愛の告白
翌朝、やはりヤシンタは朝から宿に来て僕が朝ごはんを食べるのを嬉しそうに見ている。食卓には他の人はいない。彼女の視線に耐えられずについ俯いて食べることになる。味はもうあまりわからないのも変わらない。
なんだかわからないうちに食事が終わると彼女は僕の部屋に来る。彼女は冒険者ランクがアップしたことで神殿からいくつかの依頼があるかもしれないとのことである。
「来てくれるよね」と言われたけれど、頷くより他ない。彼女一人で行かせてもモンスターを対峙することは困難だろう。
そこでふと思って彼女と一緒に宿の裏の空き地に行くことにした。
そこで彼女に剣を振ってもらった。やはり、無茶苦茶な方向に振り回している。そこで、僕の剣を渡して振ってごらん?というと、そもそも充分に持ち上げられないし、振り下ろすこともできない。「重い」と言って剣を取り落としてしまった。
「えっ?」と思って小剣を渡してももうフラフラと上から振るのがやっとである。ナイフを渡すとそれはかろうじて振り回すことができた。
彼女の剣を僕が振ってみるとものすごく軽いしバランスもいい。
「これは…」
もしかすると彼女はものすごく腕力が弱いのではないだろうか。しかし、剣を振れない騎士なんてあるのだろうか。そんなに弱い力であの重い金属の塊である鎧を着ていられるなんてどういうことなんだろう。
そこでやっとマーリンの意図に気がついた訳である。
多分この鎧はマーリンの魔法でものすごく軽くしているのではないか。その上、完全に攻撃を防ぐことで防御を完璧にしている。
お姫様を守ることで彼女が庇護するものがなく一人で「武者修行」しても安全に行動できるようにしたということかもしれない。
試しにヤシンタをお姫様抱っこしてみるとなるほど軽い。鎧を着ているとは信じられない軽さである。
ヤシンタは急にお姫様抱っこされて顔を真っ赤にしてあわあわしている。
僕は優しくヤシンタを地面に下ろすと言った。
「ヤシンタ、まず、この鎧を脱いじゃダメです。少なくともマーリンの塔かキャメロットに帰るまではね。それで、護身用としてこのナイフを渡しますから本当に危険な時にはこれを使って」
ヤシンタはこくこくと頷く。
渡したナイフは初心者用ギルドの宝箱にあった銀製のナイフである。
さあ、そろそろお昼ですからランチにでも行きましょう。
ランチを食べながらヤシンタに言う。
「僕は騎士じゃないけれど、小さい頃にジェレイントに剣を教えてもらったからなんとか今でも剣を使える。だからあなたを守るよ」
ヤシンタは顔を真っ赤にして目をうるうるさせて僕の両手をつかんでいる。
(あれ?何か言い方間違えたっけ)
「いいえ、あなたは私の騎士様です。これからも不束な私を守ってくださいね」
「あ、ああ、そのつもりだよ」
(そりゃ剣を振ることのできないお姫様は守るしかないだろう。でもこれでは愛の告白ではないか)
なんだか無意識のうちにクリティカルな決断を下してしまったような気がする。
食事の後もヤシンタは僕の腕にしっかりとつかまって嬉しそうに歩いてゆくから流石に道ゆく人も振り返ってくる。
なんだかもう開き直った気分で堂々と歩いていると周りの人が道を開けてくれる。
二人で神殿に行ってその依頼について聞こうとしていたのだけれど、さすがに神殿に近づくとベタベタしすぎても怒られそうなので慎みを持とうと言うとヤシンタもちょっと我に返ったみたいで距離をとって歩くようになった。
神殿に着くと受付の神官に来意を告げた。神官はああ、あの噂の、とちょっとニヨニヨして奥の部屋に行ってしまった。いや、ある程度覚悟はしているけれど、どんな噂が流れているのだろう。
少しするとでっぷり太った中年の神官が出てきた。
「おや、聖騎士様とその噂のお方ですね」
とやはりニヤニヤしながら言ってくる。
ヤシンタは「ええ、愛の告白をいただきましたの」とか口走るので思わず袖を引かざるを得なかった。
神官は「ではこの依頼をお願いします。最近、邪教のアジトがこの街の貧民街にできたようなのです。そこでは貧民の子供、逃亡奴隷などが誘拐されているのです。勇者様ならそういう逃亡奴隷をお助けいただけますよね」とまじめくさって言ったのである。
このあからさまな言い方にヤシンタは思わず眉を上げる。僕はヤシンタが暴発しないように彼女の手をずっと握りながら「わかりました。早速調査しましょう」と言って退出しようとした。
神官は底意地の悪い笑みを浮かべて「頑張ってください」と言いやがった。そこでそんな表情を出すだけ二流の悪党である。
もうヤシンタを引きずるようにして神殿を出たが、そこでヤシンタがこらえていた怒りを吹き出し始めた。
「何よ、あの神官!失礼にも程があるじゃない!あんな意地悪な人とは思わなかった!」
もう後から後から叫び始めて止まらない。
「つ…。む…ん……」
もう無理やり唇に唇を重ねて喋るのを止めさせる。
ヤシンタは目を大きく見開いて顔を真っ赤にしている。
(もしかしてやりすぎたかな。平手打ちが飛んでくるかも)
けれども、彼女はむしろ全身の力を抜いたので唇を離す。
「もうこんな鎧なんて脱いでもいい?」
「まだダメだよ。これから邪教の調査をしなくっちゃ。鎧を脱いだら危険だからね」
「そ、そうね」
なんとか落ち着いたようである。けれどもまた僕の腕に捕まってもうベタベタしてくる。周囲の人はあからさまにこちらを見ずに別の方を向いている。
とりあえず落ち着いていなかった。仕方がないので一旦宿の方に連れて帰る。
部屋に連れて帰るとヤシンタは早く結婚したい、もう鎧なんていらない、聖騎士なんてやめると駄々をこねまくる。
いや、それは可愛いのだけれど、ここで僕が理性を失うわけにはいかない。
「ヤシンタ、結婚するにはやっぱりアーサー王とかあなたのお父上や兄上の許しがいるでしょう。そのためには手柄を立てなくちゃ。あの神殿の依頼をやり遂げたらキャメロットに戻ろう。そうして結婚の許しをもらおうよ」
「それはそうね。でも私はもう早くあなたと結婚したいの」
(僕の理性、耐えるんだ)
「うん、だから早く結婚するためには早く依頼を解決してキャメロットに戻ろうね」
「約束よ」
「うん約束」
そうしたらヤシンタは僕の唇に唇を重ねてきて「仕方ないわね。早く依頼を済ませましょう。あんな神官の依頼をやること自体気に入らないもの」といいながら起き上がった。
「さあ、早く行って依頼をやっちゃうわよ」