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記憶が戻ったことを聞いたデイヴィッド様は、前世を通して初めて見る表情をしていた。……今世でよりよく見るようになった、情けなさを感じる表情。
「記憶……が?本当に?」
静かな、万感の想いが込められた問い掛けだった。NOと答えたらそのまま崩れてしまいそうな、危うさを感じる声で、瞳で、私に問い掛けていた。
「『骨折がお揃い、なんて物騒なこと言わないでよね』。前世を辿ってるみたいで、運命を感じない?とかほざいたら、それこそ婚約破棄よ。
……ほら、わざわざ前世と似たデザインの物を見繕って着けて来たんだから、これで我慢して」
今世ではすっかりやめた口調で、私の片耳のイヤリングを彼の耳につけてあげる。
「……エヴィ、前世と着ける耳が逆だよ」
涙目だったデイヴィッド様は、イヤリングを触ってそう言って笑った。一切影のない、私の大好きな笑顔で。
「っもう、別にどっちだって良いでしょ!」
大好きな笑顔を見たからか、思わず涙が零れそうになって、慌ててそっぽを向く。このロマンチストに涙を見られたくなかったから。
しかし、視界から外したこの男がこんな時に、若かった頃はどんな行動をしがちだったのか、私はすっかり忘れてしまっていた。
「うん、そうだね。エヴィのそんな所、大好きだよ。……中途半端に無防備なのも、ね」
「……っ!?ちょっと!」
後ろからきつく抱き締められて、思わず声が出る。顔があからさまに熱を持った。
耳に口付けるまでしなかったのは、彼なりの配慮だろうか。……急に抱き締めるのも、十分にやめて欲しいのだけど。
「ごめん、ちょっと、今だけこうさせて。エヴィの事、肌で感じてたい。見てるだけだと、瞬きしたら消えちゃいそうで……こわい」
「……ちょっとだけだからね」
惚れた弱み、と言うけれど、普段は私が付け込む側だった。まさか付け込まれる日が来るなんて、思ってもいなかった。
「ねぇ、今世でもディーって呼んでいい?」
「うん」
「私の事は、エヴィだと違和感ある名前になっちゃったから、エヴァって呼んでね」
「うん」
「腕治ったら、演劇もう1回観に行こうね」
「うん」
「……夜会、行こうね。子供たちも参加するやつ。あと、せっかくだから孫にも会いたい。ギリギリ同年代だから、仲良くなる機会もあるはずだし」
「…うん」
「実は私、お父様に黙って来ちゃったから急いで帰らないといけないんだけど、そろそろ離してくれる?」
「ううん」
「……もう」
呆れたように言ったけれど、前世なら遠慮なく引き剥がしていたから、私が本当に嫌がっているわけじゃないのは、多分ディーも分かってるはず。……なんか、こういうの久々で恥ずかしくなってきた。もう大人の仲間入りを果たした歳なのに、体に引っ張られてるのか、無性に胸が騒ぐ。
「〜っ、やっぱりもうおしまい!帰りますから!!……急な訪問でしたのに、おもてなししてくださってありがとうございました。また後日、今度は先触れをしてからお会いさせてください。っそれではごきげんよう!」
耐え切れなくなって、勢いに置いて行かれたディーを放って応接間を後にする。本来なら馬車までエスコートしてもらうべきだけど、今日はもう顔見れないから無理!絶対に無理!声聞くのもできれば避けたいくらいなのよ!?顔もっと赤くなっちゃうから!!
「エヴィ?!」
ああもう、今そっちの名前呼ばないで!!
照れてぐちゃぐちゃになった心を余計に引っ掻き回された気分。
乗ってきた馬車だけを目指して、淑女らしさ保てるギリギリの速さで歩く。大丈夫、転生しても運動が苦手なのは変わっていなかったから、この速さなら追いつかれないのは前世で立証済み……!
「お、お嬢様!?そんなに慌てて、如何されましたか!?」
「馬車を出して!」
「は、ですが……」
「いいから早く!!」
「はっはい!」
御者のエスコートを待たずに勝手に乗り込み、帰るように指示を出した。普段の私では有り得ない態度に驚いた御者だったが、剣幕に押されるように馬車を走らせ始める。
「ああもう……!私ってば、あんなので照れるなんて、照れるなんて……っ!」
前世に比べて、この体でのああいう経験値が圧倒的に足りていない。前世では猜疑心に塗れた状態でディーを見ている間にあの甘さに慣れたから、階段で助けて貰った後の私はここまで照れて取り乱したりしなかった。生涯を通して完全に慣れる事こそなかったけれど、それでも半年以内に照れを隠せるようにはなったのに……!
ありがとうございました。




