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前編

〇一寸法師は都に上って姫に出会う

 神田神保町といえば天下に冠たる書店街にして古書店街であり、打出うちで 小次郎こじろうの浪人生生活に一服の慰めを与えるには格好であった。その日も小次郎は予備校を自主的に午前で切り上げると、書泉グランデにてアイドル写真集の輝ける笑顔の表紙を眺め、芳賀書店では中古DVDの侘しさの中にかぐわしいエロスの湛えたる気分を隅々まで確認し、さて次は古書店の最奥に秘められし成人向け雑誌の黄金時代たるプレミアぶりを摂取せしめんと、神田すずらん通りをそぞろ歩きつつも天婦羅の店先に行列の長き続きたるを見れば、お昼ごはんはどうしようか立ち食いそばで済ませるか、それとも勇気を絞って天婦羅の最後尾に繋がるか、はたまた奮発して鰻でも、いやいや浪人生の身にはお昼ごはんに出せるのは千円が精々であるなどと、ターコイズ色のパーカーのフードを雨も降っていないのに引っ被り、うつむき背を丸め、一人小さく歩いていた。小次郎の生まれは、神保町でもなければまして東京でもない。ここでは詳しく書かないが摂津、難波、住吉などと聞けば大方の察しは付くであろう。では態々神保町のごとき高き家賃の大都会などで浪人生活を暮らさずとも、そちらで予備校に通えばよいものであることはご賢察の通りであるが、これも詳しくは書けない心苦しさ、小次郎本人の器量の甚だミニマムであるに両親の心が折れ同居を拒み、やれ仕送りしてやるから東京で一人暮らしをしておくれと体よく放擲されたまでである。むろん十八歳の男であるから都会で独居ながら自己管理を卒なくこなし、自身を律し、自堕落なる欲求を飼いならし、予備校に真面目に通うはずなどない。そのくせ女性に声をかけるなどできるはずがない。両親からすればそのままフリーターとなって雑踏の狭間に溶けて消えてくれと願っていただろうが、小次郎本人とすれば真っ当に上等な大学に合格し、相当の固い企業か公的機関に就職し、無難でリスクの少ない生涯を送りたいという多くの十八歳が持たされるであろう凡庸な夢を諦めきれず、いっぱしのフリーターというフリーランスの世界に飛び込むなどという勇気は持ち合わせていなかったのである。矛盾するが、ターコイズのパーカーのフードを晴天でも被り、目の周りには黒いアイシャドーを入れて、有線のイヤホンを耳からぶら下げながら、両手をパーカーのポケットに突っ込み、背を丸めて神田すずらん通りを一人歩行するは、凡庸を拒否する彼のできる精一杯の反抗であったろう。目立ちたくはない、しかし、かっこいいと思われたいという相反する欲求は小次郎の胸中で常に磁石のように反発しながら離れることが無い。その面倒くささに両親も手を焼き、高齢出産だったこともあり、ついに責任を放棄するに至ったは至極当然であった。

 神田すずらん通りは秋の神田古本まつりが開催される頃合いで、古本青空市を並べるためのワゴンや、古書店ごとの看板、出店、ステージ、もろもろの準備でいつもの歩きやすさは幾分制限されていたが小次郎は普段と変わらぬ調子で、イヤホンから流れるJロックを聞くともなく聴き、何が古本まつりだ、カップルで古書店めぐりして何が楽しいんですか、インテリアピールっすか、リア充ども爆発しちゃえ、その爆風に僕は巻きこまれない距離を保とう、せめて雑踏に紛れどのカップルか見分けがきかず判別できなくなる形で俺の目の前から消えてくれ、などと頭の内部で呪詛を吐き散らしながら、まだ無難なお昼ごはんのメニューを決められずにいた。すずらん通りの果て靖国通りへ連なる六差路へたどり着くころ三省堂本店前の横断歩道を渡って明大通りのカレー行列でも見てこようかと思案していた小次郎はカラオケ店の前に騒動のあるのに気が付いた。イヤホンは耳穴に差し込んだままギターソロの途中であったがスマホの再生を一時停止するも面倒に巻きこまれたるを避けたい気持ちがほとんど大部分であったが、若い女性の声、それも甲高い、やや悲鳴にも似た声に、小次郎のやましく浅ましい欲望が刺激されたのは否定できないであろう。苦境にある女性をナイトよろしく颯爽と救出し、その情愛と肉体を欲しいままとし、都合の良い関係を築きたいと夢想するのは男性ならば古今東西の当然である。「本当に危険そうなら、助けなくちゃいけないよな」などと独り言ちるも、むろん人としての器がミニマムこの上ない小次郎なのだから自分自身を危険に晒してまで人助けなどする気は毛頭ない。音楽を止めて騒動のあたりをそっと伺うのは見殺しにして見て見ぬふりで通り過ぎた自分が後悔の念に苛まれないようにするリスクヘッジでもあった。できるだけ可能な限り近づいたが若い女性特有の大げさな怒鳴り声なだけでその実はなんら人的な被害のない、もっと言えばセクハラ冤罪のような現場だろうから僕が出張るほどの事態ではないとの納得を欲したのである。

「放せよ! ふざけんな!」

 そう叫ぶのはギャルJKであった。小次郎はギャルが嫌いではない。むしろ男に媚びていないのがよい。女同士で戦っている、舐められてたまるかという好戦的な態度が逆にそそられる。と言って、男に媚びるような女性が嫌いかというとそんなことは決してない。清楚であるに越したことはなく、メガネっ子が保守的な服装をしているのが自分にだけは蠱惑的な側面を見せてくれるようなギャップの効果的なるも大好物である。騒動の主は三人いて、件のギャルJKと、もう一人は黒髪の女学生と、さらに黒髪の子の腕を掴んで離さないヤバめの中年男性である。ギャルは中年に対して黒髪の子から手を放すように叫び恫喝しているのだろう。ギャルも黒髪の子も同じ高校の制服を着ているが、そのキャラクターは正反対であるように見受けられる。正反対項目の第一に挙げられるのはバストのサイズ感であった。ギャルの乳は豊かに張り出しブラウスを中から押し上げいわゆる鳩胸で柔らかい奥に固い芯のあるような、ぷるん、ぷるん、とでも聞こえてきそうな立派でナイスなものである。相対し黒髪の子は慎ましやかなお胸で角度によっては隆起がほとんど認められないかもしれず清らかで神聖ささえ感じさせるものであった。貴君らは巨乳と微乳のどちらをより好ましいと賢慮し給うや。言うまでもなく小次郎にとってはどちらも捨てられない、どちらも尊く深く愛着を持たされるに足る格別に価値のあるものである。しかし今日この時に限るかもしれないがギャルのぷるんぷるんな乳房に小次郎の視線が吸い取られているのも事実であった。ぷるん、ぷるん、は縦の揺れと断じて差し支えなかろう。そんなら横の揺れは、ゆっさ、ゆっさであろう。重力に負けて垂れた乳房も味わい良いものだろうが、若い乳房の重力を克服する張りと弾力は理屈を超えた魅力と魔力を感ぜざるを得ない。バストサイズの他の違いといえば髪の色の明るいと黒いとであるが、その前に来るのはやはり脚しかあるまい。黒髪の子は黒く色の濃いタイツを履いていてスカート丈も長めであり、いかにも優等生で清楚で保守的なのである。優等生もギャップを期待できて大いに結構なのであるがまだそのギャップが現れる展開ではないので小次郎はその期待は胸にしまっておくこととし視線はやはりギャルへと注がれる。ふともも。ギャルの、ふともも。むっちりとした、それでいてしっとりとした、肉付きの素晴らしいふともも。もっと先に言及しておくべきだったことをお詫びしなければならないことにはギャルはギャルでも黒ギャルではない。かといって白ギャルと呼べるほど過度に美白ぶりをアピールするでもない。日焼けサロンなどの加工を施していない、日本人のDNAに深く刻まれた健康的な白さで太陽光を煌めく肌で反射しつつも吸収し神保町の風と空気にさらされ適度に鍛えられたものが放つ天然の一張羅と評して相違なかろう。小次郎が何ゆえにギャルふとともの肌を直ちに論じえるのかは、ひとえにスカート丈の短さに尽きる。黒髪の子が膝とあまり変わらないチェック柄のスカート丈の長さなのにどこまでも反比例するかの如くむっちりとした白いふとももを完全にむき出すような短めの短パンくらいと言えば大したことのなさそうに響くかもしれぬがそこはスカートであって決して短パンではないのであって少しでも羞恥を返上し屈んで覗き込むことができたならと男なら思わずにはいられないだろうが、パンティを見られたくないならばなぜそんなに短いスカートなのかと言いたくなるのをぐっと堪え駅の階段でもエスカレーターでも目をあさってに逸らしながら怪しまれぬよう息を殺すより仕方がない。乳房とふとももとに比すればギャルの顔面などは二の次三の次であろうが簡単に申し上げるならタレ目であり口は横に大きく一言でタヌキ顔である。平生なら愛嬌ありと片付けるのが簡単だが今まさに非常事態ゆえタレ目もきっとつり上がりキモい中年男性を睨みつけることギャル顔面はなかなかの圧力で一種の見ものであった。黒髪の子といえば可哀そうにその顔は恐怖に歪み青ざめていて和風で切れ味鋭いシャープなその顔立ちを今に至っては正当に評価できない、いわゆる濡れ羽色の前髪がぱっつんと真っすぐ切りそろえられたるは彼女の性質を表したものらしく眉尻も眼元もやや攻撃的とも取れる清らかさと生真面目さで周囲を支配し得たであろうが、小次郎の目にはキモい中年に腕を掴まれ恐怖で固まっている哀れなか弱いJKと映っている。

「放せ! このやろーーー!」

 ギャルタヌキがついに暴力に打って出て両手の指を組んで頭上高く掲げキモ中年の腕めがけて振り下ろす様は、古い例えで恐縮だがマチルダさんを亡き者とした憎きドムのミデアのコクピットを叩き潰すが如き、またはキグナス氷河の放つ絶対零度のオーロラエクスキューションを彷彿とさせる、十分に遠心力と体重が乗った小気味いい一撃であった。振りぬいた両腕の間に挟まれたギャルの豊かなバストが弾むゴムまりのようにぷるんと縦に揺れたことは言うまでもないだろう。ぎゃっと声を上げたまらず手を放すキモ中年と、解放されたものの青ざめた顔のままよろよろと数歩後ずさるばかりの黒髪の子と、割って入ったギャルとを、遠巻きに見物する野次馬からも「おおー」という感嘆の声が聞こえギャルの勇気に敬意を込めた眼差しを送り、それは小次郎も同様だが「暴力はいけない、その後でどんな報復があるか分かったものではない、女子の腕力で中年男性をやっつけようというのはリスクが高すぎる」と持ち前の器の小ささで自分の勇気のないのを棚に上げ、したり顔を決め込んだ。

「割のいいバイトとかって、パパ活なんかしねーから! なめんなオヤジ!」

 まさに怒髪天を衝く勢いでギャルタヌキは甲高い怒号を上げるのは相当に腹に据えかねたらしく声を裏返らせ、小次郎はやはり自業自得とJKらの危険なビジネスのもつれであり自分が助けに入るべき案件ではなく、また己の冷静沈着さが役に立った身を助けたと肩をすくめた。キモ中年といえばネズミ色のスーツは安物の風合を示しいかにもうだつの上がらない中年といった別段取るに足らんものに間違いないが白昼堂々JK相手に怪しいバイトを持ち掛ける異常性は小次郎も認めざるを得ず、タヌキ娘が放った一撃に対し逆上し報復する恐れこれありとしてその挙動を注意深く探った。もしオヤジがタヌキ娘に殴り掛からんとせば間に割り入り制止せしめる距離が至近なるは小次郎の他になくチラホラと集まりつつある野次馬たちの中から蛮勇を起こし厄介ごとに首を突っ込んでくるものの出現を待つはあまりに悠長であった。

「ギギギ……、ギギギ……」

 キモ中年は全く冷静さを失っていると見え小次郎からも分かるくらいの大汗が安物のスーツを羽織った水色のワイシャツの襟の色を変えるほどビショビショに滴っている。度の強いメガネとポマードべったりに横分けの薄い頭髪と大汗と意味不明で不快なうめき声とが、その男性をキモい中年として過分に成り立たせていた。小次郎は見るからにヤバい人だということを否応なく理解し、ナイフ、カッターナイフ、バタフライナイフ、特殊警棒、トンファー、その他の凶器を取り出すような素振りを見せればすぐにスマホを取り出し動画を撮影してますよ、やめたほうがいいですよ、お巡りさんに捕まっちゃいますよ、とアピールする準備を心のなかで整えた。逆上しているヤバい人を冷静に戻す手段など小次郎は普段から持ち合わせていないが、少しでも、できるだけ、自分が怪我しない範囲で、ギャルJKの援護に加わろうという、しかしその実際の行動はギャルJKの後ろに回り込むだけという、器がスーパーミニマムな小次郎にしてあり得ないほど豪胆な行動に出たのである。

「ギギギ、ギャギャギャ……、ギャバっ!」

 この時の小次郎には知る由もなかったがキモ中年とは実にオニだったのである。オニの定義もいろいろあって一々説明をしおおせるほどの暇はない緊迫した状況であるから簡単に済ますなら、ここでは男の欲望が暴走したもの、くらいにしておこう。いわゆる真面目なサラリーマンだったキモ中年はエロいJKの色香に惑わされたかその性欲が暴走しその身がオニとなり果てた。身体的な特徴はこれから現前していく様を小次郎やギャルJKが目の当たりにすることになる。このオニの名はモウセンオニという。由来は食虫植物のモウセンゴケである。丸くしゃもじのように突き出た葉の一面に放射状の毛が伸び、毛の先端に粘液をつぶ状にして蓄え、甘い匂いに誘引されたチョウやハエなどを粘着して捕らえ養分とし観葉植物としての人気も高い。さきほどキモ男が発した「ギャバっ!」は、彼の頭部の皮膚や肉が裏返り、赤いのっぺらぼうの様相から表面に粘液を湛えた触手がびっしりと放射状に生えたオニ形態への変化の声であった。これには小次郎もギャルJKも呆気にとられたのは生々しいリアル犯罪ドキュメントのつもりで身構えていたところに突然の特撮CGもの怪人化であるから無理もない。キモ男の裏返り触手生やし変化は頭部に留まらず胸から腹はスーツを突き破り腕はそのものが触手と化すような変身を進めるのに対し下半身はズボンも含めて原型を保っている。カッとなった性欲と怒りは上方向に盛り上がっていくもののようである。全身触手まみれの赤い人型をした物体を前にして小次郎は思考停止に陥った。夢か、ドッキリか、特撮ものの撮影か。

