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最終話です。よろしくお願いします。
そうして迎えたステイプルズ領での結婚式当日。
私は、記憶の中で2回目のウェディングドレスに身を包んでいた。
式の始まる時間も迫っていて、久々の緊張感に鼓動が暴れて仕方ない。
コンコン
「お嬢さ……いえ、若奥様。ジェーン様がいらっしゃいました」
「通してちょうだい」
約束通りの時間に来てくれたジェーンに、入室の許可を出す。「失礼いたします」と断ってから姿を見せたジェーンの手には、約束のものが乗せられたトレーがあった。
「こちらが、ご用命をいただいた物でございます」
「ありがとう。つけてもらってもいいかしら?」
「かしこまりました」
年齢とはまた違った理由で震えているジェーンの手で、花嫁衣裳の仕上げが終わる。
「お綺麗です、本当に……」
「ふふ。まだ泣くには早いわよ、ジェーン」
何か新しいもの、何か古いもの、何か借りたもの、何か青いもの。この4つを式に取り入れると花嫁が幸せになれるという伝承が、この国にはある。
新しいものは純白のウェディングドレス。
古いものは今世の母が自身の結婚式で使ったというイヤリング。
青いものはブーケに入れてもらった5本の青薔薇。
そして借りたものは、たった今ジェーンに被せて貰ったベール。
このベールは元々、前世の私の式で『何か新しいもの』として使った後に『何か古いもの』としてジェーンに譲ったものだった。
ジェーンと前世の私という2人の花嫁を幸せにした実績を持つこのベールは、今度もきっと幸せを導いてくれるだろう。
「若奥様、お時間です」
「今行くわ。……ジェーン、また後でね」
式の始まる時間がいよいよ迫っていることを伝えられ、ジェーンに一言断ってから花嫁が控える場所へと向かう。
そこには既に支度を終えた父が立っていて、ゆっくりと隣に並んだ私のエスコートをするべく手を差し出してくれた。
「何かあったらすぐに帰ってきなさい。エヴァの部屋はそのままにしておくから」
今日のために新調した礼服に身を包んだ父が最後の悪足掻きでそう言うのに少しだけ笑って、
「何も無くても、年に2回程度顔を見せに行きますと約束しましたでしょう?ディーとなら、お父様が心配なさるような事はまず起こりませんから、安心してお母様と仲良く過ごしていてください」
と、このディーとの同居期間で何度か繰り返した言葉をそのままもう一度口にする。
ただ、「そうは言うがな、」と言い返すはずの父が、今日ばかりは食い下がってこなかった。
「……確かに、デイヴィッドくん相手にその心配は不要だったな」
呟くようにそう言って、それきり父は黙り込んでしまう。
沈黙の理由を知りたくて視線を上げると、ひたすらに前の扉を見つめ続ける赤くなった目元が見えた。それから、固く引き結ばれて歪んだ口の端も。
前世の父は、よく回る2枚の舌で権力者に媚びへつらい、第三者の目が無いところで日々の鬱憤を晴らすように私を口汚く罵ってきた。だからこそ、こうして言葉より態度で雄弁に家族への愛を示してくれる今世の父を、私は心から尊敬し、素直に父と慕う事ができた。
新婦入場の合図と共に父の見つめる扉が開き、2人でゆっくりと歩き始める。
ベール越しに緑溢れる庭園を見渡せば、私とディーの家族やジェーンの家族、それからステイプルズ侯爵家の方々も列席者の中にいるのが見える。
元々領地の近い貴族同士ということもあって、ステイプルズ侯爵領で結婚式を上げさせてほしいと手紙で頼んだ時、これを機に交流を深めようという話になり、前世での息子でもあるステイプルズ侯爵様とその奥様も列席していただける事になったのだ。
今世でできた私とディーの友人も、私たちの家族とは少し離れた場所でこの結婚を祝福してくれている。
ディーの元まで辿り着いて、私の手が父からディーに受け渡される。
「……綺麗だ。このまま連れ去って、これ以上誰にも見せたくないくらい」
もう私は杖も他者の手伝いも無くたって歩けるのに、いかに結婚式であろうと注意を受けてもおかしくないくらいの近さで、耳元に言葉が落とされた。
「それ、前世でも言ってたわよ?」
ディーを真似するように、ディーに身を寄せながら少し背伸びをしてディーの耳元で囁き、それから2人で同時に目を見合わせて、やっぱり同時に笑ってしまった。
考え方の根本が変わっていないからか、今世で対面してからのこれまでがそうだったように、これからも私たちは、前世の後をなぞる様に生きていくのだろう。何人目であろうと私が子供を産む時、ディーは誰より落ち着きなくその場で楕円を描くように歩き回るだろうし、産まれた知らせを受けた時には無言で滂沱のごとき涙を流すだろう。それをみた私は、呆れつつも愛しいわが子を抱いて、「あそこの、誰よりあなたの誕生を喜んでいる男の人が、あなたのお父様ですよ」と話しかけるのだろう。
子育ては、勝手が分かっている部分もいくらかあるから、前世よりは楽になるだろうか。
前世から変わっていないからこそ変わるところもあれば、前世から変わらず引き継ぐところもある。その違いを楽しめるだけの愛が、互いにあるのを知っている。唯一楽しめない違いが、互いの伴侶であることも、言葉を交わすまでもなく分かっている。記憶がある限り、私もディーも、お互いでしか幸せを感じられない。
だから、私たちの幸せの形はこれでいいのだ。
これが。これだから、良いのだ。
作者は結婚式を一度しか見たことがない上に、当時保育園児だったので本当に知識皆無です。ということで、完全に妄想で補われた結婚式象となっております。補えなかった部分はカットしてモノローグと繋ぐことで誤魔化しました。青薔薇5本については、バラの本数による花言葉とかを調べて「ええやん」と思ったから5本に決めた記憶があります。が、そのメモが手元に残っていなかったのでお知りになりたい方はG○○gle先生にお尋ねください。
別に、転生したからって必ず相手を変えなきゃいけない、なんて制約は無いし、前世と同じ流れで結婚に至っちゃいけない道義だって無いよな、という思いつきと、ラブラブでイチャイチャな一途カップル書きたいな、という作者の願望の結果こうなりました。
最終話周辺の時間が飛び飛びで申し訳ないとも思いましたが、完結を優先させたいという作者の我儘の結果がこれでした。
1人でもこの作品を楽しんでくださった読者様がいらっしゃったなら幸いです。3年以上もかけて書き溜めた甲斐はあったんだ、と私がひとりで勝手に泣いて喜びます。
改めまして、投稿開始から完結までの約1ヶ月もお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
(あと1〜2話、同居から結婚式までの間の話をほんのちょっとだけ番外で入れる……かも、しれないです。どうか期待はしないでお待ちください。By この話が投稿される約1か月前の私)




