5 悪役令嬢、ゾンビからもヒロインからも逃げられない
おそらく聖魔法を使ったのだろう。柔らかい光が辺りを包み、そして消えた。
私は何も感じなかったが、外のゾンビたちは苦しんでいた。
「やはり強いですね。聖女の力をもってしても彼らを瞬殺することは出来ませんでした」
聖女が瞬殺とか言うな。
丘を登ってきた村人が弱ったゾンビに弓をかけ、刃物で切りつけている。
やめて。人んちの敷地でゾンビ解体すんの、やめて。
「こ、ん、や、く、を……は、き、す、る」
凄まじい力で抵抗するアデラール様に、村人は苦戦していた。
爪でかすり傷でもつけられれば、ゾンビ化するのだ。弱っていても迂闊に近づけない。
夕暮れ、ゾンビ襲撃の顚末を村人が報告してくれた。
「手強い連中でしてね。ハゲイケメンと何体かは森に逃げ込まれちまいました」
ハゲてもゾンビになってもアデラール様はイケメンとして認識されるようだ。
さすがは人気投票三連続一位である。
「この村と森の一部には私が聖なる結界を張りました。普通のゾンビなら浄化されますし、先ほどのような強いゾンビも近付けなくなるでしょう」
「おお……聖女様……」
村人たちが泣きながらクリスタを拝む。
今回、ゾンビに傷付けらわれた人々も傷口が浄化され、ゾンビ化しなかったらしい。
もはや聖女を通り越して女神様である。
「申し訳ありません。私がもっと早く力に目覚めていれば、犠牲は少なかったはずです」
「クリスタさん、そんな風に言わないで。あなたのおかげで私は命を救われたのですから」
「いえ、レティシア様のおかげで目覚めたから、むしろレティシア様が私の恩人なのです」
「私?」
「はい。レティシア様が我が身を省みず人々を救おうとする姿を見て、私も何かしなくちゃいけないって強く思ったんです。その時、本来の力が目覚めたのです」
「クリスタさん……」
私とクリスタは見つめ合い、その周りを囲む村人たちは滂沱の涙を流しながら、「二人の聖女」「尊い……」などと呟いている。
美しい光景である。
しかし、何かがゾワゾワする。
今後の対策を話し合ったあと、村人たちは邸を去り、私とクリスタだけが残る。
「さて、いろいろ説明しましょうか」
「別に聞きたくありませ――」
「信じて貰えるかどうか分かりませんが、私には――」
だから聞きたくないっての!
「私には前世の記憶があるのです。その全てをさっきのゾンビ騒動で思い出したんです」
「なんですって?!」
「私はこことは違う異世界、地球の日本という国で生まれました。前世の記憶は以前からあったのですが、今までは全く見知らぬ世界だと思ってたんです」
「ちょっ、待っ――」
「病の床で私は、とあるゲームに夢中になっていました。そのゲームの名は」
まさか――。
「『ユルっとフワっと マイファーム』という農園ゲームだったんです」
なんじゃ、そりゃあああ!!!
「あ、分かりませんよね。でも、すいません、これ以上の説明が出来ないんです。つまり、ここは私が前世でやっていた農園ゲームの世界なんです」
あまりのことに私は言葉が出なかった。
「そして、ごめんなさい。死んだ私は女神様の力で自分の好きだったゲームの世界に転生することが出来たのですが、その時、農園ちょっと飽きたから、刺激がほしいって頼んじゃったんです」
どんな刺激が欲しいかと訊ねられたクリスタだが、特に思い付くこともなく、適当に「ゾンビ」と答えたのだ。
「だからこの世界がゾンビに溢れるようになったのは、私のせいなんです」
「お前かぁっ」
何が聖女だ、完全にマッチポンプじゃねーか。
「ふざけんなっ! そんなに農園でゾンビしたけりゃ、マ○クラでもやってりゃ、いいだろうがっ!」
「マイ○ラは嫌です。可愛くないとダメなんです。あら、レティシア様も転生者でしたか。なら私の話、分かりますよね」
「分かるかぁ!」
クリスタは私の叫びを無視して話を進める。
「でもさすがにゾンビと戦うなら種まき能力だけじゃ心許ないので、アサシン能力や聖女設定とか色々付けて貰ったんです」
「あらぁ、ずいぶん大盤振る舞いな女神様なのえ~~~~~~」
ふざけるな、こっちは何にも貰ってないぞ!
