渡辺のノート
「ぜえ、ぜえ…。」
(歳はとりたくない…。)
長井は、あれから走ってなんとか人ごみに紛れ込み、1時間ほど歩いた先で、またタクシーを拾って乗っている。
(相手は政府だったんだよな…。警察扱うくらいやってくるよな…。これからどうしようか…。みんなはどうしているんだろう…。)
キキー…。
夜になって、タクシーが今までいたマンションに到着した。張り込まれているのではないかとびくびくしていたが誰もいなかった。
(よかった…。でも、みんなもいない…。)
暗い部屋に電気を点け、床に座り込んだ。
(みんなを待つしかないか…。)
1日が過ぎたが、何の連絡も無い。
(…。通信機器は傍受されるかもしれないから使えないって言ってたから…本当はみんな無事かもしれないし…。今までも、こんな感じの生活だったか…。)
2日が過ぎ、3日過ぎ、連絡はない。
(…ひまだ。…何かすることはないのか。)
長井は部屋の中を歩き回り、部屋に置いてある本を読んでみた。
(左よりの本が多いな、やっぱり…。)
本棚の一番下の段の端、一番目に付きにくいところに置いてあるノートを手に取った。
(日記?…誰のだ?日記って人に見られにくい場所に置いてあると思うんだけどな。)
ノートを開いて読み始めた。
『僕が調べたことの全てをありのままを記したノートを送ります。組織を抜けた身でみなさんに頼ることは恥ずかしく思いますが、最近は身に危険を感じるようになり、他に信頼できる仲間もいないため、このノートを送りました。信用し難いところばかりだと思いますが、真実だと確信しています。』
(組織を抜けた人がいたのか…。)
『私が組織を抜けた理由は、代表である阿波野が慎重過ぎ、行動していないと考えたためです。全滅する覚悟がなければ、圧倒的な力を持つ政府に対抗することなど不可能です。そこで、私は自分一人の力で立ち向かおうと考え、組織を抜けました。北山さんは危険だと反対し、戦うことを止めて何も知らない人たちと同じように生活することを薦め、私をある会社に入社できるように取り計らってくれましたが、私は北山さんには伝えず政府について調べ続けました。』
(…ひょっとして、渡辺?。)
長井はページをめくって誰が書いたのかを探し、最後のページで筆者の名前を見つけた。
『渡辺 健治』
(やっぱり、渡辺だ!)
続きを読み始めた。
『…で働きだしてから数日間、組織の資料に乗っていた重要人物の監視を行っていました。そして、周囲への聞き込みの結果、数週間前に定年退職し、政府から去っていることが判明しました。そこで、危険とは分かっていましたが元政府の人間と直接会うことに決めました。会う場所はその元政府の人間が、尾行を避けるためと、島崎山と指定してきました。』
(俺と同じ会社…やっぱり渡辺だ。ん…。島崎山って、俺の住んでたアパートの近くだな。)
『島崎山の山頂から南に2キロ進んだ場所に、見慣れない建物があり、その入り口らしき場所に元政府の人間が立っていて、中に案内されました。建物の中にあるイスやテーブル、コンピュータらしきものも全ての物が真っ白でした。部屋の気温は凍えるほど寒く、息が白くなるほどでした。元政府の人間は「これは最初にこの星にやってきたUFOだ。」と言いました。』
(何言ってんだ?)
『「UFOから出てきたものが流星兵器をこの国にもたらし、この国をほぼ乗っ取ってしまった…。」…もちろんこんなことを言う男を始めから信用したわけではありませんでした。私がぼーっとしていると、その元政府の人間は山のふもとにある建物に一人で行き、地下の施設を見て来るように言い、宇宙人が使っている武器だと、プラスチックのような軽さの銃と、針の付いた弾丸を渡してきました。』
(宇宙人の武器ねえ…もっと…なんか、こう、レーザー光線とかないのか?)