「そっち系の、キャーーー!!!」

 ギャルJKが身も世もなく悲鳴を上げ、そっち系との真意は定かでないが、それまでの過剰にキモいとはいえ普通の人間に対していた怒号や叫びと今や怪物を目の前にして命と精神の危険に対するキャーとの系統が違うということではないだろうか。先ほどまでのどちらかと言えば低い声でドスの利いた怒号を発していたのに対し、こっち系のキャーは甲高く女性らしい哀れを催すような悲鳴であった。真に迫るその悲鳴を聞けばいかに小次郎といえども正面の状況が現であると認識せざるを得ない。そして直感する。怪人が触手を生やしているのだから女体に絡みつかないはずがない。女体を絡めとらずして何のための触手か。かくしてモウセンオニの腕先の触手がニュルニュルと植物らしからぬ機敏さを以ってギャルJKへと伸び、反射的に踵を返して逃げようとしたギャルJKを後ろから捕らえた。振り返ったギャルの視線の先には小次郎が居て目が合った。こんなことならアイシャドーなんて付けてこなければよかったと小次郎は悔いた。

「輝美ん!」

 目の合ったのは一瞬だけで、ギャルJKはすぐに友人らしき黒髪の子に呼びかけていた。小次郎は知らぬことだが、名は苦竹にがたけ 輝美てるみという。ギャルJKの視線をたどれば輝美ちゃんは地面に伏せって動かない。気を失っているらしい。モウセンオニのビジュアルインパクト甚だ熾烈なりと感ぜらるる。ギャルJKを捕らえた触手といえば背後からギャルの汗ばむ脇の下をくぐり、豊かなバストの下をかすめ、ぬらつく粘液を純白輝くブラウスに不浄に滲ませていく。

「ちょっと、そこの人! 輝美んを遠ざけて!」

 ギャルJKはそう叫びながら小次郎を見ているので、さすがにミニマム小次郎と言えども「え、誰に言ってるんですか?」みたいな顔はできなかった。なにより自分の身より友人を案じているその友愛と勇気とが、卑屈で陰気で矮小な小次郎には眩しすぎたのである。同時に二つほど男性の影がギャルの元へと走り寄っていく。見れば居合わせた男子大学生であろう。勇気を示し二人して捕捉されたJKを救おうというらしい。ギャルは彼らに任せ小次郎は倒れている黒髪の子を安全な場所まで運び出そう、そうすれば結果的に小次郎本人の安全も図れることになる、とあまりにも小さい打算を即座に組み上げ、輝美の上半身を抱き起し、羽交い絞めのような体制で両脇に腕を回し、後ろ向きに引きずって運んだ。黒くつややかなパンプスの踵に傷が入ってしまう危険があったが緊急時なのでやむを得えないとの判断であった。こんなときヒーローなら颯爽とかっこよくお姫さま抱っこという横抱きで運べるのだろうが平均よりだいぶ身長の低い小次郎は最初から運搬法の候補には上がらなかった。

「お嬢様! お嬢様! おい貴様! お嬢様から手を離せ!」

 男性の怒鳴り声が野次馬たちの向こう側から響いて金色の人影がその野次馬を二~三人と跳ね飛ばしながら猛烈なスピードで接近してきたのを小次郎は黒髪の子を必死に引きづりながら見た。金髪、黄色いスーツを着て、体つきは見たこともないほど屈強な、鉄拳シリーズでいえばカズヤミシマ、餓狼シリーズでいえばリュウジヤマザキのような悪のカリスマを漂わせたスーツマッチョが小次郎目掛けて突っ込んでくるのが怖かった。黄色いスーツであるからには堅気の職業とは到底思われず風格はあるがまだ二十代後半くらいではないだろうか。両の脇の下を腕で支えているので手を離せと怒鳴られてはいるものの聞き入れてそのまま放せば輝美の後頭部を神保町のアスファルトに落っことすことになるくらいの分別はあり「あ、すいませんすいません、すぐ離します、ハハ」と愛想笑いを浮かべながら小次郎は輝美の尻を地面に置き上半身を支えたまま続きを金髪マッチョに任せようとした。

「……、お嬢様」

 ずざざざーと音を立てて金髪マッチョは小次郎らの目の前で急ブレーキをかけ、まだ気を失っている輝美をそっとお姫さま抱っこで抱え上げた。スーツを着ていても腕の太さや肩回りのパンプアップ具合が見て取れる。小次郎は知らないが金髪マッチョは名を坂田さかた 斧熊おのくまといった。輝美の付き人でありボディーガードである。斧熊はちらりと小次郎を見たが、そのまま何も言わず元来た方向へと輝美を軽々と抱えたまま走り去った。服装はともかく、ヒーローとはああいった体躯と俊敏性が欠くべからざるものであると痛感し、後に小次郎は斧熊とのファーストインパクトを最悪で低劣で劣等であったと述懐している。

「え、だれ、今の」

 走り去った輝美と斧熊とをポカンとした顔でギャルJKは見送った。小次郎もポカンとした。どうやら黒髪の友人である輝美にあのような怪しげで半グレな連れ合いがいたことを知らなかったようで、そのくらいの距離感の友人関係であることが小次郎にも察せられた。兎に角、友人の安全が保障されたのは確かで、目を転じれば二人の勇気ある男子大学生がギャルに纏わりつくベトベトした触手を引きはがそうとしているところであった。彼らを待ち受ける悲劇を鑑みればここでの勇気とは蛮勇とか無謀とか命知らずなどと言い換えられよう。モウセンオニの頭部から放射状に伸びた触手が鋭く二人の男子大学生を串刺しにしたのだ。

「へあああ?!」

 自身の顔と言わず胴体と言わず無数の触手が突き刺さっている様子を二人の男子大学生は信じられないといった眼差しで見やった。刺さった触手からほとばしる粘液が急速に二人の身体を溶解しぐにゃぐにゃにして衣服だけ残してモウセンオニに取り込まれてしまった。食虫植物が羽虫を溶かして養分にする理屈であるが本家のモウセンゴケはここまで仕事が速くはないだろう。

「ええええ!」

 小次郎とギャルJKとで同じようなリアクションを表現した。勇気を奮って女子高生を救出しようとした男子大学生二人なのにあまりにも無慈悲な非業の死を遂げたのは信じられなかったし信じたくなかった。溶かされ養分となった二人分の体積が増えるのが道理でモウセンオニは二回りほどその体積を増大させ両肩だったあたりに頭部のようなコブが一対、にょっきりと屹立し、それぞれがかつて二人の男子大学生だったものの頭部だとすれば小次郎にとっては受け入れがたいほどの哀切であった。二人の後に続いて手伝おうとしていた若いサラリーマンや古本まつりの準備中らしき書店員さんなども驚きおののいて蜘蛛の子を散らすようにモウセンオニから距離を取る。そんな彼らを追加の触手が狙い襲う。背中から触手で貫かれ、さらに二人の男性がモウセンオニの養分となってしまった。血しぶきが上がったりバラバラの肉片が飛び散ったりしないのがせめてもの救いだろうか。最初のキモ中年を入れると五人分の容量ということになる。野次馬の輪の半径がみるみる広がっていく。腰を抜かして尻もちをついている小次郎はどうすべきだろう。人が死にたくないという思いの強さに器の大きいも小さいもない。ナイスバストなギャルJKを助けたいのはやまやまであるが自分の命と引き換えというわけにはいかずさらにいえば命を捧げる覚悟があったとて触手の攻撃の速さから身を守ること敵わず無駄死に犬死になのは明々白々であった。さりとて、今まさに小次郎はギャルJKと目が合っている。助けて、ムリなお願いなのは承知のうえだけど……、というギャルJKの心の声さえ聞こえる気すらする。目を逸らし背を向けること能わずや。そのギャルJKの肉体は養分にしないのか不思議がる向きもあろうが触手は女性と男性とで態度を異にするかのごとく鋭く暴力的なのは男性向けに制限されるようで、端的に言えば触手はギャルJKの服を剥がし始めたのであった。

「ひいいいっ! ちょちょちょっちょ!」

 服を脱がされようとしていると気づいたギャルJKは動揺の声を上げる。粘つく汚らしい黒ずんだピンクの触手の先端が、嫌らしくブラウスの上でのたうち、豊かにプルンプルンと服を内側から押し上げるはちきれんばかりの乳房の横から、そして下から、包み込むように絞り込むように纏わりつき、その弾力を楽しむかのように先端でソフトに突っつきながら、もともと弾け飛びそうだったブラウスのボタンの両脇を掴み、焦らすように左右に引き裂こうとしている。粘液がこすり付けられたブラウスのバストはテラテラと陽光を反射し、何とか逃れようとギャルJKが身をよじり体幹を捻るたびに小次郎を誘うかのよう妖しく揺らめいた。ぷつん、と音を立てブラウスの一番上のボタンが弾けたのを小次郎は見た。

「ちょっと! なんなの?!」

 ギャルJKの抗議もむなしく、ぷつん、ぷつん、と続けざまにブラウスのボタンが弾かれていく。上から下へ、胸元から腹へと白く薄い綿のブラウスが開け広げられていき、豊かで張りのある右乳肉と左乳肉とで描かれる谷間の線を露わにした。小次郎には世の婦女子が身につけているというブラジャーが解らぬ。目の前で露わとなったギャルのブラも、その材質も型式もまして何カップなのかなどはてんで見当が付かなかった。ただ分かるのはその美しさのみである。柔らかこの上ない極上の乳肉を下からそっと、そして力強く包み込み、支え、掲げているのだから。色は輝く白銀、フリルなどなく、模様も柄も入っていないようだ。それが却って素晴らしい、と小次郎は感嘆した。天使たちが冷やし固めた天上無二のババロアには余計なトッピングは必要ないのである。ただただ乳をグッと押し上げれば、それが芸術であり愛である。

「なんかすごい見てるけど、見てないで、警察とか呼んでよ!」

 我知らず、なんかすごい見ていたことに小次郎はハッとして、左ポケットのスマホを探ったが、すでに野次馬の中で通報済みかもしれない、自分まで掛けたら救急センターの皆さんの仕事を邪魔してしまうのではと得意の器ミニマムを発動させた。実際、ギャルやオニを見ながら何やら通話をしている様子がそこここに認められる。

「今から呼んでも間に合わないし、何て言って呼んだらいいのか……」

 小次郎の情けなくか細い声はギャルまで届いただろうか。届かなくても構わない、とさえ思う小次郎の小ささだ。内心ではこんなことを思っている。これはきっと特撮のシーンだ。何故か分からないが特撮の中に入り込み、本物として現実に現れているのだ。特撮ならばヒーローが助けに来るのが約束であろう。これからきっとヒーローが助けに来てくれるという確とした一念に小次郎はすがりついていたのだ。思い浮かぶヒーローといえば、デビルマン、妖怪人間、悪魔くん、変奇郎(Aの方)、魔太郎(Aの方)といったダークヒーローばかりの顔ぶれなのが小次郎には自分でも可笑しかった。

(これが夢や特撮なら、そろそろヒーローが来る頃合いじゃないか。ずいぶん勿体ぶっている。いや贅沢は言いません、来てくれさえすれば、どんなタイプでも構わない)

 お気づきの通り小次郎本人がヒーローになりたいなどという大それた考えは微塵もないのである。小次郎の中にはモブの自覚と誇りが実に自然に同居している。彼は待っている。他人に聞こえないように文句を言いながら。

 ここで聞こえてきたのは馬の蹄が神田すずらん通りの地面を駆けるリズムである。貴兄らは神保町に馬が走るをご照覧し給うや。すずらん通りをパカラっパカラっと、揚子江菜館の方から東京堂書店の前を抜けて文房堂の方へ爆速全速力で疾走するサラブレッドをかつて見給うや。馬を駆る者は女人である。ビロードのマントを神保町の風にはためかせ、つば広帽を目深に、全身これ黒一色の、さながら対魔忍かバンパイアハンターか、衆目をして刮目せしむる、異様にして面妖たる趣味であった。散り散りに逃げ惑う野次馬を歯牙にもかけず、グイと手綱を引き絞れば、堂々たる黒馬は前脚を高く振り上げ豪快にいななき黒いビロードのマントが翻り大見栄を切った登場に小次郎はたまらず「来た、ヒーローが駆けつけて来た!」と感嘆せずにはいられなかった。そして年若い男性としては彼女のボディチェックもせずにはいられなかった。漆黒のラバーはピッチリと肉体を締め付けその鍛えられ引き締まったボディを言葉少なに飾り立て目の前のギャルのような饒舌な乳とは対照的で、さきほど退場させられた黒髪の輝美の存在感ゼロ乳とも方向性を異にする、実に丁度いい大きさ加減と葛藤が渦巻くような乳肉であった。馬上でつば広の黒い帽子を脱ぎ現れたる髪型はショートカットで敏捷そうな鍛えられた肉体によくマッチしている。言うまでもなくボーイッシュという形態で、かの草薙少佐とそのゴーストとに少しばかり幼さを加えたような、あるいは警視庁特殊車両二課で辣腕を振るった泉巡査に面影を重ねる。颯爽と現れたヒーロー女性は名を吉備野きびの ももという。小次郎がこの名を知るのは大分と経ってからであるが、その名にふさわしい桃尻の持ち主だ知るのも時を同じとし、小次郎は後に「お乳を揉むべきか、お尻を撫でるべきか、それが問題だ」との言を残している。まとわりつく小次郎の視線を感じているのかいないのか桃は「とう」と鋭く気合いを上げると暴れ馬から飛び立ち空中で前方宙返りを決めつつオニとギャルとの眼前へと降り立った。手には一振りの直刀が光る。グラディウス、古代ローマの剣闘士から桃が受け継ぎ得物としたものだ。ギャルは助けが来たとその丸いタヌキ顔を一時輝かせたが、桃から漂う不穏な雰囲気に長くは続かず、やがて不安そうにその剣の輝きを見る。小次郎にしてもこれまで好意的にボディやボーイッシュ加減を堪能する余裕があり得たのは駆けつけたヒーローが瞬く間にモンスターを討伐してくださるに違いないという楽観があればこそである。