私はどこにいるのか分からない女神に心の中で毒づきながら言った。
「ほんとに色々叶えてもらって、いいものをつけて貰いました」
そう言ってクリスタは私の全身を舐めるように見て、ぐふっと笑う。
「あ、あなた他に何を望んだのかしら……」
鳥肌に耐えながらクリスタに問いただしたが、あれだけ頼みもしないのに饒舌だった彼女は何も言わず、ただぐふぐふと笑うだけであった。
「さあさあ、これから愛と刺激と欲に満ちた農園ライフの始まりですよ。レティシア様、このゾンビ溢れる世界でいつまでもいつまでも一緒に暮らしましょうね」
「欲って何よ。それにあなたの望みしか叶えられてないじゃない」
「私が主役の世界ですから、仕方ありませんね。――あ、見てください。ヘルシースーパーフードキヌアが収穫できそうですよ。やっぱり肥料にオシリス神使ったから、豊作ですね」
神――いや、ゾンビ埋めるなっ!
「――おや、どうやらゾンビたちが結界ぎりぎりで待機しているようです。まあ、アデランス様がレティシア様の名を呼んでますよ。愛ですねえ」
「何が愛だ! ってか、アデランスって言ったな」
「さあ、レティシア様、森へ行ってアデランス様にガブッと齧られて来て下さい。大丈夫、死ぬほど痛いですけど私がすぐに治癒してあげますから。ああ、泣き叫んで下さいよ。私が満足するまで声を上げてくださらないと助けてあげませんからね」
そう言うとクリスタは私を瞬間移動で森へ、ゾンビのそばに飛ばした。
目の前のアデラン――アデラール様は頭髪がさらに寂しく、上半身と下半身が分離しそうなほどねじ曲がっていた。
「ぎゃああ!!! おいっ、助けろよぉ」
『ダメです。もっとお嬢様っぽく』
「いやあぁ! クリスタさん、助けてぇ」
『もっと高慢ちきにっ!』
「何をしてるのクリスタさんっ! 早く助けなさいよ! この役立たずの平民がぁ!!」
『…………あと少し……、はあっ……もっと』
アデラール様が私の髪を強くひっぱる。抜いて植毛するつもりなのかもしれない。
私は「ぎゃああっ」っと悲鳴を上げたかったが、クリスタの好みを考えて「いやぁぁぁ」と出来るだけ甲高い声を上げた。
しかし、クリスタはまだ見物をしているようだ。血を流すまでは助ける気がないらしい。
やはりこれは、妹をいじめ、人の趣味を笑い、理解できないからと否定したことへの罰なのだろう。
ちゃんと謝っておけば普通の悪役令嬢くらいにはなれたかもしれない。
ここで死ぬなら、次こそはゾンビのいない世界に生まれたい。
「大丈夫、死なせませんよ」
いつの間にか、クリスタが目の前にいた。
「もうひと声、あともうひと声、お願いします」
ああ……、やはり罰としか思えない。
しかし、いつかはアデラール様たちも朽ちる日が来るだろう。
世界からゾンビが消えたあかつきには、このサイコ女の魔の手から逃れるのだ。
それまでは――――――――。
「な、なんで私がこんな目にぃっ! 痛い、痛い、痛いぃっ!! クリスタ、早く助けなさい。クリスタ、クリスタさん、助けてぇ」
~完~