤーは頑張っているのだが、アークデーモンの再生力が上手をいっている。
「グレーターデーモンの実力を舐めないでくださいね」
その時、ヤシンタの手を離れたデーモンスレイヤーは矢のように飛んでデーモンの胸に過たず突き刺さった。
「こ、これは」とデーモンは驚いたように剣を見てちょっとふらついたが、すぐにニイッて笑うと「ははは、こんなチャチな攻撃など全く効きませんね。我々は心臓を壊されようと脳を壊されようと再生する余力がある限り全く無意味なのですよ」とデーモンスレイヤーを自分の胸から抜き去るとボキボキッと折ってしまった。
「このクソ忌々しい聖騎士には報いを与えましょう」
そういうとバガールトは両手を合わせ、それを広げることで雷球を作り、ヤシンタに向けて投げつけた。
ヤシンタは「キャッ」と叫ぶとその場に崩れ倒れた。意識はないようでぴくりとも動かない。
「ヤシンターっ!」僕は叫んだけれどなんの返事もない。
バガールトは「こんな忌々しい聖騎士などを打ち倒すことは愉快なことです。あなた、闇の眷属になって我々と世界を支配しませんか?美女も美少年も楽しみ放題ですよ」と僕の方に向かって言う。
僕は低い声で断った。
バガールトは「愚か者はその報いを受ける時です」と言って同じく雷球で僕の剣を破壊した。
「君は魔力が強い。だからヨグ・ソトース様への生贄にはちょうど良い。神の生贄に選ばれた幸運に打ち震える時だ」
そう言いながら彼が手を振ると小さなデーモンたちが100匹ほど大広間に現れた。
さらにバガールトは大きな銀の鍵を持ち出してきて鍵を開ける仕草をすると、その奥に銀の扉が現れ、ゆっくりとその扉が開き始めたのである。扉の向こうは強烈なエネルギーの嵐が感じられ、小さな扉からもそのエネルギーが吹き付けてきた。
バガールトは「おお、これぞヨグ・ソトース様の恩恵。素晴らしいエネルギーだ!」と感動している。
僕はそのエネルギーをまともに受けた時に体の中の留め金が外れてゆくのを感じた。
バガールトは配下のレッサーデーモンたちに「さあ、この2人を銀の門から投げ落とし、ヨグ・ソトース様への生贄とするのだ」と命令する。
レッサーデーモンたちが僕たちの方に殺到する時にはすでに僕の準備は整っていた。
僕が一つ身振りをすると部屋の中に流星群が落ちてきた。
大量の流星がレッサーデーモンたちにぶつかり、対消滅してゆく。そして落ち着いた時には部屋の中にいたのはバガールトと僕とヤシンタの三人だけになっていた。
「はい?なんでレッサーデーモンどもがみんな消えてしまったのです?」とバガールトは目を見開いたが、また不敵な笑みを浮かべて「なに、この私が自ら生贄を放り込んでやればいいことです。お前らちっぽけな人間のくせにアークデーモン様に生贄にされるという幸運に感謝しなさい」と言ってこちらに向かってくる。
僕が「バインド」と唱えるとツタのようなものがアークデーモンの体をぐるぐる巻きにしてとらえ始めた。
「なんです?これは。体が動きませんね」とバガールトが慌てたようにいう。
僕はさらにテレキネシスの呪文をかけてバガールトの体を銀の門の方に少しづつ動かしてゆく。
「い、いやだ、なんで私が銀の門の方に動くのだ。私こそ生贄を祀るものである。自分が生贄になるのではない!」と叫んでいる。
僕は「偉大な悪魔ならちっぽけな人間に生贄にされるという幸運に感謝すべきですよ」と言いながらテレキネシスの手を緩めずにバガールトをどんどん銀の門に追いやってゆく。
バガールトが銀の門の向こうまで追いやられるとすかさず銀の門をテレキネシスで閉じてしまった。閉じる前にはバガールトの叫びが少し聞こえたが門を閉じるとその声は聞こえなくなり、銀の門自体も次第に薄くなって姿を消してしまった。
♢♢♢♢♢♢
その途端、大広間に明るい灯が灯り、あちらからもこちらからもピクシーやニクシーやレプレコーン、サタイヤなどが溢れるように出てきて「城の主人が変わったぞ!これからの城主はクラッド様だ!クラッド様ばんざーい」と皆口々に叫び始めた。
僕はすぐそばにいたサタイヤに「これどういうこと?」と聞いてみた。
サタイヤは「あのアークデーモンの治世は終わりました。これからはあなたの治世ということになります。
どうかよろしくお願いします」と答えた。
「この城は妖精国の城なの?」
「いいえ、元々はダーナ神族のダグザ様のお城でした。当時は人も亜人も妖精も共に暮らしていたのです」
「ダグザ様は今どこにいるの?」
「ダーナ神族の方々は今はエリンの島におられると思いますが、多くはもう力を失って妖精のようになっていると聞きますね」
なんだか要領を得ないが、力を失ったダーナ神族が所有権を求めて現れることはなさそうだ。
で、倒れているヤシンタのところに行くと、呼吸は落ち着いている。「ヤシンタ」と優しく呼びかけると目を覚ました。
「あの恐ろしい悪魔はどうなったのですか」
「大丈夫。銀の門からこの世の彼方へと追放したよ」
「まあ、さすがは旦那様です」
「立てるかい。妖精たちがあの玉座に座って欲しいといっているから一緒に座ってみる?」
「クラッド様につかまれば大丈夫だと思います」
「じゃあ行こうか」
僕とヤシンタが玉座と王妃の座に座ると妖精たちは「城主様バンザイ」と大喜びで記念パーティをやろうと準備に取り掛かり始めた。どうもお尻のところがゴツゴツしているのでクッションのところを探ってみると大きな銀の鍵を見つけた。もしかしたらこの鍵はアークデーモンが銀の門を開けるために使ったものかもしれない。それで銀の鍵は保管することにした。
