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塔と子供

塔についたマーリンは姫君を客間に案内した後、子供の方に戻った。

子供はもう魔力の暴走の痕跡はほとんど感じられず、すやすやと眠っているようである。けれども、再び魔力が暴走してはいけないという心配があるため、マーリンはさらに厳重に赤の魔法を封印することにした。

「ここまで封印したとしても時期がくればこの封印は解けるだろう。けれども、その時にはこの子が自分自身で魔法をコントロールできることを祈るよ。


翌朝、私はふかふかのベッドで目が覚めた。意識を失う前には岩だらけの洞窟で眠っていたはずである。どういうことだろう。上半身を起こしてキョロキョロと辺りを見回していると、ドアが開いてローブを着た男が入ってきた。

「%°#○*・」

彼は何か喋ったようだが、何を言っているのかわからない。私が反応しないでいると彼はさらに訳のわからない発語をいろいろ行った。もちろん私にしてみればなにも理解できない言葉である。

ずっと戸惑っていたが、彼が黙ってしまったので今度は私が「あなたは誰?」って聞いてみた。

明らかに彼はその言葉が理解できない様子である。

戸惑った様子の彼は左手の親指をパチンと鳴らした。

そして「私の言葉がわかるかな?」と聞いてきた。

私が頷くと彼は「どうやら魔法の『言語理解』は効果があるようだね。私もこれまで数多くの言葉を習得したものだが、あなたの言葉は私の知らない言葉だったよ」といい、「あなたの名前は?どこからきたの?」と聞いてきた。

私はその問は理解したもののそのどちらの問いも答えを持っていないことに気がついた。そのため力なく首を横に振るしかなかった。「わからないよ」


「おや、封印が強かったのかな。それとも、もともと答えを持っていなかったのか。まあどちらでもいいでしょう。」マーリンはさらに続けた。

「あなたにはクラッドという名を与えよう。名前がなかったら呼ぶこともできないからね。いずれ真の名が明らかになるかもしれないが、それまではこの名を使えばよい」

「それと、魔法で会話ができるようになったけれど、この魔法は私にしか使えないんだよ。それじゃあまりにも不便だからこれからこの国の言葉を学ぶといいよ」


♢♢♢♢♢♢


数日ほどしてある女性がやってきた。彼女は美しい金色の髪と青い瞳を持つ女性であった。僕は黒髪で黒い瞳の持ち主である。なんとはなしに少し気後れしてしまう。

「よろしくね。クラッド、私はエニドというの。これから仲良くお勉強をしましょう」

彼女は私の家庭教師として共通語だけでなく、様々な国の地理や歴史、また、貴族の使う貴族語も教えてくれた。

エニドはいつも優しくて教え方も上手なのでいろんなことがわかってくる。教えてもらった「お母さん」ってエニドみたいな人なのかなと思う。

時々はジェレイントが来る。彼もエニドと同じく金髪碧眼の持ち主であり、二人はお似合いであった。いつもは冒険したり悪人を叩きのめしたりしているそうだけれど、エニドの旦那さんなんだそうだ。ジェレイントがくるとエニドは嬉しそうになってジェレイントに抱きついたりキスしたりしている。その後、ジェレイントは僕に剣の稽古をつけてくれる。木剣でやり合うけれど、僕はすぐに負けてしまう。けれども、ジェレイントは「なかなか太刀筋はいいぞ、このままもっと練習すれば強くなる」と言ってくれる。

多分、「お父さん」というのはこういう人なんだろうなと思う。

「本当はクラッドを養子にしたいんだが、マーリンがどうしても手放したがらないからなあ」とジェレイントは時々冗談なのか本気なのかわからないことを言う。


♢♢♢♢♢♢


塔には他にもお客さんがいてモルガンという僕と同じくらいの年代のお姫様である。フェイっていう妖精国のお姫様らしい。黒髪で緑色の瞳をしている抜けるような肌の白さを保つ美人と言っていい子供であるが、ほとんど表情のない子で、朝に出会うとこっちが「おはよう」って言ってもニコリともしない。モルガンにはお付きの女性がいて、この人は赤毛で金色の眼を持つ派手で表情豊かな人である。と言っても猛獣みたいな人だけれど。僕がモルガン様におはようなんていうのを見るとまるで豹か虎のように怖い顔をして「お前のようなどこの馬の骨ともわからないようなものはお姫様に近づく権利もないのだ、早くあっちへ行け!」と怒鳴ってくるのである。名前はヴィヴィアンっていうらしい。

だからご飯もマーリンやエニドや時々はジェレイントとは一緒に食べるけれど、モルガンやヴィヴィアンはどこか別のところで食べているらしく、ご飯を一緒に食べたことはなかった。

