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ヒロイン視点です。
エヴァンジェリンside
いくらか細くなったような気がするアレと向き合った状態で、両者共に黙り込んでいる。部屋に響くのは、カチャカチャという紅茶の入ったカップを動かすときの僅かな音のみ。
一切こちらを向かず、ただ俯くだけのアレに段々とイライラしてくる。こちらはアレのご両親たっての願いに渋々付き合わされているというのに、自分からは一切動こうとしないアレの姿勢に嫌気がさす。
「デイヴィッド様、話したいことがないのでしたら、お引き取り願えますか」
底冷えするような視線と声音を意識して、突き放すように、沈黙を断ち切るように言い放つ。
だが、アレは一切の反応を示さない。何も聞こえていないかのように、相変わらず俯き続けている。
「…はぁ」
失礼と分かっていても、堪えきれずにため息が漏れる。本当に、前世でも今世でも、私を不機嫌にするのだけは無駄に上手い。
冷え切ってしまった紅茶も無くなったことだし、もう部屋を出ても良い気がする。
カチャリ、とわざと音を立ててカップをソーサーに置き、そのまま立ち上がってドアへ向かって歩き始める。
すると、ガタン、と椅子の倒れる音と共に左腕を掴まれた。
「ま、待ってくれ!
…あ。す、すまない。私に触られたくはないよな。すまない」
1人で慌てて縋ってきて、じっと見つめられただけで申し訳なさそうに退散する。……私の嫌っていたアレは、こんなだったろうか。もっと自己中で、気遣いができなくて。
……少なくとも、ここまで情けない感じでは無かった。
「………」
「君に、たくさん話したい事があった。でも、何から話していいのか分からなくて…。
いろいろ考えているうちに君が出ていってしまうのが、君ともう会えなくなってしまうのが嫌で、慌てて引き止めてしまったんだ。
……かなり長い話になるし、所々おかしくなってしまうかもしれないけれど、私の話に付き合ってもらえないか?
君が『もういい』と思ったら、そう言ってこの屋敷から私を追い出してくれて構わない。だから、お願いだ。私の話を聞いてくれ」
そう言った彼は涙声で、それでも決意を秘めた瞳で真っ直ぐに見つめられ、何故だか断る事ができなかった。
「……はぁ」
わざとらしいため息を一つ吐き、正面に立つ彼を避けるようにして席に戻った。
私に続くように、彼も席に戻る。
私は、僅かにぬるさの残るティーポットからカップに紅茶を注いだ。長話となると、いくら味の落ちた紅茶であろうと飲み物は必須だろう。
「………」
彼のカップは、空だ。……私が気を使う必要は、無い、筈だ。
「………」
ポットを持ったまま彼のカップをじっと見つめる私に、彼は困惑し切った様子で苦笑いを浮かべている。
ポットを持ったまま静かに席を立ち、そのままドアへ向かって歩く。彼が慌てた様子で席を立とうとするが、じろりと一瞥して制す。
ドアを開け、外に控えているメイドに向かって話しかけた。
「ねえ、新しい紅茶をお願いできる?」
普段より機嫌の問題で低くなった声に「ひゃい!」と若いメイドが過敏に反応して、パタパタと足音を立てながら私が渡したポットを抱えて紅茶を取りに行く。
「…流石に、仮にもお客様である貴方に、冷え切った渋い紅茶を飲ませるわけにはいきませんので」
つん、と顔を背けて、腰を浮かした格好で静止している彼に告げる。
「あ、ああ。ありがとう」
心ここに在らずな言い方でそう言うと、彼はゆっくり椅子に腰掛けた。
「で、お話とはなんでしょう。メイドが紅茶をお持ちする間ではありますが、長話となると時間も惜しいので」
腰を落ち着けて一息吐いた様子の彼に、休む暇があったら話せ、と急かす。
「あ、ああ。そうだな」
そう言うと、彼は少しだけ考えた後に話し始めた。
ありがとうございました。