第18話 NPC
「何もない?」
「よく見て」
【エウリュディケ】に言われて正面の壁を見ると、グラフィックの一部が乱れていることがわかった。
「これが?」
「プログラムのほころび。ここが接続点よ」
『端子を!』
吉澤の声に【エウリュディケ】が頷いて、ポケットからデバイスを取り出した。『端子』でほころびに触れると同時に、金色の光が迸る。
『接続成功! セーフポイント展開!』
【エウリュディケ】が壁と一緒に、緑色の光に囲まれる。
「お願いね」
「任せろ」
『セーフポイント構築完了。作業完了まで、5分!』
──ガンガンガン!
セーフポイントの構築が完了すると同時に、扉がこじ開けられた。
──タン!
先頭の兵士を、単発に切り替えた小銃で撃った。
(扉は狭い。一気には入ってこれない)
──タン! タン!
2人、3人。
3人目のPCが音を立てて消えた。死亡だ。
──タン! タン!
4人目、5人目も消える。
そこからは、数えられなかった。
(考えるな!)
今ここで【エウリュディケ】を守れなければ、解除コードを手に入れられない。
(これは、誰かがやらなきゃならないことなんだ!)
他でもない、彼らを救うために。
『作業完了まで4分!』
吉澤の声に、銃を構え直した。
──タタタ! タタタ!
敵の銃撃は『見切り』で見てから避ける。
──タン! タン!
また、敵が消えた。だが、扉から侵入してくる敵の勢いは止まらない。他の3人がある程度は引き付けてくれているはずだが、数が多い。
『作業完了まで3分!』
そこで弾が切れた。ハンドガンに持ち替えるが、こちらもすぐに弾が尽きるだろう。
「くそっ」
(残り3分、刀で乗り切れるか!)
セーフポイントを守らなければならないので、こちらから距離は詰められない。
「やれるかじゃない、やるんだ!」
──パン!
最後の一発を撃って、ハンドガンを放り投げた。素早く刀を抜く。
──タタタ! タタタ!
その様子を見た敵の銃撃が激しくなる。こちらの弾が切れたことがわかったのだろう。
(『見切り』!)
とにかく、飛んでくる弾丸を防げばいい。距離を詰めてきた敵は斬り伏せる。それだけだ。
(やれる!)
──キン! キキン!
『作業完了まで2分!』
──タタタタタタ!
銃撃がさらに激しくなる。それと同時に、一気に5人の兵士が部屋に入ってきた。囲まれて、距離をとられたまま撃たれる。
──ドシュッ!
(喰らった!)
だが、肩をかすめただけだ。
「……やってやる!」
(〈雲耀〉!)
5人の内一人に、一気に肉薄して刀を振り下ろす。
(もう一発!)
続いて2人目に斬りかかった。足を切りつけて、動きを封じる。同時に、3人目の銃口が俺に向けられているのが分かった。
(間に合わない!)
──タタタ! ドシュッ!
敵の弾丸が腹に当たる。
(いってぇ)
肩をかすめたときとは比べ物にならないほどの痛みが俺を襲う。
(一発だけだ。自然回復ですぐ治る!)
──タタタ!
痛みを堪えながら、今度は避けた。同時に距離を詰めて。
(〈三段突き〉!)
頭、喉、みぞおちの急所三箇所を突かれた敵が、またたく間に消え失せた。
「くそっ!」
〈三段突き〉は狙う場所を変更することが出来ないので、確実に敵を殺してしまう。だからここまで使わずに来たのに、咄嗟に使ってしまった。
(考えるな!)
そんな暇はない。
4人目と5人目は、俺が距離を詰めたのを見るやいなや、セーフポイントに向かって射撃を開始している。ある程度の攻撃には耐えられるが、近距離で続けて撃たれれば破られてしまう。
「やめろぉ!」
叫びながら、斬りかかった。
もう、迷わなかった。
4人目の首を落とし、5人目の心臓を突いた。
(NPCだ)
そう思い込めばいい。
(行動できるエリアが制限されてるし、攻撃だって単調だ。イレギュラーな敵にも対応できない。だいたい、俺達に比べて弱すぎる)
彼らは、俺達とは違うものだ。
(運営が用意した、ただのNPCだ)
『作業完了まで1分!』
──タタタタタタ!
さらに襲いかかる銃撃を避けて、入ってきた敵を斬った。
斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って、ひたすら斬った。
* * *
気がついたときには、俺達は砂浜に立っていた。
「さすがに、戦闘は中止みたいね」
水平線の向こうでは、朝日が昇ろうとしている。遠くに戦艦の姿が見えるが、動きはない。それを見つめながら、【エウリュディケ】が言った。
「やったわね。……次は、解除コードよ」
再び、浮遊感に襲われた。【RED】が再び転移魔法を使ったのだ。それを5度繰り返して、最後にたどり着いたのは薄暗い洞窟の中だった。
──ドサッ。
誰かが倒れる音だ。
「〈ライト〉!」
【RED】が慌てて唱えると周囲が明るくなる。俺のすぐ近くで、【Rabbit】が倒れているのがようやく見えた。
「【Rabbit】!」
肩を揺するが、反応がない。
「おい! 宇佐川!」
呼んでも返事がない。顔を覗き込めば顔色は真っ青で。目の周りには涙の跡がくっきりと残っているのが見て取れた。
「強制睡眠モード!?」
同じく【Rabbit】の顔を覗き込んでいた【エウリュディケ】が声を上げた。
「まずいわ! 吉澤!」
『介入できません!』
「なんとかできないの!?」
『やってますが、……ダメです! カウントダウン始まりました!』
──ピコン!
吉澤のセリフに被さるように、【Rabbit】のそばにシステムウィンドウが開いた。不気味な真っ赤なウィンドウだ。そこに表示されているのは、数字。
「『60』?」
──ピッ、ピッ!
音を立てて、数字が減っていく。『59』、『58』……。
「おい、これ何だよ! 何が起こってるんだよ!」
【エウリュディケ】に問うが、彼女は両手を強く握りしめて俯いているだけだ。
『ゼロです』
──シュン。
吉澤が言うと同時に、【Rabbit】の姿が音を立てて消えた。
「なんで?」
彼女を抱いていたはずの俺の両手が、空を切る。
どうして消えたのか。その理由は分かりたくないのに、分かる。
「【Rabbit】が、死んだ?」
【RED】の声が、暗い洞窟の中でやけに響いた。