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初心者向けダンジョン

翌朝、夜が明けた頃にヤシンタがやってきたらしい。女主人から鍵を借りたらしくガチャガチャと鎧の音を響かせて部屋に入っできたものだから騒がしくて仕方がない。

朦朧とした頭で薄目を開けると鎧姿が見える。

「おほほほ。お姫様が王子様にキスしたら王子様も目覚めるかな」とか聖騎士にあるまじき不穏当なことを呟いているので、慌ててベッドに正座して「おはようございます」と挨拶する。「チッ」とかいう舌打ちが聞こえたのは幻聴だろう。

「クラッド様、食堂に朝食の用意ができているということなのでお呼びしに来たのですよ」とヤシンタが言うので少し彼女には部屋から出てもらって身支度を整える。

いつでも出立できる準備をしてから部屋を出てヤシンタと一緒に食堂に向かった。

女主人のエレナさんは聖騎士様も召し上がられますか?と尋ねるが、どうやらヤシンタは神殿で既に朝食を済ませて来たらしい。

それで僕だけが朝食を食べることになったが、ヤシンタは人の顔をじっと見つめて「んっ、ふふーん」なんて鼻歌を歌っているから食べにくいことこの上ない。

まわりで食べていた男たちは「さあ、非モテの我々は早々に出かけよう」と先に出ていってしまった。

エルフのお姉さんはまだ来ていないようで、ヤシンタと僕の二人だけの世界となってしまった食堂で僕は必死に朝食を飲み込んでいたのであった。

やっとのことで朝食を食べ終わるとエレナさんは「どうですか?おかわりはいりませんか?」と言ってくれたのだが、朝食がどんな味だったのかもわからない状態だった僕は「いえ、結構です、オイシカッタデス」とまるで機械のように言って席を立ったのだった。


冒険者ギルドにゆく道でヤシンタは「クラッド様、私はレディなんだからちゃんとエスコートしてよね!」と言ってきたのである。エスコートってどうやるの?という質問はきっと許されないだろうという雰囲気だったので、とにかく彼女の手を取ってエスコートの真似事をしたが、鎧の籠手を取っている感覚である。こんなのをエスコートと言っていいのかという疑問が湧き上がってくるけれど、彼女は上機嫌で歩いているからまあいいか。


ギルドに着くと、シンシアさんがいたので初心者ダンジョンについて聞いてみた。やはり十級から九級に上がるためには初心者ダンジョンの踏破が条件になるらしい。シンシアさんは「そりゃクラッドさんとヤシンタさんであれば簡単に踏破できると思いますよ」ということだった。


♢♢♢♢♢♢


そうして今、教わった「初心者ダンジョン」の入り口にヤシンタと二人で立っている。初心者用ダンジョンというだけあって、結構な数の冒険者たちがどんどんと入り口に吸い込まれていっている。でも入り口から逃げ出してくる冒険者はほとんどおらず、多くは入り口横のゲートに転送されている。

転送された瞬間は意識がないようだが、すぐに意識を取り戻すらしくてキョロキョロしていると、バニーガールの格好をした女の子が「はーい、お疲れ様でしたあ!おかえりはあちらでーす!」と無理やり冒険者たちを出口の方に押し出している。

その女の子に「ここはどうなっているの?」と聞くと、横にいたイケメンのエルフのにいちゃんが「ここは初心者ダンジョンですから、冒険者が倒されたら仮死状態のままここに転移されて、ヒットポイント1で復活できるのです。

「ヒ、ヒットポイント?」耳慣れない言葉に思わず聞き返す。

「ええ、『体力』という地方もあるかもしれませんね。いずれにせよ料金として銀貨1枚という破格のお値段で蘇生されるのだからおトクですよ。ああ、ダンジョンの地図が必要であればここの売店で金貨一枚で売っていますよ」

