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「な、何やってるのよ!なんで庇ったりしたの!!?私がただのうっかりで転んだだけ、しかもここ病院なのよ?!庇う必要なんて何も無いじゃない!!」
私の無事を確かめるため、エヴリン嬢は、私に抱きしめられたまま触診するように手を動かす。そして、その振動が下敷きにしている右腕に響いた。
「……っ!」
痛みに出そうになった声を、唇を噛み締めて堪える。しかし、反射で体が強ばったのは、抱きしめられているエヴリン嬢にも伝わってしまったらしい。
「腕、腕が痛むの!?もしかしたら折れてるかもしれないわね。待ってて、今、お医者様を呼んでくるから!」
未だに抱きしめる腕を緩めようとしない私から離れようと、エヴリン嬢がもがく。
しかしそれを、
「ま、待って!
医者なら私の補佐役が呼びに行っているから、エヴリン嬢が行く必要は無いよ。それに、君だって私と一緒に階段から落ちたんだ。何処かしら打ちつけていたっておかしくは無いし、それがもし頭だったらそんなに激しく動かない方が良い」
と言って止める。
「で、でも……」
それでも、渋るように視線を彷徨わせるエヴリン嬢だが、今の事態に付け込むように、
「独りに、しないで欲しいんだ。……お願いだから、ここに居てくれ」
と言うと、諦めたように頷いてくれた。
「まあ、確かに右腕は折れちゃったかもしれないけど、この程度では死なないから安心してよ。それに、私は左利きだから日常生活にそこまで支障は出ないんだ」
興奮状態から落ち着いてきたからか、思い詰めた表情のエヴリン嬢を慰めるように言い、無事な左腕でそっと頭を撫でてみる。彼女が嫌がる素振りはなく、安心と喜びからか、考えている事がそのまま口から出てしまう。
「あの、こんな事言うと怒られちゃいそうだけど……。
折れた腕、エヴリン嬢と同じ側だから、……なんか、お揃いって感じで、ちょっとだけドキドキしちゃってるような?」
冗談めかしてそう言うと、強ばっていたエヴリン嬢の表情がようやく緩み、
「…バカっ!」
と、軽く胸を叩かれてしまった。瞳には薄っすらと涙が幕を張っていたけれど、さっきまでの深刻さは残っていない。
緩んだ空気に、お互いクスクスと笑い合っていると、
「ねえ、そんなにお揃いが欲しいの?」
と、エヴリン嬢がこちらを見る。
「そ、そりゃ欲しいけど……」
でも、きっと贈っても身に着けてくれなさそうだし……。と、口の中でゴニョゴニョしている私の顔に、決意を固めたような表情で彼女が私の顔辺りに手を伸ばす。思わずきつく目を閉じると、耳元でパチリと音がした。
彼女の耳元には、音がした方の私の耳と反対側の耳にだけ、琥珀の使われたイヤリングが輝いている。もう片方の耳についていた物は、きっと私の耳元で揺れているのだろう。陽の光に照らされた彼女の瞳の色に良く似た、雫型のイヤリングが。
「これあげるから、骨折がお揃い、なんて物騒なこと言わないでよね」
貴方が普段身に着けてる物よりきっとずっと安物だし、見劣りするかもだけど……。なんて言ってそっぽを向いてしまったエヴリン嬢だが、その耳は真っ赤で、全く照れを隠せていなかった。でも、それを指摘したらこの可愛い反応も見れなくなってしまうと思うと、とてもそんな事できそうにない。
「エ、エヴリン嬢……!!ぃっ!」
エヴリン嬢のあまりの可愛さと喜びから、彼女を抱き締めている腕により力が入り、右腕に響いた。
「え、あ、ちょっと!右腕折れてるかもしれないんでしょう!?下手な事して悪化させないでよね」
今度こそ、私の腕の中から出ようと暴れるエヴリン嬢。腕の痛みに気を取られた私は、そんな彼女の脱走を許してしまった。
「……な、何よ。あんまりジロジロ見ないでちょうだい」
よっぽど名残惜しげに見つめてしまっていたのだろう。私の視線から逃れるように、エヴリン嬢はそっぽを向いてしまう。
やはり、その耳は赤く染っていた。
「デイン様、お医者様を呼んでまいりました!」
赤くなった耳に見蕩れていると、補佐役の声が聞こえてきた。どうやら、2人きりの時間は終わってしまうようだ。
床に寝転んだまま起き上がらないでいる私を見て、こちらの方が重症そうだと判断したらしい医者が私の元へ駆け寄って来る。
「すみませんが、私より先に…」
「この人がなんと言おうと、私より先にこの人を診てください!」
まさかの、先手を打たれてしまった。
順番が前後しようと、どちらも診てもらうことに変わりは無い事くらい分かっていたけれど、私の精神衛生上エヴリン嬢を先に診て欲しいと思っていた。
しかし、それはエヴリン嬢も同様だったらしい。
「私の所為で怪我を負った人がいるのに、私を先に診てもらうなんてできるわけありません。大人しく先に診てもらってください」
なんて心配そうに言われては、私に反論なんてできるはずが無かった。こういう時ばかりは、『惚れた弱み』なんて言葉を恨みたくなる。
ありがとうございました。




