第11話 鉄の匂い
「敵の戦闘ヘリだ!」
──ダダダダダダ!
反対方向からも機関銃の音。俺たちを乗せていた装甲車が迎撃しているのだ。
「どうする!?」
高野が叫ぶ。問うているのだ、俺に。
左手で、ぐっと刀の鞘を握りしめた。確かに慣れた感触だ。とっさに刀を抜くイメージもできる。その時になれば身体は勝手に動くだろう。
「……俺は、戦う」
高野の言う通り、この状況で俺が『ただの高校生』でいられるはずがないのだ。
「俺が、父ちゃんと母ちゃんを守る」
「よし! 走れ!」
高野の号令で、一斉に駆け出した。父親も、それ以上は何も言わなかった。
機関銃の音が遠くなっていく中、ひたすら走った。住宅地を抜け、山に入る。斜面を登り始める頃には父親の体力も限界を迎えた。ぐったりとした様子で武装した男に背負われる両親を見ながら、俺は初めて『戦闘訓練』に感謝したのだった。
「ハイポート、真面目にやってたんだな」
高野が俺に声をかける。
「サボったら殴られますから」
「良い教官だ」
「え?」
「サボれば痛い。それを身体に覚え込ませた」
「それが、良い教官ですか?」
「戦場なら、サボれば死ぬ」
サッと血の気が引くのが分かった。
「その教官に感謝しろよ」
「何で?」
「戦争がヴァーチャルの中だけで収まるなんてあり得ない。それが分かってたんだよ、きっと」
(現実世界に戦争を引き起こしておいて、何を言っているんだ!)
と、文句を言おうとしてやめた。今、俺の目の前で戦闘が行われている。戦争はヴァーチャルの中だけで収まらない、それは事実だ。
──ガサガサガサ!
物音。咄嗟に腰をかがめた。
「近い」
──ガサガサガサ。
(獣じゃない。人の気配だ)
「わかるか?」
「うん」
高野に問われて、頷いた。
「耳もいい。優秀な兵士だ。……俺とお前でやるぞ」
「そんなっ!」
母親が悲鳴を上げる。やる、その意味がわかったのだろう。
「母ちゃん、大丈夫だよ」
「そんなの駄目よ、亮平!」
母親の手が俺の方に伸びる。だが、その手が俺に触れる前に二人の男は駆け出していた。斜面の向こうへ、二人の男に背負われた両親が見えなくなっていく。
「亮平!」
悲鳴は、すぐに聞こえなくなった。
「速い」
思わず感嘆の声が漏れた。
「一般人と同じにするな。【オルフェウス】の中でも、指折りの戦闘員だ」
「リアルの戦闘?」
「そうだ」
──ガサガサガサ。
人の気配が近づいてきている。
「4人だ」
俺の見立てに高野も頷いた。
「すぐに応援を呼ばれる。とにかく、あいつらが安全圏に出るまでの時間を稼ぐぞ。10分ってとこだ」
「わかった」
できるだけ派手に動いて、ここに敵を引きつける。四人が安全なところまで離れたら、俺たちも離脱するのだ。
「足を狙え。いいな」
「うん」
言われて、肩に掛けた小銃を構えた。
(撃てるのか? 人を)
『撃たなきゃ死ぬのはお前だ!』
頭の中に、安田特殊教官の怒鳴り声が鳴り響いた。
(そうだ。撃たなきゃ俺が死ぬ。俺が死んだら、次は母ちゃんと父ちゃんだ!)
ゲームと同じだ。四人パーティーの前衛である剣士の俺。後ろには、常に三人の仲間がいた。いつだって、俺が守ってきたのだ。
──ガサガサガサ。
「撃て!」
──タタタ! タタタ!
高野の合図で、撃った。敵の姿は見えない。だが、音でだいたいの距離は分かる。
(足を止める!)
「いいぞ!」
高野も撃った。
「グッ!」
「ガッ!」
うめき声は二人分。
「二人抜けてくる!」
返事をする余裕はなかった。茂みから、弾丸が飛んできたからだ。後ろに飛んで避ける。着地と同時に転がって、斜面の陰に隠れた。
──タタタタタタ!
「リロード!」
言われるがままに、小銃のマガジンを交換。
「3・2・1、撃て!」
高野の合図で、斜面から身体を半分出して撃つ。今度は敵がリロードする番だ。
「ぐぅ!」
高野の射撃で、一人の腕が潰れた。
(あと一人!)
そう思った時だ。
──ガチン!
俺の小銃から、嫌な音がした。引き金を引いても、その繰り返し。
「詰まった!」
(最悪だ!)
──タタタタタタ!
同じタイミングで、敵の増援が到着する。
(5、6、……8人!)
「ちっ、移動するぞ!」
高野が俺の腕を引いた。二人して斜面を転がり落ちる。落ちた先でまた高野に腕を引かれて、大きな岩の陰に隠れる。
「ホルスターにハンドガン!」
小銃をぐるりと背中の方に回してから、ハンドガンを取り出した。
「弾を無駄にするなよ」
「わかってる」
──タタタタタタ! ガガガガガガ!
小銃の弾が、俺たちが隠れている岩を削っていく。その勢いが、落ちる。
「撃て!」
──パン! パン! パン!
三発撃って、再び岩の陰に身を隠した。
「全弾命中! やるな!」
──タタタタタタ!
高野が撃ちながら確認。
「次! 撃て!」
──パン! パン! パン! パン! パン!
次は二発当たるのを自分の目で確認した。敵の膝と腿だ。
「よし! 移動!」
高野が斜面を回り込んだときだ。その向こうに潜んでいた敵と、かち合った。
「くそっ!」
敵の銃口が、高野に向かう。
(当たる!)
直感で分かった。その瞬間、俺はハンドガンを放り投げていた。
左手で鞘を、右手で柄を握りしめ、鯉口を切る。同時に、敵に向かって大きく足を踏み出した。一歩、二歩、三歩目を踏み込むと同時に抜刀。
──ザシュッ!
斬った。腕だ。
「ぐぅ!」
──パン!
高野が撃った弾が命中して、敵がその場に倒れた。
倒れた敵の周囲に、赤いものが染み出していく。
(なんだ、これ?)
「見るな」
高野が俺の視界を覆って、そのまま俺の身体を引いた。
「移動するぞ」
彼の指の隙間から右手に握ったままの刀を見た。刃が赤く染まっている。
(これ、血か……)
硝煙の臭いに混じって、鉄の匂いが鼻をついた。