3 悪役令嬢、ゾンビから逃げる
騎士団長ハワード・キース様は前世で私が顎をからかったキャラである。
私は窓から攻略対象者の面々を見る。ゲームをプレイしていない私はアデラール様とキース様しか名前が分からない。レティシアとしてもまだつき合いがないのだ。
アデラール様は落ちた衝撃で体がおかしな方向に曲がっているようだ。手足をバタつかせながらも起き上がることができない。
周りのゾンビたちはそんなアデラール様を気遣うことなく、二階を睨みつけている。
そして、なんと言うことだろう。上を見上げるキース様の顔には、美しく繊細だった下顎がない。腐っているようには見えないので、誰かとの戦闘で失ったのかもしれない。顔自体は生前の美しさを保っているせいで、かえって無惨さが増している。
「あちらは教皇様のご子息のエリク・ベルナール様です」
「ああ、東の国の皇太子の紅月麗様も」
ハイスペック感あふれる名前だな!
「あら、小悪魔系美少年なんでも屋のロランだわ」
いきなり庶民きた。どうやって接点持つんだろう? 今となってはどうでもいいことだが。
「彼は危険です。裏稼業で何度も渡り合ってますから」
いや、そういう情報いらないから。
「雷帝バール様に炎の魔人イフリート様もいらっしゃいます。それに英雄ギルガメシュ王とオシリス神」
いや、後半人間じゃねーし、神いるしっ!
「彼らは魔力、神力、聖なる力、全てで常人を上回っています。きっとゾンビになっても手強いですよ」
だったらゾンビになるなよ。
「それにしてもなぜ、この町に皆さん集まってきたのかしら――」
言いかけて、ハッとしてクリスタを見る。
彼らはゾンビになっても、ヒロインクリスタを求めているのかもしれない
アデラール様がなんとか立ち上がり二階を見上げ、もごもごと喋り始めた。
「レティシア……きみとの……こ……んやく……は、かいしょ……うす……る」
「あははあ……ふぉおいひほふほお……はいあらひいぃあ……! おおおあ……へあへふぅ……」
「レティシア、……かみも……きみのような……あくじょは……すくえまい」
「ど、んな……くに、にも……き、みほ、ど……なさけない……ふじん、は、いなかった……よ……」
「あはは、ばかを……なおす……くすりはない……からね。きみ……には……どくを……あげる……よ」
「……きさまの……く……びを……わがおの……で……おとしてく……れよう…………ありがたく……おもうがよ……い」
「ほのおも……おまえのような……けがれた……たましいを……じょうかする……ことはでき……な……いだろう」
「レティシア…………だと……き、さま……の、な、には、うじむし……が、お……にあいだ……」
「ししゃのくにに……あなたにふさわしい……じごくを……よういし……ておきま……しょう……」
目的、私ぃ?!
出合ってないのに断罪する気満々なの、なんで?!
「素晴らしいですわ、レティシア様! 蛇蝎のごとく嫌われ憎まれ蔑まれ、くびり殺され四肢をひきちぎられて野辺にうち捨てられて腐ることなく未来永劫晒し者にされるレティシア様、最高!」
こいつが一番ひどかった!