白灰しろばいは、どこだ」

 桃の声は低く微かであったが小次郎にも良く聞こえた。小次郎に聞いたのではないだろうし、もちろん小次郎は知らない。白いバイクにも心当たりがない。

「答える知能はなさそうだ。やれやれ、またハズレか」

 口語において「やれやれ」と発言する御仁を小次郎は現実において初見であった。大村上春樹文学の主人公か、それとも初期の空条承太郎氏か。

「なんでもいいから早くやっつけて!」

 切迫したタヌキギャルJKの声に小次郎の胸に嫌な予想が忍び込む。この人は本当に強いのだろうか。変なところで意外性やギャップを発揮しやしないだろうな。はたして、その予感は現実となる。軽くモウセンオニに返り討ちにあうくらいなら可愛げもあっただろうが、たあっと鋭い気合い一閃、輝くグラディウスで触手をぶった斬りに挑んだものの、まるで効果をもたらさなかった。一番外側の、一本目の触手に一太刀が止められた。切れない、切れ目すらつけられない。無言で桃はグラディウスを振りかぶり直して二の太刀三の太刀と果敢に打ち込むもその応対は最初の一本触手で事足りているのである。これには小次郎もタヌキギャルも顔を見合わせて「ええ……」であった。不思議なことにモウセンオニの触手は反撃する気配や意欲を感じさせない。ただ面倒くさげに桃の斬撃をいなしているばかりである。この隙に、とばかりにモウセンオニの背後から忍び寄ろうという勇気の人もあったようだが、オニは背中からも尖った触手を発射する構えを見せ、刺されて先の男子大学生のように吸収されてはたまらぬと尻をまくって逃げ出す様まで小次郎には見えた。

「ちょっと! 女は殺さないみたいだから! 強い女の人、だれか呼んできて!」

 ギャルJKが小次郎の方を見て叫んだ気がした。言われた小次郎では振り返って「誰に言ってるんですか」というポーズを返した。そもそもその発言は酷い悪手と思われた。それを聞いたヒーロー然とした桃がどのような感情になるか配慮して欲しかったのだ。桃は無言でギャルJKを睨むと自らの愛馬まで引戻り積んでいた荷物から今度は銃を取り出した。小次郎には銃の知識はまるで無かったがフリントロックピストルに似た形状の、やや装飾過多な、短めの火縄銃のようなものである。銃は剣よりも強し、との第三部のエンペラー名言を待つまでもない。

「危ない! 人に当たるって!」

 弱気な小次郎も思わず一歩を踏み出してしまいそうになる、それくらい危なっかしいエイミングであった。先ほど緩みそうになった空気もどこかへ吹き飛ばすほどの火薬の爆発音と駆け巡る弾丸。もはや桃はギャルに弾が当たっても構わないと思われる程に遮二無二に撃ちまくる。やはり銃は強い、剣撃とは違い弾が当たったモウセンオニの部位は砕かれ弾け飛んだ。ギャルJKが一際大きく悲鳴を張り上げた。触手によって今度は脚を割り開かれようとしている。どうやらオニのごときはギャルの体を盾とし目まぐるしく発射せらるる銃弾から身を守ろうとするらしい。立派な太ももに薄汚くヌラヌラ濡れた触手が巻き付き、ギャルの下半身を地面から引き離し、さながら空中M字開脚を実現させようというのか屈伸した体勢のギャル太ももを左右に嫌らしく広げていく。ギャルは撃つな、開くな、当たるし、パンツ見えっから、と、まるで疲れる様子も見せずに大声で騒ぐ。小次郎は固唾を飲んで見守っている。そう、パンツが見られるかもしれない。言うまでもなく小次郎は彼女などいたことは無く、なんとなれば女子などとは殆ど会話した事がない。ここで長々とした説明は控えるが小次郎がモテなかったということもあるが彼がその器の小ささ故にフラれるのを極端に恐れたから、というのが大きかっただろう。そのくせ、ギャルの乳は見たい、パンツも見たい、と、さもしい獣欲に支配され、さりとて大胆な行為などに及ぶ勇敢さもなく、いかにリスクを最小にしつつ最大限のエロスを享受し得るかが彼の最近の関心事であった。彼は先ほどまで書店、古書店を巡りてアイドル写真集や成年向け雑誌に耽溺していたことを貴兄は覚えておられるだろうか。そんな彼にとっては今まさに大チャンスの到来なのである。犯罪者にならずしてJKのおパンツを礼拝しその咎は気持ち悪い触手のモンスターが一身に引き受けてくれようとしているのだ。そもそもスカートの丈が短すぎるのだ。自分はただJKの身を心配しているフリをしながらじっくりねっとりパンツを拝むことができるのだ。神龍にギャルのパンティおくれとわずかな隙をついて要求した伝説の豚人間にも匹敵するべき絶好の機会なのである。

「見せもんじゃないぞコラ! 一人十万円取るぞ!」

 ギャルの怒りが小次郎にだけ向けられていないことに小さな小次郎は心を軽くした。見れば野次馬たちも良からぬ気を起こしたかそっとスマホのカメラを起動したりする。小次郎の位置はギャルから少しはかり近すぎるのでスマホは取り出せないがその代わり肉眼でしっかと見ることができる。銃弾の雨は止まないがもう小次郎は恐れない。フロント部分にタヌキの顔がプリントされていた。白くむっちりとした太ももに挟まれ、ベージュにいくばくか紺の差し色の、余りに無防備な布一枚なのである。たかが布一枚と侮るなかれ、パンティとは至大にして至高なり。極大にして素敵なり、アルファにしてオメガである。見られまい晒すまいとギャルが身をよじり腰をくねらせるほどに豊満な乳房は縦にプルンプルンと揺れパンティは男たちの視線を強力に吸い込んだ。だが何故か、小次郎の胸にはある種の寂しさが迷い込んでいたのも事実であった。すきま風のような、高まり果てようと上昇のカーブを描く獣欲に水を差すような、それはいわば虚しさであった。触手がブラジャーのフロントの繋ぎ部分をブチリと引きちぎり、あろう事かギャルの生オッパイの全貌が乳首も含めて明らかになったときこそ、その哀切なる虚無感は最大となったのだ。ギャルは更に声を張り上げ、桃の顔からもいよいよ余裕が失せつつあった。ああ、だが乳を見よ。乳を見よ。砲弾型、あるいはロケット乳とでも呼ぶは容易いが、とてもそんな常套の形容では尽くせぬ。服の上からでも明らかであった縦への推進力はあらゆる束縛から解き放たれ重力すらも舌を巻く放埒さをもってツンと天を突きプルンプルンである。乳の先端は、乳首である。純絹のごとき真白いベージュの肌から薄桃色のグラデーションが立ち上り、先に向かうに従って瑞々しくピンク色の頂を完成させている。ピンク色などという易い表現は乳首に申し訳ない。桜で例えるなら弘前、ツツジならば久留米である。そんな稀代の芸術品におぞましく蠢く赤い触手が絡みつき、粘つく汁をテラテラと塗り付けようとしている。その様をまざまざ見せつけられたとき小次郎は去来する一抹の寂しさの正体をはっきりと見定めた。それは、同意のないプレイを見るのは嫌だ、ということ、これに尽きる。嫌がってるだろ。生ナイス初おっぱいが台無しじゃないか、と。

「……やめて……」

 苦しげなうめき声が小次郎の口から漏れ出た。初めの先走りが堰を切れば後に続くマグマのごとき感情とそれを乗せた言葉とが雪崩を打ってほとばしる。

「撃つのやめてもらえませんか。あの子に当たりそうなんで」

 小次郎の勇気の矛先は桃の無茶な銃撃であった。小次郎本人は突き動かされる激情に翻弄されるだけだが、あまりに器の小さいところに許容量を超えた情念が押し込まれ、ギャルJKの生おっぱいがタガを決壊させたのである。

「わかっている、が、これ以上の犠牲を抑えるには仕方がない。文句があるなら自分でやれ。お前が助ければいいだろ。弾が当たる前に」

 桃はフリントロック式の照準から眼を離さず、クールにボーイッシュに言った。言われることはもっともであるが、うかつに近づけば男性ならば串刺しにされて吸収されてしまうだろう。オニの方を見やれば、自然、ギャルJKとも目が合う。撃つのをやめてくれ、と願い出た行為は伝わっただろうか。パンティも見える。ワンポイントのタヌキのイラストには吹き出しで「カモン(ハートマーク)と描かれていた。

「……ううう……」

 モウセンオニとギャルとを見据えながら、小次郎の全身はぶるぶると、恐怖によってか、恥辱によってか、震え出した。

「……やってやる……、やってやるぞ……」

 理性のタガが外れ、セルフコントロールの枷がキレてしまった小次郎の目は血走り、落ち着きなく錯綜した。元からの人間の小ささ故か、覚悟が一度固まってしまえば後は単純なものである。どうせ浪人なのだ、もうおしまいだ、我が人生は乳へと手を伸ばしたまま、前のめりで終焉を迎えるのだ。乳に手を伸ばせ、と誰かが言っていた。実を言えばもう自分の器の小ささにはとっくに愛想が尽きている。この小さい器で老いさらばえるより、一瞬でもいいから自分はでかい事をやった、やろうとした、と満足して死にたい。無駄死にでも構わない。我が一生はおっぱいが全てであったと微笑を浮かべて地獄への門出を迎えよう。震える右足を一歩進めた。願わくばこの命と引き換えにでもあのおっぱいが救われますように。小次郎は日本人にありがちな無神論者かつ迷信や祟りを恐れる者であったが、この時ばかりはまだ見ぬ神というものに祈りを無心に捧げた。小次郎は駆け出していた。

 祈りが通じたのか果たして神は現れるのである。小次郎にとっては謎の存在、未知の物体であったがその神の見かけは巫女さんの装束に身を包んだ金髪の童である。性別はないが幼い女の子の見た目でせいぜい十歳というところだろう。駆け出した小次郎の右方向から不意に出現したのであるが覚悟完了しきった小次郎の目には入らずそのまま神の横を通り過ぎモウセンオニに突撃していく勢いであったところに、小ぶりの小槌のようなものでジャストタイミングで右のこめかみ辺りを殴り抜かれた。殴った小槌は代用品と見えて一撃で粉々に砕け神保町に散った。

「まかり出でたるは、このあたりのものでござるー」

 神の口調は横柄でゆったりとしたもので殴り終わった後から響き聞こえてきた。右から殴られた小次郎の身体が走っている体勢のまま横方向に回転している。小次郎の周りだけ時空が切り取られ切り抜かれた折り紙ように空転しだしたのである。小次郎が駆け出す音が「ダッ」とすれば、神が現れる音は「ポンッ」であり、小槌で殴られる音は「ガッ」で、小次郎の体が横回転する音は「ヒュィーン」であるから、音だけを抜き取るなら、ダッ、ポンッ、ガッ、ヒュィーン、とテンポよく流れ、追いかけるようにして「このあたりのものでござるー」という神のセリフが響いたことになる。突然に現れた神に小次郎は最初は気付かなかったものの自分の体が変調をきたしていることは嫌でもわかる。橙色の光に包まれた自身の身体が空中で反時計回りに横回転しているのだ。よく眩暈がすることを目が回ると表現されることがあるが、果たして回転の方向は横なのだろうか。

「ふわわわわ」

 とっくに小次郎の両足は地面に届く位置に無く、天地が逆転し頭を下にして垂直になったと思えばさらに回転は進み、二回転三回転と、小次郎の目からは世界が時計回りに回転していくのだ。さらに驚くべきことにはモウセンオニの体躯がみるみる巨大化していく。スーパー戦隊にありがちなモンスターの後半での巨大化であろうかと小次郎はこの期に乗じても訝しんだが、ショックはそれだけではなかった。もうお分かりであろう。ギャルJKも巨大化していく。それだけではない。カラオケ店が入ったビルも、すずらん通りの街路樹も、ギターの看板も、自動車から野次馬に至るまですべてが巨大になっていく。そう、体が縮んでしまった。回転しながらどこまでも縮んでいく。見た目は子ども、ぐらいの水準で止まる気配が微塵もない。このまま小さくなり続け存在自体が消失する恐怖すら覚えた。

「死んでもいいとまで思ったけど、これではあんまりに想定外」

 いつまでも続くかと思われた謎の縮小大回転は小次郎の身長が三センチくらいに縮んだ時点で不意に終了した。回転させていたベクトルの応力が消え、小次郎の小さい体は地面へ放り出された。百五十センチくらいの小次郎の中心からなので七十五センチの高さから落とされたことになる。三センチから見たら百五十センチは五十倍なので、七十五センチの五十倍は三千七百五十センチ、つまり三十七・五メートル、これはおよそ四十メートルの高さと言っていいだろう。光の国M七十八星雲からやってきたウルトラの戦士や、強化人間フォウムラサメの駆ったサイコなモビルアーマーくらいの、ビルで言えば十階以上の高さに感ぜられる。それでも、ポテっ、くらいの衝撃で小次郎は難なく着地した。信じられないくらい自分の体が軽かった。三センチくらいのカブトムシやクワガタなどを一メートルくらいの高さから落としてもダメージはほとんどないように重力による加速がないせいか下降するスピードもゆったりとしたものだった。

