エピローグ
数カ月後──。
「【RED】さん!」
基地の中を黒い戦闘服を着て闊歩する男をみつけて、その名を呼んだ。彼は現実世界でも髪を真っ赤に染めたので、見つけるのは難しくなかった。
「おいおい、森くん。やり直しだ」
【RED】がおどけて言うので、思わず笑いが漏れた。
「失礼いたしました、赤畠小隊長!」
「よろしい」
それを見ていた【リボンナイト】が、クスクスと笑い出した。現実世界の彼女も、スラリとした長身のカッコよくてカワイイ女性だ。
「やだぁ。軍隊じゃないんだから、やめようよ!」
「紅瀬くん、けじめは大事だぞ?」
【RED】が言うので、【リボンナイト】はまた笑った。
「そんなのなくても、私たちのリーダーは【RED】さんだけでしょ」
その言葉に、【RED】の頬がちょっと赤くなる。
「まあ、そうだな。俺のことは好きに呼べ」
「はい」
クスクスと笑いながら返事をすると、大きな掌で頭を撫でられた。俺たちは、【RED】さんにこうされるのが大好きだ。
そうこうしていると、向こうから彼女がやって来た。
「やっと見つけた! もう! なんで作戦室にいないのよ!」
ぷりぷりと肩を怒らせながら駆けてくる【エウリュディケ】の様子に、【RED】が破顔する。
「揃ったな!」
「揃ったなじゃないですよ! ミーティングは作戦室でって連絡したでしょう!」
「いや、あそこ狭いから」
「そういう問題じゃありません。今日から隊長なんですから、しっかりしてください」
【エウリュディケ】に叱られて、【RED】は少し嬉しそうだ。
「……なんで、笑ってるんですか」
「久しぶりだからな、このメンツが揃うのは」
俺たち4人は、それぞれ【オルフェウス】の関連施設で訓練を受けてきた。そして、次の大規模作戦に向けた再編成で、再びチームとして集まることになったのだ。といっても、チームの規模は以前よりももっと大きくなる。
隊長は【RED】、それを支える参謀が【エウリュディケ】。俺と【リボンナイト】は、それぞれ分隊を率いることになっている。合計40名からなる、小隊だ。
「あ、そうだ。ミーティングの前に」
【エウリュディケ】が、俺に一通の封筒を差し出した。
「宇佐川さんからよ」
「ありがとう」
受け取った封筒は、その場で開かずにポケットにしまった。【オルフェウス】の関連施設の医療部署で働く彼女とは、まめまめしく文通しているのだ。個人的なやりとりなので、ここで見られるのは気恥ずかしい。
「……ラブレター?」
尋ねたのは【リボンナイト】だ。
「違いますよ!」
俺は即座に否定する。なぜなら、ここに【エウリュディケ】がいるから。
「ふーん」
その様子に、【リボンナイト】はにんまりと笑った。その隣で、【RED】も同じような表情をしている。
「もう! ふざけてないで、さっさと作戦室に行きますよ。俺も【RED】さんを探しにきたんですから」
「しょうがないな」
「行きましょう」
【エウリュディケ】の先導で作戦室に移動する。この基地は山間の軍施設で、【オルフェウス】が襲撃して手に入れた最重要拠点だ。草と土の匂いが風に乗って通り過ぎていく。
「で、状況は?」
「作戦準備は、ほぼ終わっています。あとは、全ての部隊が到着するのを待つだけです」
「いよいよってことか」
「はい」
「……あそこに、いるんだな」
ふと立ち止まった【RED】が見たのは、遠くの山の向こうだ。そこに、凍結された【筐体】が集められている軍の施設がある。
「解除コードを手に入れてから数ヶ月。ようやく、彼らを助ける時が来た」
【RED】の呟きに、俺も【リボンナイト】も【エウリュディケ】も頷いた。
「行くぞ」
「はい!」
今度は【RED】が先頭に立って歩き始めた。俺たちがその大きな背中を追う。
「森くん」
呼ばれて隣を見ると、【エウリュディケ】──トモミが、俺の方を見ていた。
「この作戦が終わったら、伝えたいことがあるんだけど」
「……俺も」
少しだけ見つめ合ってから、俺達は自然と目を逸した。
(今じゃない)
心の中で、そう言い聞かせる。
「……この作戦、絶対に成功させよう」
「うん」
「俺たちの手で【VWO】をぶっ壊すんだ」
「そして、私たちの手で世界を救う」
「ああ」
ぎゅっと両手を握りしめて、そして開いた。その動作を繰り返す度に、俺は自分の手で殺した人の顔を思い出す。
辛くないと言えば嘘になる。思い出す度に、心臓を引き裂かれるような痛みが俺を襲う。
それでも。
「俺は、戦士だ」
痛みも後悔も悲しみも、何もかも持ったままで前に進む。それが、人間のままで戦士になった、俺の──俺たちの戦い方だ。
完
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