「は、はは。商売上手ですね…」

ヤシンタと売店を見てみれば、地図1Gの他に回復用ポーションがHP用とMP用がそれぞれ10G、毒消しが20Gといった感じで売られていた。

「きっと観光地値段で高いんだろうなあ」と僕が見ていたらヤシンタは「なに、キュアもアンチポイズンも私がかけられるから大船に乗った気分でいればいいよ」と言ってくれた。何だか微妙にズレているような気がしないでもない。

ということで何も買わずにダンジョンの入り口に向かった。入口では敗北時の転移のデポジットとして銀貨一枚を取られた。これは無事にダンジョンを踏破すれば戻ってくるそうである。

ということでダンジョンに一歩踏み入れることにした。

ダンジョンは壁が発光しているようで比較的明るく、最初は一本道だったが、少し歩くと立て看板があり、「右: 近道危険コース、左: 遠回り安心コース」と書いてあった。道は三叉路で、他の道はなさそうだった。

僕がdirection senseを掛けると、どちらの道も行けそうだったので、とりあえず近道危険でいいじゃないということになった。ということで右の道を選ぶと最初の部屋でいきなりゴブリンが三匹現れた。

ヤシンタが「任せろ」と部屋に突っ込んで行った。ゴブリンの刃はヤシンタの鎧で跳ね返される。

「よしっ、これでゴブリンを倒せるぞ」と思ったがヤシンタの鋭い刃は空を切る。次は大丈夫だろうと思うとやはり鋭い振りで空を切っている。ゴブリンの攻撃は全て鎧で防がれている。

「このままでは永遠に空振り合戦を続けそうだ」と僕はゴブリンたちの背後に回った。ゴブリンたちはヤシンタの鎧を打つことに夢中で僕の動きには気がついていないようだ。そのまま後ろから攻撃するとあっという間にゴブリンたちは倒れてゆく。

「すっ素晴らしいですわ!クラッド様。そんなにすぐにゴブリンたちをお倒しになるなんて!」とヤシンタは喜びの声を上げた。

「いや、違うから」

どうやら彼女は鎧の無限の防御力を生かして剣を振り回し続け、まぐれ当たりでモンスターが倒れるのを待つという作戦のようだった。って、そんなの作戦と言えるのだろうか。


次の部屋では無限の無ダメージ合戦にならないように速やかに敵を倒そうと身構えていたら、出てきたのはスケルトンたちであった。

ヤシンタは護符を高く掲げて「偉大なる神の御名によって命ずる!ターンアンデッド!」と叫ぶとスケルトンたちは灰となって消えてしまった。

僕もターンアンデッドはできないわけじゃないけれど、ヤシンタのターンアンデッドは強力である。

「さすがは聖騎士様」というとヤシンタも嬉しそうである。対アンデッド戦ではヤシンタも充分使えるなということは心の中にしまっておこう。


その後もゴブリンやアンデッド達が現れたが、大体、ヤシンタが突入し、アンデッドがいたならばターンアンデットを使って撃退し、ゴブリンやボブゴブリンがいたならばヤシンタがモンスターとじゃれあっている隙に僕が後ろから片付けるというやり方が必勝パターンになりつつあった。


地下二階に降りるとゾンビやオークのように少し強いモンスターが出現するようになったが基本的にはヤシンタが壁役として先行し、そのあと僕がモンスターにとどめを刺すという先方は変わらなかった。

初心者ダンジョンなのでそこまで強いモンスターは出てこないようである。


♢♢♢♢♢♢


地下二階の一番奥の部屋には茶色い粉が積もっており、地面だけでなく壁も天井も茶色であった。なので部屋の中は暗く、よくみるとその奥に多分階段に通ずるかもしれないドアがあった。モンスターはいなさそうだ。

とにかく進まないと向こうにはいけないよねと、警戒しながら部屋の真ん中あたりに進んだ時に、地面から急に冷気が感じられ、あたりは急に急激に凍りつき始めた。ヤシンタは、とみると鎧の表面に霜が付いている。僕もむきだしの皮膚の部分が痛い。