「ちなみにキース様のセリフは『あなたは高位貴族の恥さらし、王都が穢れる』だと思われます。顎がないから聞き取りづらくて残念でしたね」
いや、翻訳いらないから。
「あ……、あなたこそ最悪な人ね」
「いいえ、レティシア様の嫌われっぷりにはかないません!」
だめだ、こいつ。
しかし、ゾンビの目的が分かった以上、なんとかしなければならないのは私である。
「クリスタさん、ここでお別れです」
「レティシア様?」
「彼らの狙いが私である以上、町にいることはできません」
「そんなっ」
「邸と畑はまかせますわ。ああ、ゾンビになった私に遭ったら、首と手足を切ってちょうだいね」
「レティシア様!」
「さようなら、クリスタさん」
「ダメです。そんなの、そんなこと――」
まさか断罪よりひどい死に方があるとは思わなかった。
いや、まだ死ぬとは限らない。
十中八九、死ぬとは思うが、腐っても悪役令嬢である。
見苦しく、しぶとく足掻いてみようではないか。
「そんなこと言うの、レティシア様のキャラに相応しくありません」
「は? キャラ?」
「レティシア様には『なんで侯爵家の私がこんな目に遭わなきゃならないの!? ちょっとクリスタさん、なんとかしなさいよ』って感じの見苦しさが欲しいんです。高潔な自己犠牲とか求めてないんですっ」
何言ってんだ、こいつ。
「と、とにかく私はこの家を出ます」
「なら、私も出ます。レティシア様ひとりで町から出るなんて無理ですから」
「じゃあ、あなたならどうするの?!」
「こうします」
そう言うと、クリスタは腰に付けていた鞄から鞭を取り出した。
そして窓から侵入しようとしたロランを鞭で吹き飛ばしたのだ。バチッと電撃のような光が爆ぜる。
「鞭に雷魔法を乗せました。鞭を媒介として電撃をどこまでも伸ばせるんです」
「あなた、なんでそんなことが出来るの」
「聞きたいですか? 後で説明しますね」
いや、欠片も聞きたくない。
クリスタは窓の外の大木の枝に光の鞭を引っかける。そして私を抱え窓から外へ、ゾンビたちの頭の上を飛び越える。
地面に綺麗に着地したクリスタは私の手を引っ張っり走った。
辺りは暗く、時々緩慢に動く人影が見える。私たちを追う者もいるが動きは鈍い。
とはいえ、私の足は早くも限界に達した。
膝をつき、倒れそうになる体を手でささえる。
「はひ……。も……無理ぃ……」
息が上がってまともに喋ることもできない。
「『はひ』いただきました! レティシア様、もっと情けない感じでお願いします」
「……………………」
私が動けないので、クリスタはその場で襲いくるゾンビを撃退し始めた。
このままではいずれクリスタの体力も魔力も尽きてしまうだろう。
「私を……置いて……逃げて……」
「違います、レティシア様。応援してください!」
「応……援?」
「豚みたいに四つん這いの格好でブヒブヒ言いながら悪態をつくんです」
嫌だっ、絶対に嫌だっ!
私は生まれたての小鹿のように立ち上がった。
こいつを喜ばせるくらいなら、ここで死んだほうがマシだ。
「はああ、プルプル震えながら棒立ちするレティシア様もいいですねぇ」
「~~~~~~~~~~っ」
結局私たちは民家の納屋に逃げ込み、朝まで籠城することにした。
「ねえ、あなたの体は大丈夫なの?」
「はい、身体強化魔術を使っていますから、睡眠も必要ありません」
「魔力切れになったらどうするのよ」
「私の魔力量は∞ですから」
「はあ? なんでそんなことになるのよっ」
「教皇派と国王派と闇ギルドの三つ巴の戦いは熾烈を極め、その中で私は何度も死線を彷徨いました。そして生還するたびに魔力量が上がっていったのです。コードネームは不死鳥です」
ピンチになるたびに特殊能力と鬱設定盛って、状況打開するの止めて!!
結局、私は気絶するように眠ってしまい、朝まで起きることはなかった。
明るくなるとゾンビの動きは鈍くなる。光から逃れることが出来なかったゾンビたちは町の人々に切り刻まれ無力化されていく。
幸い馬と物資は無事だった。
私たちは物資を残そうとしたが町の人は親切に村へ持っていくようにと言ってくれた。
私たちは礼を言い、後ろめたさを抱えながら逃げるように町を後にした。
馬を走らせ村へ急ぐ。
太陽が燦々と照りつけているが、アデラール様たちなら動けるかもしれない。後をつけられ、村に入られたらたまらない。
(いずれにしても村にもいられないわね)
物資を届けて、クリスタを邸に残して、そっと消えよう。
クリスタは私を守れるかもしれないが、村全体を守り切るのは不可能だ。
町のようにアデラール様たちに襲撃されたらひとたまりもないだろう。
頑張った(主にクリスタが)けど、ここまでだ。
私はクリスタに悟られないように、ほうっと溜息をついた。
顎尖りキャラは昭和じゃなくて、平成だとは思うのですが、「古い」ことを揶揄う意味で昭和にしました。