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「お、お待たせ、しま、したっ……!」


「いえ、こちらこそ、先触れも無しに押しかけてしまって申し訳ありません」


 応接間に入ると、既にエヴァンジェリン嬢は紅茶を半分ほど飲んでいるようだった。……大分、待たせてしまったらしい。

 一気に焦りが増して、呼吸を整えようと頑張るのに、上手くいかなくて余計に乱れる。ああもう、こんな事で時間を取られる訳にはいかないのに!


「……大丈夫ですか?あの、そこまで待っておりませんし、どうかお気になさらないで、落ち着いてください」


 涙目でパニックになっている私に、エヴァンジェリン嬢が心配そうな視線を送る。


「だっ、い、じょうぶ、」

「では無いでしょう。ほら、ゆっくり深呼吸なさってください。体力の衰えた体で走ったりなさるからですよ」


 よたよたとエヴァンジェリン嬢の向かいに座り、息を整えようと必死になっては失敗する、という負のループに入った私の背を、ソファから立ち上がって私の隣まで来た彼女が優しく撫でて言った。規則的に繰り返されるそれに、ゆっくりと呼吸が落ち着き始める。


「……ありがとう、ございます。情けないところをお見せして、申し訳ありませんでした」


 私以上に辛そうな表情のエヴァンジェリン嬢に、そう言って頭を下げる。

 私の様子を心配そうに見つめていた彼女は、安心したように肩の力を抜いた。


「……大丈夫です。多少待つ事になった程度では、貴方から離れたりしません。私、今日はお礼を言いに来たんです。あの日からまるまる1週間も熱を出して、その間手紙すら出せなかったものですから、何としてでも会いに行かないと、と思って来たのです」


 と言い、


「先触れの返事すら待てないほどに焦ってしまった事は、申し訳なく思っております」


 私の背から手を離して、最後に彼女は謝った。


「あ、謝らないでください!何の便りも無くて心配こそしましたが、こうしてお会いして無事を確かめられたのです。私からは何も」


「いいえ。婚約関係にあろうと、礼を言うことが目的であろうと、先触れという礼儀を無視する理由にして良いものではありませんでした」


 私の言葉をさえぎって言い切ったエヴァンジェリン嬢は、改まってもう一度頭を下げた。そして、「謝らないでください」と再び言いかけた私を制して、


「それから、お礼とは別に、大切な話があるのです」


 と言った。

 エヴァンジェリン嬢が姿勢を正し、私の目を見る。



「前世の記憶が、完全に戻りました」




 息が、止まった。






ーーーーー






エヴァンジェリンside



 頭から血を流して地面に横たわるデイヴィッド様を見た時、私の中には恐れや驚きの他に、奇妙な既視感があった。涙でぼやけた視界すら懐かしい。

 冷えきった指先や心の末端とは別に、どこかに懐古に似た暖かさがあった。


「デイヴィッド、様……?」


 どこか遠くに、自分の困惑に満ちた声を聞いた。

 そして、立ち尽くす私を押し退けたお医者様が見えた瞬間、体の力が抜けて気を失った。



 目覚めたのは、駆けつけたお医者様の診療所にあるベッドの一つだった。


 急に倒れたから頭を打っていないか確認したが、たんこぶ一つ見つからなかったから心因性のものだったのだろう、とだけお医者様に聞かされた。その後、迎えが来るまで彼氏さんの側に居てやれ、という言葉に流されるように、眠っているらしいデイヴィッド様のベッド脇に座った。


「…………どうして、()()庇ったの……?私、この体で出会ってから、嫌われるような態度ばっかり取ったのに。……()()()、ごめんなさい。本当に……っ、生きててくれて、ありがとう……!」


 ぽたぽたと、白いシーツに涙のシミができる。

 ……私の体じゃないみたいに、勝手に涙が、言葉が、流れ出して止まらない。


「あんなに恐ろしい思いをするのは、前世だけで、十分だったのに!やっと私っ、ちゃんと、全部……!()()()のバカぁ!!」



 眠るデイヴィッド様に気を遣うことなく散々喚いた私は、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったらしい。次に目覚めたのは、タウンハウスの寝室だった。


 そして、知恵熱に近い発熱に1週間近く魘され、前世の記憶を完全に思い出した。デイヴィッド様に泣き縋った私の言葉の意味を、込められた感情を、理解した。




ありがとうございました。

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