「やばい、退却だ。罠にかかった!」

「はい、クラッド様」

部屋から出てよくみると僕の皮膚で剥き出しのところは皮膚が赤黒く変色してしまい、一部はジンジンと激痛が走り、一部はもう触っても感触がない。

ヤシンタは「大変です、クラッド様の肌が‥」と泣きそうになっている。

多分あの冷気で凍傷になったのかもしれない。

「ヤシンタ、キュアをかけてもらえるかな?」

「ええ、早く治さなきゃ」

ということでキュアをかけてもらった。

「ヤシンタの方は大丈夫なのかい?」

「ええ、この鎧の中は魔法で冷暖房完備なので」

「それはよかった…」


そうか、冷暖房完備ならヤシンタに向こうの扉を開けて貰えばいい。

ヤシンタは「あなたのお役に立てるなら」と冷気をものともせず、部屋の奥まで進んだ。

「だめです。鍵がかかっています!」

とヤシンタは叫んでこちらに戻ってきた。

全身の鎧に霜がついている。多分長時間の行動では霜が氷になってしまうと鎧の関節が凍ってしまい、うまく動かなくなってしまうだろう。

ヤシンタの鎧には茶色い粉のような粉末が付いており、泥まみれのようになっている。

「何だろうこれ」と払ってやると茶色い粉のようなものがパラパラと鎧から落ちたのが見える。

これがあの冷気のもとなのだろうかとよく見ようとしたがよくわからない。

炎のバーニングハンズで燃やしてみると炎の中心部はちょっと炭化したようである。けれども、炭化したのは一部だけで多くは炎に耐えているみたいである。

どのあたりまで炎が効くのだろうかと思ってもっとよく観察するためにライトの呪文を唱えて茶色い粉が落ちた地面を明るくしたら明るくなった部分の茶色い粉は溶けたように消えてしまった。少しだけ黒く残っているのは炎の手で焼いた部分である。

え?ライトの呪文が効くの?ということで部屋の外からライトの呪文をかける。光の強くあたるところの壁では茶色い胞子は溶けるように消えてゆく。

部屋中ライトの呪文だらけにしてもう眩しくて見られないくらいにして、仕方がないので待っている間にお湯を沸かしてお茶にする。

「まさかダンジョン内でお茶にするとは思わなかったけれど、紅茶の葉を持ってきていてよかったよ」

「クラッド様、あったかいですね」

「うん」

冷気で凍えてしまった体を紅茶の暖かさが癒してくれる。

「ヤシンタの鎧は魔法の鎧なんだね」

「ええ、ライオネルお兄様がマーリン様に頼んで特注で作ってもらったの」

(それでマーリンを知っているのか)

「兄上はヤシンタのことを大事に思っているんだね」

「あれはもう過保護ね」

(ヤシンタのあの剣の腕じゃ…お兄様、大正解だよ)

「マーリンに作ってもらったってことはお兄様はアーサー王の宮廷に?」

「ええ、円卓の騎士をしていたんだけれど、大して強くもなかったから、もしかしたら今はプロヴァンスの領地に戻っているかもね」

(まあ、お貴族様だよね)

「さあ、そろそろ部屋の様子を見に行こう」

部屋にかけていたライトの呪文を消してゆくと、あの茶色い胞子はほとんど消えてしまっていた。

「やった!」

壁を見るとおそらく茶色い胞子に覆われて見えなくなっていたのであろうが、鍵がフックに吊るされていたのが見つかった。

部屋に入ってもほとんど冷気は感じなくなっており、無事に鍵を開けるとドアが開きドアの向こうには地下三階への階段が見えた。


♢♢♢♢♢♢


地下三階になるとアンデッドもグールなどが現れたが、ヤシンタが何とかターンアンデッドで対応できた。ダンジョンの作りがちょっと豪華で天井も高く、ちょっとしたお城?って感じだった。

回廊があってその回廊には鎧が両側に何体か並べられており、ヤシンタもこの中に混じったら違和感がないよとか冗談を言いながら回廊を抜けてその奥にある豪華な扉に向かっていたら、いきなり鎧が動き出し、切り掛かってきた。リビングアーマーということであろう。鎧を両断してみると、中は空洞であり、人がその鎧を着ているわけではなかった。


何体かの鎧を叩き壊していると、向こうで先ほど倒したはずのバラバラになった鎧が再び合体して一つの鎧となって立ち上がり、こちらに向かってきはじめたのが見えた。

(これじゃキリがない!)

