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来客

 7月21日、季節は夏だ。しかしずっとクーラーの利いた部屋にこもっている長井には、暑さも、夏の開放感も関係なく、ただぼんやりと討論番組を流しているテレビを眺めているだけだった。

(外交問題か。)

 テレビの中では論戦が続いていた。

『…この国が軍隊を持ったのは、自国を守るためだったはず!持てど使わずとさえ言っていたじゃありませんか!もう一度わが国の原点に戻って…』

(…この国が軍隊を持ったのは何十年前だったかな。)

『もう何年外交努力で紛争解決を目指したと思ってますか?結局革命軍側も、政府側も我々の言うことなんか聞かないじゃありませんか!その間にも住民は飢えて死んでいっているんですよ!もうここに至っては軍事介入も仕方の無いことですよ!』

(最近多いよな、紛争に首突っ込むの。軍隊に入らなくて良かったな…。あ、もう昼か。腹は減ってないけど、何か食べるかな。)

 長井はうどんの袋を破いて、付属のたれと一緒に一口分だけ鍋で温めた。テレビでは『原点に戻って』の人が以前の軍事介入で使った「流星兵器」が住民を巻き込んだことについて語っていた。

(「流星兵器」か、衛星からビームを打つんだったっけ?そりゃ軍事基地だけ破壊できるはずないよな。政府や軍は目標だけを破壊できるって言ってるけど。)

 『軍事介入も仕方無い』人は、「流星兵器」の実験結果を説明し、住民を巻き込んだと報じたのは報道機関のでっち上げだと反論していた。


 佐間は、北山の家の跡を眺めていた。焼け跡は大体片付けられ、ところどころ石ころくらいの大きさの黒い塊が見えるだけになっていた。

(北山と接点がありそうなのは、長井という男だけ…交友関係が極端に少なくて助かった。昨日話した感じじゃ長井は関係なさそうだ。始末する必要はないだろうに…。始末した後が面倒なんだぞ。上のやつらは神経質過ぎで、人使いが荒すぎる。)

 頭の中で愚痴を言ってから、佐間は大きく息を吸い込んでから吐き出し、気合を入れ直した。

(さて、愚痴はこの辺にして行くか。)


 ピンポローン

 長井の家のチャイムが鳴った。バラエティ番組の再放送を眺めていた長井は面倒くさそうに立ち上がり、ドアを開ける、そこには佐間が立っていた。

(本格的に疑われてたりして…。)

「こんにちは。すいませんが、昨日聞き忘れていたことがありまして、少々込み入ったお話なので、上がってもよろしいでしょうか?」

 佐間は笑顔で話しかけてきた。

(散らかってるからいやだけど、追い返すと面倒なことになるかも知れないしな…。)

「ええ、いいですよ、散らかってますが。」

 佐間を居間のテーブルに案内し、長井はお茶でも入れようかと台所に向かった。

「いえいえ、いいですよ。すぐに退散しますから。」

(ああ、そうですか、とは言えないよな…。)

 やかんを火にかけ、お茶の葉を取ろうとしたとき、長井は急に不安になった。 

(込み入ったお話ってなんだろう。北山さんと会っていたことが分かったのか?放火して取り逃がしたから、橋に呼び出して殺した?ああ、疑われるくらいなら、最初から全部話してれば良かったのに…。)

 悪いほうに悪いほうに長井の頭は向かっていった。

(…よし…。とにかくあったことは全部話そう…。)

「佐間さん。私は…?」

 そう言って振り向いたとき、長井は固まって動けなくなった。居間にいると思っていた佐間がいきなり目の前に現れ、手には黒い手袋をはめて立っていた。

「佐間さん?」

 あっけにとられている間に、長井の首を佐間の両手が絞める。

ドン!

 長井は佐間の腹を蹴飛ばしたが、筋肉が硬いのか、何か着込んでいるのか、全く効き目は無かった。

「ぐええ!」

 佐間が手に力を込める。長井は佐間の腕をつかんで引き剥がそうとするが、全く腕は動かなかった。

ガキッ!

 長井は佐間の顔面に頭をぶつかたが、佐間は半歩後ろに下がっただけだった。仕返しに佐間は足を長井の腹に命中させた。

「え…え、え。」

 残り少ない酸素が長井から抜け出ていった。

ピー…

(お湯!)

 長井はとっさに佐間の腕をつかんでいた手を放し、やかんに手を伸ばそうとした。しかし、それを察した佐間はぐいっと首を締めたまま腕を振って体をひねり、長井を床に叩きつけて上にまたがって首を絞め続けた。

(!)

