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ディーの悩みは『転生後に抱いた前世から引き継いだ愛情は、果たして本当に相手に向いていると言えるのか』なんて哲学的なものだった。
「これが愛でなくて執着なら、私が離れた方がエヴァは幸せなんじゃないかって、ずっと悩んでたんだ。いつか来る、小さなズレが決定的になる瞬間が怖かった」
と締めくくって、ディーは俯いたまま私の言葉を待っている。
まるで、ギロチンの刃を待つ死刑囚のようだった。逃げようとせず、全て諦めて首を差し出している。
「……もう、ディーって本当にバカだわ」
「っ……」
「私が全て思い出せていなかった時ならともかく、今は同じ思い出を共有できるのよ?なら、そんなこと気にする必要無いわ。想い合うきっかけが今生に無くても、それはお互い様なのよ」
「でも、……」
「きっかけなんて、なんだっていいじゃない。どっちを愛してるのかなんて、気にするだけ無駄でしょう?」
疑問を浮かべるディーの瞳を見返して、ディーが絡まってしまった鎖を解くつもりで話す。
「だって、私結構変わったわ。前世と同じなのはディーと婚約している事実だけ。
今の私は家族仲が良好だし、育った環境だって凄く良い。根本は変わっていなくても、細かな思考だったりは別物のはずよ。私の場合は16年だけど、その間ずっと初めての環境の中に居たわ。新しい環境に順応しきるのに、10年もかからないのが一般的でしょう?当然、それはディーだって当てはまってる」
お互い、視線は逸らさなかった。
「私はわざと記憶を辿るようにしてディーに好意を示したけど、そんな思い出の焼き増しみたいな事をしていなくても、ディーは私に対して『記憶と違うことをした君は、私の好きな君じゃない』なんて思わないでしょう?たとえ食の好みやセンスが変わっていても、前世を押し付けようと思わなかったでしょう?変わったところだって全部慈しんで、愛してくれるでしょう?」
努めて明るい声で、演説のように話す。
自分がそうだから相手もきっと同じはず、なんて子供じみた考えを、人生経験が通算50年を超えてから口にする日が来るなんて。でも、目の前の彼が私の好きになれたディーなら、私が今言った全てを否定しない。この問い掛けの返答が、彼の疑心の答えになる。
「確かに、エヴァの言う通りだけど……」
ディーの言葉が指したのは『肯定』だった。
ディーは先程と変わらず暗い雰囲気を纏っているが、私の口角はゆるゆると上を向く。
「ほら、やっぱり大丈夫。今も昔も、私達はお互いが好き。それは変わりないわ。
それにね、ディー。私、本当に前世と比べてかなり性格が変わってるのよ」
前世を思い出した直後の、ディーが右腕を怪我した頃は前世の記憶の影響が強くて違和感がなかったかもしれない。でも今は、今世の私の性格が強く出ている。それでも私を好いてくれているなら、それが答えだ。
「前世の私って、結構素直じゃなかったと言うか……俗に言う『ツンデレ』に近い言動をしていたでしょう?でも最近は、照れやすいのはそのままだけれど、まだ素直に『愛してる』とか『好きよ』って言えている……と思うの」
あくまで『つもり』でしかないから、語尾に自信の無さが表れているのが、我ながら少々情けない。
「そ、そうだね」
耳を真っ赤にしたディーがそっぽを向きながら簡潔にそう答えた。いつもならもう少し言葉数が多いから、少しだけ不安になる。
「ディー……好きよ、ディー。ディーさえ居てくれるなら、たとえ平民になったって良いくらい好き。ディー以外考えられないわ。ディーは……ディーも、そうじゃないの?」
「うっ……そう、だけどっ!ちょっ、エヴァのその顔可愛すぎ!!」
「ごめん無理っ!!」と対象の分からない謝罪をされながら、我慢できないと言いたげに力強く抱き込まれる。ふわりと香る彼の香水はムスク系で、前世ではシトラスを好んでいたはずだから、やっぱり細かいところは違うのね、なんて思って頬が自然と緩む。だって、今の私は、こっちの香りの方がずっと好きだと感じているから。
変わっていたって、変わらず好き。その言葉に嘘は無いけど、でも、真実とはちょっと違った。
「どっちの君もすっごく好きだ。……でも、今日のエヴァより、明日のエヴァの方が、きっともっと好きになってる」
「私もよ」
先を越されたようで、すごく嬉しくなる。同じこと考えてるって、仲の良さが表れてるみたいで嬉しいの。
「……明日の自分に嫉妬しそうだ」
「ふふっ、私もよ。……でも、今日のディーの1番は今日の私だから、それでいいの。それがいいの」
「〜〜っ、エヴァが可愛すぎる!!」
ずっと安心していられるくらいの愛をくれるディーに、ちゃんと私も同じだけの愛を返したい。だからこうして言葉にしようとするけど、1を渡すと10や20で返される。それに合わせようと10渡してみても、やっぱりもっと沢山で返ってくる。いつまで経っても終わらないイタチごっこだ。終わらないでほしいイタチごっこだ。
でも私は、いつの日か彼を超える愛を渡したい。前世で恥ずかしさから出し渋っていた分遅れを取っているけど、今からでもきっと遅くないだろうから。




