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オルフェウスの戦士と死の筺の秘密〜VRMMOトップランカーの俺はオトナたちの戦争に巻き込まれたので世界を救う戦士になります〜  作者: 鈴木 桜
第4章 帰りたい場所

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第24話 オルフェウスの戦士


 俺たちが転送されたのは、コンクリートで囲まれた狭い通路の中だった。


「ここは?」


 【RED(レッド)】が尋ねながらマップを開いた。彼は再び大賢者にジョブチェンジしている。


『秘匿サーバーの中です』

「直接入ったのか?」

『はい。時間との勝負ですから』

「俺たちの身体の位置が、すぐにバレるんじゃないのか?」


 秘匿サーバーの中に直接回線をつなげて侵入したということは、逆探知を容易にするということだ。


『そこは、仲間を信じるしかありません』


 俺たちの身体は動き回る装甲車の中だ。たしかに、それを守る仲間を信じるしかない。


「よし。【エウリュディケ】の身体の方は?」

『現在地の特定を完了。間もなく、救出作戦開始です。合流までの見込み時間は、約15分』

「15分だな。こっちも、15分以内に合流する」

『はい。行きましょう』

「おう」


 吉澤のナビに従って走り出すと、すぐに兵士と遭遇した。狭い通路の向こうに、迷彩服の人影が見える。


「プログラムじゃない! PCだ!」


 前方を警戒していた【RED(レッド)】の言葉に、鳩尾にこみ上げるものがあった。だが、それは一瞬のこと。


「【蘭丸】、行け!」


 【RED(レッド)】の指示で、飛び出した。前衛の俺が行かなければ、何も始まらない。


 ──タタタタタタ!


 小銃の弾丸が俺に襲いかかる。


(〈見切り〉!)


 刀でいなして、足は止めない。俺の隣を、【リボンナイト】の矢が通り過ぎていった。


「くそぉ!」


 前方の兵士に矢が当たって、叫び声が上がった。

 男性だ。若いように見えるが、プレイヤーは65歳以上の高齢者かもしれない。【VWO】で女性のPCは見たことがないから、一律で若い男性のPCが使われているのだろう。目の前の男性は、本当は女性かもしれないということだ。


(その方が、戦争しやすいからだな)


 高齢の、ましてや女性に向かって銃を撃つなんて。後ろめたさで頭がおかしくなってしまうから。


(やっぱり、最低最悪の悪趣味な場所だ)


 その時、視界の端に黒いものがチラついた。目深に被っている、俺のフードだ。


(……これも同じか)


 できるだけ見えないように。できるだけ見せないように。無意識だったが、そのために被っていたのだと、今になって気付く。


(俺は、馬鹿野郎だ)


 フードを外した。

 一気に視界が開ける。見えなかったものが見える。


(違うな。見ようとしなかったものが、ちゃんと見えるんだ)


 だからこそ言える。


(……俺たちが、ぶっ壊す)


 こんな馬鹿げた戦争は、俺たちの手で壊す。


(必ず助けます。だから、待っていてください!)


 心の中で叫ぶ。同時に、刀を抜いた。


 ──ザシュ!


 斬った。大上段に構えた刀で袈裟斬りに。


 ──シュン!


 彼の顔が苦痛に歪んだ次の瞬間には、音を立ててその姿が消えた。


(痛い……)


 胸が痛い。苦痛に歪んだ顔が、脳裏にちらつく。


(でも、それが当たり前だ)


 当たり前のこの痛みを、俺は忘れない。絶対に。


「次、来るぞ!」


 【RED】の声にはっとして、刀を構えた。前方から、さらに兵士が迫ってくる。


「〈流星の矢(メテオ・アロウ)〉!」


 【リボンナイト】の声とともに、俺の身体の脇を無数の矢が走り抜けていった。俺は矢に先導されるようにさらに加速する。

 前方で、矢が命中したPCが消えた。


「私もいるってこと、忘れないでよ!」


 【リボンナイト】の叫びに、心の中で頷いた。


(そうだ。俺はひとりじゃない)


「〈熱光線(ヒート・レーザー)〉!」


 俺が敵の集団に突っ込んだと同時に、【RED(レッド)】の援護が追討ちをかける。俺に狙いを定めていた銃口が破裂し、そのPCの首を俺の刀が捉えた。


「進めぇ!!」


(一緒に戦ってくれる仲間がいる)


 痛みを分かち合う人がいるのだ。


(待ってろ、【エウリュディケ】。……お前の痛みを、俺にも教えてくれ!)



 * * *



 回線が途切れてしまった。帰り道がなければ、解除コードがあったところでログアウトすることはできない。


「……帰りたかったな」


 5歳の頃から普通とはかけ離れた生活だった。普通を生きる森亮平や宇佐川美沙のことが羨ましくなかったと言えば嘘になる。それでも、あそこが、私の生きている場所だった。


「お父さん」


 会いたい。もう一度話をしたい。

 この道を選んだことを後悔なんかしていないと、伝えたかった。仲間と一緒に戦えたことが嬉しかったと、ちゃんと伝えたかった。


 私の周囲を包み込んでいる球体のグラフィックが、徐々に砕かれていく。最後の最後に仲間が構築してくれたセーフポイントが、破られようとしているのだ。


「【蘭丸】くん……」


 弱いと言ってしまった。たぶん、それは間違いだ。彼は弱くなんかない。私達がなくしたものを持っているだけのことだった。


(謝りたかったな)


 弱いと言ってしまったことを。ただ、彼のことが心配だったのだと、伝えたい。


 ──バキィ!