マーリンに聞くと、モリガンはフェイ国という妖精国

のお姫様で、フェイ国はもう滅ぼされてしまったらしい。


マーリンはエニドと僕が勉強を終えた頃に現れて、ウサギの穴の見つけ方とか薬草の見分け方とかを教えてくれた。他にも動物を取る仕掛けの罠の作り方とか弓矢の打ち方なんてのも教えてくれた。それで、自分で弓矢を作ってリスなんかを撃てるようになった頃、マーリンは森の少し奥の方まで僕を連れて行って、「じゃあ、ここから塔まで帰ってきてごらん!」と行っていきなり姿を消してしまったのである。

僕は泣きながらもそこに居たらそのうち魔獣が出てきて食べられるかもしれないという恐怖から太陽の位置からおおよその方角を割り出して道なき道を歩き始めた。イバラの茂みで手足に切り傷を作りながらも恐らくは500mほど歩いただけだったのだろう。僕は無限の時間歩いたような気がしていたけれど、やっといつも遊び場にしていた見慣れた場所に出てきた。ホッとして塔の方に向かうとマーリンが待っていて「よく頑張ったね」と褒めてくれた。

もうその日は疲れて夕食もそこそこに眠ってしまったが、マーリンの訓練はそれが最初だった。最初はマーリンと歩いて行ってそこからマーリンが姿を消して塔に向かって戻ってゆくというものだった。

僕も慣れてきたので、マーリンと森にゆく時には自分で作った弓矢とジェレイントとの練習で使った木剣を持ってゆくことにしていた。時々魔獣や動物に出会うことがあったが、木剣で威嚇して、相手が怯んだ好きに走って逃げればまず相手が追ってくることはなかった。

そのうち、マーリンは歩いてゆくことが面倒になったのか、空間転移で瞬間的に転移してじゃあよろしくといって自分だけ塔に帰ってしまっていた。僕も塔の周りで散々彷徨った経験からある程度の土地勘がついてきていたので、何とかそれでも塔に戻ることはできた。


♢♢♢♢♢♢


初めて魔獣を倒したのはその頃である。

マーリンが「頑張って」と僕を落としたのは二匹のゴブリンがご飯を食べている真上であった。

そりゃゴブリンもご飯を食べていたら急に僕が降ってきたのだから驚いただろう。

僕も驚いたけれど、とにかく木剣を構えることにした。そうすると、ゴブリンはサビのない剣を抜いてきた。ちょっとそれには僕も驚いた。これまでもゴブリンには出会ったことがあったけれど、だいたい、彼らの使う剣は錆だらけの切れ味の悪いものだった。それで木剣で対抗しても大体は勝てたわけである。

けれども、向こうは珍しく錆ひとつないむしろ淡く光を帯びた剣だった。

「これは木剣では無理かもしれない」

実際、ゴブリンの剣技は大したことはなかったが、一合剣を合わせただけで木剣はスパッと両断されてしまった。ヤバいって!

ゴブリンは木剣を断ち切ったことで体制を崩している。すかさずタックルを食らわせてさらに体勢を崩させて、ゴブリンが立ち直ろうと必死になったところをその腕を捻って持っていた剣を奪い取った。

ですぐに剣を突き出してゴブリンの胸を突いた。

ゴブリンはそのまま黙って倒れ、剣を抜くとゴボリ、ゴボリと血が流れ、小さな血溜まりができた。

ふと見るともう一匹いたはずのゴブリンの姿は見えない。

応援を呼んでこられると厄介なので、できるだけ早くこの場を離れなきゃいけない。けれどもどの方向に?

悩んでいる時間はあまりない。ふと剣を見るとやはり淡い燐光を発している。

(そうだ、剣の魔法で何とかならないだろうか)

そこで、剣を掲げて塔やマーリンをイメージしてみた。すると、ぼんやりと一つの方向が光ったように思えたのである。その光る方に向かってできるだけ急いでその場所を離れることにした。

剣は草で血のりを拭き取り、ゴブリンの持っていた鞘を外して剣を収めて走り出した。その後は道がわからなくなれば再び剣を掲げて方向を確認しながら、塔までやっと辿り着いたのは既に夕刻であった。

多分返り血で血まみれだったのだろう。マーリンはまずはお風呂に入ってから夕食にしなさいと言ってくれた。剣については何も聞くこともなかった。

その後はもう遠慮なく遠くまで転移してそこから帰ってくることを求められた。

ゴブリンだけではなくコボルドやオーク、ボブゴブリンと言ったモンスターたちの他に、オーガや鬼たちだけでなく、古代の墳墓ではゾンビやスケルトンといった不死のものとも戦わざるを得なかった。

