第2話 世界最速クリア
クエスト〈神竜を討て!〉は、ラストステージと噂されるに相応しい難易度だった。ラスボスにたどり着く前に、次々と他のプレイヤーが脱落していく。それを尻目に、俺たち【チームR】は、早々に神竜のもとにたどり着いた。
「〈火山弾〉!」
──ゴォ! ドォ!
初手は大賢者である【RED】の魔法攻撃だ。彼は魔術師の上位職である賢者のさらに上位である大賢者であり、炎魔法の使い手としては、世界最強なのだ。
炎をまとった巨大な岩が弾丸となって神竜に襲いかかる。
「突っ込め【蘭丸】!」
「はい!」
腰に差した愛刀〈耿々〉の柄を握りしめ、ダッシュをかける。その間にも【RED】の魔法による攻撃が神竜にヒットして、その巨体が地面に落ちた。
「〈追い風〉!」
同時に、【Rabbit】の補助魔法によって俺の速度が一気に上がる。彼女のレベルになると、補助魔法によって速度は2倍にも3倍にもなる。
「〈身体強化〉! 〈アレスの守護〉! 〈ヘルメスの計略〉!」
次々と重ねがけされる補助魔法によって、俺の身体は人の域を超える。
「キェェ!!」
神竜が青い炎に包まれた長い尾で【RED】の魔法を捌きながら、咆哮。すると、その口から青い塊が飛び出した。一つや二つではない。青い弾丸の雨が俺に迫る。
「くっ」
俺は歯を食いしばって衝撃と痛みに備えた。
(避ける必要はない!)
その確信がある。だから、足を止めなかった。
「露払いは任せて!」
【リボンナイト】が右手を引くと、そこに現れたのは黄金の弓。世界唯一である伝説級の武器〈アポロンの弓〉だ。彼女は剣と弓矢を使うオールラウンダーだが、最も得意とするのは弓矢を使った中距離の攻撃だ。
──パンッ! シュパンッ!
【リボンナイト】の放つ矢が、次々と神竜の攻撃を撃ち落としていく。ここまで正確に敵の攻撃を迎撃できる射手は、そうそういない。
なおも俺に向かってくる魔法を、俺は避けなかった。ただひたすら走った。避けて速度を落とせば、攻撃力が落ちてしまうから。肩が、足が撃ち抜かれて、痛みとともにHPが削られていく。だが、それでいい。
「相打ち上等!」
(俺が死んでも残りの三人が勝てば、俺たちの勝ちだ!)
「〈見切り〉!」
走りながらスキルを発動。敵の動きを見切る。そして、
「〈烈風斬〉!」
一閃。
必殺の斬撃が、神竜の喉を捉えた。スキル〈烈風斬〉に加えて、俺にはパッシブスキル〈抜刀術:Lv99〉がある。まさに目にも留まらぬ速さの斬撃は、神竜ですら避けられなかったのだ。
「ギェェェエエエェェ!!!!!」
神竜が痛みにのたうち回る。さらにスキルを発動。
「〈燕返し〉!」
振り下ろした刀を反転。返した刀で神竜の両目を切り裂いた。
「グォォォォ!!!!!」
神竜が怒り狂う。その尾が俺に向かって振り払われたが、すんでのところで避けた。
ところが。
「【蘭丸】くん!」
【Rabbit】の悲鳴と、俺の身体が吹っ飛ぶのは同時だった。俺を吹き飛ばしたのは尾ではなく、神竜の鼻面だった。敵も破れかぶれだ。
「くそっ!」
俺の身体が中空に舞う。だが、問題はない。
「【RED】さん!」
彼の準備が整っているのだから。
「任せろぉ!」
【RED】の身体が赤く燃え上がっている。俺が稼いだ時間を使って、炎系の補助魔法をかけまくったのだ。敵は視覚を奪われ、首を斬られてHPは残りわずか。俺の仕事はここまでだ。
「〈火山噴火〉!」
世界中のプレイヤーの中で、彼だけが使える唯一無二の魔法。轟々と燃え盛る炎と火砕流が神竜に襲いかかる。
──ゴォォォォォォ!!!!
そして、神竜の巨体が地面に倒れ伏した。ビクンビクンと大きく痙攣してから、その身体がピクリとも動かなくなった。
──ピコン!
