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「……こうして無事にプロポーズが済んでから半年後に、お2人は結婚式を挙げました。身内の欲目もありましょうが、なるべく段差を無くすためにとガーデンパーティの様式だったウェディングは、今尚わたくしの知る中で一番素敵なものです。
それからのお2人は、時折喧嘩をなさる事もありましたが、社交界で憧れになるくらい仲睦まじいご夫婦でございました」
そこまで語り終えたジェーンが、ようやくカップに口をつけた。私とエヴァンジェリン嬢もジェーンと同様に紅茶を飲む。すっかり冷えてしまっていたが、それでも余計な苦味や渋みは感じられず、とても美味しかった。
「……おやまあ、もう日が傾いてきておりますね。わたくしとしたことが、話に夢中になってしまって、ろくにおもてなしもしませんで……申し訳ございません」
ふと、窓の外を見たジェーンが言った。
確かに、ここに来た時はまだ真上にいた太陽が、すっかり地平線に近づいてしまっている。話もキリが良い事だし、そろそろおいとました方が良いだろう。年頃の娘が婚約破棄寸前の男と夜まで帰って来ない、なんて事になると、私の命綱である『寸前』の文字が『済』に変わってしまいそうで恐ろしいから。
「いや、こちらこそ、急に押しかけて申し訳なかった。
そろそろ日暮れが近いことだし、私達は帰ることにしましょうか、エヴァンジェリン嬢」
「……そう、ですね。
お話くださってありがとうございました、ジェーンさん。記憶はまだ戻りませんが、少しだけ自分の決断に納得できた気がします」
そう言って微笑むエヴァンジェリン嬢はやっぱり美しくて、見蕩れてしまう。
「……あの、帰りましょう?」
あまりにもボーッとしすぎて、困惑気味に見られてしまった。見ると、既に彼女は支度を終えている。後は座ったまま動かなくなった私待ちのようだった。
「す、すみません」
慌てて席を立つが、勢い余って椅子を倒してしまって余計に焦る。エヴァンジェリン嬢にはかっこいい所だけを見せていたいのに、どうしてこうも上手くいかないのか、と気分が少し落ち込んだ。
椅子を戻して扉に向かって歩く。扉の前で佇む彼女の表情を確かめるのが怖くて、顔が上げられない。
馬車まで辿り着いた時、エスコートの為に差し出した手を払われなかったのが、数少ない救いだろうか。
馬車の中でのの沈黙が、今の私には痛かった。
「……デイン様は、相変わらずなのですね。
この調子なら、意外と上手く行きそうなものですけれど……。あの、おかしな所で発揮される積極性も鳴りを潜めてしまっている様ですから、そうとも言いきれないのでしょうか」
私たちを見送ってくれたジェーンの呟きは、私たちの耳に入ることなく風にさらわれた。
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「あの、………今日は、ありがとうございました」
馬車の中の沈黙を破ったのは、エヴァンジェリン嬢だった。
「ジェーンさんとお会いした時、どことなく懐かしさを感じたんです。正直に言うと、その感覚のおかげで彼女の話を信じられても、完全な納得は難しいのですが……今のデイヴィッド様を見ていると、そのうちそれもできてしまいそうです」
ジェーンの紅茶を飲んだ時のような自然な笑みに比べると固くなってしまっているが、それでも、確かにエヴァンジェリン嬢が私に微笑みかけてくれた。彼女にこれ以上情けないところを見せるわけにはいかないと思って、潤んだ目から涙が流れないように必死に堪える。
「そう言っていただけて、何よりです」
ああ、堪えるのに必死になるあまり、素っ気ない返事になってしまった。これでは情けない男どころか、無愛想でつまらない男になってしまう。
「……えっと、あの、もし良かったらなのですが!」
「は、はい!」
焦り過ぎて、語尾に力が入った。彼女の返事も、それに釣られるように大きい。
「もっ、申し訳ない。大きな声を出してしまって……。
来週から2ヶ月ほど、王都に劇団が滞在するらしいんです。予定が空いているようでしたら、ご一緒できたら、と思いまして……」
「劇団、ですか?」
「はい。演目は、有名な恋愛をテーマとした喜劇だそうです。演劇……お嫌いでしたか?」
前世では、近場に劇団が滞在する度に、2人で演劇を見ていた。エヴィは喜劇が好きで、でも、「あなたと見るのなら、どんな演目でも楽しいわ」と言ってくれていた。
前世より遥かに恵まれた、優しい家族の囲まれた今世でも、好みは変わっていないだろうか。
「いいえ。演劇は家族でよく見に行きましたから。特にジャンルにこだわりはありませんが、喜劇が好きです。……ですがどうか、お返事は少々お待ちいただけませんか」
迷いを帯びた、申し訳なさそうな瞳がこちらを見つめる。……即座に却下されなかっただけ、前進したと思って良さそうだ。
「分かりました。……ありがとうございます」
「いえ、……父の許可を貰ったら、連絡させていただきますね。許可を貰えなかった時も、一報入れます。だから、また改めて、誘ってくださると嬉しいです」
小さく、でも確かにそう言った彼女は、決してこちらを見ようとはしなかった。しかし、顔を馬車の窓側に逸らした分、赤くなった耳がはっきり見えた。頬は余り変わらないのに、耳だけ極端に赤くなりやすいのは前世と共通らしい。
「はい、喜んで」
分かりやすく喜色を帯びた声で答えると、更に耳が赤く染った。
だらしなく口元が緩んだが、エヴァンジェリン嬢はこちらを見ていない。それをいい事に、御者から到着を告げられるまでの間、可愛い彼女を見つめ続けていた。
ありがとうございました。




