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デイヴィッドside



 まず、私の持つ前世の記憶から。


 私は、侯爵家の長男だった。

 10歳で伯爵家の長女である、当時7歳のエヴリン・フェルトン伯爵令嬢と婚約した。


 そして、私が15歳の時。私は、父からある指示を受けた。政敵の伯爵家が犯した罪の証拠を探れ、と。

 その伯爵家が、エヴリン嬢が飛び降りた日……いや、日付は変わっていたし、前日と言うべきかな?

 とりあえず、その日に訪れていたパーティーの主催だった。

 エヴリン嬢が目撃したメイドとの密会は、探らせた不正の証拠について報告を受ける上で、怪しまれないように()()()()雰囲気を出していただけで、実際には何も無かった。

 当然、その1回だけ報告を受けていた訳では無いよ。エヴリン嬢と共に参加したパーティーの全てに、きちんと目的があった。さっき言ったみたいに、調査の報告だとか、商談をもちかけたりだとか。……まあ、何も知らされていなかった当時のエヴリン嬢からすれば、言い訳にしか聞こえないだろうけれど。


 ……その日も、密会を装ってメイドに扮した調査員と会っていた。そして、人の気配に気づいた調査員が私にそれを教えて、それらしい演技をした。その気配の主が、エヴリン嬢だということに気が付かずに。


 報告を聞き終わったあと、エヴリン嬢と共にパーティーを後にしようと思ったけれど、エヴリン嬢はどこにもいなかった。慌てて使用人に聞いたところ、既に帰ったと聞かされた。

 その時点で嫌な予感がした私は、慌てて馬車を出してエヴリン嬢の住むフェルトン伯爵家に向かった。


 ……到着して早々目に付いたのは、窓から身を乗り出しているエヴリン嬢だった。驚くよりも先に、走り出していた。躊躇いのような間が終わり、体がぐらりとバランスを崩した瞬間の恐怖は、今でも忘れられない。






ーーーーー






エヴァンジェリンside



 私が飛び降りた瞬間までをノンストップで話した彼は、1度心を落ち着けるように紅茶を飲み、


「まあ、広い伯爵家の庭を私が走ったところで到底間に合うわけもなかったし、間に合ったところで一緒に死ぬことしか出来なかったのだけどね」


 と言って苦笑いする。

 それに対してなんの反応もせずにいると、誤魔化すように下を向いて話を続けた。


「……だから、エヴリン嬢からすればかなり不本意だっただろうけど、薔薇が上手い具合にクッションになって君が死ななかった事が、心底嬉しくてたまらなかった」


 ……………は?

 今、彼はなんて言った?私が、死んでいなかった?そんな訳が無い。だって、私には、あのパーティーの日までの記憶しか無いのに、そんな事って……。


 私が内心で混乱している間にも、彼は話を続けている。



 生き残ったらしい私だが、右腕と右足が上手く動かなくなってしまったこと。

 フェルトン伯爵家での私の扱いを初めて知って、早く気づけなかったことを申し訳なく思ったのと同時に、かなり憤ったこと。

 今までの行いの謝罪と説明をして、実際に調査員役のメイドと私が話をしたということ。

 前世の彼に様々な悪行を明らかにされた前世の両親と妹は、隠居という形で田舎の別荘に移ったということ。

 最終的に、答えが何であろうと私の老後まで援助をすると確約した上で、婚約解消しても構わないと彼の方から言い出し、私が婚約解消を拒否する形で結婚に至ったということ。

 息子を2人授かったということ。

 爵位を長男に譲り、孫を授かった頃に彼が病に罹って儚くなってしまったということ。

 隠居して直ぐに、彼の後を追うように私も彼と同じ病に倒れて、そのまま亡くなったらしいということ。


 それらをひと通り話し終え、


「色々あったけれど、エヴリン嬢と一生を共にできて、私はとても幸せだったよ。

 ……だからこそ、何十年もエヴリンを私に縛り付けてしまって、本当に申し訳ないと思っている。君からすれば、ただの口約束なんて信用ならなかっただろうし、あってないような選択肢に感じられていても仕方なかったと、今なら思う。

 本当に、すまなかった」


 と頭を下げて締めくくった。

 私からの発言を待つように、彼は頭を下げたまま微動だにしない。


 しかし、私は未だ混乱から抜け出せずにいる。


「頭を、上げてください」


 それでも何とか振り絞った言葉だったが、声はみっともなく震えてしまっていた。


「……」


 私に言われるがままに彼が顔を上げる。そこにあったのは、美貌が台無しになりそうな程に大粒の涙を流し、歯を食いしばって声を漏らさないように耐える、情けないとしか言いようのない表情だった。

 普段だったら絶対に見る事のないその表情に、混乱も吹っ飛んで可笑しくなってくる。


「…ん、っふふ」


「……!」


 恐らく今世の彼が初めて見たであろう私の笑顔に、彼が酷く動揺しているのがわかる。落ち着きのない視線に、乱高下する顔色。笑うなと言う方が、きっと無理がある。



「……んんっ、あなたの言い分は理解しました。その上で、私からひとつ言わなければいけないことがあります」


 ひとしきり笑ってから、咳払いをして話を戻す。寂しげな瞳をしながら不貞腐れる、という表情筋の高等技術を披露していた彼も、それを合図に姿勢を正した。




ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
あー。なるほど。 そういう感じか、なるほどなるほど。まぁ、余っ程じゃない限りこの理由なら許さざるを得ないよね。 許せるかどうかは関係なしにね。
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