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オルフェウスの戦士と死の筺の秘密〜VRMMOトップランカーの俺はオトナたちの戦争に巻き込まれたので世界を救う戦士になります〜  作者: 鈴木 桜
第4章 帰りたい場所

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第23話 約束


 【筐体(きょうたい)】が置かれている部屋に入った俺を迎えたのは、慌ただしく動き回るエンジニアたちと吉澤だった。


「どうなってるんですか? 解除コードは手に入れたんですよね?」


 つまり、作戦は終了したはずだ。それなのにこの慌ただしさと緊張感は、どういうことだろうか。


「【エウリュディケ】が、戻っていません」


 吉澤が言った。喉から絞り出すような声だった。


「どういうことですか?」

「敵の逆探知を受けて、私たちはあなた方との回線を一度切って、別のルートでつなぎ直しました」

「踏み台をいくつも経由しているから、逆探知は大丈夫だって言ってましたよね?」

「はい。ここが見つかることはあり得ません。しかし、その踏み台の一つが【エウリュディケ】の……トモミの身体がある場所なんです」


 それとは反比例するように俺の心臓が早鐘を打つ。


「つまり、どういうことですか?」

「彼女の身体と、それを守るメンバーの現在地が特定されました。軍の部隊に強襲されています。【エウリュディケ】の回線も再び切れた状態なので解除コードを使えませんから、ログアウトできずにいます」

「そんな!」


 思わず声を上げた。つまり、彼女は精神だけが【VWO】に残ったままで身体まで物理的に襲われているということだ。


「でも、どうして現実に戻っていないんですか? 解除コードを手に入れれば、それで終わりなんですよね?」

「【エウリュディケ】は【VWO】に残って、最後の仕事を果たしました」

「最後の仕事?」

「アクセスログの削除。ここから接続したログを、全て削除したんです。これで、ここが軍に特定されることは万に一つもなくなりました」

「つまり、彼女はここにいる全員を守るために、犠牲になったってことですか?」

「……はい」


(じゃあ、さっきまで話してた深本さんは?)


 それを知らなかったはずがない。それなのに、俺に伝えなかった。


(彼女のためじゃなく、俺自身のために決断させてくれたんだ)


 俺を戦士として懐柔するためならば、彼女を助けて欲しいと懇願すればよかった。そうすれば、俺はもっと単純に決断に至ることができただろう。


(だけど、それじゃダメなんだ)


 彼は、俺が本物の戦士になることを望んでくれた。


(俺も、そうありたい)


 ならば、すべきことは一つだ。


「……彼女を、助ける方法はありますか?」


 俺の問いに、慌ただしく動いていたエンジニアたちの動きが止まった。

 あるのだ。方法が。


「方法があるなら、さっさと教えてよね」


 聞き慣れた声だった。

 扉のすぐそばに、一組の男女が立っていた。初めて見る顔だが、誰なのかなんて確認するまでもない。

「【リボンナイト】さん! 【RED(レッド)】さん!」


 【RED(レッド)】の手が、俺の肩に触れる。ヴァーチャルでも現実でも変わらない。力強くて温かい手だ。


「俺たちの仲間を迎えに行く。方法を教えてくれ」


 断言した【RED(レッド)】に、吉澤が頷いた。


「お願いします……!」



 * * *



『作戦開始まで、3分!』


 俺たち三人は、本部を離れて走り回る装甲車の中にいる。ここから【VWO】に侵入することで、接続元の位置を撹乱するのだ。


『トモミと仲間たちは、拠点にしている山奥の廃校にいます。地下に建造したシェルターにいますので、今のところは無事です。しかし、周囲を囲まれて攻撃を受けていますから、制圧されるのも時間の問題です。そこへ、高野さんの部隊が突入して退路を確保します』


 俺たちの【VWO】への侵入と現実世界での救出作戦は、同時進行で展開されることになる。


『既に何度もハッキングしていますので、侵入経路の構築は容易です。使用するハードウェアは【筐体(きょうたい)】でなくとも問題ありません』

「やっぱこれだよな」

「だね。途中でトイレ行くのもお腹が空くのも、それはそれで必要だったって思うわ」


 【RED(レッド)】と【リボンナイト】がヘッドギアを手にしみじみと話している。俺も頷いた。


(まったく同感だ)


『【エウリュディケ】に端子を届けてください。高野さんも同様に接続コードをトモミの元に届けます。そうすれば、彼女をログアウトさせることができます』


 俺たちの仕事は、【VWO】から現実への帰り道を繋ぐことだ。


『よろしくおねがいします』

「了解」


 【RED(レッド)】が力強く頷いた。


「さて。最高難度のクエストだ。行けるか?」

「もちろん」

「はい」


 【リボンナイト】と俺が返事をして、【RED(レッド)】も頷いた。


「【蘭丸】。悪かったな」

「いいえ。でも、もう大丈夫です」

「そうみたいだ。面構えが違う」

「そうですか?」

「男子三日会わざれば刮目せよ、だな」

「三日も経ってないよ。せいぜい三時間」


 またしても【リボンナイト】が笑う。


「【Rabbit(ラビット)】は……」

「一度凍結されちゃったからね。そのまま医療施設に運ばれたよ。目をさますのは、まだ時間がかかるって」


 【リボンナイト】が教えてくれた。そのタイミングで、再び吉澤と通信が繋がった。


『【蘭丸】さん、【Rabbit(ラビット)】さんが目を覚ましました』

「え!」

『【蘭丸】さんと話したいと言っていますが、どうしますか?』

「繋いでください」

『はい』


 ジジジっという電子音に続いて、ザーザーという雑音が聞こえてきた。彼女との通信はあまり安定していないらしい。それでも繋いでくれた吉澤には感謝しかない。


「宇佐川?」

『森くん、私、わたし……』


 通信の向こうで、宇佐川は泣いていた。


「うん。大丈夫だ。……宇佐川の気持ちは、ちゃんと分かってる」

『ち、違うの……!』


 宇佐川が震える声で叫んだ。


『私、怖くて……』

「うん」

『たくさんの人が、どんどん消えていって、……ひっく、わ、わたしも、消えちゃうんじゃないかって』


 怖くて当たり前だ。それが普通だ。


『私だけ、逃げ出した……!』


 宇佐川の嗚咽を聞きながら、俺は深本の言葉を思い出していた。


『君は自分の決断による結果を、自分自身で受け入れようとしている。そんな君を慰めるのは、いささか失礼というものだ』


 彼女も今、自分自身で受け止めようとしているのだ。そんな彼女に俺が言えることは、ただ一つ。


「宇佐川」

『……ん』

「俺は、行くよ」


 俺自身の、決意だけだ。


「俺は戦う」


 ややあって、通信の向こうで鼻をすする音が聞こえた。


『森くん。……【エウリュディケ】を助けて』

「ああ」

『必ずよ』

「約束する」

『いってらっしゃい。私は、ここで待ってるから』

「ああ」


 通信が切れた。


『作戦開始まで、1分!』

「よし。行こう」


 ヘッドギアを装着する。

 目の前に見慣れたログイン画面が表示された。だが、一つだけいつもと違った。ログインの直前に表示されたのは、金色のウィンドウ。


 そこには『The Warrior of ORPHEUS』の文字。


(俺たちは、戦士だ)


 神話の中の吟遊詩人じゃない。【VWO】は死人が住まう冥界でもない。

 俺たちは確かに今を生きる人間だから。


 必ず、彼女を取り戻してみせる。







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