「なんだ? 何が起こった?」

 小次郎が驚くのも無理はなかろう。思わず頭や顔を触って確かめようとしたのに何かにその手を阻まれた。ぷにぷにとした肉塊である。同時にほっぺたの下あたりに人の手で撫でられるような触覚もあるのだ。手が肩の高さから上に上がらない。四十肩五十肩には気が早い。純粋に物理的に手が上がらないのである。顔! これって俺の顔! これは夢だ。モンスターやギャルのオッパイあたりで気がついておくべきだった。あんな見事でハリがあって縦にプルンプルンなオッパイなんて現実に存在するはずがない。ああいうのはAIが描いてるんでしょ最近は。

「『れぷりか』小槌では一度が限界のようじゃな」

 上空からのやけに幼なげな子供の声に小次郎は顔を上げようとして後ろにひっくり返りそうになったのは頭部分の重さ、胴体部分とのアンバランスさゆえである。バランスを取ろうと慌てて二、三歩後ずされば嫌でも体全体で感じる顔のデカさを思い知らされる。

「打出の血を引きし者、一寸法師となり鬼を退治しておくりゃれ。しからば『打出の小槌』をこれ進ぜるものなり」

 子供が浮いている。巫女さんの格好をした金髪のおしゃまさんが声色は正に子供であるのにセリフの内容が小次郎には聞き取れないし理解できない。壊れたレプリカ小槌の柄を残念そうに見ている。

「まあ、でも、夢だし」

 小次郎は卑屈な笑みを浮かべ神から目を逸らした。

「夢ではないぞ、横着者、うつけ者」 

 おそらくディスられているだろうことは伝わる。表情だけでもありありと馬鹿にされているのが分かる。神が柏手を打つと鏡が宙に現れた。古代遺跡の出土品に見られるような丸く鏡面の裏に凝った装飾が施されているような、銅鏡などと習うようなものだがやけに大きいと小次郎に思われた。自身のいかに縮みたるかをまだ考慮できずにいるのである。鏡に映った自分の姿に小次郎は大いに困惑させられた。SD化、スーパーデフォルメ、ちびキャラ化され、二・五頭身、服もリュックも縮み、ターコイズのパーカーもフードは絶対に被れない大きさでアジャストされている。シルバニア地方に巣くう畜生家族か、はたまた遥かマーキュリーからの魔女のごとくアクリルスタンドに封じられガチャガチャと回されよとでもいうのか。

「一寸法師? 打出の血? 結局は血統ってこと?」

 夢の中でヒーローになるならもう少しマシなモチーフはなかったか。

「問答無用。一寸法師がオニを見逃して何とする。みごと退治してくりょう。更なる大オニの復活が近いのじゃ。元の姿に戻りたかったらオニ退治、オニ退治が肝要なり」

 どうやらオニを倒さないと元に戻れない、というルールは納得はできないが理解はできた。しかし、大オニとは?

「あれは大オニじゃないの? あれを倒しても戻れない?」

 小次郎の声も完全に幼児のそれである。大きく声を張ろうとするとキャンキャンと甲高くなってしまう。その矢継ぎ早の質問を無視する形で神はフッと消えてしまった。小次郎は知らぬことであるが神の正体はこの辺りを守護する大黒天の化身で神保町からほど近い神田明神に立派なお像があるものである。何者かに『打出の小槌』を盗まれた経緯については追々触れられよう。視線を感じて目を上げればギャルがたわわな生おっぱいを晒したまま小次郎の方を目を細めて見ているようだ。急に体長が三センチくらいのちびキャラ化したを目撃されたものと思われる。軽度の近眼のようである。相変わらず生乳をヌラヌラと触手でいたぶられている。その桃色乳首が目に入れば小次郎は勢い気色ばむ。もはや一秒も許せぬ。続いて桃の方を見やる。いつしか銃撃が鳴りを潜めている。弾切れかしらんと件の騎馬銃を見付ければ果たして地面に打ちやられ、モウセンオニのいたずらな触手は桃の肉体を捉え蹂躙しているではないか。タヌキギャルとのいたぶられ方の違いを見てみよう。まず服は脱がされも破られもしていない。その必要がないとばかりに既に剥き出したる顔面に狙いを定めたようである。桃のショートカットでボーイッシュな顔は白く半透明な液体にまみれ、コッテリと腰のある粘り気に両目が塞がれている。手で拭いたくとも桃の両腕は左右それぞれ水平に伸ばされて触手に縛り付けられ身体は宙吊りである。タヌキギャルのように両脚を抱き抱えられるようなソフトさが感じられない。全体重が両肩に負担されかなり鍛えていると見受けられる桃といえどもキツそうである。

「……ほぶう、……卑怯だぞ……こんなに大量の……媚薬など……」

 桃は歴戦のオニハンターである自負があり、やや実力が付いてこないながらも知識経験はなかなかのものである。全身に甘美なる媚薬を塗り込まれたことも一度や二度ではない。立ちこめる獣臭さととろみ具合でその下衆な薬効の危険度は察しがつく。実を言えば桃が今まで味わってきた媚薬の中でもダントツでぶっちぎりで強烈なものである。

「…今回は少し油断しただけだが、…ぶふっ!」

 負けず口を叩こうと桃が口を少しだけ開いた隙をついて触手の先端から白く新鮮な粘液が口内へと発射された。口の中いっぱいに広がる獣臭さオス臭さ。吐き出そうにも既に塊と感じられるほどの粘性を持った白い媚薬液はつるんと桃の喉奥食堂へと吸い込まれてしまった。喉が焼けるように熱い。胃壁に絡みつくように桃の内側からねっとりと汚染されていく。激しく咳き込んだが入り込んだ媚薬は吐き出すことが叶わなかった。なぜなら桃は認めないだろうが体がオス臭い白い粘液を受け入れ喜んでいるからである。むせる桃に構わず不遜な触手が無情に口中へと差し込まれた。ピンク色の触手の突崎は粘液に濡れ、焼きたてのソーセージのように熱く、猛烈な臭気が鼻の奥を刺した。

「むももも〜」

 顎を全開にしてようやっと咥えられる程の太さの触手が、無理矢理に強引に、抉り込むように、桃のボーイッシュな口の奥へと差し込まれる。舌の奥、喉の奥まで熱さと刺激的な甘味を感じさせられる。二回三回と浅く抜き差し、ピストンのような動きを見せたかと思えば、不意に喉奥深くまで突き入れられる。口呼吸を封じられた桃の鼻から入ってくるのはこれも強力な媚薬が気化した嗅ぎ薬である。脳天まで突き抜ける刺激臭に目を白黒させる桃の口内でまたしても汚穢なる白濁が射出された。よく味わうよう気を利かせたかあえて浅く刺しての放出である。今度は吐き出せそうに思われたが媚薬に散々陵辱された桃の喉はこれを嬉々として飲み下した。引き抜き際にブチュプチュと口の周りを滴れさす迸りの雫を桃の舌は嫌らしくゆっくりと舐め取り、嚥下した。宙吊りの両脚の付け根をもじもじと擦り合わせ、中ぐらいの乳房の先端は痛々しいほど硬く尖っているのがラバースーツの上からでもはっきりと確認できた。その惨状は小次郎に「あのニセヒーローはもう使い物にならない」と断じさせるに十分であった。そんな汚い汁をドボドボと垂らしながらタヌキがギャルに忍び寄る別の触手に気がついたときの小次郎の焦りよう動揺のしようを想像するのは容易かろう。それは腹の奥底から湧き起こる感情であり理性とは相反するものである。突き動かされる衝動とでも言えば陳腐にも見えようが真実なのである。あえてその感情に言語という理性を以てここに記すならば「そっちはやめろ! それは僕のオッパイだぞ!」とでもなろうか。小次郎の内的世界では途中から来た敗北ヒーローの中くらいの乳よりもタヌキギャルのハリがあって豊かにプルンプルンと縦方向に揺れる乳房の方が比較する気も起こらぬ程に輝き優越しているのである。桃の体たらくは当然タヌキギャルの目にも入っているので今から近い将来に自分の顔や口吻がどのような運命を辿るかについて予想をめぐらす材料が豊富であった。時折白い液体を吹き出し悪臭を振り放ちながらヌルヌルと自分の顔へと近付いてくる触手が四本あるのを見てしまえばギャルといえども先ほどまでの強気で攻撃的は物言いは鳴りをひそめ、野次馬らへの呼びかけも嘆願の色を帯びる。

「マジでムリ! 助けてお願い! 助けてって! ねえ!」

 少女の悲痛な懇願に応えるものは現れず、あろうことか今から演ぜられる饗宴と痴態への期待とも取れる陰気で淫らな眼差しすら認められ、タヌキギャルの目には絶望の光景と映った。なぜ彼らは自分を助けてくれないのだろうか。媚薬の沼に沈められあられも無い姿を晒すのを楽しもうというのか。心なしかオッパイも力なくうなだれるようである。そんな彼女の眼差しに飛び込んでくる者がいる。そいつは下からやってきた。

「やめろーーー!!!」

 ライジング・ヘッドバット。垂直にスーパー頭突き。這い寄る四本の触手の内の一本が地面から打ち出された弾丸状の何かによって上空高くへ弾き飛ばされたのだ。正体はもちろん一寸法師と化した小次郎の頭突きである。驚くタヌキギャルの前で小次郎は別の触手へ馬乗りとなり両腕と両脚とを用いて締め上げへし折った。庭木に水をやる放水ホースの中ほどが不自然に捻れ水流が滞るがごとき様相で触手がのたうつ。更にもう一本、疲れも見せずに飛び掛かろうと身構えた逆サイドの触手上の一寸法師をギャルの目は捉えた。そのシーンはさながらソフトフォーカスの薄霞の中スローモーションで振り向くヒロインの図で三度ほどリフレインしながら一寸法師と目が合った瞬間を切り取った。絶対の窮状にある自分を身を挺し勇気を奮って助けようとしてくれる者の出現を喜ばぬものがあろうか。しかも先の男子大学生二人のような無策無謀ではなく十分な目算と実力を持っての救援であろう、現に触手を二本瞬く間に黙らせたのである。やはり実力が伴わなければヒロインはときめかないのである。二人の目が合った瞬間が確かにあった。すぐその次の瞬間には小次郎の類稀なる器の小ささが顔を出し非常に恥ずかしさを覚えてしまったのはギャルと見つめ合うなんてことはこれまでの小次郎にとっては真夏に雪見だいふくを喰らうがごとくにあり得ない事件だったのである。器の小ささゆえにリスクを回避することがあるように、恥ずかしさからギャルから目を逸らしたアクションにも意外な効能があるようで一寸法師の特殊能力なのかオニの邪気が触手内を辿って巡りたる流れが感覚的に看破された。邪気の流れを目で辿れば触手の付け根、取り込まれた男性らの頭の形に突き出た塊の頂上に灰色のツノの生えたるを見つけた。取り込まれた男性らの人数分の塊がありツノがある。あれだ、あのツノこそが諸悪の根源、現状の原因、一寸法師の法力ゆえか小次郎は極めて感覚的ではあるが確信した。

「あの、あのツノっこを、アレしたら、その、オニとかが、大丈夫になるかも、です」

 この上なく口下手でコミュ障な自覚のある小次郎にしてみれば精一杯のプレゼンテーションであったがギャルタヌキは聞き取れたらしく下唇をプニっと突き出し頬を膨らましてフンフンと細かく数回うなずいて見せた。彼女にしてみれば説明などは後でいいから早く取り掛かってほしいところだろう。だが小次郎にはその愛嬌たっぷり肯定の仕草は勇気を百倍千倍せしめる妙薬であった。やっていいんですか、僕なんかが、貴方を助けるために一生懸命になってもよろしいんですか、ご迷惑ではありませんか、そんな思いが駆け巡ったのである。小次郎は再び触手上で四つん這いとなり自分でも惚れ惚れするスピードで遡上していく様に伝説のカリン塔をひたすらに登るゼット戦士の若き頃を思い起こされる読者諸賢もおられようか。その速さはセントラルパークのリスどもを軽く凌ぎ、デフォルメされ著しくバランスが大なる顔面が風圧で歪むほどである。手にも足にも吸盤や繊毛もなしに垂直の蔓でも張り付き自在に駆け回れるのは不思議にして愉快でもあった。いかに触手どもがその先端をドリルの如き固さに変え小次郎を煩わし気に追い払おうとするも小次郎にとってはスローすぎてあくびが出るほどであり眠っちまいそうなノロい攻撃であると感じられ、やすやすとかいくぐり触手から触手へと自在に飛び移り白きオニのツノまでたどり着いた。一寸法師と聞けば今でこそオニ退治の名人スペシャリストエキスパートの名をほしいままとするがこのころは未だ自分自身のポテンシャルの深遠なるを意識せざるに現在の誇るべき多種多様な攻撃方法をも知る術がなく小次郎は腹の底から無尽蔵に湧き上がるパワーを頼みに敏捷と頭突きさえあれば事足りると思われたのである。ツノの長さは五センチほどで小次郎の身の丈より余ること二センチであるが構わず頭突きを叩き込んだ。落雁や砂糖菓子、燃え尽きたお線香の形をかろうじて保ちたる灰のような脆さでツノは木っ端みじんに砕け散り吸収された男子大学生の分の体積がモウセンオニからフッツリと切り離され神保町の地に男子大学生の裸体がうつぶせに倒れ込んだ。息はあるらしくぴくぴくと痙攣している。

「ホラホラ、これがオニのツノ。弱点だよ。破壊すればさっきの人たちも助けられるんだよ」

 得意満面の笑みで小次郎はタヌキギャルを振り返った。先ほどのように目を合わせ視線を絡ませ微笑んでくれると期待したのであるが果たされなかったことに、今度はタヌキギャルは桃の方へ向かって戦慄しているようである。

