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 エヴィがヤケになってポカポカと私を叩き始めた頃、ようやく思考力が戻って来た。


「はっ!

 ジェーン!!エヴィは退院後の行き先が決まり次第退院して問題ない、と医者は言っていたよな!?」


「左様でございます」


「ならば、別邸にあるエヴィの為の部屋だが、今すぐ、いつも以上に念入りに掃除しておくように、と連絡を入れておけ。明日、私と共にその部屋の主人が帰るから、と。エヴィの荷物は、もうほとんど纏めてあるのだろう?」


「はい。万事滞りなく」


 腕の中のエヴィは、急展開について来れないのか目を白黒させている。可愛い。……ではなくて。


「エヴィ、貴女さえ良ければ、私が使っているステイプルズ家の別邸に住まないか?

 王都も近くて交通面では困らないし、管理を徹底させているから庭の散歩で躓くこともほぼ無いだろう。本屋を始めとした娯楽を扱う店も周囲に多く揃っていて、退屈する事も少ないはず。そ、それから」


「あの、デイン様」


「は、はいっ!!」


「昨日の今日では、お医者様も困ってしまうと思うのだけど」


 エヴィは、やっぱり私の暮らす別邸に来る事自体を否定しない。それが嬉しくて、またエヴィを抱き締めたくなったけれど、流石にやり過ぎだと自重する。


「それもそうだね。でも、ほんの僅かでも希望があるなら、私は試してみたいんだ」


 抱き締めすぎて嫌われる、なんて事態は耐えられないので、頭を軽く撫でさせてもらうだけで耐えた。


「デイン様、発言だけ見ればとても格好良いのですけど、発言が意味する事とシチュエーションで台無しです」


 脇に控えていたジェーンが突っ込む。


「………」


 ジトッとした目で見るが、涼しげな顔で流された。



「エヴリン様の退院の件でしたら、既に許可はいただいております。きっとこうなるだろうと思っておりましたので」


「ジェーン、今回のボーナスは期待してくれ」




 こうして、私とエヴィはひとつ屋根の下で暮らせることになったのだった。






ーーーーー






 それから1週間後、私は仕事に復帰し、見送りと出迎えをエヴィにして貰えるようになった。


「行ってらっしゃい」

 の言葉に『旦那様』が追加される日も、遠くないかもしれない。

「お帰りなさい」

 の後に『ご飯にする?お風呂にする?それとも……』なんて言われる日も、もしかしたら…………。



「デイン様、何か良いことでもあったの?楽しそうな顔してるけど」


 妄想に浸っていた私の耳に、愛しのエヴィの声が届いた。


「いっ、いや、なんでも無いよ」


 ちょっと後ろめたくて、慌てて否定する。……やっぱり、『旦那様』より名前で呼んでもらった方が嬉しいかもしれない。

 ではなくて。


 さっきまでの妄想を実現させるためにも、私にはやらなければいけない事がある。そう、プロポーズだ。

 彼女から少なからず好かれているし、私たちの婚約は破棄されずに継続している。本来予定していた結婚の時期は過ぎてしまったけれど、今からでも遅くないだろう。先日、注文した特注の指輪だって届いた。

 足りないのは、ロマンチックなシチュエーションと私の勇気だけ。当然、既に台詞は考えてある。それこそ、婚約を結んだその日から。


 彼女の手足のことを考えれば、夜景の見えるレストランまでわざわざ行くのは避けたい。テーブルマナーの厳しい所では、彼女に恥をかかせてしまう可能性が高いから、尚更。

 舞踏会を2人で抜け出して……なんてシチュエーションもロマンはあるけれど、今の彼女に舞踏会はそれこそ酷だろう。却下。

 庭園も、歩く事が多いからダメ。

 『今日は星が綺麗に見えるらしいから、もし良かったら一緒にバルコニーで星を見ないか?』とでも誘えるのが理想的だけれど、ここ最近は雨が多くて星なんかとても見えない。

 かと言って、このままズルズルと先延ばしにしたら一生プロポーズできなくなってしまいそうだ。



「今度は難しい顔してるけど、何考えてるの?」


「ああ、プロポーズのシチュエーションをどうしようかと思って悩んでいるんだ。こうして指輪も用意したんだけど、なかなかロマンチックなシチュエーションが思いつかなくてね」


 話しながら、最近は常に懐に隠し持っている指輪を取り出す。


「セリフは決まっているんだよ?君の前にこうして跪いて、」


 指輪の箱を開け、捧げるように持ち、跪く。


「『一生貴女の隣にいる権利を、どうか私にくださいませんか?』って、……あ、れ?」


 ようやく、深い思考の海から抜け出したと思ったら、目の前に顔を真っ赤に染めたエヴィがいた。どうやら、やらかしてしまったらしい。


 今の私は、目の前のエヴィ以上に真っ赤になってしまっただろう。確信を持って言える。こんなにも頬が熱を持つなんて、生まれて初めてだ。

 いや、そんなことを考えている暇があるなら、直ぐにでもさっきのプロポーズを訂正しなければ。少なくとも、私の想像のプロポーズはこんな残念なものじゃなかったのだから。


「あっ、やっ、いっ今の無し!!!」


「……無かったことに、していいの?

 私、嬉しかったよ」


 潤みを帯びた瞳で熱っぽく見つめられ、はにかまれる。

 ……なんなんだこの可愛らしい生き物は。理性を試されているとしか思えない。ただでさえ同居が始まってから供給過多で悶えているというのに、更に負荷をかけようというのだろうか。


「グッ……いや、でも、大事な事だから、こういう成り行きみたいな感じは流石に…ダメじゃ、無い……か?」


 普段逸らされがちな視線が、私を見つめ続けている。

 視線に押されて、言葉が尻すぼみになる。




「……エヴリン・フェルトン伯爵令嬢、どうかこのデイン・ステイプルズと結婚していただけませんか?」


 せめてもの仕切り直しをと思って、再びプロポーズする。『本当ならもっと……』なんて考えたくなるけれど、こうなってはきっぱり諦めてこうするのが最適解だと思ったから。


「はい。不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いします」


 エヴィの瞳に映る私は、今にも泣きそうで幸せそうな、なんとも情けない顔をしていた。




ありがとうございました。

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