さっき話をしたサタイアがそばに立っていたので地下牢に子供たちが囚われていないか聞いてみると、早速案内してくれるとのことだった。
ピクシーたちに案内された地下牢には十人ばかりの子供と15歳くらいの女性が一人囚われていた
その女の子はリリシア・ガーラントオブグレンと名乗った。
「つまり、グレンの街の領主の娘さんということ?」
「そうよ」
「まあ、妖精たちが記念パーティをするみたいだからそれを楽しみましょう」
そうして子供達とリリシアは「侍女です」という妖精にお風呂へと引っ張られて行った。ヤシンタも鎧を脱いでお風呂に入りたいようと駄々を捏ねたが髪の毛を洗って髪を結う事だけは許すことにした。ヤシンタはプンとむくれていたが、その顔も可愛かった。
みんながお風呂に入ってしまった間にサタイアに「武器庫はあるかな」と聞いてみた。
サタイアは「ええ、私は長年この城の執事をしていましたから知っております」と武器庫に案内してくれた。武器庫には古今東西の様々な武器が飾ってあったが、その中でバランスの良さそうな一振りを選んで使うことにした。
サタイアに一振りの剣をもらうことを言うと、この武器庫は城主様のものですから問題ありませんという返事が帰ってきた。このサタイアはローガンという名前であった。今後も執事として続けて欲しいというと喜んで務めさせていただきますという返事であった。
大広間に引き返すと待ち構えていた侍女たちに僕も風呂場に連れてゆかれて綺麗にされてしまうことになった。けれどもそれは良いことだった。ドラゴンの酸で劣化していた僕の衣服はもう脱ぐだけでボロボロとバラバラになってしまったのである。
新しい服に袖を通すとなんだか生き返った気分になった。
大広間に着くともうパーティの準備が随分と進んでいた。
執事のローガンを呼んで、侍女長や厨房担当、防衛担当などのそれぞれの担当者を呼んでもらった。いずれもそのまま職務を続けることに同意してもらった。また、その時に下の湿地帯にあるブラックドラゴンの解体を頼んでみるとみんな大喜びで「さあ最優先で解体しよう!」と何人かで飛び出して行った。ローガンは「これは必要経費としてこちらで処分させていただいてもいいのでしょうか」とワクワクを抑えきれないように聞いてくる。
一部は僕も使いたいし、グレンの町の領主やキャメロットのアーサー王などにお土産として持って行きたいから一部は欲しいけれど残りは自由に処分していいよと言うと彼は大喜びして「さすがは寛大な城主様です!」と手を握ってくれた。
「でも、あのアークデーモンが倒れてから急に妖精たちが現れたのはなぜなんだい?」と聞いてみると、どうやらあのアークデーモンはおやつとして妖精たちをパクパク食べていたそうである。
そりゃ隠れるよねえ。
ローガンは「ま、まさかあなた様も我々妖精をおやつがわりに食べるのですか?」とか震え上がっていたが、そんな趣味はないと答えるとホッとした様子である。
また、子供たちはと見ると着慣れない服を着せられて緊張している子が多そうである。
彼らに身寄りを聞くとほとんどの子がもう親のいない子ばかりであった。侍女長やメイド長に聞くと、人間の子供でもきちんと躾けてメイドとして一人前にすることは望むところですと答えてくれた。防衛担当の剣術師範であるドワーフのドワールに聞いてみると人間の子供に防衛のための剣術を教えてくれるよう頼むと「まあ、いいでしょう」と無表情で引き受けてくれた。射手師範であるエルフのキアンは「え、人間を教えるんですか?」とやや不満げであったが「城主が人間になったのだし仕方がないですね」と諦め顔で引き受けてくれた。
で、子供達にグレンの街の貧民街に戻るか、ここでメイド見習いとして過ごすか、もしくは見習い従者になって武術を学ぶかという選択をしてもらうと、一人だけ、両親がいる男の子だけは家に帰りたいといったのだけれど、他の子供達は「どうせ帰る家がないのだからここで暮らしたい」という子がほとんどだった。
そこで、書類を作って城で子供達を育てることになったのである。
♢♢♢♢♢♢
そんなことをしているうちに遂に記念パーティが始まる時間になった。
最初に僕が「人間も妖精も分け隔てなく幸せに暮らして行ける国を作りましょう」と挨拶するとみんな大拍手してくれたのである。
妖精族のそれぞれの長や役付きの人がご挨拶に来るのに対応しながら子供達を見るとみんな口々に「美味い!こんな料理食べたことない」とか「美味しいね」といってくれているので安心していた。
宴がたけなわになってくると、あちこちで音楽を弾く妖精が出てきて多くの妖精たちが浮かれて踊り始めた。
そうすると、リリシアが僕に「クラッド様、私達も踊りませんか?」と誘ってきた。僕もちょっと酔っ払っていたので「あっそう?」と立ちあがろうとしたが、反対側から強烈な殺気が発せられた。
そこで僕は「あっイタタ、今日戦ったドラゴンでの傷が痛いから遠慮しとくよ」と座った訳である。
僕の頭の上ではリリシアとヤシンタの視線がぶつかり合って、もう発火、爆発しそうな雰囲気であった。
もう人形になるしかない状態から脱出するために、ローガンを呼んで執務室に逃げ込んだ。
で、とにかくリリシアをご実家に戻せば問題解決になるんじゃないかと相談したがなんだかローガンはため息をつくだけだった。