軽快な音声とともに、システムウィンドウがポップアップした。
『クエスト〈神竜を討て!〉最速クリアは【チームR】! おめでとうございます!』
表示されたメッセージに、俺達は一瞬だけ固まった。世界最速でこの最難関クエストをクリアしてしまったのだ。
「や、やったぁぁぁ!!」
ややあって、叫んだのは【リボンナイト】だった。
「やった! やったよ【RED】さん!」
「おお! 初めての最速クリアだな!」
「やったね! 【蘭丸】くん! 【Rabbit】!」
【リボンナイト】は、俺と【Rabbit】をぎゅうっと抱きしめてピョンピョンと跳ねた。
「やったね、【蘭丸】くん」
「おう」
俺と【Rabbit】はメチャクチャに振り回されるものだから目を白黒させながらも、喜びに笑いあった。
──ピコン!
さらにシステムウィンドウが開く。そこには、
『世界最速クリアを達成した【チームR】の4人には、【ORPHEUS】運営からプレゼントがあります!』
──ピコン!
『ギフト:【筐体】』
表示されたその文字に、今度こそ俺たち4人は驚きで固まった。
「きょ、【筐体】……?」
「それって、あの【筐体】よね?」
「あの【筐体】って、あの【筐体】?」
「【筐体】といえば、あれ?」
語彙を失った俺たち4人が驚いている間にも、新たなメッセージが表示される。
『おめでとうございます、【チームR】! ギフトは、後日ご自宅にお届けします!』
「……やった、やったぞ!」
【RED】が拳を握りしめ、
「わわわ、私の家に【筐体】が届く!?」
【リボンナイト】は頬を紅潮させながら全身を震わせ、
「やばい! やばい!」
【Rabbit】は俺の肩を掴んで揺らしまくった。
【筐体】、それはあるハードウェアの名称だ。人が一人入れるくらいのサイズの箱で、中に入って脳神経を接続することでVRの世界にログインできる。さらに、ゲーマーの肉体を完璧にケアしてくれる。食事も排泄も、睡眠すらも必要なくなる、夢のハードウェアなのだ。
(まさか、俺が【筐体】を手に入れられるだなんて!)
俺は【Rabbit】に揺すられながら内心で喜びに震えたのだった。
ところが、そんな喜びのシーンは、ある人物の手によって強制終了されてしまう。文字通り、力づくで。
──ズボッ、ジジッ、キィン!
頭を剥がされるような感覚に続いて、耳を刺した機械音。ファンタジー世界の風景と神竜の骸を映していた視界は、一気に現実に引き戻される。目の前には、散らかった俺の部屋、そして怒り顔の母親。
「いい加減にしなさい!」
「あー!」
「高校2年生にもなって! こんな時間までなにやってんのよ!」
絶叫する俺、怒鳴る母親。
「何すんだよ、母ちゃん!」
「もう0時よ! さっさと寝なさい!」
「まだ0時だよ!」
「馬鹿! 明日も学校でしょ!」
「でも!」
「でもじゃない!」
パジャマ姿の母親が、プンプンと怒らせていた肩をしゅんと落とした。
「……ゲームより健康でしょ。夜は寝なさい」
こんな言い方をされてしまっては、俺には反論できない。
「……はい」
「よろしい。夜食は?」
「……食べる」
「ん。下におにぎり準備してあるよ」
「ありがと」
ゲームの後は意外に腹が減る。それを知っている母親は、毎晩夜食を作ってくれるのだ。
「早く食べちゃいなさいよ」
「はーい」
おざなりに返事をして階段を下りながら、俺はスマホを取りだした。【ORPHEUS】の連携アプリを開けば、すでに仲間たちからメッセージが入っていた。
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【RED】:蘭丸、強制ログアウトwww
【リボンナイト】:いつものやつ?www
【RED】:蘭丸のお母さん最強説www
【蘭丸】:説ある
【RED】:wwwwwwwwww
【リボンナイト】:wwwwwwwwww
【Rabbit】:もうこんな時間だから、仕方ないね
【RED】:だな。まあ、俺らも明日は仕事だし
【リボンナイト】:今日はここまでだね
【RED】:じゃ
【Rabbit】:おやすみなさい
【リボンナイト】:おやすみ
【蘭丸】:おやすみなさい
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俺は仲間たちの言葉に笑いながら、夜食のおにぎりを頬張った。
数日後、この【筐体】によって『戦争』に巻き込まれることになるなど、この時の俺たちには知る由もなかった。