『教えられた建物にはトラックの搬入口があり、そのそばに隠れて侵入する隙を待ちました。トラックが来て降りた人を銃で打つと、手に命中してあっさりと倒れました。そばによって見てみると、どうやら亡くなっているようでした。』
(そういえば、耳栓で刺してしまった刑事はどうなったのかな、死んでないよな、大丈夫だよな…。)
しばらくするとまたノートを読み始めた。
『倒れたトラックの運転手の服に着替えて、ポケットに入っていたカードキーで中に入りました。建物の中は大きな研究所という感じで白衣を着た人たちが大勢働いていましたが、運転手の服のおかげで誰も私に気がつくことはなく、簡単に地下への階段を見つけて降りることができました。階段を下りた先には頑丈そうなドアがあり、運転手の持っていたカードキーでは開けられなかったため、誰か人が来るのを待って運転手と同じように銃で撃ってキーを奪おうと考えて階段の影に隠れました。』
(結構攻撃的だな、渡辺…。俺だったら逃げ帰るな…。)
『足音が聞こえたので銃を構え、視界に入った瞬間撃つとあっさり命中して倒れました。かなり大柄な男で、白衣ではなく皮のジャンパーを着ていました。そのポケットから別なカードキーを見つけ、ドアを開けました。地下室は普通の学校の体育館くらいの広さで、緑色の汚い液体の入った大きなカプセルが整然と並んでいました。近づいて見てみると、中にはどれも、成人した男性の体つきをしているのですが性器の無い人間が入っていました。それぞれのカプセルのそばには心電図のようなものや、メーターやグラフ類が付いていて、管があちこちから伸びてカプセルにつながっていて、気持ちの悪い装置でした。詳しく見ようと近寄ったとき、背中に衝撃が走って吹っ飛び、カプセルに顔面をぶつけ、振り向いてみるとさっき階段のところで銃を撃って倒した男が立っていました。こちらが銃を構えると今度は腕に衝撃が走って銃を落とし、拾うために屈むとあごを蹴飛ばされて仰向けに倒れ、なんとか起き上がって走りました。降りてきた階段を駆け上がり、研究施設を白衣の人を跳ね飛ばして走りぬけ、運転手を倒したトラックの下に隠れて追っ手をやり過ごしました。そのとき、腕から血が流れているのに気がつきましたが、腕を押さえて人の気配がしなくなるまで待っていました。数分後、侵入した報告を受けたのか、軍服を着た人が集まってきてあの大柄の男と何か話をしてから方々に散っていきました。人が周りにいなくなってからトラックの下を出て山に戻ることにしました。途中腕の傷の様子を見てみると全く血が止まっていませんでしたが、出血が少ないため、思ったよりも時間が経っていなかったのだと、そのときは深く考えませんでした。暗くなってから白い建物にたどり着いて中に入り、元政府の男に起きたことを話しました。彼が言うには、カプセルの中に入っているのは宇宙人たちで、繁殖する能力がないため兵器を渡す変わりに自分たちを複製させている、私が潜入した施設は迅速な複製方法を研究するための施設だということでした。』
(…口で言っても信じてくれないと思ったから潜入させたんだろうな…。宇宙人よりも、新兵器の開発を行っているって言ってるんだったら信用できるのになあ…。)
『腕の傷の話をすると、彼は私の腕に布を巻きつけながら言いました。「毒が入ってしまっている。傷が浅いから治るかもしれないが…場合によってはこのまま傷がふさがらずに血が出続けるかもしれない…。すまない、何も言わずにあの施設に行かせるべきではなかった…。」それから、組織に戻ることや家に戻るのは危険だから今日はどこかホテルに泊まったほうが良いことなどを言われ、後日また会う場所を決めてから別れました。私は言われたとおり、離れた町のホテルに行き、腕には近くの薬局で買った包帯を巻いて眠りました。気分が悪くなって目が覚めるとベッドには小さな血だまりができ、包帯は真っ赤に染まっていて血は全く固まっていませんでした。』
(…気色悪いな…大丈夫か渡辺…。)
『数日後、会うと決めた場所に行っても彼はいませんでした。これが私が見たことの全てです。組織を出た身で、みなさんに頼ることは恥ずかしいと思っていますが、私が見たことの真偽を確かめていただけることを願っています。腕の傷は治らないどころか徐々に傷口が広がっていて、この先どのくらい生きていけるのか分かりませんが、また報告することができたら行いたいと考えています。』
(…続きがあるのか?…本棚を探してみるか。)
本棚を探したがそれらしきものは見当たらなかった。マンションの部屋じゅうを探したが見当たらなかった。
(…やっぱり報告できなかったのか…多分もう渡辺は亡くなってるんだろうな…。…組織のみんなはこの本を読んでどうしたんだろう…?…鳥崎山だったな、行ってみるか。)
長井は恐る恐るマンションを出てもともと住んでいた町に向かい、昼過ぎには山のふもとに着いた。
(山頂から南に2キロだったな…。)
この山はそれほど高くなく、道路も付いているので1時間ほどあれば登ることができる。
(若ければ楽なんだけどなあ。)
3時間かけて山頂に到着した。
(ふう、山頂から南に2キロか…。入り口を始点にしてくれよ…。)
南に2キロには道が付いておらず、深い藪の中を掻き分けて進むのに2時間かかった。2時間かけてたどり着いたのはふもとの町だった。
「はあ、はあ…。」
(疲れただけだよ…。ないじゃないかUFOなんて…もとからなかったのか、秘密がばれたら困るから撤去されたのか分からないけど…。あとは、山のふもとにある宇宙人製造所か…。)
長井は山の周りを一周してみた。
(…何もないじゃないか…。渡辺の話が本当だとしても確かめようがない…。だから組織の人も誰も注目してなかったんだな…。どこかに移転してるとしても探しようがないし…。しょうがない…帰るか…。)
長井はもう一度周囲を見渡した。水田が広がっていて、人通りも少なく、都会の喧騒とも無縁なのどかな場所だった。遠くには農家の古びた大きな家、収穫したものを入れるらしい飾り気の無い倉庫、トラクターを入れるような大きな車庫などなどが見えた。
(見たことあるな、この農家の建物…。ああ、ミステリーサークルがあった農家か…。『ミステリーサークルというのはUFOの着陸した後とも言われており…』ってテレビで言ってたな…。渡辺の書いたノートを読んだ後だからか、本当かもしれないって思うよな…。)
広い水田を歩き回ってみた。
(お、あったあった。)
稲穂が折れて、渦巻きや直線やさまざまな模様を形作っていた。
(これだけ稲穂が折れたら、この農家の収穫は相当減ったろうな。)
ビュウウウウ…
(強い風だな…。白髪が飛んでったらどうするんだよ。)
上空から頭を押し付けるように風が吹いてくる。
(………はあ?)
上空を見上げると、鉄くずと壊れた電化製品の塊のような巨大なものがゆっくりと降下してきた。
(隠れないと!)
倉庫の影に隠れてその塊を見た。横から見てもスクラップの塊だった。