「ウボエバーー!!」

 先ほどまで桃が吊るし上げられ口内を凌辱されていた場所に今は一匹の化け物が佇んでいた。触手は引きちぎられたのか無残に地面に転がっている。桃であった肉体の内側から巨大な一メートルほどの毛のないイヌかオオカミの頭部のような物体が這い出てくる。ビチャビチャと音を立て肉色の繊維を蠢かし成型しながら分離するを繰り返し地獄の淵から湧き出る生肉の寄せ集まりが意志を持ったように膨張している。肉片の隙間からかつて桃であった顔がこちらを見ていた。

「……これが私の奥の手、イヌ変化……、十分すぎる量の媚薬をベースに最上のキビダンゴが練り上がったわ……」

 肉ひだの向こうから桃が苦し気な声で告げる。実力的には甚だ不十分なる桃なるとも今まで無駄にハンターとして稼業を続けながら生きながらえてきたわけではない。自分の肉体を一時的にキビダンゴとして提供し所有権を明け渡し上級のオニであるところのイヌを召喚し暴れさせる驚天の技を会得していた。呪われた術その結果桃の寿命がいかほどに蝕まれるか想像に難くない。桃は彼女の肉体を面白半分に改造した者、白灰と名乗ったマッドサイエンティストを仇と憎み復讐に追い求めているのである。イヌの口吻がシンゴジよろしく縦方向にも横方向にも大きく開かれエネルギー弾を発射すればまだ照準が定まらぬようで地面に着弾し破裂し三メートルほどの大穴をすずらん通りのアスファルトに穿つ。轟音と舞い散る土煙に野次馬たちが叫び倒れ込む。炎の七日間をもたらした巨神の兵ほどではないが生きた砲台としてその非人道的な殺傷力は連邦の白き悪魔RX78がビームライフで十分なところあえてハイパーバズーカを選択するような突き抜け方をしていた。一発で終わらない、さらに何発か撃ってくると小次郎に悟らせたのは一寸法師の法力であろうか。いよいよ桃の意識は混濁し肉体をイヌに乗っ取られつつあるようで爛々と鬼灯のように燃える両眼は理性の欠片もなくオニをタヌキギャルごと焼き尽くそうという悪意と邪悪の塊がそこにあった。

「待って! ツノをアレすれば大丈夫になるから! ちょっと待ってって!」

 小次郎の説得の試みが徒労に終わるのは火を見るよりも明らかでもとより人語を解するだけの理性をイヌ変化に求めるも馬の耳に念仏である。そういえば桃の乗ってきた馬は去ってしまった。

「いいから、早く! ツノっこを、アレしよ!」

 ギャルが小次郎を見上げて言うにはイヌの説得など最初から無意味と見ているのであろう。時間を費やすよりも確実に触手からの解放を優先させるべきというのは合理的かつ冷静な判断であったが小次郎にしてみれば砲撃の次弾までにすべてのツノを破壊している時間的な猶予は無いという心配である。心配は実現しイヌの口から禍々しい光が漏れ出した。

「ほら! もう! 早くしないから!」

 ここにきてギャルは小次郎をなじるのである。小次郎は小さな声で素早く「アッゴメンナサイ」と0.1秒ほどで答えた。そのままギャルとイヌとの間に立つ。小さな両手を広げイヌへ攻撃をやめるよう再度申し入れようとするも全く聞き入れる気配がないことに苛立ちを募らせた。次のエネルギー弾がイヌの口吻を漏れ出ようとするのが見えたとき、小次郎の小さな堪忍袋は破裂し四散した。

「待ってって言ってるでしょ! なんで待ってくれないの!」

 裏返った声でブチ切れた小次郎はイヌ砲の発射タイミングに合わせるように前ダッシュ数メートルの助走の後に大地を蹴った。目をつぶっての頭突きである。光弾が発射される直後にぶちかましてやったのである。至近距離で爆風をまともにくらいイヌ変化は十メートルは吹きとばされた。両手足をバタつかせたまま後方に飛んでいく様子はワイヤーで吊るされたアクションスタントマンのようでもある。イヌ変化のままの桃の体は道路を渡ってゼビオ前に路上駐車していたタクシーに衝突し派手に大破させた。

「……はっ! ついカッとなって……」

 ことも無さげに着地した小次郎は頭頂部を摩ろうとしたが手が届かないのでふくふくのほっぺを撫でるしかなかった。

「やるじゃん! すごいじゃん! 親指ボーイ!」

 ギャルに褒められた小次郎は天にも上る心持ちで「えへへ、一寸法師だよ。なんだよ親指って」と鼻の下を人差し指の横でコスコスしたかったがやはり届かないので顎の下を撫でる仕草で妥協した。得意の最中にあって一寸法師の頭突きはいよいよ冴えに冴え渡り残りのツノなどはものの数秒で悉く砕け散り四本のツノの霧散するに四名の哀れな男性がころんころんとオニから分離され気を失ったまま全裸を神保町の空に晒した。キモ中年の全裸などは特に見るに堪えないものだったがツノを破壊されオニの憑き物が落ちたのか寝顔は爽やかで気品さえ感じられる。ぷるんぷるんする生乳をブラウスのボタン弾けたる布地にて両腕で隠し地面に降り立ったギャルタヌキは無事に解放され胸をなでおろし小次郎の前にしゃがみ込み、地面三センチから見上げる小次郎からはパンティが見えそうなものだがタヌキギャルは器用に足でラノベの表紙のようにパンティだけ隠しており熟練の技に感じ入ったものである。

「お礼したいし、色々聞きたいし、よかったらウチ来ない?」

 少し照れ笑いを浮かべたギャルのお誘いに小次郎の胸はドキリとときめく。器の小ささから考えれば捻くれ邪推して断ってしまいそうなものだが今の小次郎には高揚感と達成感と一寸法師の法力とが混ざり合いギャルからの感謝と歓待を受けるにふさわしいことを成し遂げたのだという自信があったこともまた確かなのである。ようやく野次馬が恐る恐る接近をはじめ警察や救急も到着した。まずは全裸五名の搬送であろうがギャルタヌキも保護すべき対象とされているだろう。

「やば、補導されちゃう」

 楽し気にそう言うとタヌキギャルは小次郎の頭をひょいと指でつまみ上げ、おお、神よ、自分の生乳の谷間の上に乗せた。指を離されれば体全体がパイの谷間に半ば挟まれ沈んでゆく。小次郎は顔を真っ赤にさせ体を硬直させた。

「あたしのオッパイすごい見てたでしょ? うふふ、ご褒美~」

 貴兄は全身をJKの乳谷に挟まれた経験はおありだろうか。どこまでも柔らかく、どこまでも溶ける、どこまでも暖かく、どこまでも良い匂いである。肌理の細かすぎるすべすべした乳肌に大きすぎる顔面の頬や額が撫でられ滑らされる。興奮のあまり小次郎は全身ががくがくと震えた。目の前の視界がピンク色に染まる。天国でも桃源郷でもニルヴァーナでも何でもいい。これが、これこそが僕の追い求めていたものであり人生の意味であったと強く確信した。

「輝美ん、大丈夫かな、変な人に連れてかれたけど」

 両腕で乳を支え小次郎を挟みながらタヌキギャルは小走りで野次馬らの輪から脱出した。

 こうして、両親のお祈りの末に念願かない子宝を授かったと喜んだのも束の間、あまりにも人間性が小さいままなので都へと追いやられえた一寸法師は、放浪と冒険の果てにやんごとなき姫君との出会いを果たしたのである。姫の名は勝山 マキ(かつやま まき)という。


〇金太郎は、お山で稽古に明け暮れる

 坂田さかた 斧熊おのくまは今でこそ苦竹にがたけ 輝美てるみの付き人兼ボディガード兼運転手に身をやつしているものの齢二十八にして幼少のみぎりより運動勉学に秀で特に格闘技に才ありとて「足柄の斧熊」と新聞掲載され将来を嘱望されることひと方ならず体育大学を主席で卒業するも生来の暴力性と残虐性ゆえ度々引き起こされし刑事事件の数々さえ無ければ国を代表し世界で羽ばたくアスリートたりえたことは慚愧に耐えぬ。輝美の両親は財閥会長職を継ぐも既にこの世に無いが種々問題を抱えた斧熊を引き取り私設特殊部隊員として育成し才覚と攻撃性を再び開花させたるは報い尽くせぬ大恩たり。だが死の目前にありし会長より拝命せし輝美付き人の人事異動については未だ心底より納得することなく現にこうして輝美よりライン一発「執務室」だけで呼び付けられるは甚だ不本意であった。後の斧熊忠誠忠義ぶりを知るものはあの斧熊にしてこの仏頂面で主君を待ちたる様を見ればオーパーツ黄金ロケットほどの不思議を感得せしめるであろう。仏頂面の原因は単に偉そうに小娘に呼び出されただけではなく先ほどまでのモウセンオニ事件の直後であったからで気を失っていた輝美を慌てて救出し黒ベンツのリヤシートに寝せ搬送する道のりにて意識を取り戻したのをようやく自室へ運び入れメイド長へ引き継ぎ安堵した矢先の一言ラインであったからでありもう少し寝ていて欲しかったし体調の戻りたるを確認した後の呼び出しであって欲しかったのである。執務室は住所番号は子細に書けぬが某公園内の某博物施設に在し元は先代会長の会長室であり執務机とミーティングテーブルは往時は職種企業様々に部下得意先仕入先営業員事務員戦闘員を呼び付けてはあれこれと打ち合わせに明け暮れたものであるが持ち主が輝美へと引き継がれて後は斧熊ほか数名がクソスペJKのママゴト相手を務めさせられているのみである。ここでのクソスペとは褒め言葉か否かは道々お分かりいただけよう。斧熊はといえばテーブルとセットの高級ソファーに座ること憚られ後ろ手に手を組んだまま両脚を肩幅に広げ微動だにせずにいながら池面を見つめ魚を待つハシビロコウか反社構成員の親分の出所を出迎えるがごときであった。微動だにしないまま既に三十分は経過しているのだから徐々に怪しくなる斧熊の心情も察せられる。何ゆえ呼び出されたるかも凡その予想がある。モウセンオニ作戦の失敗についてであろう。輝美は自室にて己の気絶中の顛末の報告を受け思うところがあったに違いない。つまりこれから怒られるのである。なじられ責められ原因を追求されるのが分かりきっているので斧熊は仏頂面なのである。屠殺されるを待つ牛の心持ちである。俺が考えた作戦じゃないですよなどと反論すれば更に悲惨な末路が待っているのはこの数ヶ月で嫌というほど学んだ。

しかし今日これからの折檻は斧熊の予想を大きく超えることになる。入ってくるなり輝美はつかつかと斧熊に詰め寄り挨拶させる暇も与えず華奢な右手で彼の頬を張った。ビンタされた。ドアがガチャ、靴音がツカツカ、ビンタがバシーン、であった。

「……えっ……」

 非力極まりない小娘ビンタなど痛くも痒くもないが精神的なショックが斧熊を呆然させた。数ヶ月散々多種多様パワハラを受けてきたが直接の暴力は初であり文字通り面食らったのである。

「なんか言うこと無いの!」

 もの凄い剣幕でとんでもなく怖かった。一発で斧熊は精神の余裕の一切を持って行かれアワアワと言葉を探した。

「ええっと、お体の具合は……」

 遠回しに寝てなくて大丈夫ですかモウセンオニにビビって気を失ってましたけどというような素ぶりを見せる間もなく今度は左手でビンタである。輝美とは身長差が二十センチ以上あるので軽く頭を仰け反れば簡単に避けられるのだが今の斧熊にそんな度胸は無かった。

「違うだろ!」

 体調の心配をされたかったのではないようだ。では、なんでそんな格好してるんですか? も違うだろう。上半身は高校制服のままであるのに、脚にはピンヒールのロングブーツを履き、ガーターベルト剥き出しで、黒いレザーでハイレグのビキニパンツである。常に保守的な服装を好む輝美がここまで露出度を上げてきたことも初であった。あまりにも白く清らかが太ももと腰回りの肉が輝くように煌めき斧熊は我を忘れて見入ってしまうその不躾無遠慮な視線を隠すこともできないのである。ビキニパンツのサイドは紐を金属リングで留めるような細さで骨盤のくびれを隠す機能は毛頭ない。斧熊は今に至るまでJK主人の膝小僧すら拝んだことがないのだからその驚きはいかほどであったか。上半身が制服のままなのだからスカートを履き忘れてきちゃったのかなと訝しんだのも道理であろう。だがそれでは仮に普段から保守的スカートの下はビキニパンツとガーターベルトを愛好していたとしてもロングブーツの説明がつかぬ。エナメルのピンヒールなのであるから。勝山マキ(タヌキギャル)との比較においてはバストサイズは雲泥の差、足柄山と浜名湖ほどの違いであるが尻周りの肉付きむっちりとしたるは輝美もなかなかのものである。まさか自分が、この坂田斧熊ともあろう者がJK如きの青っ尻に目を奪われるとはと信じられぬ思いであった。まじまじとした視線を感じるのか輝美も恥じらいの身じろぎするかのように太ももをすり合わせ立ったまま足をクロスさせる。

「なんか言うことあるでしょって言ってんの」

 自分の肌を斧熊のねっとりした視線が嫌らしく這いまわるのには直ちに抗議せずむしろ頬を赤らめ輝美は上目遣いに斧熊を睨んだ。じっと主人の鼠径部から太ももからビキニパンツの盛り上がりまでしげしげと検分いたすはさすがに無礼と斧熊も頭で理解するもののその主人からはイタズラな視線を咎める言葉は無くむしろ見せつけるようにクロスした脚をほどいて開いて見せたりするのだから目を離せないのである。ええと、ええと、と輝美の質問に答えうる言葉を探そうとするも頭はぼうっとのぼせてしまい座して回らず何も浮かばない。やっと「先ほどの作戦についてでしょうか」など発したれば輝美は両手を両腰脇に置き左足をランウェイ上でポーズを決めるモデルのごとくくねらせ「そうだけど違う」と返した。