ひたすらにあのゴブリンから奪った剣を使って戦い続け、塔に帰ってくるということが続いた。


♢♢♢♢♢♢


魔法の力に気がついたのもその頃である。強いモンスターと戦うことになるとやはりこちらも無傷ではいられない。そういう時に傷の部分を手で押さえると出血が止まり、傷口が塞がりやすくなるのである。direction sense(方向の感知)の魔法もも剣の魔力に頼らなくても可能になっている。

これをマーリンに告げた時、マーリンは一瞬、悲しそうな瞳を湛えたが、そうだね。これはジェレイントの影響だろう。彼は聖戦士だ。聖戦士は白い魔法の力を持つんだ。本当なら君もジェレイントの従者となって聖騎士の道を歩むべきなのかもしれないが、今はそういう時代ではない。

いずれにせよ、白い魔法の力を育てることは君自身の生存の可能性を増やすことになる。

こう言ってクラッドの修行には白い魔法の修練も加わることになった。


♢♢♢♢♢♢


こうして5年が過ぎ、ヴィヴィアンはついにマーリンに言った。

「モルガン姫がここに避難してきてもう5年が経ちます。フェイの国にモルガン姫をお連れしてもよい頃合いではありませんか」

マーリンは魔法でフェイ国の様子を見ていたのでヴィヴィアンにも「もはやフェイ国はアウタースペースに持ち去られてしまったのです。フェイ国のあった場所に行ったとしても抉り取られた痕しか残っていないのです」と説明したが、一向に納得しない。

モルガンも私の故郷の場所を見たいというのでマーリンもやむを得ず、クラッドを護衛にするという条件ならば許すと言わざるを得なくなったのである。

ヴィヴィアンは「あんな何処の馬の骨ともしれぬ異邦人を連れてゆくくらいならモルガン姫と自分の二人で行く」と言い張ったが、さすがに女性の二人旅は危険すぎるので許可できないとマーリンもそこは譲歩しなかったのでヴィヴィアンも折れざるを得なかったのである。

マーリンは二頭立ての馬車を用意し、モルガン姫とヴィヴィアンを載せてクラッドには馭者として付き従うように命じた。

出立の時からヴィヴィアンはクラッドをまるで仇敵でもあるかのように睨みつけ、クラッドが挨拶しても聞こえよがしに「姫様のように高貴なお人があのような異邦人に言葉をかけてはいけません」と言うのである。

モルガン姫もさすがにうつむいて何も答えなくなるのであった。

馬車は首都であるトリノヴァントスを超え、全く会話のないままエヴォラクムに至った。エヴォラクムを超えた小さな村であるヴィノヴィアで街道を外れて海の方に向かうとフェイの国があった場所に近づくとされている。一昼夜馬車を走らせるとついにフェイの国のあった場所までたどり着くことができた。

ここはすぐそばにオー川が流れる湿地帯であり、川に守られるようにフェイの国があったはずである。

けらども、現地に到達すると、そこには大地が抉られたようになっており、草木も生えない荒野が広がっていた。

それを見たモルガン姫とヴィヴィアンはもう身も世もなく嘆いていたが、ついに涙も枯れ果てた。

「モルガン姫よ、我らのフェイの国は外世界人に奪われたのです。我らの素晴らしい建築も富も人も全てが持ってゆかれたのです。さあ、あの忌々しい異邦人に復讐すべき時です」

そういうと、ヴィヴィアンは「縛れ」と呪文を唱えるとクラッドの足元からツタが何本も生えてきてその手足に絡みつき、クラッドを動けなくした。

ヴィヴィアンは「これっぽっちのことでは我らが祖国を失った怨みの万分の一も晴らせていない。けれどもここにいてもどうしようもない。さあ、姫様、ここからオー川を船で下ってアヴァロンの島に参りましょう。あそこなら安全に暮らして行けるでしょう」と言って用意していたらしい小舟に乗って二人で川を下って行ってしまった。


♢♢♢♢♢♢


クラッドの手足を縛るツタはその後もほどけない。ほどこうと力を込めるとツタはさらにギリギリと締め付けてくるのである。

やむを得ず力を抜いて魔法が解けるのを待とうとしていた時に、向こうから男たちが5〜6人やってくるのが見えた。皆人相も悪く口は相手を馬鹿にしたような下卑たえみを浮かべている。

彼らの中の長らしい男は「ヒッヒッヒ、連絡にあった通りだ。お前はご主人様に奴隷として売られたんだよ。可哀想だがこれからは奴隷市で売られてゆくんだ」と笑い、何かの丸薬を口に無理やり放り込んだ。クラッドは飲み込むまいとしたが、口の中で溶けた丸薬は痺れるような苦味を感じるうちに意識を失ってしまった。

長はクラッドが意識を失ったのを見て、「さあ、お前ら、こいつが逃げないようにしっかり縛って運ぶんだよ」と手下に命じた。

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