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「……でも、ちょっと恥ずかしいな。なんだか、昨日までさんざん思い悩んでた自分が馬鹿らしい」
すっかり、私を膝の上に乗せるお気に入りの体勢に落ち着いてしまったディーが、私の肩に顔を埋めるようにしながら言った。甘えるようなその動作に、どうしようもないくらい愛しさと母性本能が刺激される。
だから私も、ディーの背中に腕を回すお気に入りの体勢になった。
「『馬鹿らしい』の一言で終わらせていい事ではなかったわ。ちょっとした不安を溜めすぎて大変な事になるのは、前世だけで十分よ。こうしてディーが私に話してくれた事が一番嬉しい。
ねぇディー、そういう結婚前に色々と不安になる事って珍しくないんですって。マリッジブルーって呼ばれてたかしら」
「へぇ……。詳しいんだね」
ちょっと拗ねたような声。「それを知ってるって事は、エヴァも何か私と結婚するのが不安になったの?」って心の声が聞こえてきそう。
「仲良くなった侍女に『ディーが最近よそよそしいの』って相談して教えてもらったのよ。『ひょっとしてですけど、マリッジブルーなんじゃないですか?』ってね」
「うっ……」
今度は気まずそうな声。私の肩に付けられたディーの額が外側にズレて、決まりが悪そうに口ごもっているものだから、なんだか可笑しくなってきてしまった。
「……ふふっ。可愛い可愛い、マリッジブルーの新郎様。あなたの新婦の我儘を、どうか聞いてくださいな」
戯れで囁くと、抗議するように私を抱きしめる腕に力が籠る。前世で運動に向かない体つきだったのもあってか『男らしさ』に憧れがあるディーにとって、『可愛い』は相変わらず褒め言葉として受け取りたくないものらしい。
「ふふっ、そうね。可愛いは違ったわね。じゃあ、愛しい愛しい旦那様?来年の挙式は、ガーデンパーティの形式にしてくださいな。せっかくだから、ジェーンの中の『1番素敵な結婚式』を塗り替えて差し上げましょう」
前世の結婚では、私の右手足の自由の代わりにお互いへの罪悪感が居座っていた。
私にとってそれは、早合点して逃げ出した自分への罰だった。
ディーにとってそれは、甘えと詰めの甘さの象徴だった。
政略で結ばれた婚約にしては珍しく想い合っての結婚で、私が体が不自由なのを慮っての会場で、たしかに素敵な挙式だったけれど。居座っていた罪悪感を思えば、まだ幸せには余地があった。
幸せの余地なんていくらあっても足りないけれど。でも、その時にしか使えない、めいいっぱいの余地は、使い切ってしまってもきっと大丈夫だから。
「ジェーンも遠出は大変でしょうから、式場はステイプルズ侯爵領で確保させて貰えるか伺いを立ててみましょうよ。本当のことは言えないから交渉は手間取るでしょうけれど、そこはジェーンに協力を仰ぎましょうか」
浮かれて絵空事を語る私を見上げるディーの瞳は、やっぱりとても優しい。
「きっと大丈夫だよ。おしどり夫婦として評判だった前世のおかげで、ステイプルズ領で結婚式を挙げると幸せになれるって噂があるんだ。日焼けとかが気になるからってガーデンパーティ形式まで真似る例はあまり無いけど、それでもエヴァの想像よりはずっと簡単に受け入れてもらえるさ」
「ちょっと待ってディー!そっ、そんな噂があったの!??」
驚きのあまり思わず出してしまった私の大声に目を丸くするディー。
「あ、ああ。前世で爵位を譲った頃から、貴族間でも恋愛結婚が流行り始めて、その影響でさっき言ったジンクスができたらしいよ」
………は、恥ずかしい。前世での仲の良さが誇らしいと同時に堪らなく恥ずかしい。前世の私って、社交の場では最低限取り繕っていてもかなりツンケンした態度だったはずなのに、それでもジンクスになるくらい仲が良さそうに見られていたなんて!
「……真っ赤だね」
からかうようなディーのニヤつき顔が、今だけはとても憎たらしく感じる。
「恥ずかしいの。……確かに愛し合えて幸せだったけど、私たち2人で噛み締めるのと、他人から『幸せそうですね』って指摘されるのは別でしょう?ディーの『あなたを愛しています』って顔は、私だけが知っていればいいじゃない」
今度は私が、ディーの肩に額をつけて拗ねる番だった。ディーのあんなに幸せそうな微笑みを女の人が見たら、きっとあっという間に好きになってしまう。ディーが靡かないのは知っていても、ディーに懸想する人がいるのはやっぱり気持ちの良いものではない。
私が早くにディーを独りにしてしまったなら次の幸せを求める事を止めようとは思わないけれど、私が彼を幸せにしている内は絶対に譲りたくない。その想いを込めて、背中に回した腕に少しだけ力を入れた。
「はぁ……エヴァ、もう少し私の忍耐力に優しくしてくれ。そんな可愛いこと言って、更にこんな事までされると、本当に離れられなくなる 」
私も離れたくない、と返そうとした時、ディーの仕事を補佐してくれている人が温室に向かってくるのが見えて、慌ててディーの膝の上から降りる。意地悪せずに降ろしてくれるのは嬉しいけど、自分から離れておいてもっとくっついていたかったと思ってしまうから、恋愛感情というものは難しい。
それなのに何故ディーの膝から降りたのかと言うと、一対一なら抱きしめ合うくらい赤面せずにいられるけど、第三者がいるのはさすがに恥ずかしかったから。その事を分かってくれていて、本当はそうしたくないだろうにすんなり離してくれるディーにまた惚れ直した。
……少し、いや、かなり不満気な表情は見なかった事にしよう。
「いってらっしゃい。お仕事頑張ってね」
「……いってきます」
渋々といった様子でこちらを何度も振り返りながら仕事に戻されるディーを見るのは、それこそ前世振りだった。
次回最終話!……に、したいとは思ってるけどなぁ…………。
どうなるのかは作者にも分かりません。話の流れ書いたメモを読み返しても、「なんやかんやでヨリ戻す→ハッピーエンド!」とかいう雑さなので。『終わり』を書くのが一番苦手ですが、できる限りまとめられるように頑張らせていただきます。
ありがとうございました。




