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エヴァンジェリンside



「エヴァ、本当に良かったの?お兄さんがタウンハウスで寝泊まりするようになったんだろう?嫁入り前なんだから、もう少し家族と過ごしてくれても良かったんだよ。

 いやまあ、一緒に暮らせるのが嫌なわけじゃないよ?むしろ嬉しすぎて現実味が無いくらいだ。でもさ、私だけ嬉しいんじゃ駄目だと思うというか、何というか……」


 ディーとわたしの義両親になる人達が暮らすイェーガー家の領地にある屋敷に、馬車の中からトランクを持って降りて、ゆっくりと歩いて向かう。そしてそんな私の周りを、持たせてほしそうにチラチラと私の持つトランクを見ながら、ディーが歩いている。

 ディーの口は、嬉しさの隠しきれない声音で、私へ色々な言葉を紡いでいる。勝手に必死になっている様子を愛しく思うけれど、内容は聞いてあげない。散々手紙でやり取りした内容だし、荷物を運び込んだ今となっては、予定を変更するわけにもいかない。


 私は今、嫁入り前の花嫁修行をするために、この場所に立っているのだから。






ーーーーー






 引越し当日でもある今日は、あの事故からおよそ半年後で、結婚式まで1年を切っていた。

 半年の間に何度もデートを重ねて、お互いの両親と改めて挨拶を交わして、と順調に両家の仲を深めている。今回の花嫁修業を兼ねた引越しだって、結婚前の準備の一環だ。家によって多少違うしきたりだったり、領地の特色だったりを知って、その土地の領主の夫人として正しく振る舞えるようになる為の、必要な準備期間だ。

 今更何を言ったって、荷物を運び終えた今から花嫁修業の予定を変えることはできないし、花嫁修行をしないという選択肢だって無い。


「ディー、歩きにくいから少し離れてちょうだい」


 階段でも私の周りをうろちょろするディーに、なるべく冷たい印象になるように言った。こういう時のディーは、適当にあしらうのが1番手っ取り早い。……でも、大好きな人に冷たい対応をするっていうのは私にも辛いところがあるので、できればあまりやりたくない。今回は、階段から2人で転げ落ちるよりはマシだと思ったから言っただけで、そうじゃ無かったら無視する程度で済ませている。


「エヴァ……」


 捨てられた子犬の幻覚が見えるような、こういうディーに、私はとても弱い。押せ押せでカッコつけてるディーにも弱いし、ふとした時に優しげな瞳で私を見つめるディーにも弱いし、前世と同様に「幸せすぎて怖い」なんて言って私を抱きしめるディーにも弱い。正直、どんなディーでも可愛く思えてしまって、もう、全部だめ。強く出られるのは、幸せな妄想に浸っているディーだけかもしれない。そういう時のディーは、牽制しておかないと暴走するから。プレゼントで1部屋埋まる悲劇は、もう繰り返してはいけない。

 やっぱり、私に関する事でだけ暴走しがちなディーを思うと、もう少し色々なディーに強く出られるようになりたい。この前お茶をした時、「イェーガー家の男のあしらい方、教えてあげるわ」とウインクしていたお義母様に、できるだけ早く教えを請わないと。ディーのお願いに陥落続きだと、私はあっという間に堕落してしまう。


「だめよ。私と一緒に居たいって思ってくれてるんでしょう?今更『実家にもう少し居たら?』なんて言われても困るわ」


 この生を受けてから十数年で、私の心はすっかりディーへの耐性を忘れてしまったから。ディーへの愛しさだとかはちゃんと引き継げているのに、と少々厄介に思ってしまう。

 飛び越えるハードルが高くなっているのに、体が飛び越える方法や走り方を忘れてしまっている。くぐったら最後、二度と越えられなくなってしまう。私は、1度挫けた自分の弱さを知っている。


「そんな目で見つめてもだめ。

 ……私を、貴方の隣に並ばせて欲しいの。真綿の中で満足させないで」


 前世からずっと、「後ろで守られているのは我慢できない」と言い続けてきた。後遺症で体が不自由になった私に、後遺症の理由も知られている社交界の風は強く冷たかったけれど、ディーを盾にするのだけは嫌だと、ずっと。

 歯痒そうなディーを必死で言い負かせて、死に物狂いで居場所を手に入れて、ちゃんと彼の役に立てるように、私なりに頑張った。

 多少手を借りる事ももちろんあったけれど、あくまで『借りる』程度で済むようにした。

 知らない場所では何度も守られていたかもしれない。それでも、自分の存在を後ろめたく思いたくなくて、無理を言ってまでイバラの道を歩ききったのだ。


 今世は後遺症も醜聞も無いから、きっともっと簡単。今のように、何もかもを渋る彼の心配がどこから来るのか、よく分からないとすら思う。



「ほら、私荷解きしないといけないから、ちょっと1人にしてちょうだい。それと、使用人の人達に明日挨拶したいから、よろしく言っておいて」


 捨て犬のようなディーにそれだけ言って、到着した部屋に入る。

 実家から連れて来た侍女と一緒に荷物を解き始めて、今日からここに住む実感に胸をざわつかせた。




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