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デビュタントから3ヶ月が経過した。
その間何度かアレから手紙が来たが、全て無視していた。中を改めてすらいない。
失礼なことをしている自覚も罪悪感も、無かったとは言えない。ただ、それ以上にアレと接触したくなかった。
しかし、いくら無視しても手紙は届き続けた。
侍女から、「デイヴィッド様からです」と言われるのが嫌で嫌で仕方なかった。
私は、ストレスからかだんだんと眠りが浅くなっていった。食欲も減退していった。
そして、今日。
段々と隈を濃くして、頬をこけさせていく私を見かねたのか、父に執務室へと呼びだされた。
「なあ、エヴァ。お前の様子が変わったのは、彼とデビュタントで顔を合わせてからだ。原因は彼にあると思っていいんだよな?
…この婚約は、エヴァを不幸にしてまで手に入れたいような繋がりを欲してのものでは無い。もしお前が彼との婚約を解消したいのなら、そうしてもいいと私は思っている」
心配そうな色を滲ませた瞳で見つめられ、思わずたじろぐ。
アレからの手紙を中身を見もしないで捨てさせている理由を聞かれたら、私はきっと答えられなかった。前世の話なんて、誰も信じてくれないだろうから。言ったところで、「くだらない嘘をつくのはやめて、彼に歩み寄ってあげなさい」と言われて終わるようなのもだから。
でも父は、その理由を聞かなかった。理由も聞かず、ただ、『婚約が嫌なのか』とだけ問いかけてきた。
……父は、本当に優しい人だ。そんなに優しくされたら、迷惑をかけたくないのに、その優しさに甘えたくなってしまう。
「……」
込み上げる感情を飲み込みたくて、握りしめる手に視線が落ちる。
「エヴァ、お前はどうしたい?」
優しく、父が問いかける。
私は、意を決して父に頼ることにした。
「お父様、私、婚約を解消したいです。
貴族令嬢として、見知らぬ方に嫁ぐことへ忌避感は抱いていません。ですが、彼だけは、彼だけはどうしても無理なのです」
涙を浮かべて、父に訴える。そんな私を見た父は、
「…そうか、分かった。私に任せておけ」
とだけ言って、幼い頃にしてくれたように、私を抱きしめてくれた。
ーーーーー
数日後。私は、再び父の執務室に呼ばれた。
「お父様、どうかなさったのですか?」
ここ数日、まるで幼児のように父に泣きついてしまったことが恥ずかしくてぎくしゃくしてしまっていたので、顔を合わせるのが気まずい。
「ああ、エヴァ。…少し、頼みたいことがあってな」
私と同じように、こちらから目を逸らした状態で父が言う。
「婚約解消の件をイェーガー家に伝えたのだが…。向こうは、『婚約解消には同意しても良いが、せめて最後に2人きりで話したい』と言っていてな……」
そう告げた父の声は本当に申し訳なさそうで、今にも消え入りそうだった。
弱った父が珍しくて、なんだか少し面白かった。
笑いを堪えるのに俯いて、それでも可笑しさが抑えきれなくて肩を震わせていると、
「あ、いや、2人きりとは言っても、もちろん室外に護衛や使用人をつけておく。扉も少し開けておく。
だから、ほんの少しの時間、一回だけでいいんだ。彼と話をしてくれないか…?」
と、慌てたように父が言った。どうやら、私が嫌すぎて泣きそうなのだと勘違いしたらしい。これ以上は可哀想だ、と思った私は、頑張って真面目な顔を作る。
「はい、分かりました。
…我儘を聞いてくれてありがとう、お父様」
私は、数日前と同様に父から抱きしめられた。
ありがとうございました。