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ヒーロー視点です。
デイヴィッドside
私は、前世で間違いを犯した。許されざるほどの。
私は、イェーガー伯爵家の次男として生を受けた。記憶が戻ったのは、11歳の頃。
とある茶会で、ある1人の少女を見かけた時のことだった。
私には、ひと目で分かった。彼女こそ、私の最愛の妻、エヴィであると。両親に詳しく聞いてみると、彼女はどうやら爵位が一つ上の侯爵令嬢であることが分かった。当時の年齢は10歳。私の一つ下だ。
顔立ちが彼女の少女時代と瓜二つ。それ以上に、彼女の瞳がエヴィのそれと同じものにしか見えなかった。
一方的に彼女が妻の生まれ変わりであることを確信した私は、両親に無理を言って彼女の家に婚約を打診してもらった。兄から揶揄われるのも、彼女のことを考えていれば全く気にならなかった。前世で1人にしてしまったことを謝って、再び腕の中に仕舞ってしまいたかった。
そんな風に1人で盛りあがっている私が、彼女が記憶を備え持っているかどうかはまた別の話であるという事に気づくのは、かなり時間が経ってからの事だった。
数年をかけて彼女の婚約者の座を射止めてから数日後、彼女から手紙が届いた。
前世を含めて始めてもらう彼女からの手紙に心を躍らせ、中を改めた私は、一気に絶望へ叩き落とされた。
並ぶ文字列には感情がこもっておらず、いかにも義務的な内容だった。ショックを堪えきれなかった私が、思わずその場で膝から崩れ落ちてしまう程だった。
しばらくして正気に戻ったは良いものの、返事を書くのが難しかった。前世を匂わせるようなことを書いても、この手紙から察するに彼女に記憶は無いのだ。変な人だと思われて終わる。
なんとか書き終えた手紙は、彼女のものに負けず劣らずの他人行儀で義務的な内容になってしまった。
そこから数週間は落ち込み続け、私は気づいた。
『彼女は私の顔を知らない』
という事に。
私が彼女を知ったのは、今から4年も前の茶会。そして、私が一方的に彼女の存在を知っただけで、彼女は私を見ていなかった。向こうが不要だというので、見合い用の私の絵すら送っていない。
私は、再び膝から崩れ落ちた。
今度は、前回と真逆の感情から。
いきなり膝から崩れ落ち、神へ感謝を捧げながら滂沱の涙を流した私は、傍目から見るとかなり恐ろしかったと思う。…誰もいない自室で、本当に良かった。
私は、婚約者が前世と関係の無い見ず知らずの男だと思っている、はたまた純粋に記憶を持っていない彼女への配慮から、贈り物や手紙はなるべく無難な内容にしようと努めた。
なるべく彼女好みの品を選びながらも、手紙の内容は素っ気なく。…私には、かなりの苦行だったとだけ述べておこう。
そして、待ちに待った彼女のデビュタント。
数年分の我慢の反動から、私は彼女への配慮をすっかり忘れ、出会い頭に彼女を抱きしめてしまった。
当然、混乱する彼女。それを気に留めず、きつく抱きしめ続ける私。
彼女の父親が、なかなか支度室から出てこない私たちを不審に思って部屋に入ってこなければ、あのまま彼女を窒息で気絶させてしまったかもしれない。本当に、申し訳ないことをしたと思っている。
そして、ずっと心の中で呼んでいた前世の彼女の愛称を、彼女の両親もいる前で言ってしまったの事は後悔しかない。婚約者の名前すら正しく覚えてもいないのに娘に抱きついた男…。印象は最悪だろう。絶望だ。
気まずい雰囲気になてしまった彼女をエスコートして会場に入る。その間、彼女は一度もこちらを見ようとしなかった。
彼女は、私が彼女を抱きしめた時に「なんで、あなたが…」と言っていた。彼女は、私のことを覚えている。転生しても、顔の造形と髪色は変わっていない。瞳の色は両親の影響で変わっているが、私の前世を知っている人間ならきちんと私を連想できるだろう。だからこその、彼女のあのセリフだ。
だが、前世のような態度を、彼女はとってくれなかった。自分で言うのもなんだが、私と前世の妻は、とても仲が良かった。おしどり夫婦として評判になる程に。だから、夜会では用ができない限りお互いのそばから離れなかったし、何気ない会話で笑い合った。話題が無くとも、手だけは繋いだまま離さなかった。
今の彼女は、私を見ようともせず、口を開くことも無く、ファーストダンスだけ踊った後はなるべく離れるようにしている。私が話しかけようとしても、彼女はワザと自身の両親に話しかけて聞かなかった事にする。
私は、彼女はこの婚約に乗り気では無いと、思う外なかった。
きっと、彼女は私の犯した間違いを許してくれていなかったのだろう。
ありがとうございました。