「せっかく私まで出張ってやったのにアンタのせいで台無しなんですけど。あのクソタヌキから『ダイジョブ?』みたいなライン来たんですけど」

 クソタヌキとはクラスメイト勝山マキのことであるのは斧熊も重々承知しており今作戦はマキをモウセンオニに襲わせ凌辱し恥ずかしい写真や動画を撮り溜めて脅迫し恋敵から追い落とす目論見だったのだが逆に輝美がライン経由で心配されてしまう結果となったこと、そしてその原因が斧熊にあると輝美が判断していることが伺われた。

「……土下座してお詫びいたします」

 さっさと謝ってしまおう、下手な言い訳をすると長くなる、などと半ば自棄となり斧熊は膝をつこうとするも輝美は「違う」という。

「土下座しながらだと何言ってるか聞こえないから、まず跪いてお詫びなさい」

 輝美左眉のみ吊り上げ曰くは詫び口上の後に土下座せよとのこと決して土下座に及ばすの意ではなかった。何と言って詫びればよいのか斧熊に案もないが体が勝手に動き左ひざで床を叩き跪いた。「ええ、この度は、誠に……」と二の句どころか一の句すら言い淀んだのは途中で輝美がくるりと振り返り背を向けたからで膝をついている斧熊の顔の高さに輝美の尻が満月の白さでぽっかり現前したからである。背中越しに輝美は「続けなさいよ」と言うが斧熊の鼻先数センチに自身の生尻があり斧熊は目をわななかせ凝視している様は知れているであろう。おお、尻を見よ、尻を見よ。ビキニパンツの裏側は果たしてTバック式が採用されており黒い一直線に尻世界は右尻と左尻に分断されている。輝き艶やかな白尻はシミも吹き出物も肌荒れもなくベージュのガンダムカラーをマイスターが筆塗りしたような全くムラの無い均一で完璧な仕上がりである。やや運動不足なJK主人であるから重力に従い尻たぼの下辺は弛みが見えるのが小憎らしくも却ってそそられる。揉みたい、吸いたい、顔を挟みたいと思うのは男子ならば当然の理であり抗いがたい欲求であるが斧熊は震える拳を痛いほど握りしめその誘惑と戦った。

「あの、ええと、この度は、私の不手際により大切な作戦を失敗させてしまい、輝美さま御自らご参加いただいたのにも関わらずこのような結果になってしまったこと、誠に申し訳なく、ここに謹んでお詫び申し上げる次第でございます」

 横から見れば跪いた大男が少女のお尻に話しかけている構図となろう。国宝需要文化財級の陶器や土偶をうっとり眺め愛でるような眼差しであるのが分かるだろう。どうしても触りたいのに、自分が触ることで汚されてしまうのはどうしても許せない、という両極で相反する強い思いが斧熊を煩悶させていた。

「ぜんぜん分かってない。謝るのそこじゃなくない?」

 マンガであればお尻から吹き出しが伸びてセリフが表されるようなネームとなる。ああ、もう駄目だもう我慢できない、両の手それぞれで左右の両尻を鷲掴みにし左右に割り開いて鼻を突っ込み匂いを嗅ぎたいという抑えがたい欲求を斧熊は唇を噛んでギリギリで耐えている。そろそろ限界なのを察したのか輝美は一歩進め尻を斧熊の顔前から離しくるりと振り返った。

「あのキモいおじさん役の人、アンタが用意したんでしょ? 腕、掴まれたんだけど! すごい痛かったし、すごい怖かったんだよ?」

 そして、あろうことか罠に嵌める予定であったはずのクソタヌキJKに助けられるという皮肉な結末なのだったのを思い出し斧熊は「しまった」という表情を浮かべた。「見て、これ」と輝美の左腕が制服の袖をまくられ付き出されたるを見ればあまりに細くまた白さは先ほど来の尻や太ももとそう変わるものではなかったが言われてみれば確かにキモ中年に捕まれたであろう部分がやや赤くなっているかもしれない。間違っても「左腕でしたっけ?」など確認することは許されない剣幕である。今はだいぶ治まったけどさっきまですごい赤く腫れていたんだからと。

「どうしてくれるの?」

 輝美のロジハラは質問形式でこちらに委ねてくるように追い詰めてくるものでありお互いにとって不毛であるのだがハラスメントとしての期待ダメージは大きかった。しばし斧熊は思案に暮れ彼女がどうして欲しいのか想像するには、やはり労り心配共感励ましのいずれかであろう。それは本当に大変でございましたね、しかしながらオニは退治されたようですしこの部屋であれば襲われることなく安全でございますのでご安心くださればこれ幸甚に存じますと奏上するも輝美の意には沿わなかったようで跪く斧熊を今度は見下ろして睨みつけたまま黙っている。なんなら突き出した左腕を斧熊の顔に当たるほどまで更に突き出してくるようである。

「まさか……、舐めろ、と?」

 恐る恐る聞いた斧熊に対し輝美は睨んだまま「そう。消毒」と短く返す。つい先ほどまで尻の谷間で溺れたいと願っていた斧熊なのだからJKの肌を舐めるなど願ってもないことであるがあまりに自分に好都合のため即座に随従しかねた。左腕は斧熊の口元まで迫り輝美の睨み顔は前髪が直線に切り揃えられているのも手伝って意志に緩みが見られない。消毒、これは、消毒……、虚な目となった斧熊はぼんやりする頭の中で繰り返し唱えた。まだ信じられないといった顔つきで輝美の腕の舐めるべき辺りと彼女の顔とをちらちらと交互に見やる。輝美の表情といえば更に朱が増えたようでもあるが口元は「む」のまま無言で早くしろとばかりに圧をかけてくる。斧熊この時顔中汗まみれでありできればジャケットの類は脱ぎ散らかしたかったがやはりまず儀礼的に野生動物が傷口を舐めるがように唾液で消毒したという事実のみで許しては頂けないかと上目遣いに輝美を仰見ながら舌先をチロリ覗かせ陶器のような柔肌へ触れるかどうかギリギリの距離まで近づけた。

「なんか、すごい嫌そうじゃない?」

 斧熊にしてみればギリギリ控えめに畏まった態度が自然表出したものであるのに輝美はその謙虚さ奥ゆかしさを好まぬようでずいぶん不機嫌な言い様である。ハッとした斧熊はなに嫌なことがありましょうか喜んで全力にてお舐めいたしますと応えると口を大いに開き両の口角を上げ舌の表面積接着面を最大化すべくできるだけ根本から押し当て、前腕を下から上へ、肘の方から手首の方へと、夢中で何度も舐め上げた。最初に感じた少し酸っぱいようなJK味が自分の臭く汚い唾液に汚染されピチャピチャと嫌らしい音を奏で始める感じが斧熊をうっとり陶酔させた。

「そんなに美味しそうに舐めて、ど変態じゃん」

 輝美の軽蔑しきったような罵倒が言葉の鞭となり斧熊の脳髄を打った。おれは、変態だ、と。

「変態、アンタは女子高生の腕を舐めて喜んじゃう変態」

 かく言う輝美にも興奮し上気するような昂りも含まれているが斧熊に察知できる余裕はない。この時の勃起度は実に百パーセントを超える勢いであったがこれは初めての主人舐めであったことに加え言葉責めによるところが大きかったであろう。輝美に「もういい」と言われるまで何分経ったか、一分ほど舐め続けたようにも思えたし十分以上陶酔していたようにも思えた。

「ほら次は? 何するんだっけ? もう忘れちゃった?」

 馬鹿にし切ったように煽られ、ぼうっとし切った頭で勃起し切っている斧熊は考えた。土下座であると思い至り顔を床に伏せたままでは詫びの言葉が聞こえぬからと立ち膝の態にて止め置かれたのであった。このまま土下座し女王様の前にひれ伏せば完全フル勃起を見られずに済むと考えた。無言のまま両膝を床面へ付き両掌も床へ置くと斧熊は首を上げこれより男斧熊一生の土下座をご覧に入れますとの表情を見せた。

「違うでしょ?」

 刺すような一言に土下座準備姿勢のまま斧熊は顔を引き攣らせた。輝美は彼の金髪オールバックをむんずと掴み引っ張り上げ顔を近づけて威圧的に続ける。

「服着たまま土下座するつもり?」

 質問に答えるだけなら「イエスです」だけで済むのだがそんなことはできない。質問の意図を汲み取らねばならない。即ち「全裸土下座せよ」の意である。

「え、いや、さすがにそこまで……」

 そこまで怒られるほどのミスを犯したでしょうか、そもそも私のミスなのでしょうか、と言えるものなら言いたかったが輝美の睨みつける眼差しを浴びては不可能に過ぎた。脱ぐんですか? 頷かれる。全部? 頷かれる。というラリーを数ターン挟んで無駄な足掻きをしている間も斧熊の勃起は収まるどころか硬度をいや増しに増していく。この時本人は嵐の最中の難破船のごとく翻弄されるばかりであったが肉棒は期待に打ち震えていたのである。誠に複雑で奥行きのあるキャラクターと言えるだろう。信じられないという顔付きのままゆっくり前かがみに立ち上がり、え、ほんとに脱ぎますよ、いいんですか、と繰り返しながら、ジャケット、チョッキ、ネクタイ、ネクタイとまず上半身だけ裸を晒した。

「筋肉すごっ」

 数ヶ月前まで特殊部隊のエリートであった斧熊の肉体は輝美が引くくらい鍛え上げられている。特に肩まわり腕まわりはそれだけで凶器と呼べるほどの攻撃性を有していた。輝美がスマホで撮影している中、次はいよいよ下半身である。ベルトを緩めチャックを下ろす頃には勃起は隠せないほど痛いくらいアピールが激しく斧熊本人も自分が見られて興奮するような性癖なことに戸惑いを隠せない。「あ、パンツは脱がんでいい」とボクサーパンツは前開きで隙間から顔を覗かせかねない勃起をしげしげと見つめながら輝美が制した。ほんの少しだけ残念な思いが生じたことに斧熊は慄然したが「未成年にもろちん見せるは犯罪だからパン一で許したげる」と斧熊安堵するは伝説の都市ハンターのもっこりなる擬音で笑劇然へ留めたるを模倣し得たと思いしか。たかがパンツ一枚と侮るなかれ、その有無によりて無くば犯罪有ればテレビ全国放送すら可とす。けだし露骨なる勃起をJKに見せつけるのは条例その他諸々にて怒られん。しからば斧熊も己が股間を両手で隠したれば輝美間髪を容れず手をどけなさいと言いスマホ撮影を続けた。

「なにこれ? 何スティック?」

 輝美はパン一で直立する斧熊の周りをゆったり歩きながら股間を指さす。もちろん知っていて聞いてきていることは斧熊も承知である。

「これは……、お勃起です」

 なるべく丁寧にと「お」を付けたが聞くなり輝美はけたたましく笑い体を折った。

「お勃起! 超ウケる!」

 年相応のリアクションを見られ斧熊は得した気分になった。輝美は笑い続けながらさりげなく肩や腕の筋肉をサワサワと指先でなぞり腹筋が割れている筋を手のひらで撫で、不意に鋭い眉をひそめ「ちょっと待って、これ何の匂い?」と鼻をスンスン鳴らす。モウセンオニ事件より輝美を運び帰って今まで着替えも風呂もせずにいる斧熊は己の体臭ですかと身を固くし脇を締めた。輝美はくんくん嗅ぎながら斧熊をつんつんボディタッチしながら周り、少しずつ身をかがめ、股間の前で顔を止めた。

「ちょっと、ここから変な匂いするんですけど」

 嫌らしく笑みを浮かべ見上げてくる輝美を斧熊は信じられないこととして「これは夢だ」と思おうとした。輝美の嗅ぎつけたるはオスの匂いでありモウセンオニ事件にて吉備野桃が飲まされた媚薬の何千分の一かという臭気ではあるがそこはやはり二十八歳マジマッチョの精力凛々たるオスのフェロモンであり輝美の「変な匂い」という表現はいささか照れや強がりの含まれた方便であった。それが証拠に勃起に触れるほど接近して鼻を鳴らすほどに輝美は腰をもじもじさせ生尻の艶もいっそう食べごろ揉みごろの様相を強めていく。

「てか、何で勃起してんの?」

 また質問である。そして斧熊には最も訊かれたくない質問であった。答えに窮する斧熊の狼狽をニヤニヤ上目遣いで見上げる輝美は心底楽しそうである。彼女はどうすればM男クンが困り苦しみそして興奮を深めるかを天性のサドっけで感覚的に察知するのである。生まれながらの女王様でありサドの天才であった。巷間Sはサービス業のSでありMの喜びそうなことを学習し忠実に実行するのみなどと言われるがそうとも言い切れないのは心底より楽しんでいる輝美を見れば心の欲する所に従えどもMの気を逸らさずの境地は存在すると願望を持てるだろう。もちろん天才的なエスっけは誰にでも見せるものではなく数ヶ月前に付き人となった斧熊も今日この日に初めて目の当たりにしたのであって普段から学校で目にするクールで近寄りがたくコミュ障気味の彼女からは想像もつかない姿であり実に多面的で複雑なキャラクターなのである。女主人が女王様のジーニアスであるなら斧熊はM奴のマーベラスといってよい。いよいよ土下座の儀の段となって去来したるは自己憐憫である。なんでこんな小娘に良いように煽られ馬鹿にされ、こんな姿を妻子に見られれば生きてはゆけぬ、嗚呼なんと俺は可哀想な男かと一度火のついた被虐の悦楽というものの甘美さを噛み締めた。ここに蛇足ながら付け足すなら斧熊は妻帯者であり二歳年下の妻と五歳の娘を持つのであるがその事実が斧熊自身のM心を更に燃やす燃料になろうことは知るべくもなく男にとって家庭を持つことの覚悟や重荷なるをいかに問われるべきか。

