12
デイン(デイヴィッド)side
酷く取り乱して現状を悲観し、すっかり塞ぎ込んでしまった私に、ジェーンが言ったんだ。
「まだ生きていると分かったなら、その命を絶つつもりでいらっしゃったエヴリン様は、大層驚かれ、そして取り乱されることでしょう。そんな時、デイン様まで取り乱されているようではいけません。
しかも、右腕と右足が動かなくなってしまっているのです。現状を悲観し、短絡的な決断を迫ることになっては、それこそ本末転倒です。
…それにデイン様は、エヴリン様の動かなくなってしまった手足を欠陥と断じ、手酷い扱いをなさるようなお方ではないのでしょう?」
それに私は、
「そんな事、有り得ない。もしそんな態度をエヴリン嬢に向ける者がいたなら、産まれてきたことを後悔させてやりたいくらいだ」
と、自分でも驚くくらい低い声で答えた。
こうして、私のやりたい事が決まった。
「久しぶり、だな。エヴリン嬢。
……あの夜会の日からちょうど2週間が経過している事や、奇跡的に命は助かったけれど手足に後遺症が残った事は、既に聞いていると思う。そこで、1つ聞き入れて欲しい申し出がある。
早急に、私と結婚して欲しいんだ。……ロマンも何も無い申し出になってしまい、大変申し訳なく思う。けれど、貴女から貴女の血縁者を引き剥がす為に、できればやっておきたい。
勿論、断ってくれても構わない。貴女の安全は保証するし、命ある限り支援を続けると約束しよう。なにか質問があったら、貴女に付けたメイドのジェーンに聞いてくれ。彼女が知る限りの事はその場で答えるし、知らない事は私がジェーンを通して回答しよう。
返事は、ひと月以内であれば問題ない。じっくり考えて欲しい」
後に、ジェーンから、
「今までエヴリン様にお見せになっていた態度から急に変わりすぎな上、顔を真っ赤にして酸欠になるほどの早口で捲し立てるのは少し、いや大分気持ち悪かっ……いえ、あの、大変、ご立派だったと、思います。…………本当ですよ?」
と言われたことを、生まれ変わった今でも、1字1句はっきりと覚えている。
それからの1ヶ月は、まさにあっという間だった。
迷惑にならないようにと思い、ジェーンにしつこくエヴリン嬢の様子を聴きながら調子が良さそうな日に病室を訪ねたり、次に持っていく贈り物や花束に使う花の種類を考えたり、ちょっとしたメッセージカードを書こうとしたら長文すぎて厚い束ができてしまったり、フェルトン家の不正の証拠を集めさせたり、エヴリン嬢の許可を得た上で不正を摘発してフェルトン家の当主を遠戚の者に替えさせたり。
目まぐるしい1ヶ月間だったけれど、エヴリン嬢に会えた15日間のおかげで、無事に乗り越えることができた。
しかし、簡単に乗り越えられるようなハプニングしか起こらなかった訳では無い。
途中、マデリン元伯爵令嬢がエヴリン嬢の病室に押しかける、という騒動が起こった。マデリン元伯爵令嬢はだいぶ錯乱していて、手当たり次第周囲に当たり散らしながら暴言を吐いていた。
そして、その内の何か一言がエヴリン嬢のトラウマに触れてしまったらしく、しばらく彼女は塞ぎ込んでしまった。
目に見えて食欲が落ち、注意散漫になったエヴリン嬢が心配で仕方なかった私は、初めて2日連続で彼女の見舞いに赴いた。すると、ちょうど階段を降りようとしている彼女と会えた。以心伝心そのものな状況に舞い上がった私が、エヴリン嬢の名前を呼んで階段を駆け上がり、彼女が階段から下りるのを補助しようとした、その時だった。
エヴリン嬢はぼーっとしてしまっていたらしく、いつの間にかすぐ近くまで来ていた私を見て驚き、踏み出そうとした足をもつれさせてしまった。まあまあ長い階段のほぼ最上段から転げ落ちれば、それこそ生命の危機だ。
『このままでは、今度こそエヴリン嬢を喪ってしまう』
そう強く思った私は、必死になってエヴリン嬢の腕を掴んで抱き寄せ、彼女と一緒に階段を転げ落ちた。
身体中が痛み、意識が遠のく程だったが、
『今度こそ間に合った』
という歓喜が大きくて、それらもほとんど気にならなかった。
その直後のことは、これから何度転生しようとも忘れられないくらい、本当によく覚えている。
ありがとうございました。




