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4 悪役令嬢、ゾンビに立ち向かう

 物資を持って村に帰ると村人たちは、大喜びで迎えてくれた。

 しかしゾンビ襲撃の話をすると一様に暗い表情になった。


「実はこっちも悪い話があるんでさぁ」


 なんでも森にゾンビが入り込んで動物のゾンビが増えているらしい。


「狼なんかはまだいいんですよ。こっちも警戒しますから。リスやウサギ、あとは――」


 村人は空を見上げる。

 抜けるような青空に一羽のトンビが羽を広げて悠々と滑空していた。


「鳥です。ああ、あいつは大丈夫ですよ」


 幸いゾンビになった鳥はほとんど飛べないらしい。


「でもいつ上手に飛ぶゾンビが出るとも限らないからなあ」


 昼でも暗い森ではゾンビも活動しやすい。どんな生き物がゾンビ化しているか分からないので、狩りはおろか森の入り口でちょっとした採集も出来ないのだという。


「今なら木苺がとれるんだけどねえ」


 村人が言うとクリスタも同調するようにため息をつく。


「はあ、レティシア様とジャムを作りたかったなあ」


 そんな呑気なことを言っている場合ではない。


 村人によると、森に入れないだけが問題ではない。ゾンビ化した動物たちはふらりと村にやってくるらしい。


「狼ならゾンビだろうが普通のやつだろうが警戒しますけがね、リスなんかが飛び出してきたってこっちもあんまり気にしませんよ」


 リスに噛みつかれてゾンビ化した村人が出たようだ。


「もしトンビあたりがゾンビになって空からこっちに向かってきたら、防ぎようがありませんぜ」


 くちばしで突かれたり、足の爪で引っかかれたりするだけで簡単にゾンビになってしまうだろう。

事態はかなり深刻だ。




 物資を皆で分け合ったあと、私たちは丘の上の邸に戻った。


「わあ」


 クリスタが感嘆の声を上げる。


 畑にはあらゆる野菜が実っていた。

 キャベツ、ジャガイモ、トマト、キュウリ、ナス、トウモロコシ。

 いつの間にかリンゴとバナナの木まである。


「リンゴは基本だからあっさりできますね。でもやっぱり桃とマンゴーは時間がかかるみたいです」


 いくら聖女の力でもこんなに早く作物が出来るものだろうか?

 そもそもこの国、マンゴーとかあったっけ?

 レティシアの記憶を探ってもよく分からない。

 しかし、どれほど豊かな実りに恵まれようとこの村は危険な場所になってしまったのだ。


 私はクリスタと今後のことについて話し合った。


「この村は危険だわ。村人には町に移住してもらいましょう。私さえ、いなかったらアデラール様たちは町を襲撃しないはずよ」


 アデラール様たちのような強いゾンビはそう多くはないだろう。私が彼らを引きつけ、人々が町に籠もりさえすれば人間のゾンビは腐り自然消滅するはずだ。


「引きつけてどうするんですか」

「そうね、彼らをこの邸に誘い込むわ。そして邸に火を付ける」

「それじゃレティシア様が死んじゃうじゃないですか? 村の人も納得しませんよ」

「この村を治める一族の最後の一人として、やるべきことを全うするだけよ」

「レティシア様は気位が高いだけのポンコツなんですよ。作戦は失敗して一人で焼け死ぬ間抜けな最後になるだけですよ」

「失礼なこと言わないでよ。それに一人で死んだって構わないわ。私が死ねば彼らも目標を失うんだから」

「そういう健気な感じの死に方は止めてください。レティシア様には、もっとこう、無駄で惨めったらしい死に方が似合いますから」


 似合うかっ!


 その時、誰かが玄関の扉をドンドンと叩く音が聞こえた。


「お嬢様! ゾンビです。村に入ってきました」


 邸の管理人が叫ぶ。


 そんな、まだ昼なのに?


「普通のゾンビじゃない。えらく強いやつなんです。このまま邸に籠もって出ないでくださいよ」


 間違いない。

 アデラール様だ。

 だとしたら狙いは私のはず。


 私は玄関のドアを開ける。

 管理人がギョッとしたように私を見る。


「私がゾンビを引きつけて邸にいれます。それから火を放ってください」

「お嬢様?!」

「レティシア様!」

「クリスタさん、まかせたわよ」


 丘を降り、人々のざわめきに向かって走る。弓をつがえる村人の視線の先には数体のゾンビ。

 アデラール様たち攻略対象者の面々だ。


 村人たちは距離をとりながら矢を放つが当たらない。

 体の大きなゾンビが軽く手で払うだけで矢はおもちゃのようにパラパラと落ちていく。

 あれは確か英雄ギルガメシュ王だ。首まわりの筋肉がエグいことになっている。世界観を壊すレベルのマッチョだ。


「あらあら、皆様、ご機嫌よう。わざわざ私を追ってこられたのかしら」


 私が叫ぶとゾンビたちが、一斉にこちらを見る。

 うう、恐い……。しかし退くわけにはいかない。


「まあまあ、皆さん、随分と素敵なお召し物ですこと。私が王都を離れている間に流行も変わったのですね。あら、アデラール様、なんて見事な御髪かしら。キース様ったら、以前より野性味が溢れ出ていらっしゃるわ。騎士団長ですもの、やはり迫力が必要ですよねえ」

「み、ぐるしい……おんなめ……」

「じごくの……しこめも……きさまよりは……うつくしいで……あろうな」

「ひえほぅ、……ほお……ふいはあ…………」

「おーほっほっほっ。何を仰っているのかサッパリ分かりませんわあ」


 最後の高笑いは『おーほっほっほっ』のつもりだったが、声が震えていたので『ふぉーっふぉっふぉっふぉっ』になってしまった。

 これでは違う種類の悪役である。


 とはいえ、ゾンビ攻略対象者の挑発には成功した。

 彼らは他の人間には目もくれず私めがけて押し寄せてきた。


 私は踵を返し、丘を駆け上がる。ゾンビになった彼らの動きは鈍いが、普通のゾンビよりは遥かに俊敏である。

 私の足はすでにもつれ気味だ。なんとか邸まで走りきらねばならない。


(邸に入ったら、入り口以外の窓を閉め切って、油をまく……、ああ準備する時間が足りない。クリスタさんが手伝ってはくれたら……、いや、一人でやらなきゃ)


 クリスタは頭のおかしい女だが、私の道連れにしていいわけがない。

 というか、あれと心中は嫌だ。

 むしろ一人で死ぬより嫌だ。


「レティシア様――! 早く入ってくださあい」


 間延びしたクリスタの声が響く。

 私はなんとか邸に入ることが出来たが、ゾンビはすぐそこに迫っている。


「クリスタさん、……裏口から逃げて……、はや……く」

 

 息が上がってほとんど喋ることが出来ない。


「あのー、レティシア様、私、思い出しちゃったんですよ」

「は? いいから逃げて……」

「使命を思い出した私が真の力を発揮する時が来たのです」


 やめて、この後に及んで使命とか、真の力とか、やめて。

 何も思い出さずに、とっとと視界から消えてほしい。


 そんな私の思いを無視して、クリスタは両手を組んで祈るような仕草をした。


 クリスタの胸元に優しい光が集まり、やがて邸を、村を包み込む。


「ホーリーウォール」


 名前ださっ。

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