「それ、土下座って言わないでしょ?」

 しっかりとした土下座が決まりお勃起も見られず嗅がれずに済むと油断があった斧熊の上方より輝美の声が降りる。ピンヒールのブーツで後頭部を踏まれて斧熊の額がタイルカーペットの床に叩きつけられた。急ブレーキでも思いっきり踏むような、遠慮のない勢いのあるストンピングであったのでさしものマッチョ斧熊も堪えること能わずヤラセ忖度抜きに思いっきりおでこを床に打ちつけたのである。輝美は一度体勢を戻すと今度はピンヒールのヒール部分が斧熊後頭部に垂直に体重をかけ踏み躙ってきた。

「何でこんなことされてんのか、分かってんの?」

 土下座中で顔を臥せ頭をヒールで踏まれたままの斧熊はくぐもった声で「申し訳ございません」と謝罪し続けるよりなし。

「あんたが計画の趣旨を理解してないからでしょ?」

 当然、斧熊ほどのエリートなのであるから計画については趣旨も目的も完全に理解していたつもりであったので輝美の言葉は意外であった。

「あのタヌキ女! おっぱい女! あいつと亀割くんを引き離せばいいんだからね?」

 ここまで聞いてもまだ斧熊にはピンと来てない。亀割とは名を竜太郎といい苦竹輝美およびタヌキ女こと勝山マキのクラスメイトである。渚カヲル的・エランケレス的な美形であり女子人気高く輝美もゾッコンなのだが近ごろどうもタヌキ女に気があるとの噂があり思い込みの激しい輝美は実力行使に出たものがモウセンオニ作戦であった。

「途中から馬で出てきた変な奴にかまけてる暇があったら、もっとタヌキの方を凌辱すればよかったのに、ちょっとオッパイ見せただけで終わっちゃって、あの女からしたらオッパイはむしろ見せるためにあるんだから、隙あらばオッパイ見せて男子を誘惑するしか頭にないんだから、わざわざアシストしてるようなもんでしょがい」

それは確かに思ったが俺の責任でしょうか、そもそもあのモウセンオニとかいうモンスターを操っていたのは俺じゃないですよ、と言いたいのをグッと堪え、こんな真っ当な申し開きも許されない可哀想な自分の境遇を憐れみまた勃起を一段と固くするのであった。

「遅くなりました〜〜。って、うわ、プレイ中?」

 あっけらかんとノックもなく入室するは白衣に身を包み分厚いメガネをかけたマッドサイエンティスト風の女性である。名をココ・白灰という。吉備野桃に極悪非道の人体実験を施し敵討ちの的とされ更には大黒天より『打出の小槌』を盗み出したる張本人であった。

「こいつ、使えない上に変態でマジむかつく」

 斧熊は変態という侮蔑にも反応したが使えないとう罵倒の方により興奮した。

「やあ、よう似合っておいでですね、『火鼠の皮衣』、でできたボンテージファッション」

 白灰の見えすいた世辞だが輝美満更でもないようで薄く笑い腰をくねらせると土下座する斧熊の背中に腰を下ろした。実に自然に、ドスンと、生尻の弾力と体温を背中の素肌に感じ斧熊は土下座したまま全身を二度三度と痙攣させた。これが世にいう「熊に跨りお馬の稽古」たる所以である。

「上半身も着てるけど恥ずかしいから」

 なんと上半身が高校制服のままであるはその下に下半身のようなビザールファッションを秘めたるを知り斧熊は想像を巡らせた。ビキニトップであろうその形状やいかに露出度やいかに。

「制服なのが却ってエロいっすね」

 馴れ馴れしい白灰の言い様に斧熊は不信感を募らせ、そもそもこいつがお嬢さまの前に現れた一ヶ月ほど前からおかしくなり始めたんだぞ、分かっているのか水星女、みたいなテンションで斧熊は歯を食いしばった。

「エロいかなー? それでこいつ、お勃起なのかなー?」

「なんぞ、お勃起」

 女子二人で嫌らしく笑い合う。罵倒され嘲笑され斧熊は拳を強く握った。言葉責めだけでも余裕キャパオーバーなところに輝美は右手の指で背中を突ついたり背筋をなぞったり、左手の指はトランクス股ぐらのラインを擦ったり裾をずり上げ尻を撫でたりしてくるのでもう堪りません状態なのである。直に性器には触れていないのでセーフという判断であろう。

「どうします? 先に打ち合わせやっちゃいますか?」

 白灰は二人の前でソファーに無遠慮に座り「それとも……?」と手にしていた細長いジェラルミンケースを見せた。打ち合わせか、ケースの中身か、どちらを先にするか委ねてきたのだ。

「ああ、そうだ、明日はね、お勃起クマちゃん?」

 輝美は土下座姿勢の斧熊に覆い被さるようにその上半身をもたれかかり肩に手を回し耳元に口を近づけ「聞いてる?」と囁く。

「明日はもう次の計画をやるよ。数学のテストだから」

 テストだと計画実行ですか、と聞き返したくなるが輝美地頭は良いものの学校の成績極めて凡庸にて特に数学は苦手にしていると見受けられ、タヌキ女攻撃計画のついでにテストもバックれてやろうという思考になるは想像がついた。

「今度もオニはアタイがやりますんで旦那は例によってお嬢のフォローお願いしやす」

 それだけのことなら態々打ち合わせなど必要ないように思われたが輝美は耳元で次回はクラスの男子を肥やしに使いオニとすること、輝美お目当ての亀割竜太郎には効かないよう成分を調整してあること、男子どもが上手くタヌキ女を襲う様子を亀割に直接見せつけ幻滅させること、などを囁かれた。万が一にもオニ化した男子が輝美をも襲うことになれば斧熊は教室に突入し彼女を救出するが任務と心得た。

「まあ、アタイの用意するオニが暴走することなんて絶対ないですけどね、イヒヒー」

 敢えて不安がらせるようなことを言ってくるのか笑う白灰に対し斧熊は疑念を強め土下座を続けた。

「打ち合わせはこんなもんで、じゃ、例のブツです。『蓬莱の玉の枝』」

 白灰が細長いジェラルミンのケースを恭しく開ければ朱色のベルベットに包まれたる一本の木の棒が現れた。蓬莱というほど大層な見た目ではないが根本には握りとしてなめし革がしっかり巻かれ黒ずみたりけるは相応の年数経過し人から人へ伝わり使い込まれてきたように見え枝先には白く細やかなる宝玉の散りばめられたるは世の闇に散らした白梅にも似る。誉高き羊羹にその名を残したる夜の梅と知らずや。輝美は土下座の背中より立ち上がると無言でその棒を掴み空中で二度ほど振って重さしなり具合を確かめた。そして柄を両手で握ると、土下座のままの斧熊の尻を突然のフルパワーでしばき上げたのである。その様まるで猿と育てられし野生児プロゴルファーのごとき「ドキャ」であり、オオタニサンが内角低めをホームランするアッパースイングの「イッテラッシャイ」のようでもあった。打たれた斧熊は叫び声を上げる余裕もなく土下座の姿勢のまま斜め前に飛び上がり空中で半回転して尻を両手で押さえながら背中から床に落下しのたうち回って苦悶の表情を浮かべる。何が起きたのか分からないくらいの強烈で突き刺すような痛みそのものに襲われ尻を押さえながらわなわなと輝美を見上げると白灰と二人してケタケタと笑っていた。まだ打たれた尻は猛烈に痛いので転げ回る。脂汗を浮かべ自らの尻を手探り検査するも傷跡も出血も見られずトランクスに破れすらない。

「どう? アンタを折檻する専用に調整してもらったマジックアイテム、蓬莱の玉の枝。ただただ痛いだけの棒」

 ヒュンヒュンと素振りしながら棒先を斧熊へと突き付ければ斧熊の顔は青ざめ尻を抑え這いつくばったままクロスカーペットの上を哀れに這い回り少しでも棒から遠ざかろうとその身をくねらせる。「使い道のよく分からない枝があったんで折檻用にチューンしやした。痛さだけに特化したんですがお気に召しました?」との白灰らの楽しそうな声も斧熊の耳には入らず、ただ「勘弁してください、それはヤバいやつですマジで」とIQの低い学生のように繰り返しながら涙ながらに訴えるのみである。じゃあ少し手加減しようと言いながら輝美が軽く叩くも肩や背中に棒先が触れるたび激痛が走り最初の一発ほどでないにせよ両手足をわななかせながら「お許しください、勘弁してください」と輝美の慈悲をすがれば「あたしに忠誠を誓うか」と聞き「誓います全てをお嬢さまに捧げます」と返し「家族も奥さんも捨ててあたしに尽くすかい」と聞けば「家族などどうなろうと構いません私にはお嬢さましかありません」という。「次は絶対に失敗しないでよね、失敗したらもっともっとお仕置きだからね、分からすために後十発」と興奮した顔で輝美は応え、悲鳴とも嬌声ともつかぬ斧熊の叫びの中、白灰は「どうぞごゆっくり、ああ、例の計画も進めておきますんで」とそおっと言い残し部屋を後にした。なお「例の計画」とはこの物語の最大の山場となるものである。


○一寸法師は姫より「針の剣」を賜る

 打出小次郎ここに神通力てきめんにして一寸法師となりたるは元の体長バランスに戻ること叶わず最初のオニを退治しすれども『打出の小槌』も童巫女コスプレ神もその姿を見せざりき勝山マキに連れられるままその部屋に通され座して待つばかりであった。思案は専ら己が身の行く末でありこのままちびキャラで一生を過ごすのかマキの立派な乳にまた挟まれるならそれも悪くない、いやいやそもそもあの金髪巫女コスプレの子どもは何者なのかと大体同じような考えが同じところを巡るうちにシャワーを済ませたマキが「お待たせー」とばかりに部屋へ戻ってきた。髪に吸水性のありそうなタオル地のターバン様のもの巻きピチピチのTシャツにグレイのホットパンツ的なボクサーブリーフのいで立ちにて小次郎にはノーブラの乳房がTシャツを内側から突き破ってきそうなほどパツンパツンたるを破裂寸前の水風船のようであり部屋着であればもう少しゆったりと締め付けない方がリラックスできのではなどといらぬ心配をした。もちろんノーブラ大歓迎でありおへそがチラ見えするのも大歓迎である。

「ごめんねえ、あたしだけ真っ先にシャワーで、ほっぽっちゃって」

 家に着くなりシャワーへと駆け込むのも無理はない、直前まで散々粘つく汚い触手に乳房といわず全身をまさぐられたのだから、と小次郎がフォローを入れるとマキは「優しー」とにへーっと笑い手にしていた茶碗と電子ケトルとを小次郎が座る学習机に置いた。茶碗に湯気立つ湯を注ぎ緑茶のティーバックを放り込む。

「親指ぼーやもお風呂どうぞ」

 小次郎は驚いて茶碗とマキの顔を交互に二度見した。お茶を茶碗で飲むタイプなのかと見守っていたのである。

「目玉のおやじ、みたいな感じで?」

 確かに声は甲高いけどもそのようなフィクションの存在と同様の扱いを自分が受けるとは想像していなかったので正直戸惑ってショックを受けた。にへーっと笑ったままのマキは何か問題でも? とばかりに首を傾げる。

「これ、九十度くらいあるよ。お風呂の設定温度、九十度とかにしないでしょ?」

 さっきまで電子ケトルで沸騰してたお湯だよ、というのを分かって欲しくて小次郎はつい必死になった。マキは、あそっか、飲むんじゃないんだもんねと笑い水で薄めてくれた。少し抜けているが気のいい女子なことが伺えるエピソードであった。

「ていうか、それ以前に、女子が見てる前で、俺、全裸でお風呂入らないよ」

 先に温度に文句を付けたのが自分であるのを棚に上げ小次郎は得意の器の小ささロジハラを展開しようとするも「いいじゃん、可愛いし、見たいし」とマキは茶碗風呂のアイデアを引っ込める気は無いようで彼女の大らかさ図太さ打たれ強さが垣間見え小次郎は一緒にいても疲れないタイプかと無意識に評した。よく分からないまま服を脱ぎ出した小次郎であるがパーカーやズボンは脱げたものの顔が大きい過ぎてTシャツの首が抜けずたわんで丸まったTシャツの裾を握ったまま呆然とマキを見上げた。

「脱げないじゃーん、やば、かわいー」

 何もできずに困っている姿を可愛いと受け取られ小次郎は複雑な気分であるが可愛げがなければキモいと切り捨てられるだろうしそれよりは大分にマシなはずではあるがバカにされ笑われるのは屈辱ではある。

「ハサミで切っちゃう? 勿体無いかな」

 そこまでして脱がなければいけないものかも難しく、切ってしまえばもう着替えがないので裸で過ごすことになる。

「オヨヨ?」

 マキが驚きの声を上げたるは、シャツ襟首を指で摘みなんとか引っ張って脱がせられないかとしたれば見る見るTシャツは元の浪人生が着ていた大きなさへと復元されマキの手元にバサっと落ちたからであり「うわ、戻った、シャツだけ、ちょっと臭う」とマキの悪意のない指摘に小次郎はナチュラルに傷ついた。先ほどまでオニと戦って汗だくだったのだから仕方ないと自らを慰めた。

「あたしが触ると大きさ戻るんだ。じゃあ、ボーイに着せると……」

 Tシャツの裾を輪にしてマキが小次郎の周りに置き手を離せばシャツはまた見る見る縮んでいき小次郎の上半身にガシーンと装着された。マキが拍手をしている。脱がせて大きく、着せて小さく、を三回ほど繰り返された。その度に拍手された。