多分この部屋に魔法がかかっていて、その影響で鎧が動かされているということだろう。

「ヤシンタ!奥の扉まで走れ!」

「はい!」

ヤシンタは戦っていた鎧を吹っ飛ばして奥の扉に向かって走り出す。

奥の方にあった鎧が次々とヤシンタに切り掛かるが、マーリンの作った鎧には傷一つつけられずにヤシンタがその鎧たちを吹っ飛ばしてゆく。

僕もフェイントで4体くらいの鎧に囲まれていた中を抜け出して奥の方に向かって走る。

ヤシンタに吹っ飛ばされた鎧も再び立ち上がって僕の方に切りつけてくる。

さすがに六体からの攻撃である。かわしきれず、左の方から背中にジーンとした焼けるような痛みが走る。

ヤシンタがこちらに慌てて戻ろうとしているのが目に入ったので、最後の力を振り絞って「奥の扉を開けろ!」と叫んだ。

ヤシンタはハッとして振り返って奥の扉を全力で開いた。と、その瞬間、僕に斬りかかろうとしていた鎧がバラバラになって僕の上に降り注いできた。


ふと気がつくとヤシンタの泣いている顔が目に入った。

「あっクラッド様が目を開けてくれた」と抱きしめてくる。冷たい金属のゴツゴツ感が感じられるけれど、悪い気持ちはしなかったので空いていた左手で彼女の頬をなでてあげると、急に僕を離すと「わ、私、婚約もしていない殿方とだ、抱き合うなんてふしだらな女と思われてしまいます」と顔を真っ赤にして横を向いてしまった。

「大丈夫だよ。マーリンの作った鎧があるのだから心配ない。それより僕を助けてくれてありがとう」というと、小さく「はい」と言って彼女は真っ赤な顔をしたまま俯いたままである。

後ろを見ると、回廊の中で鎧がバラバラになったものが山のように積まれている。多分、僕を攻撃していた鎧が魔力を失って一塊の山になったのではないか。

その鎧の山を調べてみると鎧が使っていた剣は淡く光っていて魔法を持っているようである。「魔法の剣か。戦利品として一つ頂いておこう」と僕はその中で一番きれいな剣を貰うことにした。


鞘を吊るしてそこに剣を収めると、まだ座っているヤシンタの手を取って「さあ、お姫様、奥に宝箱がありますよ。行って中を調べてみましょう」というと彼女はフラフラと立ち上がって「そうですわ!聖騎士としてきちんとダンジョンを踏破するべきです。さあ進みましょう」とズンズンと宝箱の方に向かっていった。


宝箱の中には一袋の金貨や宝石と短剣が入っていて、それを取り出すと、底の方に紙が一枚入っていた。広げてみると「ダンジョン踏破の証明書です。これを冒険者ギルドに持っていくと十級から一段上がります」と書かれてあった。

読み終わると箱の底にあった魔法陣が作動したみたいでいきなり景色が変わって地上に帰ってきたようである。

ダンジョンの係員の人数人いて、「初心者向けダンジョン踏破おめでとうございます」と拍手で迎えてくれた。「その証明書は冒険者ギルドに持って行って手続きしてくださいね!おかえりはあちらでーす」と出口の方を指してくれた。


僕たち二人はそのまま冒険者ギルドに向かった。シンシアさんにダンジョン踏破証明書を見せると「さすがですね。こんなにすぐに初心者用ダンジョンを踏破するなんてすごいですね。あそこって初心者用って名前ですけれど結構強いモンスターが配置されていますからね」って喜んでくれた。

冒険者ギルドでは九級という新しいギルド証をもらって宿に戻ったのである。

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