 長井の手にこの間の針のついた耳栓が触れた。指でそれを掴み、佐間の腕に針を突き刺した。あっけなく佐間の腕の力は緩み、ガクッと佐間は倒れこんできた。長井は佐間をよけて、ふらふらと立ち上がり、しばらくの間忙しく息を吸い込んだり咳き込んだりを繰り返した。

「はあ、はあ…。」

 長井は恐る恐る佐間の体に触れた。

(し、死んでないよな?)

 しかし、佐間には脈がなかった。

(う、嘘だろう?け、警察に行くべきか?いや、佐間は警察の人間だぞ?佐間から襲ってきたって言ったって信じてもらえるのか?…もらえるはずない…。どうして、もう定年なのに、あとはテレビでも見つづけて生きていくはずなのに!)

 長井はありったけの金とカード、印鑑など、そして佐間に刺さっていた耳栓を取ってアパートを飛び出した。車を持っていないため佐間の遺体をどこかに運ぶことはできず、アパートなので隠すことも難しく、かといって事故などで遺体をうまく説明することも思いつかなかった。とりあえず駅に向かいながら、これからどうしようかと考えた。

(どこに行く?行くところなんてない…。)

 長井の両親はすでに亡くなっており、一人っ子の長井に兄弟はおらず、親戚とも疎遠で、友人もいなかった。何も考えつかないまま駅に着き、一番遠い駅までの切符を買って電車に乗った。


 長井が電車に揺られている間、市川 洋介は長井のアパート着いていた。ここに来た理由は佐間の持っている発信機が、5時間の間ここに止まっていたためだった。市川は鍵を壊すと、慎重に部屋の中に入った。そこには佐間が倒れており、もう事切れていた。

(まったく。定年のおっさん相手にしくじったのか…。)

 市川は遺体を観察して死因を調べた。

(…。目立った外傷はないな。しょうがない。野郎の服なんて脱がしたくないが。)

 遺体の服を脱がし、詳しく体を観察した。すると、右腕に針で刺された跡があった。

(おやおや…。)

 市川は携帯電話を取り出した。

「…私だ。佐間は死んでいた。長井 勉を殺人容疑で指名手配し、身柄を確保次第我々に渡せ。…いや、遺体の方は我々が引き取る。」

(さて、人探しだ。)

 市川は電話を切り、アパートを後にした。


 市川が長井のアパートにいたころ、林 美央は車に乗っていた。そこに、先日長井に北山の手紙を渡した大山 新が乗り込んできた。

「…北山さんは?」

 林は不安そう言った。

「いや…。彼はもう亡くなっているだろう…。遺体はやつらが回収したんだ。これだけ長い間なんの情報も見つからないんだぞ。それしかない…。」

 大山は落胆して言った。

「……。知人に会うって言ってたよね…。誰だったんだろ…。」

「さあな…。」

ザザー…。

『私だ。佐間…いた。長井…を殺……で指名…し、身柄…次第我々……。…や、遺…方……引き…る。』

「…まだ傍受できてたのか?」

「大変なんだよ?電波拾ったり、暗号解くのって。」

 林は威張って見せた。

「そうだったな。…『長井』か…。こいつらが探すくらいだ。何か関係あるんだろう。」

「そっけないなーいっつも。」

「ふふ、悪かったよ。…車を出してくれ。」

「りょーかい。」

 車が出て行った。

 

 長井の乗った電車は終点に着いた。駅から出ると、小さな食品店が一つあり、あとはまばらに古い住宅地が点在し、遠くには木の生い茂った山が見えた。

(…仕事してて、たまの休みで来たんだったらいいところなんだろうけどな…。そうか、田舎に居るよりも都会に紛れたほうがましなのか?宿もなさそうだし…。)

 長井はたいした考えもなく、山に向かって歩き出した。山に向かうにつれて日は暮れ始めた。

(ふうー。やっぱり戻って大きな街に出れば良かったか?でももう指名手配でもされてるかもしないし…。)

 落ち込んできた長井の目に寂れた小屋が入ってきた。

(人が住んでるのかな。住んでないなら一晩くらい泊まれないかな。)

ギギギ…。

 恐る恐る小屋の扉を開けると、中には誰もおらず、思いのほかきれいだった。

(ここに泊まるか…。誰か帰って来たりしなければいいな。)

 小屋の床に寝転がって天井を見つめた。

(この歳になって、なにをやってるんだ?…まあ、今までも一般とは違う生活をしていたんだが…。)

 ほとんど眠れないまま朝を迎えた。

(体中が痛い…。年取ったな。)

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