「遊んでないでよう」

 マキはごめんごめんと笑いしかしすぐ「閃いた!」と言い残しクローゼット奥の物入れをなにやらゴソゴソと探し「あった、これこれ」と取り出だしたるは新撰組は沖田総士をモデルとしたアニメキャラのフィギュアであった。未開封であるが透明な窓から凛々しい顔と和服に例の青と白の半被が覗かれる。箱ごと小次郎の横に立てて置きたればフィギュアは体長十センチはあるように見え不安げに仰ぎ見た。

「あたしの推しキャラ。新撰組好き?」

 小次郎においては生まれながらのノンポリにして討幕も攘夷もなく革新も保守もないただお上にへつらいながら文句を言っていたいだけであるがもちろん推しキャラと言われた直後に否定し茶化すような度胸も無謀もなく、そんなことをしても何の得もないことは考えずとも分かることであり「大好き新撰組」と間をおかず返答する次第である。

「流石に誠ハッピは狙い過ぎだから、中の和服だけね」

 何を狙い過ぎたのかは判然としなかったが一寸法師的な振る舞いを今後するに当たっては和服の方が様になろうという配慮は有り難く受け取り軽く洗って乾かしてくるからそれまでお風呂入って待っててとのマキに「ほいきた」とばかりに全裸となった小次郎は茶碗に乗り込むも底のつるつると滑るのに足を滑らせ全身でザブンと仰向けにダイナミック入浴を成せばマキは腹をよじり息ができぬくらい笑った。

 フィギュア用の和服を脱ぎ剥がし中性洗剤で洗いよくすすいだものをドライヤーで乾かせば小次郎が受け取るや否や大きさの合わぬ十センチほどのフィギュア向け和服は一寸法師の三センチかつ三頭身弱の丈に見る見ると縮みジャストフィットするを目の当たりに二人は神通力の不思議に感心し脱ぎ着も和服であれば首を通す必要がなので当面はこの装束をベースにすると決めた。下は黒袴、上は白の道着であり合気道の有段者や居合道などによく見られる古武術スタイルである。マキの用意した手鏡に姿を映すとその顔の大きさに面食らうもののシンプルな道着の着こなしは我ながら中々でありマキも似合う似合うと喜んだ。その時、小次郎は自分の髪型が若侍的な前髪は少し残り頭頂部は剃られその後方にちょんまげが結われていることを知った。ちょんまげは上方向に立つタイプで胴の部分が白い布で巻かれている。触ってみたいが手が届かないほどの顔でデカさであり、「届かないんだ! 顔デカいっすねー」とマキに笑われるも鏡に映るいかにも若武者の人形のような風体に小次郎は悪い気はしなかった。絵にかいたようなイラストにしたような一寸法師スタイルであり桃太郎との違いは桃マークのハチマキや派手な羽織などがなく極めてシンプルなSD若侍といったところである。これにお椀の船と箸の櫂が合わさればほとんどの者は一目で一寸法師と認めるであろうが先ほどの緑茶ティーバックの茶碗に浸かる小次郎や如何に。

 マキは今度は夕食の用意するとて再び退出し小次郎はJKの部屋に一人残されやれやれひと風呂浴び着替えも済んでようやく人心地と部屋を見渡せば女子の部屋になど入ったことも想像したこともない小次郎にとってはパラダイスに迷い込んだ蛇のごとき心境である。埼玉県の草加駅から徒歩十分ほどのマンションでありファミリータイプの3LDKでありそれでも家賃は十万円程度ではないか。小次郎は神田駅近くの築六十年のボロアパートワンルームユニットバスで家賃が七万円以上するのだから新築ピカピカのキッチンや風呂やトイレを見た時にしみじみと住環境の大事さを思い知った。草加駅なら神保町まで直通で東武線が半蔵門線に乗り入れており四十分ほどの移動さえ克服すればリーズナブルに充実の東京(埼玉)ライフを満喫できるのである。大学に合格したら自分も絶対に草加か越谷あたりに引っ越そうと決心した。むろん資金さえ十分にあれば迷わず神奈川であろう。

さてマキの部屋といえば終始芬々たる甘い香りに鼻をひくつかせその都度小次郎の頭頂のちょまげはぴくぴくと動いた。小次郎は後に知ることになるがちょんまげはエロパワーリザーブインジケータでありエロのパワーの残量を視覚的に示す指標となっている。この部屋にいる限り当面はエロパワー残量を気にしなくてよい状況であるが小次郎この時は己の原動力がエロだという認識は無く先ほどから一向に腹が減らないことを不思議がった。それでもマキが運び込んだるブタの味噌煮込みや小皿に盛られた白米は堪えられない美味さであり大きさの合う箸が無いので手づかみでガツガツ平らげた。余談ではあるがこの時のブタの味噌煮込みはマキの祖母より伝来する郷土料理でありマキの家族は『ばばあ汁』と通称している。勝山という名字と、タヌキっぽいマキの顔と、ばばあ汁、の組み合わせに小次郎は後にその呼び方は止めませんかと訴えた。

食事しながらもマキが気になっていたらしくまず話題に上ったのは小次郎の一寸法師化である。小次郎本人も訳が分からないが覚えてることには、謎の巫女さん装束の童が急に出てきて側頭部を『打出の小槌』でぶん殴られて体が縮んだこと、小槌はレプリカで一発で砕けたこと、元に戻りたかったらオニを退治して本物の打出の小槌を取り返せと言われたこと、などを要領を得ないままに話した。時折マキは話の流れに関係ないタイミングで「顔デカいっすねー」と差しはさんでくる。そして、モウセンオニから助けてくれたお礼で、元の体に戻るまでこの部屋にいてもいいし、できる範囲でオニ退治を協力すると言ってくれた。この時小次郎に駆けめぐった感激やいかほどか。デカい顔の大きな眼から大量の感涙を吹きこぼし大泣きに泣いた。

「その代わり、と言ってはなんだけどぉー」

泣いている小次郎ににへらっと擦り寄ってきたマキが交換条件とばかりに取引を持ち掛けてきたのは後に地獄のカンニング作戦と銘打たれた一大事件への幕開けとなる邪なアイデアであった。明日の数学のテストで成績が悪ければ及第も危ういほどマキの学習甚だしく劣等なれど先のモウセンオニ事件でお分かりのようにテスト準備どころか輝美と遊び歩こうとした次第である。なお輝美については且つて交友殆どないところ急に先方より推しキャラのアクリルスタンド発売に一緒に付き添ってくれるよう頼まれそのアクスタのブローカーとして例のキモ中年が現れ出でたりあの騒ぎに繋がったのである。マキ曰く急に頼まれたから勉強しないのも仕方ないとのことであった。数学と聞き小次郎は教えたいのはやまやまだが自分は私立文系の受験勉強しかしておらず国語英語日本史以外の記憶は全て完全に高校に置いてきたのであるがマキは目ざとく小次郎のスマホも小さくなっているのを知っており髪の毛などに隠れスマホで回答を検索して耳元で他に聞かれぬようレクチャーすればカンニング成立との目論見であった。小次郎は心配し確かに一寸法師は小さいがそれでも三センチはあるのであって例えば部屋の壁に三センチくらいの物体がカサカサと動き回ればものすごく目立つし嫌だし嫌悪するだろう、僕も見つかりたくないからネガティブだと申せば、ちっちぇえなー人間が、顔デカいのに、とマキは笑う。物体が動けばそれは嫌でも目に付いて女子なら悲鳴を上げるだろうが見つかってもジッとして動かずにいればあたしがマスコットのフィギュアですと取り繕うから心配は要らないととうとう押し切られた。形上はウィンウィンのようだが既に小次郎はマキのピンチを救っているのであり更に追加でカンニングの悪事に加担することになるとは、はてさて女子とは現実的かつ打算的なもの、それが可愛いことでもある、と主人公らしい気づきを得た。

 マキには父親がいないとのことで小次郎は踏み込んで聞けなかったが円満に離婚しており母親はシングルマザーとして神保町の書店へ働きに出ているという。書店の閉店時間は二十時であるが片付けや清算なので家に帰るのは二十二時を過ぎるのでマキはいつも先に夕食を済ませていた。食事時に話し相手がいるのは嬉しいと言われ小次郎もなぜかときめいたものである。

「でも、最近、帰りが遅いんだよねー。だれとどこで何してるんでしょねー」

 そう母親を評するマキの言いぶりに小次郎は幾分の距離を感じたが年頃の母娘はただでさえ色々あるだろうにシングルマザー家庭は他人には分からないものもあるだろうと持ち前の器の小ささから深入りするのを早々に放棄した。母親は勝山かつやま 兎子うさこという、二十歳でマキを生み現在は三十八歳である。ちょんまげもぴくぴくしてしまう。噂をすればなんとやら、足音が近づきマキの部屋のドアがノックされたのは二十二時を回った辺りであった。直前まで二人は小次郎の小さくなったスマホが使えるかの検証真っただ中で充電ケーブルは小さくなっていて繋げないもののバッテリーの表示がハートマークに変わっており試行錯誤したところちょんまげのエロパワーリザーブインジケータと連動しているようで、どうやらスマホも一寸法師も原動力はエロである仮説が持ち上がりそれでは立証しようと小次郎の顔面を乳の谷間に挟んでちょんまげの起ち具合勃起具合をキャッキャ言いながら試していたところであった。

「……誰か、来てるの?」

 マキが平然とおかえりと言うのに恐る恐るという風情でドアの向こうに顔を覗かせた兎子は娘とは対照的な大人しさと奥ゆかしさを併せ持ち薄幸で気弱そうなエロスを振りまいている。慌ててマキの乳の谷間に身を隠し顔を半分だけピチピチのシャツから出して兎子を値踏みするように全身を上から下まで舐めまわすように見れば、お仕事帰りのお疲れ様書店員さんとは簡単には言い切れない、言いようのない退廃的なエロスを感じずにはいられなかった。それもそのはず、世にいう『童貞を殺すニット』的な服を着ており、タートルネックでありながら両肩も背中も全開で晒して且つ胸元もざっくりと前が開いておりノーブラでたわわな乳房が、ゆっさゆっさと横方向に揺れるのである。言うまでもなくマキおっぱいの縦方向のプルンプルンと対を成す。母娘で補い合い競い合いその相乗オッパイ効果は無限大オッパイなのであった。

「誰もいないよ、友達と電話しながら勉強してたの」

 いけしゃあしゃあとマキは嘘で取り繕う。実に自然に偽りの言葉を吐けるのを小次郎は逆に感心した。女には嘘が似合う、と乳の谷間でニヒルな表情を決め込んだ。

「ていうか、その恰好で電車乗ってきたの? だいたーん」

 マキの茶化すようなそれでいて冷ややかな声に兎子は赤面し胸元を抑えた。ちなみに下半身はニットから下は生足が見えるばかりで見ようによっては(小次郎の願望の目には)何も穿いていないようにも思われる。三十八歳の熟れた腰回り尻回りに生の太もものむき出されたるは現役JKのマキ太ももにはない芳醇な熟成エロスを振りまいていた。帰宅ラッシュで混雑する電車内では痴漢さえされなかったものの殿方にじろじろとねちっこくシカンされ写真もこっそり撮られたといい思い出したのか尻をフルフルとさせる。

「これは、ホラ、もうすぐ古本まつりだから……」

 神田神保町古本まつり、とは断じてそのようなエロコスチュームのお姉さんが出て来るようなイベントでないのはご存じであろう。さらに聞けば兎子のいう事には務めている書店でアニメキャラのイベントがありコスプレをすることになったという。そして着替えるのを忘れてそのまま帰ってきてしまったとのことだが小次郎が聞くにしてもその言い訳は通じないだろうと思われた。それならしょうがないか、とあっけらかんとマキは笑い、似合ってる、もっとよく見せて、と谷間の小次郎をさわさわと撫でながら兎子へ近づいた。兎子は恥ずかしそうに両手で髪をかき上げ脇や背中やゆさゆさ乳房を見せつけながら「あなたは死なないわ、私が守るもの」みたいな決めゼリフを言うのであるが小次郎は「何のコスプレ? そういうキャラだっけ?」と銀髪寡黙の十四歳プラグスーツに思いを馳せた。

「彼にも見せたんでしょ? なんて言ってた?」

 意地悪く詰問するマキのエスっ気に兎子は一瞬腰をビクッと引きつらせ小声で「……んっ……」と呻いて唇を噛んだるを見るに小次郎にはマキと兎子の母娘間を隔てる壁の原因を垣間見た気がした。マキにとっては母親兎子が父親を捨て新しい彼氏にぞっこん入れ込んで恥ずかしいコスプレを強要し帰りの電車で羞恥プレイ(合法であるが)をお楽しみなのが許せないのではないだろうか。

「そんな……、彼、じゃないけど……、亀割クンなら、『綾波はそんな恰好しない』って……」

 その彼氏は真っ当なコスプレセンスを持っているようで小次郎は少し安心した。じゃあその服のチョイスは兎子本人によるものということになり、小次郎は大いに興奮もした。もう少し本物に近づけるためこれからアップリケをニットに付けるということになりマキも手伝うことになったが小次郎にはどんなアップリケで童貞を殺すニットが綾波コスプレにするつもりなの不明であった。そして何が何でも神田神保町古本まつり参加すべしと決意した。兎子はマキが明日テストであることを知らぬようで勉強は大丈夫かと問えばマキはバッチリ対策済みと答え明日のカンニング作戦に自信を見せた。アップリケを付ける際に用いた長めの裁縫針を見てマキが一寸法師の武器と言えば「針の剣」であるとして先の新選組フィギュア付属のプラスチック日本刀の柄や鞘と合わせ一振りの武器としたことをここに簡単に付す。

 その晩は疲れ切っていたこともあり小次郎は用意されたハンドタオルとフェイスタオルの布団に横になった途端に意識を失ってしまいせっかくJKと同じ部屋で一夜を過ごせる初の機会をみすみす逃してしまったのであるが仮に起きていても例えば身体の小ささを悪用しマキの寝こみを襲うようなことは彼の度胸の上からもリスクヘッジからも実現することはなかったであろう。

-続く-


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