 最後の防護壁が破られた。その向こうで、ギラリと光る銃口が私を狙う。



「諦めるな!」



 その叫び声に、はっとした。

 ホルスターからハンドガンを引き抜いて、狙いを定める。


 ──ドン! ドン! ドン!


 無意識の内に撃った弾は、果たしてその銃口を捉えた。銃口を塞がれた銃が火を吹いて暴発する。


 ──ザシュ!


 同時に、兵士が斬られた。


 ──シュン!


 兵士のPCが音を立てて消える。

 その向こうに、彼がいた。


「【蘭丸】くん!」

「伏せろ!」


 今度は【RED(レッド)】の声。


「〈火山噴火ボルケーノ・イラプション〉!」


 炎と火砕流が、私ごと他の兵士に襲いかかる。同時に、誰かが私を抱えあげて地面を蹴った。


「生きてる?」


 【リボンナイト】だ。大きく跳躍した彼女と一緒に着地すると、【RED(レッド)】の大きな掌で頭を撫でられた。撫でられると言うよりも、かき混ぜられると言ったほうがしっくりくるほどに荒々しく。


「どうして?」


 なぜ、危険を冒してまで助けにきたのか。彼らが来たということは、現実でも私の身体をピックアップするための作戦が展開されているに違いない。


「仲間だろう?」


 じわりと、涙が滲んだ。


「でも。私が、巻き込んだのに……!」


 今度は、肩を小突かれた。大きな拳で、優しく。


「そんなものは、きっかけに過ぎない」

「私は、【蘭丸】くんも【Rabbit(ラビット)】も騙してた……!」

「それは、帰ってからで本人に謝れ」


 【RED(レッド)】の言葉に、じわりと胸が熱くなる。


「俺達は仲間だ」


 言い切った【RED(レッド)】に、今度こそ涙が溢れた。

 俯いたまま涙を流す私に、【蘭丸】くんが手を差し出す。その掌の上には『端末』。これを届けるために、ここまで来てくれたのだ。


「帰ろう」


 その一言に、私はようやく顔を上げた。


「一緒に帰ろう!」


(……同じだ)


 初めて彼と会った日、普通の学校の普通の教室で『よろしく』と笑った彼の笑顔と。


「うん」


 帰りたい。たとえそこが普通じゃなくても。そこが私の生きる場所で、帰る場所だ。

 彼の手を握ると、すぐに握り返してくれた。


 力強く。そして、優しく。





 ──ガガガガガガ!


 目覚めは機関銃の音とともにやってきた。


「トモミ!」


 目の前には、高野の厳しい顔があって。


「最悪」


 思わず、笑ってしまった。


「おい!」

「森くんに起こしてもらいたかった」

「贅沢言うな!」


 起き上がると、他の仲間が防弾チョッキを着せてくれた。また別の仲間が特殊生体機能保護液で濡れた身体を拭ってくれる。


「状況は?」

「退路は確保してある。走れるか?」

「いける」

『こっちは三人とも戻りました。そちらはどうですか?』


 渡された通信機を耳に差し込めば、すぐさま吉澤の声が飛んできた。


「戻ったわ。……ありがとう」


 私が言うと、高野に小突かれた。


「礼なら、お前の王子様に言ってやりな」

「王子様?」

「なんだよ。王子様に起こしてもらいたかったんじゃないのか?」


 小銃のストラップを肩にかけながら、ふざけたことを言う高野を睨み上げた。


「馬鹿言わないで。彼は王子様なんかじゃないわよ」

「ほう?」


 私の準備が整ったのを見て、高野がすぐさま駆け出した。その背を、追いかける。


『間もなく、そちらに迎えが到着します』

「迎え?」

『王子様です』

「やめてってば」


 吉澤までふざけた事を言うので、思わず声を荒げてしまった。


『それじゃあ、なんですか?』

「何って……」


 無駄口は、そこまでだった。遮蔽物から飛び出して、外へ出たのだ。敵の銃弾と仲間の援護射撃が飛び交う中、山の斜面を必死で下る。


「来た!」


 高野が指差したほうを見た。目の前の、急斜面の下だ。

 装甲車が走ってきて、停車するよりも早くその後部ハッチが開く。そこから、三人の人影がひらりと飛び出した。大きな身体の男性と華奢な女性は、【RED(レッド)】と【リボンナイト】だろう。ゲームの中と変わらぬ熟練の動きに舌を巻く。


 その後ろに、彼の姿があった。


 両手で小銃を構えていて、腰には刀を下げている。もはや普通の高校生ではない。ヴァーチャルの中でも現実世界でも、強い人だ。


「【エウリュディケ】!」


 私を見つけて、彼の顔に笑顔が広がった。思わず、私の頬に熱が集まる。


「森くん!」


 名前を呼ぶと、森くんはすぐさま斜面の下まで駆けてきた。小銃から手を離して、両腕を広げる。


「トモミ!」


 今度こそ名前を呼ばれて、私の目尻に温かいものが滲むのがわかった。私は、帰ってきたのだ。


「飛べ!」


 私は一瞬の迷いもなく、斜面の上から跳躍した。

 少しの浮遊感の後、がっしりと受け止められる。彼は腕の中の私の肩を抱く手に、ぎゅっと力を込めた。


「無事でよかった」

「うん」


 彼が私を下ろして、右手で改めて小銃を構える。左手は、私の手を握ったままだった。


「行こう!」


 優しい手、頼もしい背中、そして確かな意思を持った力強い声。

 こんな人が、王子様なんていう物語の中の陳腐な登場人物のはずがない。


 彼は、戦士だ。








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