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 2人で階段から落ちてしまった事故からしばらくして、今日はとうとう私の退院日だ。

 無事に後遺症も無く腕は完治したが、「今まで仕事詰めだったから、これを機に休んでおけ」と(上司)に言われて、今日からまだ1週間ほど休暇が残っている。


 ちなみに、入院中は頻繁にエヴィが私の元を訪れてくれて、「貴方一人よりはマシでしょう」

 と身の回りの些細な手伝いをしてもらっていた。


「何かして欲しいことはある?」

 と聞かれた時に、

「愛称で呼ばせて欲しい」

 なんて半分冗談のつもりで言ってみたら、

「……お好きにどうぞ」

 とそっぽを向きつつも真っ赤な耳で答えてくれたので、それ以降2人きりの時には『エヴィ』と呼んでいる。呼ぶ度に真っ赤になる耳が可愛らしくてしつこく呼んでいたら、すっかり慣れてしまったようで、今ではほとんど無反応になってしまった。少しだけ寂しかったけれど、親しくなれたように感じて嬉しくもあった。



 そんな風に、思い出の詰まった病院での日々を思い出していると、


「なにニヤついてるの、デイン様」


 と、私が普段住んでいる別邸へ向かう馬車の中で、私と向かい合って座っているエヴィが呆れたような目で言った。



 そう、彼女も私と同様に、今日退院したのだ。

 事の顛末は、ざっと退院前日に遡る。






ーーーーー






「……はぁ」


「……」


「…………はぁ」


「……デイン様、どれだけ溜息を吐けば気が済むの?」


 本日100回目の溜息をいくらか超えた辺りで、エヴィがうんざりした表情で、どうしても私のサインが必要だからと渡された緊急の書類に目を通す私に、お茶を差し出してくれた。


「エヴィ……。だって、明日私は退院するんだよ。今までみたいに、四六時中一緒に居られなくなってしまう。それなのに、溜息が出ないわけが無いだろう」


 小さく、「せっかくのお揃いでもあったわけだし」と付け足すと、


「それは要らないでしょ」


 と、バッサリ切って捨てられる。


「エヴィ……」


 今の私はきっと、いつになく情けない表情をしていることだろう。でも、今日と明日ばかりは許して欲しい。

 あの事故から今日までが幸せすぎて、かつての距離に戻れる気がしないのだから。



「…デイン様は、わ、私との結婚式で、私を……お、お姫様抱っこするのが、夢なんでしょう?なら、そんな『お揃い』無い方が良いじゃないの」


 悶々としている私の鼓膜に、爆弾が落とされた。


「なっ、……なっ!?」


 何でそれを、の一言すらまともに発音できず、ひたすら顔が赤くなるのを、どこか他人事のように感じる。


「妹の、『どうせ面白みの欠片もない貴女なんて、すぐに飽きられて捨てられる』という一言に、無性に胸が苦しく感じていた時、ジェーンが教えてくれたの。

 『今はまだ信用に値しないでしょうけれど、デイン様がエヴリン様以外のご令嬢に心変わりなさるなんて、それこそ天地がひっくり返ってもありえないことでございます。若旦那様は常日頃から、エヴリン様との結婚式でエヴリン様をお姫様抱っこする事が夢なのだと、我々使用人が一字一句違えずに言えてしまうくらいには仰っているのですよ。その為に、文官である若旦那様ですが、どんなに忙しくても毎晩筋力トレーニングを欠かさずされていらっしゃいます』と」


「ジェ、ジェーン!?」


 思わず、部屋の隅に控えているジェーンを恨めしく睨みつけてしまう。けれど、どうせ恥ずかしさで潤んだ私の瞳では、恐ろしさどころか情けない印象を与えてしまったのだろう。


「若旦那様、それではエヴリン様に格好良い所を見せるどころか、情けないと笑われてしまいますよ」


 なんて、呆れたように窘められてしまった。


「それにほら、気にするべきはそこではありません。エヴリン様は先程、『私との結婚式で、私をお姫様抱っこするのが夢なのでしょう?』と仰ったのですよ」


 お気付きになられませんか?と、真剣な表情をしたジェーンが言う。その瞳には、『乙女の勇気を無駄にするおつもりですか』と書いてあるように思えた。


 私のベッドの足元に腰掛けているエヴィの表情は、俯いていてよく見えない。けれど、確かにその耳は赤く染まっている。




「……っ!エヴィ!!!」


 ジェーンの言葉の意図に思い当たるや否や、エヴィを力の限り抱きしめていた。


 「ちょ、ちょっと!ジェーンが見てる!見られてるから……!!」などと言いながら、私の腕の中で首まで真っ赤になったエヴィが藻掻くけれど、申し訳ないが今だけはその願いを聞き入れてやれそうにない。



 私はきっと、今が人生の絶頂期だろう。いや、今日から彼女に先立たれるその日まで、きっとずっと幸せでいられる。


 彼女はついさっき、私の馬鹿げた考えを改めさせるために『私と彼女の結婚式』について口にしたのだ。今までに無いくらい、顔を真っ赤にさせながら。無意識なのか、潤んだ瞳で上目遣いに私を見つめながら。

 ……それはつまり、私の結婚の申し込みに『イエス』と答えてくれた、と考えて差し支えないのでは無いだろうか。


 今だって、『ジェーンに見られている事』を恥ずかしがってこそいるが、決して『そういうつもりではなくって!』とか、『そうでは無いの!!』とか、発言そのものを否定するような事を何一つとして言っていない。

 それどころか、『離してくれないと、お姫様抱っこさせないからね!?』なんて、喜びを助長するような脅しにもならない脅しをしてくるなんて。結婚式でする事が1番の目標ではあったが、そもそも結婚ができるのなら、結婚後にお姫様抱っこができるなら、もう既に場所もシチュエーションも、私にとってそこまで拘る必要を感じる要素では無いというのに。




 

ありがとうございました。

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